第七話:解釈違い


――オレ、のこと好きだわ。
――わたしも五条くん好きだよ。これからも先輩後輩として宜しくね!

そんな会話を交わした次の日、先輩術師の冥さんが先日任務のお手伝いをしたことへのお礼を持ってやってきた。ゴディバのチョコなんてさすが冥さんだ。
そこで一緒にお茶を飲んだ際、何気なく大人の冥さんに相談の意味も込めてその話をしたら苦笑された。「五条くん、かわいそうに」なんて艶っぽい笑みを浮かべるからこっちがドキドキしてしまう。でも、やっぱり五条くんのあの言葉はそういう意味・・・・・・だったってことなのかな。一瞬告白されたのかと驚いたけど、あの五条くんがまさかわたしを?ないないとすぐに打ち消して。だからあの返しをした。言ったことは本心だし問題ない。だからホントに半信半疑だったものの。冥さんがあまりに意味ありげな笑みを浮かべてジっと見つめてくるから、だんだんとそんな気にもなってくる。

「いいね。何か青春って感じがするよ」
「え、そうですか…?」
「それで?」
「え?」
の返事に彼はなんて言ってたんだい?」

冥さんはコーヒーを飲みながら、その色っぽい視線をわたしに向けてくる。高専に入って思ったのは、女性術師の皆さんは美人が多くて驚いたことだ。硝子ちゃんも男勝りだけどナチュラル美人だし、歌姫さんは可愛らしいし、冥さんはザ・大人の女って感じで素敵だ。術師にしておくのがもったない人材が多すぎる。でも呪術師は少しイカレてないと出来ないと五条くんが前に言ってた通り、皆さんそれぞれ少し変わってる。特に冥さんはこれほどの美貌を持っているのにお金にしか興味がない。

「意外、です」
「ん?」
「冥さんってお金のことにしか興味ないのかと。五条くんの反応、興味ありますか?」
「ふふ…そりゃ彼がうっかり好きと言ってしまうほど女の子に興味を示すのは珍しいから多少はね」
「え…珍しいんですか?誰にでも言ってると思いますけど…」

五条悟という男は腹が立つほど女の子からモテる。あの容姿にスタイルの良さ。モテないわけがない。性格が難ありでも、世の女の子はやっぱり心のどこかで王子様のような容姿の男に弱いのだ。少女漫画のヒロインが恋する男はブサイクだったためしがない。みーんな完璧で端正な顔立ちをしてる。だから漫画の世界から抜け出て来たような五条くんがモテるのは当然のことだと思う。そんな五条くんが女の子に興味を持つのが珍しいって、それも意外だと思った。嫌でも寄って来るだろうし選びたい放題じゃないか。

「誰にも、ねえ。少なくとも私は昔から五条悟という男を知ってるけど…彼が女の子に好きだなんて言葉を吐いた姿は見たことがない…とでも言っておこうか」
「…え」

付き合いの長い冥さんでも見たことがない。つまりそれって…わたしにだけって言いたいのかな。

「で?彼はなんて?」

やっぱりそこは気になるらしい。冥さんは少しだけ身を乗り出し、わたしの顔を覗き込んできた。彼女の綺麗な髪がさらりと揺れる。

「あ…えっと…何となく…ビックリしてたような…その後はゲーム再開したので、その話題は出ませんでした。でも帰りはほぼ無言というか…」
「ははは…あの男が落ち込んだ姿、ちょっと見たかったな」

冥さんがさも楽しげに笑うから釣られて笑う。でもそうか。五条くんのあれは落ち込んでたのか。

(え、ちょっと待って。ということは――あの告白は本気…ってこと…?!)

こういう時、田舎者+恋愛初心者が出てしまう。男の子から告白なんて当然されたことがないのだから、微妙な男心とか分かるはずもない。ついでに言えば五条くんは分かりにくい部類だと思う。好きな相手には普通優しくするはずなのに、五条くんは――。

(でも昨日は何か優しかったな…スイーツも分けてくれたし、何故かおごってくれたし…)

その時のことを思い出していると、ついでに間接キスのことまで頭に浮かんで心臓が変な音を立てた。すると向かいに座っている冥さんが「ふふ…」っと笑う。

「おやおや…顔が真っ赤だよ」
「えっ」
「その顏は…脈あり?」
「い、いえ…なななないですっ」

慌ててブンブンと首を振ると、冥さんは意外といった顔で首を傾げた。

「それはまたどうして?」
「な、何か食いつきますね、冥さん…」
「気にするな。単なる好奇心だ」

冥さんは澄ました顔で笑うと、再びコーヒーをゆっくりと味わいだした。わたしの返事待ちかな、と思い、自分の本音を話してみることにした。

「わたし…呪術師は嫌なんです…」
「…何故だい?」
「普通の付き合いにはならないだろうし…色々と複雑というか…」

高専を卒業したら呪術師を辞めるつもりだった。でもさすがにそれは冥さんにも言えない。呪術師を辞めるのに恋人が呪術師では意味がないのだ。

「ウチの父はわたしが子供の頃から厳しい人でした。血反吐を吐く思いで術式の訓練や体術の特訓を毎日毎日やらされて…。だから…」

と、そこで言葉を切る。冥さんは「なるほど…」と言ったきり、それ以上聞いてこようとはしなかった。彼女も呪術師だから気を悪くしたのかとも思ったけど、その後にポツリと「大変だったね」と言って微笑んでくれた。

「確かは呪術師になりたくないから普通の高校に勝手に入学したんだっけ」
「はあ、まあ…でもすぐバレてお迎え来ちゃいましたけど」
「なりたくないのものになる辛さは何となく分かるよ」
「冥さんもそうなんですか?」
「私?私はお金になれば何にでもなるさ。まあ一番呪術師に向いてただけのこと」
「……(やっぱりお金か)」

冥さんらしい答えだと思いながらコーラを飲んでいると「おや、噂をすれば」と冥さんが呟く。ふと顔を上げれば談話室に現れたのは五条くんと夏油くんだった。わたしの心臓が凄い音を奏でた気がする。

「あれ、冥さんじゃん。こんなとこで何してんの」

五条くんは普段と変わらない様子で声をかけてきた。でもわたしと目が合うと「もいたのかよ」と素っ気なく言い放つ。やっぱり昨日の答えは間違いだったのかもしれない。

「この前の任務でこの子に世話になってね。そのお礼を渡しに来たのさ」
「お、ゴディバじゃん。珍しいね、冥さんが後輩にお土産なんて」

五条くんは笑いながら当たり前のようにわたしの隣に座る。何気に近くてドキドキするし、冥さんが意味深な笑みをこっちに向けるから余計に心臓が馬車馬のように働きだした。今の話を言われたらどうしよう。

「そりゃ可愛い女の子の後輩にはお礼くらいするよ、私だって」
「オレの分は」
「ないね、当然」
「えー…」

五条くんはそう言いつつ、何かを哀願するようにわたしの方へ視線を向けた。これはオレにもチョコをくれ、と言ってるんだとすぐに気づく。でもそこに夏油くんもコーヒーを買ってやって来た。

「女同士で何を話してたんです?」
「聞きたい?」
「め、冥さん…!」

隣に座った夏油くんに、冥さんがニヤリと笑う。わたしは焦って腰を浮かしかけた。

「可愛い相談をされてたんだよ」
「相談?に?」
「ちょ、冥さん――」

相談と思わせないよう話したつもりが、冥さんにはしっかりバレてたらしい。夏油くんだけじゃなく五条くんまでが「冥さんに何の相談してたんだよ」と食いついてくるから更に焦ってしまう。だけど冥さんは笑いながら肩を竦めてみせた。

「さあ?何だったかな」
「ハァ?内緒かよ」
「女同士の話を訊くなんて野暮なことはしない方がいい」

冥さんはそれだけ言うと静かに席を立った。

「じゃあそろそろ私は行くよ。ああ、。また相談があるなら連絡しておいで。その時は――タダじゃないけどね」
「…は、はあ」

ニッコリ微笑みながら颯爽と去っていく冥さんに「チョコ、ご馳走様でした」と声をかけると、彼女は振り向かないまま片手を上げて歩いて行った。冥さんと会うのは今回で5回目だけど、いつもカッコ良くて密かに憧れてたりする。

「…今日も素敵だったなぁ。憧れる…」

都会の女って感じがたまらない。そう思いながら見送っていると、背後から吹き出す声が聞こえてきた。

「まあ、冥さんの半分の色気もねえしな、は」
「…む。それセクハラ」

五条くんのいつもの嫌味攻撃に言い返すと、五条くんは「何でもハラスメントにすんな」と苦笑している。でもふとわたしを見ると、

「オレはの方が可愛いと思うけど」
「……っ?」
「色気なんてそのうち出てくるもんだしな」

言いながらコーラを飲んでいる五条くんは普段と何ら変わらない。変わらないのに言うことが物凄く変わっている。夏油くんは何か知っているのか、含み笑いをして肩を揺らしてるから、顏が一気に熱くなってきた。

「何?照れてんの?」
「ち、違…っ」

多分わたしの顔は赤くなってたんだろう。五条くんがニヤっとしながらからかってくる。こういうことに免疫がないのを知ってるクセに。

「なあ、。このチョコ一個ちょーだい?」

五条くんの指さす場所に、冥さんから貰ったチョコがある。その箱ごと抱えると「ダメ」と言ってしまった。

「えー独り占めかよ」
「だ、だって…冥さんがわたしにってくれたチョコだもん。一個もあげない」
のケーチ」
「ケチで結構ですっ」

いつものノリで話せてるけど、相変わらず夏油くんはニヤニヤしてるし、何か居たたまれない気持ちになってきたわたしは「部屋に帰る」と言って談話室を出て行こうとした。でも「」と五条くんに呼ばれてドキっとする。

「昨日の話だけど。あれ、別に後輩としてって意味じゃねーからな?」
「……な…何が」

こういう場合、聞き返しちゃいけないということを、わたしは知らなかった。

「オレがオマエを好きだって話だよ」
「……っ?」

夏油くんもいるのに、五条くんはあっさりとそのワードを口にした。思わず振り返ると「わお。真っ赤じゃん」と五条くんが吹き出している。誰のせいだと思ってるんだ。

のすっとぼけたとこも気に入ってるけどさ~。ちゃんと真面目に考えろよな」
「…か、考える…?」

何を?と聞きそうになったけど躊躇していると、五条くんはまたしてもあっさりした口調で言った。

「オレと付き合うってこと」

生まれて初めて、男の子に交際を申し込まれた瞬間だった。



△▼△



「あーあ。の容量が超えただろ、あれは」

傑は苦笑交じりで言いながらオレの肩をポンと叩く。その同情風味な笑みはやめろ。

「仕方ねえだろ。ハッキリ言わなきゃアイツには伝わらねーんだから」
「まあ…そうか。昨日の告白でダメなら」
「…うるせぇ」

テーブルに突っ伏して盛大に溜息を吐けば、傑は一人楽しそうに笑っている。他人事だと思って、とボヤきつつ、ズレたサングラスを直した。
昨日、突如として自分の想いに目覚めたオレは、後先考えずに「好きだ」と口走ってしまった。なのにアイツときたら――。

――わたしも五条くん好きだよ。これからも先輩後輩として宜しくね!

一瞬、浮かれそうになってからの秒で玉砕。オレの情緒が焼け野原になった瞬間だったかもしれない。でも、あれで火がついた。オレの中で諦めるという選択肢は生まれず、必ず好きにさせてやるという男の狩猟本能みたいなものが芽生えてきた。だいたいは恋愛をしたことがないと話してたし、照れてるだけかもしれない、という男の浅はかな思いが過ぎってしまった。これまで先輩後輩というよりも、友達みたいなノリで接してきたわけだから、急に彼氏彼女の関係になるのは難しいかもしれない。

「まあ、でもやっと悟が素直になって私は嬉しいよ」
「は?何で」
「いつまで小学生男子みたいなノリでいくのかと心配してたんだ」
「うっせえな!誰が小学生だよ!こんなデカい小学生いたら普通にこえーわ」
 「五条のは中身が、でしょー?」
「あぁ?!」

振り返ると案の定、硝子がニヤニヤしながら歩いて来た。もう医術の授業が終わったらしい。

「聞いてたのかよ」
「そこで冥さんに会ってだいたいのことは聞いた」
「は?冥さん……?」

その名前が出て嫌な予感がした。もしやさっき相談されてたって話は――。

が冥さんに五条に好きだって言われたけど、どういう意味かと遠回しに探って来たらしいよ」
「…うがっ」

何で冥さんに話すんだよ、とボヤきながら頭を抱えたオレを見て、傑と硝子がケラケラ笑っている。
――全員、蒼で吸い寄せて地球の果てまで放り投げたい。
そんなオレの情緒を破壊しにくるのが、この家入硝子だ。

「そりゃだって急にアンタに好きなんて言われたら混乱するに決まってんじゃない。これまでの人生、恋愛とかに縁がない子だったんだから」
「だからって…よりによって冥さん……あー…こりゃ歌姫にバレるのも時間の問題だな…うぜえ」
「いいじゃん。開き直ったんでしょー?まあ私は応援しないけどな?」
「されたくねえよ」

頭にきてプイっと顔を反らせば、硝子は意味深な笑みを浮かべつつ、オレの顔を覗き込んで来る。マジでコイツもウザい。

「ふ~ん。そんなこと言っていいのかな?」
「…あ?」
「この高専でに一番近い存在の私にそーんな態度とっていいと思ってるわけ?」
「……何だよ」

上体を起こしつつサングラスを指で下げて見上げると、硝子は偉そうに腕を組んでどや顔でオレを見下ろしてきた。

「忘れたの?これまでのアンタの女ネタ、色々知ってんだけど――」
「硝子さま!肩をお揉みしましょーかっ?それとも何かお飲みになりますか?」
「ん~。そうね~。まずはコーヒーでも奢ってもらおうかなー」
「……チッ。偉そうに」
「あ?何か言った?」
「別に!コーヒーな?!」

椅子を蹴りながら立ち上がって自販機に歩いて行くと、後ろから「あ、ブラックでお願い~」という声が追いかけてくる。本気で殺意が湧いた瞬間だ。でも硝子には色々と弱みを握られているから逆らえない。とにかくに余計なことを言うなと口止めしないと。

「ほらよ」
「さんきゅ~」
「………(殴りてえ~)」

缶コーヒーを放り投げると、硝子はホクホクしながらそれを飲んでいる。別に数百円の消失はどうでもいいが、これ以上心だけは削られたくない。

「でもあの五条がついに一人の女の子に惚れたか~」
「あ?」
「どんな子が言い寄って来ても軽い付き合いしか出来ないアンタを見てて、何の病気かと思ってたけど、何か安心したわ」
「…言い寄って来たってあんなのオレの外見に寄って来ただけじゃねーか」
「げー。それカッコいいって自分で言ってるのと同じだからな?」
「うるせえな。実際そーなんだから仕方ねえだろ」
「うわ、自意識過剰~」
「何とでも言え」

だいたい知り合う女は誰もオレの中身なんか見ちゃいない。呪術師?何それ?ウケるー的な女ばっかりで適当に遊ぶ以外、特に何も生まれなかった。だからオレも女に対して何も期待していなかった。高専の女にしても口を開けば「クズ」だの「バカ」だの言うようなやつしかいないし、女ってこんなもんだろうって思ってたから、に会った時は結構衝撃的だった。オレに勝負を挑んできたのも初めてで、負けても負けても諦めない。アイツとの勝負はオレも意外と楽しんでた。素直で単純。驚くくらいに素朴で、そういうところがのいいとこでもある。アイツは素朴なんて誉め言葉じゃないと言ってたけど、案外みたいな人間は少ない。十分魅力のうちに入ると思うし、オレはのそういうところに惹かれた。

(まあ…を振り向かせるのは大変そうだけど…逆に燃えるかも)

オレにこんな熱があったのか、と自分で驚くけど、一度好きだと認めたら、その気持ちがどんどん溢れて大きくなっていく。他の誰にも盗られたくないし渡したくない。ガラじゃねえけど。

「あれ、五条。どこ行くの」
のとこ」
「ハァ?何しに」
「決まってんだろ。押して押して押しまくる」
「うわ~あまり強引だと引かれるよー」
「それくらいしねえとも意識しねえだろ、オレを」
「確かに、そうとも言えるな」
「夏油に女心わかるの」
「失礼だな、分かるさ。それくらい」

硝子にかかっちゃ傑も小学生扱いだ。ウケる…と、人のことを笑ってる場合じゃない。
二人を残して、オレはすぐにの部屋に向かって歩き出した。