第十三話:天と地が入れ替わった日...⑶


星漿体だという天内理子ちゃんは想像通り凄く元気な女の子だった。あの五条くんに物怖じせず、めちゃくちゃ言い返すのが面白い。ただ内容が内容だけに、わたしはかなり恥ずかしかった。五条くんのケータイ待ち受けがわたしだなんて聞いてない。

「テメェ、勝手に喋ってんじゃねえよっ」
「何だ?照れておるのか!意外と純情なんだなーお主も!」
「ハァ?照れてねーし!他人のことに首突っ込んでんじゃねえ!」

五条くんも珍しくムキになっている。このままモメられても困るから二人の間に入って「理子ちゃん、ジュースでも飲まない?」と尋ねた。彼女は歳も近いし、すぐ打ち解けられそうだ。

「おお、それは良いな!ちょうど喉が渇いておったところじゃ」

変わった話し方をする子だと思ったけど、星漿体となる存在なのだから高貴な家の出なのかもしれない。

「五条くん、キッチンに何かある?」
「あ?ああ…適当に入ってる…けど…」

五条くんはモゴモゴ言ってたけど最終的には舌打ちしながらも「待ってろ」と言ってキッチンに歩いて行く。何だかんだ口も態度も悪い癖に、面倒を見てくれる辺りが五条くんらしい。
キッチンに歩いて行く五条くんを見送っていると、不意にツンツンと服を引っ張られる感覚に振り向いた。

「お主はあやつの彼女か何かか?」
「…へ?」

その可愛らしい顔にニヤニヤといった表現がピッタリの笑みを張り付けている理子ちゃんは、わたしが答えるのを興味津々といった様子で待っている。でもその質問の内容に驚いて「まさか」と返した。

「学校の先輩なの」
「でもあやつ、五条悟のケータイの待ち受けはお主の写真じゃったぞ。夕べお主との電話の後、ケータイを置きっぱなしで呪詛師を縛りあげててな。その時にこっそり見たのじゃ。お主で間違いない。その制服を着とったし」
「そっそれは…知らなかったけど…」
「はっはーん…」

わたしが狼狽えるのを見た理子ちゃんは何かを察したのか、顎に指を添えて悪役令嬢も真っ青な黒い笑みを浮かべた。(ほんとにお嬢様?)
夏油くんにチラっと聞いた話では、両親を失い、今回攫われた付き人の黒井さんと言う女性と家族のように暮らしてきたらしい。生い立ちを聞いて、何となく儚げな印象を持ったりもしたけど、夕べの電話の感じと夏油くんの話を聞く限り、なかなか手に負えない"じゃじゃ馬娘"といった様子だった。その印象通りの黒さを思わせる理子ちゃんの笑顔を見て呆気にとられていると、そこに五条くんがトロピカルな色合いのジュースをグラスに入れて運んで来てくれた。

「ほらよ」
「お、気が利くなー!お主も」

理子ちゃんは一瞬で本来の年齢に見合う笑顔に戻り、グラスに手を伸ばす。でも何を思ったのか、五条くんはひょいっと一つのグラスを自分の頭よりも上に持ち上げた。

「勘違いすんな。これはオマエのじゃなくてのー♡」
「ハァ?!なら妾の分は!そっちのグラスか?」
「これはオレの。オマエはこっち~」

と、五条くんはポケットから缶コーラを取り出して理子ちゃんへ渡す。理子ちゃんは手の中の缶コーラを信じられないと言った顔で見下ろしていた。何気に手がプルプルしているし絶対に不満そう。

「ほら、
「え」

五条くんは言った通り、そのトロピカル満載なジュースのグラスをわたしへ持たせた。

「い、いいよ…わたしがコーラ飲むし、これは理子ちゃんにあげて」
「あ?何で」
「だ、だって可哀そうでしょ?年下の子に意地悪するなんて――」
「はっ。オマエも勘違いすんな」

五条くんは苦笑気味に言うと、缶コーラを握り締めて未だにプルプルしている彼女の手から、あっさりとそれを奪う。代わりにもう一つのグラスを理子ちゃんの手に持たせると「冗談だろ、バーカ」と笑った。それを見て、ああ、またからかって遊んでただけか、とホっとした。理子ちゃんも一瞬で笑顔になったものの「くれる気なら最初から渡せっ」と文句を言っている。多分理子ちゃんのああいう反応が面白くて、五条くんのいつもの悪いクセが出たんだろうなと、苦笑が漏れた。

「渡せ、だぁ?生意気なんだよ、オマエはいちいち」
「お主もたいがい生意気じゃろ。そんなんじゃにフラれるぞ」
「えっ?」
「うっせえ、バーカ」

急にわたしの名前――しかも呼び捨て――を出されてギョっとした。五条くんも心なしか綺麗な顔が崩壊してるし地味に耳が赤い。そういうのを見てると妙に恥ずかしくなってくるから嫌だ。

(だいたいケータイの待ち受けって何…?聞いてないし、そんなの誰に見られるか分からないんだから恥ずかしすぎる)

未だに理子ちゃんと言い合いをしてる五条くんを見ながら、本気…なのかな…と驚いた。これまで何度も好きとか彼女になることを考えとけって言われたけど、今も正直、半信半疑のままだ。答えは簡単。圧倒的に経験値がないからだ。恋愛のれの字も知らないで生きて来たわたしにとって、男の子が自分を好きになるという想像をしたことがない。都会のカップルに憧れるのは少女漫画を読んで得た知識の中、自分でも思い描いた空想の産物だったりする。原宿でデートをする。一緒に遊園地に行く。少し大人になったらドライブなんかをしたりして、彼の家でご飯を作って一緒に食べたり。そういった頭の中でのみ描かれた世界は、どれも平凡な日常の先にある。間違ってもデート中、任務連絡の電話なんか入らないし、彼氏をそっちのけで地方を駆けずり回ったりはしない。死の、心配さえも。だから同じ呪術師に告白されるという予定は一切入ってなかった。予定外の、わたしにとったらまさに事件だ。それも呪術界を牛耳る御三家が一つ、名門五条家の跡取り息子から好きだなんて言われたら、普通はからかってるとしか思わない。

わたしの家も元々は御三家に並ぶほどの力があったという。だけど遠い昔、当主になったあるご先祖様が、不条理な死を見過ぎて心を病み、戦闘を嫌うようになった。その当主があんな田舎に引っ込んだせいで、は落ちぶれ、今や過去の栄光も見る影なし。わたしの父は幼い頃から自分の意志ではどうにも出来ない過去の運命を恨んでたようだ。元々は上昇志向の強い人間。過去の栄光を取り戻したい一心で修行に励んだという。でも呪術師としてのご先祖様の才能は受け継がれていなかったらしい。おかげで術師の中でも強いとされた母と結婚をし、その術式を受け継いだわたしに家の復興を託そうというんだから、上層思考もくそもなかった娘にとってはいい迷惑だ。

(お父さんなら五条家の跡取りから交際を申し込まれたなんて言えば手放しで喜ぶんだろうな…)

何なら既成事実を作ってしまえと言いかねない。そこまで考えた時、ちょっとだけゾっとした。冗談ではなく、あの父なら確実に言いそうだからだ。恋愛まで親の好きにさせたくはない。

(でも…五条くんのこと、嫌いとかじゃないから困るんだよな…)

いくら恋愛経験がなくても、相手から好きだなんだと言われ続けたら、それはそれで嬉しいし、多少意識もしてしまう。

(五条くんが彼氏…か)

夏らしい甘味のするマンゴーベースのジュースを味わいながら、ふと理子ちゃんと子供のじゃれ合い――口喧嘩の応酬――をしてる五条くんを観察してみる。見た目は文句なしでイケメンだ。その辺の芸能人なんて目じゃないくらいに眉目秀麗。彼はきっと神様にとびっきり愛されて創られたに違いない。性格は…まあ意地悪でデリカシーもないし口も悪い…けれども。でも本当は優しい一面があることは、もう何となく分かってきた。歌姫さんを筆頭に、冥さんとか硝子ちゃんや、他の先輩の女術師からは散々な評判だけど。
――ただ冥さんだけはどこか五条くんに一目置いてる感はある。まあ、でも人として認めてるかは謎――。

まあ多少そういう問題はあれど、わたしは五条くんのことを嫌いじゃない。一緒にいると楽しいし、好きな食べ物の趣味も合う。つまり、それは異性として好きになる要素もあるということかもしれない。
ただ、何をもって「好き」なんだろう――?
その好きの感覚が分からない。これって――恋愛する以前の問題かもしれない。

「何ボーっとしてんだよ」
「ひゃ」

ボケーっと二人のやり取りを見てたはずが、気づけば隣に五条くんが座っていて。わたしの顔をひょいっと覗き込んできたから普通にビックリした。サングラスを外してるせいで、突然視界にキラッキラの碧眼が飛び込んできたから吸い込まれそうになった。わたしは五条くんのこの目に弱い。見つめられるとやたらと心臓がうるさくなるし、息苦しくなるからだ。

「な、何でもない…。ごめん、任務中なのに」

そうだ、わたしは何も遊ぶつもりで沖縄くんだりまで鉄の塊に乗って海を越えて来たわけじゃない。きちんと気を引き締めて護衛に集中しなくちゃ。まあ先輩二人は片や護衛対象とじゃれ合い、片や大人の女性と――黒井さん――しっぽり浜辺を散歩という、何だか本当にこれは任務なんだろうかと疑いたくなるほど緩い状況だけども。

「まあ初めての大きな任務だろうけど別に今はそこまで気を張らなくて平気だって。嘘みたいにこの辺は敵の気配がねえし」
「…そ、そうかもしれないけど…」

六眼を持つ五条くんが言うなら間違いはないのかもしれない。

「おお、そうじゃ。、お主も一緒に海で遊ぼう!」
「…え?」

驚いて顔を上げると、理子ちゃんはジュースを飲み終えたのか、空のグラスをテーブルへ置いた。

「そうだな。も水着はなくてもTシャツ短パンくらい持って来たろ?」
「あ、まあ…」
「んじゃ着替えて来い。沖縄に来て海に入らねえのはもったいないしな」

五条くんはわたしの頭にポンと手を置き、ソファから立ち上がった。どうやら海へ行く気らしい。と言ってもテラスを出てすぐ目の前はプライベートビーチと呼ばれる浜辺がある。わたしは言われるがまま、寝室で制服を脱ぎ、ラフな格好で皆の後を追いかけた。わたし以外は全員、水着を着てるんだから用意周到だ。何でも沖縄に行くと分かった時点でデパートへ寄り道して買って来たらしい。

(半分、観光気分じゃないの?)

と思わないでもなかったけど、この青い空と美しい海を見てしまえば、物凄く感動してしまった。道中、遠目では見えたけど、こうして砂浜に立ち、海を見るのはそもそも初めてだった。

「わぁ…綺麗…っていうか海ひろっ!」
「ああ、は海、初めてだったっけ」

黒井さんと談笑してた夏油くんがわたしに気づき、視線を目の前の海へと向けた。足首まで海水が流れてくる感覚には深い感動を覚えてしまう。

「うん…お父さんが大きな水たまりだって教えてくれたけど…その後にパソコンで検索したら水たまりの規模じゃないしビックリしたの。ただ…今のビックリ度数はその時の倍以上かも」
「はは、確かに初めて見るなら感動するよな。ただ緩やかだけど多少は波があるから、泳げないならはその辺までにして。沖縄の海には色々と変わった生物もいるしね」
「そ、そうだね…(生物…?)」

五条くんと理子ちゃんはもう少し深いところで水の掛け合いっこをしてるけど、わたしは海水が打ち寄せる波際で留めておいた。確かに強めの波が来ると少しだけ持って行かれそうになる。川の流れとはまた違う水の動きに驚きつつも、五条くんとはしゃいでいる理子ちゃんの明るい笑い声がこっちまで響いてきて、ふと視線を向けた。

「理子ちゃん楽しそう」
「本当に…最近はあまり笑顔が見られなかったのでお二人には感謝しかありません」

わたしの言葉に黒井さんが涙ぐみながらそんなこを言い出した。理子ちゃんを見つめる黒井さんの横顔はとても優しくて、まるで本当の家族のような温かみを持っている。両親はいなくても、理子ちゃんは愛情を受けて育てられたんだなと感じた。黒井さんも優しい人みたいだ。任務で動いてる五条くんと夏油くんに感謝をしている様子がわたしにも伝わって、少しだけ胸が痛くなった。

失うばかりがこの世界じゃないと分かっている。でも良くも悪くも呪術界は誰かの命を背負いながら戦う世界だ。だからこそ――犠牲も多い。

――常に死と背中合わせだからこそ、一瞬一瞬を大切に生きていかないとね。

母が良く話してくれた言葉だ。あの時はあまり意味が分からなかったけど、呪術師になった今なら分かる。
なのに――未だに迷っているわたしがいる。
明日には星漿体となる理子ちゃんを見ていたら、自分がとても情けなくなった。普通の子に生まれていたなら、彼女にはこの先も、もっと楽しい時間が続いて行くはずなのに、彼女の意志は明日で消える。わたしよりも年下の彼女がそんな覚悟を持っていることに驚かされてしまう。

(ああ、そっか…だから五条くんは少しでも理子ちゃんの中に"楽しくて幸せな時間"を残してあげたいんだろうな…)

さっきから文句を言いつつも理子ちゃんの些細なお願いを、さり気なく聞いてあげてる姿を見てたら、ふとそう思った。

「…わっ」
「なーにボーっとしてんだよ、

パシャっという音と共に突然海水をかけられてビックリした。髪も着ていたTシャツも濡れてしまったけど、そんなことよりも濡れたくちびるを舐めてもっと驚いた。

「…ほんとにしょっぱい」

海水には塩が混じっているなんて話には聞いてたけど、山育ちのわたしからすると軽くカルチャーショックを受けた。

「ははは、オマエ、マジで何も知らねーんだな」
「む…仕方ないでしょ!山に海なんてないんだから」

人に水をぶっかけた上に笑っている五条くんに文句を言えば、彼は濡れた髪を掻き上げながら「バカにしたわけじゃねえって」と苦笑した。

「まあ…オレから言わせるとちょっと羨ましい」
「…羨ましい?」
「だって知らないってことは、これから知る楽しみがあるってことだろ。そういうのって刺激的じゃねぇ?」
「………そりゃ…まあ…そう言われればそうだけど」

つい納得してしまった。でも確かに今、わたしは初めて見る海に感動して、本当にしょっぱいんだという事実にすらワクワクしている。でも五条くん達はとっくにこの感動を味わった後で、海で遊ぶことすら"普通"になってしまってるんだろう。そう考えると、人は死ぬまでの間に何回この感動を味わえるんだろう、なんて思ってしまった。

「そう考えたら知らないってことも悪くないんじゃねーの」
「……うん」

サングラスをくいっと指で直しつつ、五条くんはニヤリと口端を上げた。上手く言いくるめられた感が否めないけど、でも五条くんの言葉に間違いはない。何とも前向きな人だなと苦笑が漏れた。

!こっちに来い!ここの海には変な生き物がわんさかおるぞ!」

理子ちゃんが笑顔で手招きをしてくるから、つい夏油くんの言葉を忘れて二人の方へ歩いて行く。
でもこの数分後――死ぬほど後悔する羽目になった。



△▼△



昼間の照りつける陽射しと暑さが和らいできた頃、夜の気配が沖縄の空を覆う。夏でも夜は意外と風が涼しい。そんな中で入る露天風呂は最高かもしれない。ついでに言えば…好きな女の子の声を聞きながらと言うのがみそだ。

「もーほんっと気持ち悪かったし…未だに感触が手に残ってる…!」
はあんなものが苦手なのか!ただのキモいナマコじゃろ」
「だからそれが一番ダメでしょ?キモいでしょ?あ~思い出したら温泉浸かってるのに、見て!鳥肌!五条くん、絶対おかしい!あんなもの触るなんて」

隣の女風呂ではさっきからそんな他愛もない会話が漏れ聞こえて来て、ついつい聞き耳を立ててしまうオレがいる。そしてそんなオレを窘めるように、傑が苦笑を洩らした。

「悟…女の子の会話を聞くものじゃない」
「いや、聞こえて来るんだし仕方なくねえ?しかもオレの悪口だし」
「はいはい」

傑は笑ってるけど、覗いたわけじゃねーんだから会話くらいは仕方ないと思う。だいたい静かすぎるし、女子同士の会話はどうしても声が大きくなりがちだ。でもそんな時、男のあらぬ欲を掻き立てる会話が聞こえてきた。

「しっかし、はいいもん持ってるのー」
「え、いいもんって?」
「これじゃ」
「ひゃあっちょ、ちょっと理子ちゃん、オッパイ揉まないでよっ」

「「―――ッ?!」」

オッパイ、というワードが聞こえてきた瞬間、オレだけじゃなく、お湯で顔を洗っていた傑までが反応してすぐにオレを見た。何だ、そのちょっとニヤケた顔は。男同士の微妙な空気が流れたものの、そんなことに気づかない天内は更に爆弾発言をかましていく。

「揉み心地最高じゃな、のオッパイは!妾はここまで育ってないから羨ましい…」
「や、だから揉まないでってばっ。くすぐったいよ…!」

「…………(揉み心地…)」
「…………(最高…?)」

天内のヤツ、なんて羨まし――もとい。余計な実況をつけやがって――違うけど――男の想像力を舐めるなよと言いたい。そもそも傑までのオッパイ想像してんじゃねえ。

「…悟」
「あ…?」
「口元が激しく緩んでるぞ」
「…傑こそ想像すんな」
「…してない」
「嘘つけよ」
「「………」」

無言で互いにけん制し合っていると、天内は地味に最強だった。

「お、乳首がたってきたっ」
「きゃ、ちょっとつつかないでよーっ」

「―――(ち、ちく…)」
「……やめろ、悟っ」

思わず腰を浮かしかけたオレの腕をガシっと掴んだ傑はかすかに頬を赤らめつつ無言で首を振って来た。何でオレがちょっと覗こうかなと思ったのが分かったんだ。(!)

「いや、ちょっとだけ――」
「ダメだっ。六眼も使うな」
「いや、別に六眼で透視できるわけじゃねえし見えるのは呪力だけだっつーの」

小声でこんなやり取りをしていると、隣で「理子さま、さま。そろそろ出ないと逆上せますよ」という黒井さんの声。二人が「「はーい」」と仲良く返事をしつつ湯から上がる音が聞こえた。

「………チッ。出て行っちまったじゃねーか」
「いや、見つかったら、それこそ本当にフラれるぞ、悟」
「…あ」

傑に苦笑気味に言われて、オレは大人しく肩までお湯に浸かると何となくホっと息を吐き出した。あれ以上女子トークを聞いてたら自分で自分が何をするか分からない怖さがある。(!)

「全く…天内のヤツ、こんな時だけいい仕事しやがって」
「悟…会話が聞こえたことは内緒にしとけよ」
「…分かってるよ。つーか傑も想像すんなよな」
「私は最初からしてない。してたのは悟だろう」
「そりゃすんだろ、普通。好きなんだから」
「いや、堂々と言わないで」

傑はまたしても笑いながら溜息を吐いている。まあ確かに堂々と宣言するもんじゃないか、とオレも軽く吹き出した。とりあえず、最初はどうなるかと思ったが、沖縄を指定されて、そこにたちまで援護に来てくれることになったのはオレにとっても予想外だけど、思わぬ楽しい時間を過ごせてる気がする。
空を見上げれば東京の何倍もの綺麗な星空が一面を覆っていて、なかなか贅沢な気分になった。沖縄に入ってからは嘘のように襲撃も止み、不気味なくらい静かだ。

「悟、本当に今夜も寝ないのか?」
「ん-?ああ、まあ…敵はいなそうだけど、油断させて深夜に襲って来るかもしんねーからな。一応起きてるよ。七海達も空港で寝ずの番をしてくれるんだし」
「そうか。でもキツくなったら言えよ」
「分かってるって。あ、それよりさー。ここの受付ロビーで色々と沖縄のアクセサリー売ってたよな」
「ん?ああ…そう言えばあったな。地元で作られてるものらしい」
が欲しがってたし、風呂から出たらちょっと見てきていい?」
「いや、いいけど…それは土産の話だろ。本人が来てるのに買うのかい?悟」
「いいだろ、別に」

何か形になる物をあげたい。からアクセサリーがいいと言われた時にふと思ったことだ。結局までが沖縄に来たから土産という形でさり気なく渡すという予定は消えたけど、やっぱり何か身に着けてもらえるものをあげたいと思った。こんな風に感じたのは初めてかもしれない。

「本気なんだな、悟は」
「…わりーかよ」

苦笑している傑を睨みつつ返せば「悪くはないさ」と傑も夜空を見上げた。遠くでさざ波の音が聞こえるくらい、久しぶりに静かな夜を過ごしてる気がする。

「人を好きになるのは幸せなことだと思うよ。特に悟みたいな人間は」
「あ?どーいう意味だよ」

しばし星空を見上げていると、何気にさらりと失礼なことを言われた。傑は悪びれもせず「そのままの意味だよ」と笑う。

「これまで他人を気に掛けることなどなかったろ。でもが高専に来て…悟は少し変わったから」
「…変わった?オレ、変わったか?」
「はは、自覚なしか。まあ…それはいい傾向かな」
「何が」
「無意識で他人に優しく出来てるってことだから。少しは人間らしくなったんじゃないか?」
「…チッ。人を化け物みたいに言うなよ」

そう言い返したものの、誰よりオレ自身が自分を怪物なのかもしれないと思っていた時期がある。何が良くて、何がダメなのか。そんなもの教えてくれる人間は、五条家にいなかった。生まれた時から特別で、何より力だけが全てのこの世界は、オレを少しずつ人から遠ざけていったのかもしれない。他人を思いやる気持ちなど皆無だったオレに、道徳を解いたのは傑だった。オレが変わったというならば、それは傑のおかげでもある。他人に興味のなかったオレが、人を好きになる気持ちを知ることが出来たんだから。

「そろそろ上がろうか」

隣にいてくれる親友の存在を有難く思いながら、照れくさくて言葉に出来ないもどかしさを感じていると、傑が先に風呂から出ていく。その背中に向かって「サンキュー」と小さく呟けば、何か言ったかい?と柔らかい声が心地よく響いてきた。