――ああ、いい匂いがする。これはコーヒーの匂いか?
それに何だろう、体を覆うこのフカフカな肌触り。凄く、気持ちがいい。
軽く寝返りを打つたび、いつもの硬いマットとは違う柔らかい感触を背中に感じて、俺は目を開けた。

「………ッ?」

見た事もない白い天井が視界に入って驚きと共にガバリと体を起こす。
そこはいつものボロ小屋じゃなく、清潔で綺麗な部屋だった。
そして俺の腹の上に必ずいるはずの存在は、いない。

「…ポチタ」

ずっと一緒にいた存在がいなくて一瞬焦ったけれど、俺は公安のマキマさんに拾われたことをすぐに思い出した。
そして彼女の部下になってた幼馴染のと再会して、それで――。

「あ、デンジ、起きた?」
「……おぁッ」

不意に声をかけられ飛び上がった俺を見ながら、可愛い女の子が笑っている。
柔らかそうな長い髪を胸元まで垂らした色白の女の子。
彼女は子供の頃によく遊んでた、俺の幼馴染で初恋の女の子だ。

「デンジ、朝ご飯、食べるでしょ」
「…えっ?ご飯…」

彼女はキッチンに立っていて、手にはコーヒーカップが二つ。
テーブルの上にはトーストと一緒にジャムの入った瓶、そしてバター。色とりどりの野菜が入ったサラダにベーコンエッグ。
その光景を見て、ふとあの夜のことを思い出した。

"食パンにジャムを塗ってポチタと食って、女とイチャイチャしたりして、一緒に部屋でゲームして…抱かれながら眠るんだ…"

ポチタに語った他愛もない、俺のささやかな――。
ポチタとは一緒に叶えられなかったけど、その俺が夢にまで見た、いやそれ以上のものが目の前に並べられてる。

「うん…」

美味しそうな匂いに引き寄せられるようにベッドから下りた時、かかっていたタオルケットがパサリと落ちて、が「きゃっ何か着てよ、デンジ!」と顔を赤くしてそっぽを向いた。
慌てて自分の恰好を見れば、何故か俺は一糸纏わぬあられもない姿になっていてギョっとする。

「うぉ!わ、わりぃ…!」

急いで着るモノを探すと、脱ぎ散らかした服が足元にある。
その中から下着とズボンをまず履いて「着たよ」と声をかければ、もやっと振り向いてくれた。っていうか、俺は何で素っ裸で寝てたんだ?
そう疑問に思ったけど、よく見ればは白いシャツ一枚という何ともエッチな服装で、彼女の白い脚が惜しげもなく披露されていることに気づく。
思わずゴクリと喉が鳴ったと同時に、この状況はまるで恋人の家に泊ったカップルのようなシチュエーションだと思った。
苦笑交じりで俺を見ていたはコーヒーカップをテーブルに置くと、コッチへ歩いて来る。
俺は状況が飲み込めなくて、ただ彼女が近づいて来るのをボケっと眺めることしか出来ない。
それにしても、あの小さかったがめちゃくちゃ可愛く育ったなぁ、なんて、歩いて来る彼女に見惚れていた。

「デンジ、どうしたの?寝ぼけてる?」

は俺の隣に座ると、不思議そうに顔を覗き込んで来る。
そのキョトンとした顔も反則的に可愛い。

「え?あ、いや…っつーか…俺、何での部屋で寝てんのかなぁって…しかも素っ裸で…」

とりあえず疑問に思ったことを尋ねると、は驚いた様子で「覚えてないの…?」と悲し気に大きな瞳を揺らしている。
え、とは思ったが昨日は色々ありすぎて、頭の中がオーバーヒートを起こしてるかもしれない。

「えっと…久しぶりに…会ったんだよな、俺達」
「…マキマさんがデンジくんを連れて来た時はほんとビックリした。でも…凄く嬉しかったのに覚えてないの?」
「…え?」
「私の…告白」
「………こっ…」

告白?!と少しだけ目が飛び出た。何で俺はそんな大事なことを忘れてたんだ?
言われた途端、その時の光景が頭に浮かび、俺の心臓がドキドキしてきた。
いや俺の心臓はポチタだからポチタがドキドキしてんのか?
そう、そうだ。は俺に会えて嬉しいって言って夕飯に招待してくれた。
そこで子供の頃の話になって、はずっと俺のことを好きだったって…そう言ってくれて…
でも俺の父さんが借金を残して自殺しちまって、俺は借金を返す為、働きに出るのに生まれた土地を離れてしまった。
生きることに必死で、の存在さえ忘れかけてたんだ。
なのには俺のことをずっと心配してたと言ってくれた。

「思い出した…」
「ほんと?」
「う、うん…つーか何で俺、そんな大事なこと忘れてたんだ…?」
「デンジくん、疲れてたから仕方ないよ」

は可愛い笑顔で可愛いことを言ってくれる。ああ、なんて幸せなんだ。
こんな可愛く育った幼馴染から好きだったと告白されるなんて…生きててよかった。

「じゃあ…私にしたことも覚えてる?」
「……した、こと?」
「夕べの…」

そう言っては恥ずかしそうに俯いた。
え、この雰囲気…ってか俺はに何かしたのか?
そう言えばさっき俺は…素っ裸だったけど。

「………あ」

突然脳裏に俺がにキスをして、そして…ふたりでベッドに倒れ込む光景が浮かんだ。
同時に俺の顏から火が噴き出たのかと思うほどに、火照って来た。
俺の夢の中に必ず入る"可愛い彼女を作ってセックスしたい"という壮大なロマンが夕べ、この部屋…いやこのベッドで行われたのを唐突に思い出す。
え、ということは俺とはすでにそういう仲・・・・・に…?!
ってか再会したその日にヤっちまったのか?どんだけ節操なしなんだ、俺!
いや、確かにマキマさんといういい女に出会って浮かれて、ちょっとエロいこと考えたりして色々と飢えてはいたけども!
でも今はのことを考えると、マキマさんにフラフラしていた自分を殴りたい気分だ。

「デンジ…?」
「えっ?あ、い、いや…お、覚えてるよ、もちろん」

今、思い出しました、などとは言えず、笑って誤魔化す。
ってか大事な初体験を何故忘れてる、俺!
でも、そうか。俺は遂に脱童貞を果たしたのか…。
そう考えるとじわじわと喜びがこみ上げてきた。
そして隣で恥ずかしそうにしているを見ていたら、当然のように男の欲求が高まって来る。自然とシャツから伸びている白い脚に目が行き、そのまま視線を上げればシャツの胸元が僅かに膨らんでいる。
ゴクリと喉を鳴らしつつ、また視線を上げれば、ピンク色の美味しそうなくちびる。
本能のままの肩にそっと腕を伸ばしかけ、そこでふと抱き寄せても大丈夫かなと心配になった。でも夕べは散々エロいことをしたんだから今更か、と開き直り、俺は彼女の細い肩を抱き寄せた。

「デ、デンジ…?」
「キ…キス…していいか?」
「え、でも…朝ご飯は?」
「…今は…が食べたい」

思い切って言ってみると、の頬が薄っすらとピンク色に染まった。
それが反則級で破壊的に可愛くて、俺の中のポチタが一気に大暴れしている。
何も言わないということはOKなんだと受け取り、俺は脳内イメージ通りに顔を近づけての小さなくちびるへ自分のそれを押し付けた。

(や…柔らけぇ!何だこれ…めちゃくちゃ気持ちいい…)

夕べも散々したはずなのに、まるで初めてキスをしたかのような感触に、俺は感動すら覚えた。
夢中でくちびるを合わせ、次第に啄むように何度も角度を変えながら口付ける。
した記憶がなくても、やっぱりこういう行為は本能で自然に出来るものなんだなと感心しながら、俺はのくちびるをしばらく堪能していた。
俺の腕の中で大人しくキスを受け入れてくれるが愛しく感じて、強く抱き寄せる。
そのうち触れ合うだけじゃ物足りなくなったのか、俺の舌が自然に動くのが分かった。
合わせているくちびるを舌先で刺激すれば、はそれだけで気づいたのか僅かにくちびるを開く。そこへ自然に舌を滑り込ませて、彼女の小さな舌に自分のを絡ませた。

(うわ…舌をこすり合わせるのって、こんなに気持ちいいのか…。やべぇ…下半身が疼く…いや、っていうかもう完全に勃ってるんだけど)

俺の脳内はすでにエロス一色に染まり、朝食とか、マキマさんとか、悪魔のこととか、どうでもいいと思うくらいに発情していた。

「…

僅かにくちびるを放して、背中に回していた手を彼女の胸元へ移動させる。
小柄なの胸はマキマさんよりも小ぶりだけれど、下着をつけていないその柔らかい膨らみは俺の手を楽しませた。
優しく揉みしだきながらシャツのボタンへ指をかけると、が恥ずかしそうに身体を捩る。

「…デンジ…ダメだよ…朝から」
「…でも…俺もう我慢出来ねえ」

言いながらをベッドへ押し倒すと、ボタンを三つほど外していく。
全て外すのがもどかしくて、開けたところから手を滑り込ませた。

「…ん…デンジ…」

俺の下で恥ずかしそうに瞳を潤ませているを見ていたら、色々とたまらなくなった。
俺のポチタは爆発寸前ってなくらい、早鐘を打っていて、全身が熱く昂って来る。

「……」

彼女の首筋に口付けながら、滑り込ませた手を膨らみへ這わせる。

(……あれ?)

伸ばした指先は一向に柔らかい膨らみへ到達しない。
言ってみれば、真っ平だ。がいくら巨乳じゃないにしたって、これじゃあまりに胸がなさすぎる。しかもさっきより硬い気がする。これじゃまるで男の胸板を触ってるようだ。

「……デンジ?」

手の動きが止まったからか、が不安そうに俺の名前を呼んだ。
ダメだ。ここで胸のことを口にしたら彼女を傷つけてしまう。
咄嗟にそう思った俺は、のくちびるに優しくキスをして気を紛らわせようと、彼女の口元へくちびるを近づけていった。

「……ん?」

にキスをした瞬間、さっきと感触が違うような気がした。
こんなに…硬かったっけ――?
そう思った瞬間だった。俺の腹部にとてつもない衝撃が走り、思わず「ふごっ!!」と声が漏れる。あまりの痛みで飛び起きた俺の視界に映ったのは、顔面蒼白で額をピクつかせている憎たらしい先輩の顏だった。

「……は?」
「テメェ…何しやがる!!」
「……え?」
「え?じゃねぇ!この変態野郎!!!」
「うがっぁ」

呆気に取られている俺の顔を、先輩の早川アキは何の躊躇いもなく拳でぶん殴って来た。
吹っ飛ばされた俺は壁に激突し、そこでハッと我に返る。
今まで目の前で頬を赤らめていたはいなくて、室内を見渡せば美味しそうな匂いをさせていた朝ご飯もない。
そこは殺風景な仮眠室だった。

「……え?」
「…このっガキ…!よりによって俺にキ、キスしてくるとはいい度胸してるじゃねぇか…しかも人の胸散々撫でまわしやがって…っ」
「…は?俺が……?」

見れば先輩のシャツのボタンが三つほど外れて、胸元がはだけている。
それを見た時、初めて今のとの全てが俺のとってもリアルな夢だったことに気づいた。
と再会したのも本当で、一緒に夕飯を食べたのも本当だけど、別に俺が夢に見たような告白も行為も一切なく。
食事をご馳走になっている間、勝手に俺が妄想していたことだった。
あまりに悶々としたままの部屋を後にしたせいで、あんな夢を見たに違いない。
しかもそれをまさかコイツの隣で見てしまったのは、俺の不運としか言いようがなかった。

「…ってか、テメェ勃ってんじゃねぇか!」
「あ、ああ…こ、これは……自然現象だよ!間違ってもアンタに発情したわけじゃねぇからな!!」

そこで誤解されてると気づき、慌てて否定する。
なのに先輩の怒りは収まらないのか、拳を握り締めて殴りかかって来た。
こうなったら俺もまたキ〇タマ攻撃で反撃するしかない、と頭の中でシミュレーションをしながら身構える。
その時、仮眠室のドアが開き「ストー―っプ!!」という大きな声と共に、マキマさん、そしてが入って来た。

「あんた達…何をしてるの?」
「デンジ…どうしたの?アキくんと何かあったの?」

が驚いたように俺の方へ歩いて来る。
心配そうに俺を見上げるその顔もめちゃくちゃ可愛い。

「早川くん、どうしたの?君らしくもない」
「い、いえ…コイツが…」
「デンジくんが…何?」
「………」

まさか俺にチューをされて胸をまさぐられましたとは、マキマさんに言えなかったんだろう。
先輩の顏が赤くなったり青くなったりしているのが笑える。

「もう…デンジがアキくん怒らせたんでしょ。アキくんは理由もないのに殴ったりしないもの」
「え…いや、まあ…でも不可抗力と言いましょうか…」

呆れたように溜息をつくに頭を掻きながら笑って誤魔化すと、先輩だけは殺人鬼のような目つきで俺を睨んで来る。
でも言ってみれば俺も被害者で、誰が好き好んで男のくちびるにキスするかって思う。
あの感触を思い出したら吐き気がしてきた。

「どうしたの?デンジ、顏色悪いけど…」
「い、いやちょっと気色悪い感触を思い出して…」
「……大丈夫?」
「うーん…が口直しにちゅーでもしてくれたら、すぐ治る――」

と言ってくちびるを突き出した俺を、はギョっとしたような顔で見上げ、思い切りビンタをかましてきた。

「何考えてんの?!相変わらずドスケベなんだから!」

は真っ赤になって怒り出し、仮眠室を飛び出して行く。
そう言えばガキの頃ものスカートをめくっては、こうしてビンタされてたなぁ、なんて情けない記憶が蘇る。
俺は先輩とに殴られた頬が倍に膨れ上がり、あげくマキマさんにまで白い目で見られて散々だ。

「デンジくん…」
「ふぁい…」
「今度、私の可愛い部下に手を出そうとしたら……殺しますよ?」
「す…すびばせん…」

さっきの幸福過ぎる夢から一転、地獄のような現実に戻って来てしまったことに嘆きながら、俺はいつになったら童貞を捨てられるんだろう、と心の底から落ち込んだ。
でもまずはに許してもらうために、俺の煩悩は押し殺して、すぐに謝りに行こう。



煩悩インテルメッツォ