第六話:君の方が甘い。


ふわふわのショートケーキから始まって、自家製コンフィチュール、ストロベリームースに、スイパラプリン。どれもこれもが極上で、サンバとジルバが同時開催してるかのように口内の中が甘味で踊ってる。わたしにとっての至福の時だ。

「ん~!美味しい~っ」

ホクホクしながら最後のプリンにスプーンを入れていると、向かい側で静かに堪能していたらしい五条くんが呆れたように笑いだした。

「オマエ、ほんと美味そうに食うなぁ」
「だって本当に美味しいもん。五条くんもそう思うでしょ?」
「まあ、美味しいけど……の悶えてる姿を見てる方がおもれーわ」
「面白いって…人が幸せ噛みしめてるのに面白がらないでよ」

ちょっと睨みつつ苦情を言ったものの、プリンを口に入れればまた頬が綻んで、それを見た五条くんに吹き出された。あげくサングラスを外して目尻に浮かんだ涙を拭いている。そんなに面白い顔をしてるんだろうかと心配になるけど、結局のところ気を付けてたって美味しい物を食べてしまえば同じだ。

「もー!五条くん、人の顔ばかり見てないで食べなよ」
「食べてるって」

五条くんはそう言いながら、追加で頼んだプリンロールなるものを食べ始めた。ふわふわのスポンジにくるまれたプリンを見て、丸ごとプリンじゃなくそっちにすれば良かったかなと小さな後悔が生まれる。ついつい最初に目に入った物を選んでしまいがちなわたしは、どの店でも後でゆっくりメニューを見て、いつも小さな後悔をするまでがデフォルトだ。そんなわたしの癖を知ってる五条くんが、向かい側からの熱い視線に気づいてふと顔を上げた。

「まーたオマエ、こっちにしときゃ良かったなーとか思ってんだろ」
「う…」

ニヤリと笑う五条くんは楽しげに頬杖をつきながらフォークをプラプラさせている。でもふとプリンロールの乗ったお皿をわたしの方へ差し出した。

「食う?」
「え…いいの…?」

いつもなら意地悪して散々見せつけてから全部自分で食べてた気がするのに、今日は何か優しい。ちょっとビックリしていると五条くんは「いいよ」とその綺麗な顔に笑みまで浮かべた。よく分からないけどくれると言うなら一つだけ…とフォークに持ち直して手を伸ばそうとした。でも途中でふと止まる。

(待てよ…?油断させてわたしがプリンロールに手を付けようとした瞬間、横から掻っ攫っていく作戦かも…)

という思いが過ぎる。五条くんだもん。平気でそういうことをしそうだ。

「…どうした?食わねえの」
「どうせ食べようとしたら自分が食べちゃう気でしょ」
「…は?」
「目の前で盗られてショック受けたわたしを笑う気だ」
「…あのなあ。そこまで意地悪くねえし。オマエの中のオレはどんだけ小学生なんだよ」
「"五条は永遠の小学生だ"って硝子ちゃんが言ってた」
「………」

硝子ちゃんの言葉を伝えたら五条くんの綺麗な瞳は半分になってしまった。わたしが言ったわけじゃないけど何か怖い。そもそも普段からそういう悪戯をしてるから五条くんは信用がないのだ。

「んじゃーいらねーんだな?」
「え……」

五条くんは不機嫌そうにわたしの前に置いたプリンロールのお皿をずいっと自分の方へ戻してしまった。そうなると途端に惜しくなるのが人間だ。つい手を伸ばしかけた。その瞬間、顏の前にヌっとプリンロールの方から近づいてきてギョっとする。

「え」
「あーん」

五条くんはプリンロールに直接フォークをさして、わたしの口元へ運んでくれたらしい。かすかに美味しそうな甘い香りが鼻腔を刺激していく。その誘惑には抗えず、素直に口を開けた。次の瞬間、ふわふわな食感が口内に広がって、プリンのぷるぷる感があとからやってくる。

「…おいひい」
「だろ?ほら、これ食っていいから」

五条くんはフォークごとわたしに持たせて、自分は新しいフォークで残りのプリンロールを食べ始めた。わたしはすっかり食べることに夢中で、それがどういう意味なのか気づいていなかった。でも食べ終わった後、自分の手元にフォークが二つあるのを見て、ふと気づく。

(これって…五条くんの使ってたフォーク…だよね…。え、っていうかさっきの…)

あまりに自然な流れで受け取って食べてしまったけど、地味に間接キッスなのでは?と思ったら、顏がじわじわ熱くなって来た。今までスイーツに夢中だった気持ちが、散々食べたことで落ち着き、わたしに冷静さを取り戻していく。フォークもそうだけど、さっきさりげなく「あーん」ってされた気がする。あれもカップル限定の必殺技なのでは?

「何だよ…」
「なな何でもない…」

コーラを飲んでいる五条くんをジッと見てたら怪訝そうな顔をされてしまった。窓際の席だから差し込む陽の光に透けて、柔らかそうな五条くんの髪がキラキラしてるし、サングラスを外して惜しげもなく披露している瞳は窓の外に見える青空を写し取ったみたいに綺麗だ。初対面の時も思ったけど、全体的に反則級の美しさだと思う。普段あまり意識しないようにしてるけど、こうして二人きりだと、つい意識してしまいそうになる。でもダメダメと冷静になった。呪術師はそういう対象から外してる。一時の感情で間違ってはいけないと自分に言い聞かせた。

(それにしても…周りからの視線が痛すぎるんですけど…)

この店は当然お客というものは女の子が圧倒的に多い。カップルも何組かいることにはいるけど、ほぼ店内は女子で埋め尽くされている。そこに五条くんみたいな目立つ男がスイーツを貪ってるのだから更に目立つ。ついでに顔面偏差値が特級レベルとくれば、女子の視線を独り占めするのは当たり前かもしれない。一緒にこの店に来る時は早く食べたいという気持ちが大きくて他のことは考えられなかったけど、この状況は容易く想像できたはずなのに。

「…?どうした?急に大人しくなって。腹でも痛てえの?」
「ち、違う…」

小首をかしげて尋ねてくる五条くんはどこの少女漫画から抜け出したんですかってなくらい、イケメン臭が駄々洩れてて凄い。いや、そんなことより周りの女子のわたしを見る目つきが怖い。こんなしょぼい女がこのイケメンの彼女~?みたいな空気をひしひしと感じてしまう。コレもある意味、呪いなのでは。

「んじゃー食い足りねえとか?」
「お、お腹いっぱい」
「そう?んじゃーどーするよ」
「え…?」

てっきり「帰るか」って言うのかと思った。

「どうするって…」
「まだ明るいし帰るには早いじゃん。どっか行こうぜ」
「え…」
「何だよ。何か用でもあんの?」
「な、ない…けど」
「じゃあ行こう」

五条くんはコーラを飲み干すと席を立った。それを見てわたしもすぐに後を追うと、支払いは全て五条くんが払ってくれている。いつもは硝子ちゃんや夏油くんといるから先輩多めの割り勘って感じなのに。今日は二人だし気を遣ってくれたのかとお財布から自分のお金を出した。

「割り勘でいいよ?」
「あ?いいよ。今日はオレが払う」
「でも…」
「いいって言ってんの。ほれ、行くぞ」

サッサと支払いを済ませると、五条くんはわたしの頭をワシャワシャ撫でて歩いて行ってしまう。その瞬間、周りからは「きゃー仲いいね~」「私もナデナデされたーい」というひそひそ声が聞こえてきた。いやナデナデなんていいものじゃなかったし、と思いつつ。急に恥ずかしくなってわたしも急いで店を出た。
おかしい。今日の五条くんは何かおかしい。さっき食べたスイーツよりも、甘い気がする。

「おい、。早く来いよ」

店を出ると、五条くんが笑顔で手を振ってる。後光を背負ってるのかと思うほどに眩しく、優しい笑顔だった。



△▼△


(これって…デートっぽくねえ?)

目の前の敵を倒しながら横目での様子を伺いつつ、顏がニヤケそうになった。
今はが行きたいと言った近くの大きなゲームセンターに来ている。その中で彼女が選んだのはホラー。ゾンビを倒してダンジョンを進めるゲームを一緒にしているところだ。

「あーっのライフやばいって」
「え?あーっ」

最後、のキャラがゾンビにかじられ、ゲームオーバーになり、は「もぉ~!」と怒っている。さっきから同じ場所で死んで進めないのが悔しいようだ。

「オマエ、ゲーム下手くそだなー」
「む…だって今までやったことなかったし仕方ないじゃない」
「マジで?ゲームしない人生なんてあるのかよ」
「ごめんね、田舎者で」

拗ねたのか、はプイっとそっぽを向いてしまった。いや、怒らせてどーする。

「田舎者なんて言ってねえし思ってねえよ」
「うーそばっかり」
「嘘じゃねーよ。むしろ素朴でいいんじゃねーの?」
「…素朴なんて誉め言葉じゃないもん」

はむうっと口を尖らせつつ、財布から小銭を出してコンティニューしようとしてる。それを眺めていると、つい本音が零れ落ちた。いつも元気に笑うところも、ちょっと拗ねて口を尖らせるところも、全部――。

「じゃあ……可愛い」
「え…?」

ちゃりん…と100円玉が機械の中へ落ちる音が響く中、が驚いたようにオレを見上げた。その顏を見てると、本音がどんどん溢れてくる。

「…は…可愛い…と思う」
「五条くん…?」

瞳を揺らして、彼女の頬がかすかに赤くなっていく。のその顔を見てたら自然に。そう、本当にごく自然に好きだなと思った。そんな自分で自分にビックリして。でも体のどこかから溢れてくるあったかいものは、そういうことなのかもしれない。

「オレ、のこと好きだわ」

ムードも何もない場所で、人生初の告白。その瞬間、操作を放棄していたゲーム機の画面に"GAME OVER"の文字が浮かび上がった。
それは、この先の二人の行く末を、暗示していたのかもしれない。