僅かな刺激を肌に感じて急激に意識が引き戻される感じがした。
同時に頭が重い…いや重いと言うよりは何となくフワフワする。
これは飲み過ぎた次の日に襲って来る、いわゆる二日酔いだと気づいた。
けれど私の意識はむしろお酒が残っていることよりも、こんなに二日酔いになるほど誰と飲んだっけ、という方へ向いていた。
彼氏に振られ、ここ最近は確かにお酒の量も増えていたけど、ここまで残るほど飲むことは少なかったからだ。

(…まただ)

ゆっくりと脳が覚醒していく間、ぼんやりと考え事をしていたら、頬に何かが触れた気がした。
でもこの感触は知っている。真っ白いペルシャ猫のような存在はこの世でひとりしかいない。
また勝手にベッドに潜り込んで来たのか、と内心思ったと同時に、かすかな違和感を覚えた。
それは匂いだ。自分の部屋の匂いは意識したところで分からないものだけど、いつもと違う匂いがすれば気づく。
この部屋の匂いや空気は、ここが私の部屋ではないことを示していて、なおかつ私が寝ているベッドも枕も自分のものではないと体が訴えていた。
いや、枕は…枕じゃない気がする。この感じは――。

「……ッ?!」

一度気になったら確認しなきゃ気が済まない私は、薄っすらと気怠い瞼を押し上げた。
そして今度こそ、一気に覚醒するはめになった。
隣には思った通りの人物が、いた。けれどいつもと違うのは、彼の腕が私の頭の後ろに…いや、そんなことよりも何故、裸なんだと聞きたい。

(…あ、夕べ私、悟と…)

視界に映るのはまるで映画のワンシーンに登場しそうなほどに広い寝室、その真ん中にドンと置かれているキングサイズのベッドに私は寝ていた。
それも、幼馴染である五条悟と。

"が訊きたいこと、全部教えてあげる。――ベッドの上でね"

唐突に思い出した昨夜の出来事に、私は慌てて自分の恰好を確認した。
隣で寝ている悟は上半身だけ見えている状態だけど何も着ていないからだ。
まさか私も、とデュペをめくってみる。でも心配していた素っ裸ではなく、かろうじて下着上下はしっかりと身に着けていたことで心の底から安堵した。

「夕べは何もしてないよ」
「…ぎゃっ」

いつの間に起きていたのか。悟は上半身を起こし、肘をついて頬杖をつきながらデュペの中を覗いていた私を見て笑いを噛み殺している。
まさか見られてたとは思わなくて羞恥で顔が熱くなった。慌てて掴んでいたデュペを引っ張り、胸元を隠す。

「じゃぁ…何で服…着てないの…?」
「ああ、それは僕が脱がした。せっかくのドレスがシワになるーってが言うから…でも途中で寝ちゃっただろ。覚えてない?」
「……」

覚えてない。いや、部屋に入ったところまではもちろん覚えてる。
でも入った途端、宣言してたように悟が私を抱き上げて、そのまま寝室に運ばれて、そして――このベッドに押し倒されたような、気はする。
でも私は恥ずかしくて一気に体温が上がったせいなのか、急にアルコールが回って来てたからベッドに倒された時は凄く頭がクラクラして…それで…。
と、そこで私の記憶は途切れていた。

「とと途中って…な、何の?」
「え、それ僕に言わせたいの?」
「い、いい!言わなくていいっ」

ニヤリと笑う悟を見て、私は慌てて首を振ると、まだ天井が回るほどにはクラっとした。ついでに少し胸がムカムカする。

「う…気持ち悪い…」
「…マジ?大丈夫か?水、持ってこようか」

私が背中を向けると、悟はその背中をさすりながら優しい言葉をくれる。
誰だ、この男は?と思ってしまうくらい、私が知っている幼馴染とはかけ離れていた。

「だ…大丈夫…吐くまでじゃないから…でも…シャワー入ってきていい?」

夕べ悟からプレゼントされたドレスを着るのにセットした髪も今はグチャグチャで、メイクだって中途半端に落ちている気がした。
ついでに自分からアルコールの匂いがする気がして凄く落ち着かない。ううん、こんな下着姿で悟とベッドに入っていることじたい落ち着かなすぎる。
私の苦し紛れの問いに、悟は特に不満を言うわけでもなく「いいよ」と言ってくれた。

「ひとりで入れる?僕がバスルームまで運んであげようか」

シーツを巻き付けベッドから出た私を見て、悟がニッコリと微笑む。
それには私の顏も引きつってしまった。

「え…遠慮します…」
「そう?じゃあ僕もシャワー入ろうかな。ああ、バスルームは二つあるから、はこの部屋の使いなよ」
「え…二つ…?」

さすがスイートルーム、と感心していると、悟はベッドから下りてサッサと隣の部屋へ消えて行った。言った通り、上半身は裸だった悟も下はきっちり履いていたのを見て、少しだけホっとする。と言うか未だに脳内は混乱しているけど、悟は本気で私とそういう関係になるつもりでこの部屋をリザーヴしたってこと?
悟は全部教えてあげると言ってたけど、結局私が眠りこけちゃったせいで大事な話も聞けなかったし、まだ信じられない。
寝室の中にあるバスルームに飛び込んで、すぐに熱いシャワーを浴びる。
クレンジングでメイクを落としてグチャグチャになった髪も綺麗に洗えば、少しは頭もスッキリしてきた。

「はあ…まだ少し頬は赤いなぁ…」

メイクを落としたことでスッピンになると、夕べのアルコールが残っていることが分かる。
やはりシャンパンをひとりで2本は欲張り過ぎたかもしれない。
度数はワインと同じくらいでも炭酸がある分、次の日まで酔いが残るのはシャンパンの方だ。
それを分かっていても口にしてしまうと、もっと飲みたいと思わせられるのだから悪魔の飲み物だと改めて実感する。
それにやっぱり悟とあんな風に食事をするのは初めてだから緊張してたのもある。

「ふう…サッパリした」

最後に歯をしっかり磨いてしまえば、やっとアルコールの匂いが取れた気がした。
その間タオルドライをしておいた髪もドライヤーで乾かし、やっと普段の自分に戻った気がする。

「…で、どうしよう」

洗面台の鏡に映る自分を見ながら項垂れる。
着て来たドレスは悟に脱がされた(らしい)からどこにあるのか分からない。
今、手元にあるのは下着だけだけど、悟ときちんと話すにしたって下着姿というのは恥ずかしいし落ち着かない。仕方ないと、唯一バスルームに置かれていたバスローブを着て寝室へ戻る。
悟はまだシャワーを浴びているのか、戻ってきてはいなかった。
少しホっとして改めて部屋の中を見渡すと、寝室のクローゼットに赤いドレスがハンガーにかけられているのが見えた。ついでにコートまでしっかりかけられている。
でもバッグが見当たらず、ふと先ほど悟が出て行ったドアへ目を向けた。

「まさか…あっちの部屋?」

ゆっくりとドアを開けて顔だけ出して見ると、そこは本当に映画のような世界が広がっていた。
高い天井には大きなシャンデリア、一目で高級と分かる本革のソファに上品なデザインのガラステーブル。大きなテレビやバーカウンターなどが備え付けられているリビングは壁一面が窓になっていて、白み始めた冬空に部屋が浮いているように見えた。

「嘘…どんだけ上位ランクのスイートとったの…?悟ってば…」

少々唖然としながら窓から見える景色を眺めていた。
この部屋を見れば、悟が本気の相手に用意してくれたスイートだと嫌でも分かる。
が、ハッと我に返り、時計を見た。太陽が上がりかけているということは、つまりすでに朝なわけで、朝ということは仕事に行かなければならない。

「良かった…まだ6時過ぎ…」

と言ってもドレスのまま仕事に行くわけにはいかないから一度家まで戻らないといけない。
今日は特に大事な会議もないけど昨日休みを取っているから遅刻するのは勇気がいる。
けど不意にドアが開く音がして、窓ガラスにバスルームから出て来る悟が映ってドキっとする。

、気持ち悪いのは大丈夫?」
「…う、うん…」

悟も私と同じようにバスローブを羽織り、ミネラルウォーターを飲みながら歩いて来る。
その姿がやけに男の色気を漂わせているから、慌てて視線を反らして寝室へ戻ろうとした。
でもすぐに腕を引き寄せられ、気づけば悟の腕の中にきっちりと収められている。

「な…何…?」
「何ってお互いスッキリしたところで夕べの続き、しよーかと」
「…つ、続きって…」

と言い終わらないうちに顎を持ちあげられ、唇をやんわりと塞がれてしまった。

「ん…っ…ちょ、ちょっと…」

驚いて身を捩れば、更に腰を抱き寄せられ、悟は不満げな顔で私を見下ろして来た。

「何で逃げるわけ」
「な…何で…って…」
「夕べは可愛かったのに」
「…かっかわい…?って…な、何したの…?」

悟の意味深な笑みと言葉にドキっとして顔を上げれば、大きな手に頬を撫でられる。

は僕に甘えるように身を任せてくれたけど?」
「…う…うそ…だって何もしてないって…」
「それは最後までって意味」
「……え」

ということは、つまり。途中までは何かしらしたってこと?
さっき言ってた「途中で寝ちゃった」って、そういうこと?!
でも私の記憶には一切そんな色っぽい記憶は残っていない。

「う…嘘だよ、そんな…私が悟に甘えるとか…」
「酔いが覚めるとは素直じゃなくなるのが困る…。ああ、もう一回飲む?」

僅かに屈み、耳元でそんな言葉を艶のある声で囁きながら、悟は手のひらで私の頬や髪を撫でていく。逃げ出したいのに、その手の動きが泣きそうになるくらい優しくて、心臓から流れる血液が沸騰してるかのように全身が熱くなった。

「…の…飲むわけないでしょ…」

口をついて出た憎まれ口すら笑ってしまうくらい弱々しい。
悟の長い指が耳を撫でるように動いて、そっと髪をかけられるとダメだと分かってるのについ悟を見上げてしまった。
悟はこれまで見たこともないくらいに熱を秘めた眼差しで私を見ろしていて。
目が合うとゆっくりと屈んで、もう一度私の唇を塞ぐ。今度は抵抗すら許さないと言うように腰を抱き寄せ、髪を撫でていた手が首の後ろに回された。

「ん…ぁ…っ」

強引に上を向かされ、薄く開いた隙間から容赦なく熱い舌が侵入して来る。
逃げ惑う舌を器用に絡み取られ、くぐもった声が喉の奥から洩れてしまう。
身を捩ろうにも腰に巻き付いた手がそれを許さず、手のひらで腰のラインを確かめるように撫でながら、少しずつ下がってヒップラインを添うように太腿へと滑っていくのが分かった。

「さ…さと…る…待っ…あ、」

唇が離れたことで顔を背ければ、今度は無防備にさらされた耳へ口付けが降って来る。
舌先で耳輪を優しく舐め上げられ、首の後ろの辺りにゾクゾクとしたものが走った。
膝で強引に足を割られ、開かされる。ゆっくりとした動作で内腿を撫でられれば、肌が栗だつ感覚に思わず腰が引けそうになった。
しかしバスローブの下は何も身に付けていない。そのことを思い出して悟の手を慌てて止めた。

「ダ…ダメ…」
「…ダメ?何で」
「…何でって…んっ」

悟は問いかけながらも私の耳たぶに口づけたり、舐めたりしながら刺激を与えて来る。
耳も性感帯だと聞いたことはあるけど、こんな風に攻められたことはなく。
首からゾクゾクとしたものが何度となく、全身を駆け巡る。
初めての感覚に胸のドキドキがいっそう高まり、甘い痺れがそこから広がって肌がしっとりと汗ばんできた。

「…身体は素直だけど?」

首筋にも唇を這わせながら、悟が耳元で囁く。言われなくても私だってそれくらいの自覚はある。さっきから悟に触れられるたびに身体が勝手に反応して、今では甘い刺激のせいか全身が火照っていた。でもまだ悟の話すら聞いていないのに、なし崩しに関係を持つのは嫌だと思った。
今までの関係が大きく変化するというのに、こんな風に身体から入るなんて――。

「お…教えてくれるって…」
「…ん?」
「言ったでしょ…?夕べ…。何で…急にこんなことするのか…私…まだ聞いてない…」

悟から施される愛撫に耐えながら、何とか言葉にした。
すると悟の動きがハタと止まり、驚いたような顔で私を見下ろしている。

「え、まさか…それも覚えてない、とか…」
「え…?」
「…え?」

キョトンとする私を見て、悟の口元が僅かに引きつったのが分かった。
もしかして、私は凄く大事なことまで忘れてしまってるのかもしれない。

「はあ……マジ?」
「さ…悟?」

深い溜息とともに項垂れた悟は「まさか一世一代の初めての告白を忘れられるなんてね」と恨めしそうな顔で私を見下ろした。何だろう。記憶はないのにとてつもない罪悪感が襲ってくる。
ベッドに押し倒されたところで寝てしまったと思っていたけど、どうやら違ったようだ。

「…ひゃっ」

必死に夕べの記憶を取り戻そうとしていた時、いきなり抱き上げられて驚いた。
顔を上げると悟の不満そうな双眸と視線がかち合う。

「さ…さと…る?」
「忘れたなら思い出させてやるよ」
「…えっちょ、ちょっと…」

悟は軽々と私を抱きかかえ――憧れのお姫様抱っこなのに凄く怖い――寝室へと入って行く。
そして字のごとく私をベッドへ勢いよく放り投げた。

「…わっ」

思わず声を上げたけど、さすが高級ベッドだ。
私の体重をふんわりと受け止め、衝撃は半減したようだ。
でもホっとしたのもつかの間、すぐさま悟が私に覆いかぶさって怖い顔で見下ろしてくる。
この顔は何気に本気で怒っている顔で、きっと大事な記憶が私の頭からすっぽ抜けてるんだろうと思い知らされた気がした。

「さ…悟、ごめん…私――」
「"私も悟がずっとずっと好きだったのに、何で今頃そんなこと言うの"」
「……へ?」
「夕べが泣きながら僕に言った台詞」

ドキっとしてもう一度悟を見上げると、怒っているというより、今は少し拗ねたような顔になっている。ということは、さっきの台詞を本当に私は悟に対して言ったんだろう。
記憶にはないけど、でもそう私が言いたくなる気持ちは分かるから。

「…そ、そうだよ…何で今頃…」
「夕べちゃんと僕の気持ちは伝えたんだけど…いいよ。もう一回言ってあげる」
「え…」

不意に真剣な瞳に見つめられ、火照った頬が更に熱を持った。

「僕はが好きだよ。ずっと…子供の頃から大切に想って来たのはだけだ」
「…悟…」
「僕が高専の寮に入る前夜、が好きだって言ってくれた時も、本当は凄く嬉しかった。でも…僕の傍にを置いたら、きっと危険な目に合わせてしまうから――」
「わ…分かった…から…」

手を伸ばして悟の唇へ触れる。言いたいことが分かってしまった。悟は隠してたつもりだろうけど、悟が小さな頃から危ない目にあってきたことは薄々気づいていた。
うちの親は表向き普通の会社を経営してるけれど、昔から呪術界のスポンサーをしていて呪術界のことはもちろん把握している。
五条家に何かがあれば、それはうちの親の耳にも当然入って来るし、両親がそんなような話をしてるのを何度か聞いたことがあるのだ。
でも、そうか。あの頃はまだ子供で、ただ悟がいなくなってしまうことで頭がいっぱいだったけれど、悟は私が想像つかないような重たい運命を背負って生きて来たんだなと改めて思い知らされる。

…」
「ごめん…ごめんね、悟…」

今なら分かる。悟があんなことを言ったのは全て私の為だったんだと。
そしてそんな大事な話を忘れてしまった自分に、心底呆れてしまった。

「…もう、悟とデートする時はお酒飲まないようにする」

じわりと浮かんだ涙を誤魔化すように言えば、悟は一瞬だけ驚いた顔をして、すぐに笑みを浮かべた。

「僕としては酔っ払ったも可愛いから飲みたいなら飲んで欲しいけど?」
「……か…(可愛い?)」

さっきもそんなようなことを言ってたけど、私、ほんとに悟に甘えたりしたの?
だとしたら恥ずかしすぎるし、余計にお酒は飲みたくない。

「で…僕の気持ちは伝わった?」
「え?あ…」

そうだった。疑問に思ってたことは判明したし、悟がそんな風に想っててくれたことも分かって、もうふたりの間に何もわだかまりなんてない。
だから――だから?
ふと今の状況を思い出し、恐る恐る悟を見上げれば、熱のこもった碧い双眸と目が合った。

「じゃあ…もうの全てを僕のものにしちゃうけど、いい?」

その言葉の意味を分からないほど、もう子供じゃない。
さっきのキスを思い出して顔が一瞬で熱くなった。

「……あの…でも私…し、仕事あるし…もう準備しないと間に合わない――」
「ああ、それなら僕が電話して今日もは休ませますっておじさんに言っておいた」
「……は?」

おじさん、とは私の父のことで、私は父の会社の秘書課に努めている。
父は昔から悟に弱いから、きっと何も言えなかったに違いない。
いや、むしろ喜んでいるだろう。
五条家の跡取り息子である悟とくっつけたがっているというのは母からコッソリ聞いたことがある。私がこの前まで付き合ってた彼氏との結婚話をしに行った時は、心底ガッカリしていたことも。

「ちょ…な、何勝手に…」
「どうせ夕べのの飲みっぷりじゃ二日酔いだろうなと思って、夕べの内におじさんに連絡しといたんだよ。ああ、おじさん、どーぞどーぞ。娘は好きにして下さいだって」
「……(お父さん…!ってことはまだ娘の玉の輿を期待してるな?!)」

唖然としている私を見て、悟は笑いを噛み殺している。
どうして男同士って、こういう時に変な結束が生まれるんだろう。

「ってことで今日は1日ふたりきりで過ごせる」
「……い、1日…」
「せっかくスイート泊ってんだし一泊って手はないでしょ」
「で、でも…着替えとか…」
「それは手配してあるから午後には届く」
「……」

どうやら悟はこうなることを見越して色々と準備をしてたらしい。
私はその罠にまんまとはめられたのだ。

「なーにふくれっ面してんの」
「…だって…悟の手のひらで転がされてる気がしてきたし…」
「それは僕の台詞だよ。これまで僕がどんな気持ちでの元カレたちの話を聞いて来たと思う?」
「…え?」
は僕の気持ちをわざとかき乱してんのかなって思ったけど」
「ち、ちが…そっちがいつも訊いて来るからじゃない…。彼氏できたって聞かれるたびに悟は私が他の男と付き合っても平気なんだって思ったから、だったら彼氏見つけてやるって思って…」
「…何それ。僕のせいで彼氏作ったって言いたいわけ?」
「だ、だって…」

ムッとしたように口を突き出す悟を見て、私も思わず目を細める。
ベッドの上、それもふたりでバスローブという格好なのに、会話の内容はムードも何もあったものじゃない。これじゃ子供のケンカみたいだ、と思った時、悟が急に吹き出した。

「やーめた。これじゃいつものケンカと同じになるし」
「……え」

急に空気を変えた悟にドキっとして視線だけ上げると何とも意地悪な笑みを浮かべている。
こういう顔をしている時は大抵ろくなことを考えてないのが、この五条悟なのだ。

「な…何…」
「何ってキスしようかなと」

不意についていた手を私の顎へ滑らせ、顔を近づけて来る悟にギョっとする。

「な、何よ…その"そこに唇があったからします"的な言い方…」
「ぶは…っ面白いこと言うね、
「お、面白くな……んぅ」

背けていた顔を戻した瞬間、唇を塞がれて目を見開いた。
ベッドに沈みこむくらいに深く口付けられ、身体に悟の重みを感じる。
食べられちゃうんじゃないかと思うくらいの口付けに、息も絶え絶えになりながら何度も唇を啄まれて、舌先で翻弄されてしまう。
片手で器用にバスローブの紐を解くと、冷んやりとした悟の手が肌を這うのが分かる。
驚いて止めようとしたけど、冷えた指先が胸の膨らみに触れると、敏感な場所がすぐに主張してしまった。掠めるくらいに悟の指が触れるだけで、ビクリと肩が跳ねる。

「…って敏感なんだ」
「そ…そんな冷たい手で触るから…んっ」

耳元で恥ずかしい言葉を囁かれ、強がる私を翻弄するように、悟の指が悪戯に胸の尖りへ触れて来る。挑発的な言葉とは裏腹に、触れて来る手は優しくて、私のことを見つめる悟の表情は見たことがないくらいに甘ったるい。
逃げ出したいのに、身体の力はどんどん奪われて、悟の施す甘い快楽に溺れてしまいそうだ。

「さ…さと…る、ちょ…と待って…」
が可愛すぎて無理…。それに散々待ったし、これ以上はほんと無理」

首筋から頬、最後に耳へ唇を滑らしながら、悟が甘い吐息を吐くのが分かった。
耳たぶを舐められ、ゾクリとして首を窄めた私に気づいた悟は、満足そうな笑みを浮かべながら一言。

「今日は1日、を離さないから覚悟しておいて」

扇情的でいて挑戦的な言葉を囁く悟は、獲物を前にした猫のように、ペロリと唇を舐めて微笑む。それはペルシャというより、どこかおとぎ話に出て来るチェシャ猫のように、欲を孕む挑発的な笑みだった。



チェシャ猫の舌なめずり