第四話:いざなう指



※軽めの性的表現があります。



2018年――某日。


空に向かって高く聳えるマンションを見上げた。最上階の辺りは梅雨明け前とは思えない綿あめのような初夏らしい雲がかかっている。太陽が照り付ける中、遥か頭上に見える澄んだ青空を見ていると、五条くんの瞳を思い出した。たったそれだけで胸の奥が疼く。
軽く深呼吸をしてからオートロックを開けてロビーへと入る。約束の時間は一時間も過ぎていた。エレベーターで一番上まで上がり、誰もいないフロアを足早に進む。目的の角部屋まで来ると、もう一度だけ、深く深呼吸をした。鞄の中から部屋の鍵を取り出すと、静かに解錠する。ドアを開けた瞬間、嗅ぎ慣れたお香がふわりと漂ってきた。玄関に入ると、そこには彼の靴がある。いや、いるのは知っているのだからあるのは当たり前だ。

「…五条くん」

靴を脱いで声をかけたけど、彼に会うより先に洗面所へ向かう。そこで軽く手荒いをしてうがいをすると、少しだけスッキリした。ただ口内を濡らしたことで酷く喉が渇いてることに気づく。鏡に映る自分の顔はかすかに汗をかいていて、ついでに水で顔も洗った。炎天下の中をウロウロしてたせいで、どうせメイクも落ちてしまっている。ポタポタと顎から水が滴り落ちて、それを引っかけてあるフェイスタオルで軽く拭った。ふわりと五条くんの匂いがする。たったそれだけで全身が火照ってくるのだから、自分のあさましさに嫌になってしまう。

「五条くん?」

タオルを洗濯機へ放り込むと、わたしは真っすぐリビングへ向かった。でもそこに彼の姿はない。もしかして、と今度は寝室に足を向けた。海外出張から今朝戻ってきたはずだから、もしかしたら寝てるのかもしれない。ノックはせずに静かにドアを開けると、寝室の中は案の定、薄暗かった。一歩足を踏み入れると自然に息を殺してしまうのは、時差ぼけで寝てるのなら起こしたくないと思ったからだ。普段あまり睡眠をとることのない五条くんだからこそ、眠れる時は眠って欲しい。

(あ…やっぱり寝てる…)

待ちくたびれて寝てしまったのかもしれない。奥にあるキングサイズのベッドの端っこに五条くんはいた。あんなに大きなベッドなのに何故かいつも端っこへ寄って寝ている。それは彼のクセ、かと思っていた。でもある時、五条くんは言った。

――が帰って来た時、もし真ん中に僕が寝てたらの寝場所がないでしょ。だから寝る時は左側を空けるのクセになったんだよ。

端っこで寝てるのはどうやらわたしの為だったらしい。それを知った時は素直に嬉しかった。

(相変わらず…綺麗な寝顔…)

ベッドの傍にしゃがんで顔を寄せると、ふわりと甘い香りがした。五条くんの部屋と同じ匂いだ。この匂いはわたしをホっとさせる。心が安らぐ。いつの間にか、そんな風に感じるようになっていた。そして必ず――わたしの体を疼かせるのだ。気づけば甘い匂いに誘われるように、仰向けで眠っている五条くんのくちびるへ自分のくちびるを寄せていた。彼の寝息をくちびるに感じるくらいに近づける。でも触れ合う寸前、伸びて来た腕にベッドの中へ引きずり込まれた。

「ご…五条…くん…っ?」
「…遅い。待ちくたびれた…」

どうやら彼はとっくに目を覚ましていたらしい。横向きに体勢を変えた五条くんは、ちょっとだけスネたようにその美しい瞳を細めてみせた。口の中でごめん、と呟く。そう言えば、五条くんが優しく「いいよ」と言ってくれるのは分かっている。至近距離で見つめ合っているのが照れくさくて目を伏せた瞬間、わたしのくちびるは五条くんに奪われていた。ちゅっと甘い音を奏でながら、何度も触れ合う。彼のキスをすんなりと受け入れるようになったのはいつからだったろう。最初は触れるだけのキスでも死ぬほど恥ずかしかったというのに、今では物足りないなんて思ってしまう。そんな気持ちが伝わったのか、くちびるの隙間から彼の舌が入って来た。

「ん…ぅ…」

温かくて柔らかな舌の感触が気持ちいい。五条くんの熱い吐息に反応して、わたしも体が熱くなっていく。甘ったるくて、わたしのことが好きだと全身で伝えるようなキスに、いつものように酔わされていく。

「…可愛い。気持ちいいって顔してる」

キスの合間に、熱を帯びて掠れた声が耳元で囁く。そしてまたすぐに口付けられた。舌を絡ませ合うキスはわたしの気分も高揚させていく。それに呼応して体の奥の方がジンと火照ってきた。五条くんは敏感にわたしの気持ちを察して、腰から太腿までそっと手を滑らせる。そのままスカートの中へ指先が忍び込んで来た。

「…ん、」

ショーツの上から亀裂をゆっくりとなぞられ、ゾクリとする。同時に下腹部の奥がジンジンと熱を増してきて、自然と潤みを帯びてくるのが自分でも分かった。恥ずかしいのに、五条くんに与えられる快楽を知った体は、貪欲にそれを貪ろうとする。

「腰、揺らしちゃって…かわい」
「…ん…ぁ」

耳元で囁かれて首の辺りがゾクゾクとした。その瞬間、ショーツの中に指が侵入して、すっかり濡らされた場所を直に撫で始めた。ヌルヌルと動く指の刺激で、また更にとろりとしたものが溢れてくる。

「…ん、…んんっ」
「キスだけで濡れちゃったんだ」
「…ち、違…っあ…」
「違わないでしょ。ここ触られたかったクセに」
「…ん…は…ぁ…」

二本の指が襞の間に入り込んで、更に動きを速めていく。すっかり膨らんだ場所を、わざと避けるように、厭らしく指を動かす五条くんも、かすかに呼吸が乱れている。さっきから太腿に当たっている彼の劣情は、どんどん硬さを増していってる気がした。

「ご…五条く…ん」

ぎゅっと胸元のシャツに皺をつけてしがみつくと、彼はかすかに笑ったようだった。何かも分かっているクセに、知らないフリをする。

「…んぁっ」

すっかり蕩けている場所へゆっくりと指が埋められていく。浅い場所をひっかくようにしたり、奥までずんと突いたり。彼の指はまるでわたしを快楽の渦へ誘うよう好き勝手に動く。そしてまたわたしを高みへ押し上げていくんだから嫌になる。
絶対に――わたしを抱かないくせに。