溺愛事変

第六話:この心臓は君のもの

 

静かな廊下に数人の影が走る。その男達は風呂場の前で足を止め、互いに顔を見合わせた。人相が悪く、皆が黒装束に身を包んでいる。呪詛師集団のメンバーだ。

「今ここから話し声がしたぞ」
「ああ…よし。一斉に飛び込むぞ…」

男達は息を殺し顔を見合わせながら、一気に風呂場の扉を開け放つ。だがそこにいるはずの二人はいない。男達は何も誰もいない空間を見て、一瞬だけ気を緩めてしまった。

「なんだ…いねえ――」

と一歩、前に出て口を開きかけた男の肩に、ずしりと何かが乗った重みがした瞬間、ゴキっという鈍い音と共に視界が真横へ傾いた。悲鳴を上げることなく、男は即死状態で体が糸人形のように崩れ落ちる。後ろの二人はとっくに同じ状態で床に転がっていた。

「ったく。宿の中まで入ってくるなよ。ここで戦闘して建物が崩壊したら困るでしょーが」
「………」

術式を使った戦闘では大ごとになる為、なるべく静かに殺したかったようだ。男の首を折った手をパンパンと払いながら、五条が苦笑いを零す。その一部始終を衝立の後ろで見ていたは何とも言えない気持ちになった。相手が呪詛師といえ、呪霊とは違い人間だ。少しくらい躊躇いが交じってもおかしくない。だが五条は人を殺しても何ら普段と変わらなかった。

(まあ…非情にならなければ特級呪術師なんてやってられないんだろうけど…そもそもわたしを殺しに来た人達なわけだし…)

そう自分を納得させながら、はそっと辺りを見渡した。どうやら今の追手はこの男達だけだったようだ。その証拠に五条が「もうこの辺に敵はいないよ」と微笑む。本当に便利な眼ね、と思いながら、はホっと息を吐き出した。

「さ、別の追手が来る前に次の宿へ移動しようか」
「…ひゃっ」

近づいたの体を五条はいきなり担ぎ上げ、窓から外へと飛び出した。

「ちょ、ちょっと下ろして…っ」
「もう少し先まで行けば下ろしてあげるよ」

ジタバタしてみたところで状況は変わらない。も少しは五条について学習したのか、溜息を吐いて暴れるのをやめた。
五条はを抱えたまま、夜の町を足早に移動しながら泊まれそうな場所を探している。その様子を観察していたは、五条が何を考えているのかサッパリ分からないということだけが、分かった気がした。

(結局助けてくれてるけど…わたしが言ったことはどう思ってるんだろう)

――この心臓、わたしに譲って下さらない?
――それはそれで最高かも。

ふと先ほどの会話を思い出す。
本当に変わった男だとは思った。死んでくれても構わないとまで言われても、怒る気配すらなかった。どこかこの状況を楽しんでる節もある。五条悟のことを、本当に信用していいのかどうか、まだ考えあぐねていた。
その時、表通りより一本入った裏道を走っていた五条は移動するスピードを緩めて足を止めた。

「この辺で下ろすよ。この先は抱えてたら目立つしね」
「え?」

五条に下ろしてもらったは、すぐに振り返ったところで大きく目を見開いた。正面、裏通りを真っすぐ行ったところに、大通りのような大きな道が見える。そこはさっきの町はずれとは違い、かなり人通りも多く、明るい。

「こ、ここは…?」
「ああ、ここは日本で言うところの遊郭みたいな場所だよ」
「は…?遊郭…って…あの?」
「実は僕も最初にここへ来た時はこの場所で奴らと一泊したんだ。呪詛師の奴らの士気を上げる為だとかでさ。まあ、その時に軽く見て回ったけど、この辺りは人も多いし、少し隠れるにはもってこいのとこだよ」

五条は呑気にそう話すと「目立つから」と目隠しを外し、サングラスに付け替え、の手を引いて歩き出した。驚いていたも仕方なく着いて行くと、目の前に眩いばかりの灯りが現れ、思わず目を細めた。大きな城の形を模した建物が並び、全てに無数の提灯がぶら下がっている。それが辺りを眩しいくらいに照らしていた。
どうやら先ほど空中で見下ろした光はこの場所だったらしい。
朱色の美しい建物と、周りには華やかに着飾った女性たちが男達と闊歩していた。治安の悪い田舎町に連れて来られたのかと思っていただけに、街の華やかさには圧倒されてしまう。独特な世界観は、まるで日本の大正時代を思わせるような空気があった。

。あまりキョロキョロしない」
「…はっ」

ついお上りさんの如く辺りを見渡していたは、五条に言われてすぐに姿勢を正した。

「ここは…本当はどこなの…?」

先ほど、五条はここが北京郊外だと話していた。しかし、そんな田舎町にこれほど華やかな場所があるのは、どうも腑に落ちなかった。
の問いに五条は「さっき話した通り、ここは北京の外れ。ただし――」と言いながら、困ったように頭を掻いて苦笑いを浮かべた。

「ここは政府が統治していない島らしいんだよねー」
「……は?」

何を言ってるのか分からないと言うように、は眉間を寄せた。島、とはあの島だろうか?と、ついまた辺りを見渡してしまう。
のその様子を見て、五条は小さく息を吐くと「まあ、驚くよね」と肩を竦めた。

「知っての通り、中国と一口に言っても広大なのは分かるだろ。ここも北京と言ってもだいぶ距離がある東シナ海に浮かんだ小さな島なんだ」
「…東シナ海…」
「まあ、すぐ近くに北朝鮮があるって言えば分かる?」
「…な…」

何となく日本の近隣諸国の位置を把握していたは、驚きで言葉を失った。眠らされている間に海を渡り、島へ連れて来られたということだろうか。

「まあ、僕も連れて来られて知ったんだけど、ここは元々無人島で誰も寄り付かない小さな島だった。それを悪用した奴らがいるらしいな」
「…悪用?」
「そう。ここには中国だけじゃなく、近隣の国から売られてきた女たちが色を売る街。"天女島"だと教えてもらった」
「…て、天女…って、じゃ、じゃあ…アナタはそれを知ってて黙ってたの…?」
「いや、いきなり無法地帯の島だって話しても信じてくれなさそうだったし…見せた方が早いかなと。そもそもこの島のことは日本の上のヤツらも一部の人間しか知らないようだし」
「…し、信じられない…」

またも真実が一つ明らかになり、は混乱した。例え田舎町でも地続きなら、そのうち大使館などがある都会へ辿り着けるだろうと安易に考えていたからだ。五条と一緒なら容易い。だが島となると、そう簡単にはいかない。そして法外ともなれば、五条の言うように無法地帯というのも頷ける。そんな島から脱出するのは、そう簡単にはいかなそうだ。そもそも攫われてきたとはいえ、今の二人は不法入国という形になる。中国ではそう言った人間を問答無用で処罰することもあると聞く。処罰されずとも詳細が明らかになるまで拘束されることは間違いないはずだ。迂闊に目立った行動は出来ない。

「とにかく今日は休もう。その後のことは明日にでも――」

放心している様子のを気遣い、五条がそう言った時だった。

「悟さま!」

と声をかけられ、五条とついでにも声のした方へ視線を向けた。するとそこには艶やかな着物に身を包んだ女性が笑顔で手を振っている。そこはある遊郭の店先だった。

「え、悟さま、どこ?」
「ほら、そこよ」

三人ほどいた女達は日本語で話し、甲高い声を上げて騒いでいる。そして五条を見つけると、一斉に擦り寄って来たのを見て、はギョっとした。

「悟さま!今日も泊りに来て下さったの?」
「あ~いや…今日は違うんだけど」
「お仲間の方は?」
「ああ…アイツらは…仕事…かな?」
「そんなのいいわ。悟さまだけで。どうか私を呼んで下さいな」
「あ、アンタ、ヌケガケ!」
「みんな、ケンカしないで」

女性が三人、五条に群がりモメ始めたのを、は呆気にとられた様子で眺めていた。いったい何なの、これは…と言葉も出ない。

(この男…何で彼女達と知り合いなの…?最初に泊まったって言ってたけど…まさか彼女達の誰かとそういう仲・・・・・に…?)

あまりに親しげな様子を見て、内心イラっとする。自分を助けに来た先で遊女を買い、そのあげくわたしにプロポーズをしたの?と思うと、腹立たしいとさえ思う。

(何よ…鼻の下伸ばしちゃって)

遊女と楽しげに話す五条は、からはそう見えてしまう。

「ごめん。今夜は約束があって…」
「ちょっとだけならいいでしょ?」
「…うーん。困ったなあ」
「……っ?」

何故かニヤリと意味深な笑みを浮かべながら、五条がチラリとの方へ視線を向けてくる。それを見たは慌てて「ちょっと!寄り道してる場合じゃ――」と口を挟んだ。しかし五条は「少しくらい許してよ」と呑気なことを言いだした。

「それに僕はここを出たら死ななきゃいけないみたいだし?」
「…………」

大げさに溜息を吐いてみせた五条の言葉に、の表情が固まった。縋ってた遊女たちは「えー可哀そう…」と五条を慰めている。その光景を見ていたの脳内で「この男、本当に面倒くさい!」という思いが乱れ飛んでは消えていく。
地味にから言われたことを五条は根に持っていたようだ。

(だいたい死ねだなんて言ってないじゃない…!)

そう言い返したいのをグっと堪えながら、遊女たちと一緒に歩き出した五条の後を追いかけて行く。

「ちょ、ちょっと待って――」
「しつこい子だねぇ」
「きゃ…っ」

五条に伸ばした手を、遊女の一人に振り払われて足がよろけたは尻もちをつく羽目になった。人前で転んだことなどないは、一瞬で頬が赤く染まっていく。

「はぁ?ちょっと振り払っただけじゃない。悟さまの気でも引こうっていうの?あざといねえ」
「ち、違…っ」

あまりの言い草にムっとして言い返そうとした時、周りにいた通行人に見られていることに気づき、は小さく息を飲んだ。皆がヒソヒソと話し、を見て笑っている。その現実が信じられず、はしばし放心してしまった。こんな扱いはこれまで生きてきて受けたこともない。

(…酷い…五条家にいればこんな扱いは絶対に受けないのに…)

ただ考えてみれば、幼い頃からは一人で五条家から出たことがない。常に護衛隊が傍につき、彼女のことを見守っているからだ。

(この状態であの男にも見放されたらどうなるの…?)

そう考えると急に怖くなってきたものの、この状況を怖がって何もしないのはダメだというのも分かっている。

(そう…こんなんじゃダメだ…。誰かに頼ることに慣れちゃいけない。自分から立ち上がらないと…前に進めない)

の姿を、五条は黙って見ている。それはどこか観察しているようだった。本家の跡取りが、この事態をどう対処してみせるのか。泣いて蹲るのか。それとも立ち上がり、自分で打破するのか。の器量を見極めているかのような視線だ。それに気づいた時、あんな男に全てを委ねてはいけないと思った。
その時、北京語で話しかけられ、ふと顔を上げると、目の前には四十代くらいの男がしゃがみこみ、の方へおにぎりを差し出していた。男はすぐそこの店の人間らしい。

「"青っちろい顔して…これでも食って元気だしな。かわいこちゃん"」
「………(かわいこちゃん…)」

少し訛りのある言葉ではあったが、どうにかヒヤリングをしたは、目の前に出されたおにぎりを見て、喉がゴクリと鳴った。そう言えばまともな食事は殆ど摂っていない。ついそれに手を伸ばした時だった。先ほどの手を振り払った遊女が近づいてきて、おにぎりの乗った皿を男から奪った。

「ほら、早く受け取らないと――って、あ~手が滑っちゃったぁ!」
「………」

ガシャンという音と共に皿は割れて、乗っていたおにぎりが二つ、地面に落ちた。その衝撃で形は崩れてしまっている。遊女はそれを見て「あーら、ごめんなさい」と白々しく謝ってはいるが、今の行為がわざとだというのは明らかだ。
しかしは「いえ…」と首を振り、何を思ったのか地面に落ちたおにぎりを両手で拾うと、土や砂利のついたそれを徐に自らの口内へと放り込んだ。

「「は…?」」

呆気にとられたのは遊女たちだった。まさか地面に落ちた米を拾い食いするとは思っていなかったようだ。
はそんな女達に構うことなく、おにぎりを頬張ると、しっかり食べ終えた後、食事を与えてくれた男性にニッコリ微笑んだ。

「"ご馳走様でした。今、ここでお礼をさせて下さい。今後いつお会いできるか分かりませんので"」

流暢な北京語でお礼を伝えると、おにぎりをくれた男の頬がほんのり赤く染まる。は遊女の手に握られていた扇子を「お借りします」と言って勝手に取ると、それを使い、子供の頃から習っていた日本舞踊をその場で舞った。長い黒髪をなびかせ、指先まで繊細な動きで舞う姿は、周りに集まって来た男達の視線を釘付けにする。久しぶりに舞うはずが、しっかりと体がその動きを覚えていた。やけに頭の中がスッキリして、さっきまでの動揺は綺麗に消えている。今は自分が出来ることを一つ一つやりながら、前へ進むしかないと気づいた。

(こんなところで立ち止まってはいられない…わたしに生き抜く力がないのなら、また一からつければいい)

本来、五条家当主になる為、日夜を捧げて生きてきたには、逆境に立ち向かう勇気と度胸がある。それを思い出した。

(何としてでも帰国する…そして再び病を克服し、五条家の為の結婚をして、将来わたしは本家の当主として、必ず家の役に立ってみせる――)

そう決心をしたら、心が強くなった気がした。
舞を終えて扇子を閉じると、誰からともなく拍手が生まれ、それはすぐに大きなものへと変わっていった。

「アンタ、どこの店の子?着物を着てるってことは日本人?どうかな、ウチで働かないかい?」
「いや、オレが先に目をつけてたんだ。ウチで働いておくれよ」
「え?あ、あの…」

突然、周りで見物していた男達が、の周りへ群がってくる。男達はどこかの店の店主らしい。をどうにか自分の店へと勧誘しているようだ。
そんなつもりはなかったも、その光景に戸惑いながら男達の揉め事を見ていると、突然体を引き寄せられた。

「…

驚いて顔を上げると、五条がいつの間にかを自分の腕の中へと収めている。

「さ、悟さん…」
「行こうか」
「え?ちょ…」

いきなりの手を引いて歩き出した五条に、も慌ててついて行く。五条は遊郭のある通りを一度出ると、裏へ続く山道へと上がって行った。

「あの、どこへ――」
「さっきの子達はさ。ここへ来た時に情報を聞きだすのに親しくなったんだ。日本人だったから声かけたんだけど――」
「何も聞いてませんが」

突然、自分の行動の意味を話しだした五条の言葉を遮ると、はプイっとそっぽを向く。五条は一瞬キョトンとした顔をしたものの、一度足を止めての顔を覗き込んだ。

「でも…怒ってる」
「…何故、彼女達について行ったの…?」
「ちょっと話を聞こうと思っただけだよ。知らない土地で情報は大事だし」
「…嘘ばっかり。またわたしの反応を見て楽しんでいただけでしょ」

笑顔を浮かべて応える五条を見て、はイライラしたように言った。

「まさか。本当に話を聞きたくて――」
「わたし…別に助けてくれるならアナタじゃなくてもいいんです」

イライラをぶつけるよう、はついそんな言葉を言ってしまった。言い訳めいたことを言われたからかもしれない。五条は何も言わず、黙ったままを見つめている。思わず視線を反らしてしまったのは、今の言葉が本心ではないからだ。

「先ほども何人かの男性が声をかけてくれたし…」

(なんて言って…あっさり見捨てられたりして…)

五条に気持ちを試されるようなことばかりされ、その意趣返しで思わず言ってしまったは、内心ちょっと言い過ぎたかなと反省しかけた。だがすぐに思い直す。

(いえ…いつまでもあんな態度をされたら困る。ここは一発ビシっと言っておかないと…)

そんなことを考えていると、不意に伸びてきた腕がの肩を掴んだ。驚いて顔を上げると、いつになく真剣な五条の蒼眼と目が合う。

「ダメだ」
「…え?」
「からかったりして悪かったよ…ごめん」
「さ、悟さん…?」
には僕じゃないとダメだよ。僕じゃないと助けられない――」

いきなり真面目な顔でそんなことを言いだした五条は、の肩を掴んでいた手をパっと放し、最後にもう一度「だから…ごめん…」と謝った。あまりに素直な謝罪に、さすがのもビックリしてしまう。

(いったい何なの…?必死になって…これも嘘?からかってるの?)

あまりの五条の変わりように、は怪訝そうに眉根を寄せる。散々な態度をとられてきたせいで、いまいち信用できない。ただ五条の余裕のなさそうな態度はも初めて見た。美しい虹彩が右へ左へと行ったり来たり、忙しなく泳いでいる。

(明らかに今までと様子が違う…本当にしょんぼりしてるし…)

もし本当に落ち込んでいるのなら、それはそれで驚いてしまう。
だがその時、五条が何かを見つけたように「あ」と声を上げた。

、こっち」
「え…?な、何…?まさか追手がっ?」

いきなりの手首を掴み、強引に坂道を上がっていく五条に慌てて声をかける。だが脇道に入った五条は「ほら」と言って、目の前の森林を指さした。

「え…」

が前方へ目を向けると、そこには無数の小さな光。

「…ほ、蛍…?」
「うん。は見たことある?」
「い、いえ…初めて見たかも…」

今の日本では蛍も減少し、昔のように簡単に見られる場所は少ないと聞く。も話に聞いたことはあれど、実際にこの光を見たのは初めてだった。

「綺麗…まるで光に包まれてるみたい…」
「…ここは長い間、無人島だったらしいから、まだ生き残ってるみたいだね」
「…そうね。都会じゃこの子達は生きられない」

儚い光を灯しながらふわふわと飛んでいる蛍を見て、は自分の心臓へ手を添えた。いつ止まるかもしれない心音は、蛍の淡い光のように頼りない。

「…機嫌直って良かった」
「え…?」

不意に五条が呟き、顔を上げると、蛍を見つめたまま嬉しそうな笑みを浮かべている。

「お嬢様ってこういうの好きかと思って。嬉しい?」

聞きながら見つめてくるその優しい眼差しにドキリとして、つい視線を反らしてしまった。ただ、嬉しいのは本当だ。

「まあ…初めて見るものだし…」

そんな目で見つめないで欲しい。そう思っていた時だった。再び手を掴まれ、ギョっとした。五条はの手をそっと自分の胸に当てた。手のひらから心音がトクントクン…と伝わってくる。

「ちょ、いきなり何を――」
「心臓を譲る譲らないの話の途中だったよね」
「…っ?」
「この心臓はもうのものだよ」
「は…?何を言って…」

突然、訳の分からないことを言いだした五条に戸惑い、あれは冗談だと言おうとした。ただやけに真剣な顔を見せるから何も言えなくなる。

「僕の体は自分の道具だと思って雑に使ってくれて構わない」
「…あ、あのね…さっきのアレは本気じゃなくて――」
「好きだよ…」
「……っ?」
「ずっと僕のそばから離れないで」

軽い眩暈を感じた。淡い光に包まれながら、美しい男に初めて真剣に告白をされ、の鼓動がかすかに音を奏でる。五条の蒼眼が蛍の光に反射して、キラキラと輝いていた。その眼差しさえ、冗談で言っているようには見えない。

(大きくて骨ばった手…わたしを気遣い、優しく握ってくれてるのが分かる…)

先ほど、見知らぬ人達の前で舞った自分の意外な行動も、この蛍の光も、五条がいなければ経験できなかったことだ。
めちゃくちゃなことばかり言われた気がしたものの、何故か彼のことを憎めないと思ってしまった。

(五条悟…彼が六眼でなければ仲良く出来たかもしれない…)

ふとそう思いながら、過去に会った日のことを思い出す。
ただ、には一つだけ疑問があった。
いくら本家の長女とはいえ、五条がここまで自分を必死に求める理由が分からない。先ほどの告白はただ単に口から言っただけのものとは思えないほど真剣で、それほどの熱量があった気がしたのだ。
口から出まかせの告白にしては、真に迫るものがあった。

(まさか…この人は本当にわたしのことを…?でも、何故そこまで…?)

これまで五条とは公の場でしか顔を合わせてはいない。会っても挨拶のみで、こんなに話したのは今回が初めてだった。
そんなことを考えていたものの。ふと見れば手がしっかり握られたままなのに気づき、は慌てて五条から離れた。

「そ…そう言えば…こ、これからどうするんですか…?島なら船で脱出するしかないでしょう?」
「ああ、そのことも考えないとね」

五条はそう言いながら、を促して元来た道を歩いて行く。

「…でも今夜はまず体を休めて欲しい。さっきの子達に泊まれる場所を聞いたんだ。今夜はそこに泊まろう」
「え…?」

五条の言葉に驚き、顔を上げると、五条が再び手を差し伸べてきた。

(何だ…ただデレデレしてたわけじゃなかったんだ)

五条の行動の意味を知り、は何故かホっとした。
だからこそ、差し出された手を素直にとることが出来たのかもしれない。