第二十一話:秋と冬のとある一日


だいぶ秋も深まってきたある日、わたしは学長室に呼ばれてこう言われた。

。オマエを今日付けで、第一級呪術師に任命する」
「え……?」
「聞こえなかったのか?今日からオマエを第一級呪術――」
「えーーーっ!!」

わたしの切ない悲鳴が学長室から、皆のいる娯楽室まで響き渡った…かは定かではないけれど。その後にがっくり肩を落として娯楽室を覗けば、硝子ちゃんと五条くんがテトリスで白熱したバトルを繰り広げていた。ある意味ホっとするし、とても微笑ましい光景だ。

「あ…あっ!あ~っ」
「あー悟。そこは左だよ」
「うっせえ!分かってんだって!話しかけんな…って、あー!!」
「はい!また私の勝ち~!私に勝とうなんて100年早いわ」
「チッ…こんなもん別に出来たところで一銭にもならねーわ」
「はい、負け惜しみ~」
「あぁ?!――あ、!オマエ、いつ戻って来たんだよ」

散々硝子ちゃんとバチバチしてた五条くんは、わたしに気づくとコントローラーをポイっと放り投げて笑顔で走って来た。因みに放り投げられたコントローラーは夏油くんがキャッチしてくれたようだ。

「ってか、何か落ち込んでねえ?どうした?学長に呼び出されたってことは、何かやらかしたとかか?」
「…違うよ。わたしは何もやらかしてない。ただ…」
「ただ…何だよ…」
「……階級が上がっただけ」
「お、マジで?!やっとかよ、オマエ」

「おめでとー」なんて満面の笑顔を浮かべながら、五条くんはわたしの頭をワシャワシャ撫でてくる。ちょっと迷惑だ。それに何でそんなに喜んでいるのかが分からない。そもそも一級になってしまうと、任務もそれなりに難しくなるし、仕事量もドカッと増える。卒業したら呪術師なんてやめるつもりなのに、その頃には沼にはまってそうな予感しかない。

「え?、階級上がったの?!凄くない?一年から一級とか聞いたことないって、マジで。凄いじゃん!」
「さすがだね。夏に特級相当の呪霊を倒した功績が認められたんだろう。なあ、悟」
「そうそう。あん時は凄かったもんなー?。まあ、その後また半月はダウンしてたけど」
「……あれは…」

五条くんは笑ってるけど、わたしはあの時のことを思い出すと心が冷んやりしてしまう。わたしが実力以上の呪力を引き上げることが出来たのは、きっと五条くんがあの時、攻撃するのを迷ったせいだ。いつもの五条くんなら、あんな生まれたての特級もどき、瞬殺できたはずなのに。わたしが人質になったせいで、あの時、確かに五条くんは、攻撃を仕掛けることを躊躇した。
わたしのせいだ――。
不用意に、相手の領域へ踏み込んでしまったから。その思いが力となってアイツを燃やし尽くせるだけの呪力を引き出せただけ。いつも出せるわけじゃない。なのに結果だけを認められて一級に昇格してしまった。
因みにわたしを一級に推薦したいと言って来たのは冥さんらしい。どうして?と不思議だったけど、答えを聞きたくても、冥さんは今、海外にいると言われた。本当はもう一人、一級以上の術師の推薦がいるらしいけど、今回は特級もどきを倒したことを考慮したと言われた。
…してくれなくてもいいのに。

「まーだ落ち込んでんのかよ」

散々娯楽室でお祝いをされ、ジュースもお菓子も沢山もらえたけど、いまいち元気のないわたしを見て、五条くんが呆れたように笑った。

「ほら、映画観るんだろ?どれにする?」
「あ、えっと…」

今日は任務が早く終わると言っていた五条くんと、夜は映画を一緒に見る約束をしていた。五条くんの部屋に来るのは今日で三度目。意外と片付いてて、最初に来た時はちょっとだけ驚いた。それに五条くんが、実はこんなに映画のDVDを持ってるのも意外だった。

アクション、アドベンチャー、コメディにパニックもの、ホラーにスプラッター。名作からB級映画まで、レンタル屋さんかと思うほどに揃っている。だけど一つだけないジャンルがあることに気づいた。

「そう言えば恋愛映画ないよね。五条くん、ああいうのは観ない人?」
「あー言われてみれば…確かに。殆ど観ねえな、恋愛映画は。でも今は観たい気もする…」
「え、そうなの?」

ちょっと意外だと思いながら顔を上げると、五条くんは苦笑交じりで頭を掻いている。

「まあ…前はさー。恋愛とか全く興味なかったし、好きだの何だの、別れるだのくっつくだのって、他人のそういうの映画で観せられても面白いとか感じなかったんだよ」
「そっか…でも今は観たいの?」
「そりゃ…」

素朴な疑問で聞いてしまったけど、それが失敗だったと気づいた時には遅かった。五条くんはチラっとわたしを見ると、素早く身を屈めてちゅっとくちびるを啄んできたからだ。一瞬のことだったけど頬が熱くなって、心臓がきゅっと苦しくなった。

を好きになってからは、まあ…恋愛映画を観るのもありかな、とは思えてきたかな」
「………」
「って…何か言えよ。オレがクソ恥ずかしいじゃん」
「ご、ごめん……」

言葉通り、五条くんにしては珍しく頬が薄っすら赤くなっているから、わたしまでさらに恥ずかしさが増していく。良く考えたら、密室に二人きり。ベッドを背もたれにして並んで座ってるわたしと五条くんの距離は、かなり近い。だんだん心臓がバクバクしてきたのは、微妙にそんな・・・空気が流れてるからかもしれない。
その時、五条くんがサングラスを外して、床に手をついたのが分かった。また身を屈めた五条くんの顏が、ゆっくりと近づいて、わたしの視界に入る明かりを遮断する。くちびる同士が触れあって、わたしは慌てて目を閉じた。何度されても、この瞬間は慣れない。角度を変えながら、離れては重なるくちびるの熱がハッキリと伝わってきて、ドキドキが加速していく。

「ん…」

ちゅ…っと最後にリップ音をさせて五条くんのくちびるが離れていくと、新鮮な空気が一気にわたしの肺に送りこまれた。

「…、耳まで真っ赤~」
「え…だ、だって…凄く暑いし…」
「もう秋で涼しいだろ」

五条くんは相変わらず意地悪なツッコミをしてくるから困る。あんな風に触れられたら、恥ずかしさと緊張で体温が一気に上がるのはいつものことなのに。だけど、困るけど…嫌じゃないのが困る。でも同時に、わたしはこのまま五条くんと付き合ってていいのかとも思ってしまう。あれからそんなことを考えては打ち消し、また悩みながら、わたしは未だに五条くんのそばにいるのだ。
――五条くんの弱点になってはいけない。
そんな思いが芽生えてしまったから。

「…いたっ」

ボーっと目の前のキラキラしてる碧眼を見ていると、いきなり鼻をつままれた。

「なに…考えてんだよ」
「な…何も…」
「ふーん?じゃあオレに見惚れてただけ?」
「…そ……れは…」

確かに間違ってない。五条くんの美しい六眼は、いつもわたしを誘惑してくる。

「何だよ。そこは否定しねーの?」

苦笑しながらわたしの頭を撫でる五条くんは、少しだけ照れてるみたいだ。

「じゃあ…見惚れてない」
「あ?言ったな?」

ちょっと笑いながら否定をすれば、五条くんも笑いながら、わたしの首に腕を回してジャレてくる。こういうジャレ合いは付き合う前もしてたけど、あの頃と今とじゃ、やっぱり少しだけ心の温度は違う。わたしに触れる五条くんの手が、いちいち優しいから。

「ほら早く映画選ぼうぜ」
「…じゃあ…これ!」

腕を放して映画のパッケージを並べるから、わたしはそこからコメディ映画を選んだ。今は思い切り笑えるものが観たい。

「これ?オマエ、いい趣味してんじゃん。この映画はさ~主人公が――」
「わー!またネタバレする気だ!」
「…あ」
「もう…ほんと五条くん言いたがり」
「い、いや、今のはさーチラっとおススメシーンを――」
「おススメいらないってば」
「……チッ。だんだんも硝子に似てきたよなー」

五条くんはくちびるを尖らせてブツブツ言いながら、DVDをセットしている。そんな姿に笑いを噛み殺していると「何笑ってんだよ」とまた首に腕が絡まった。でも今度は締められたわけじゃなく。グイっと引き寄せられて、くちびるにちゅっとキスをされてしまった。不意打ちすぎる。

「まーた赤くなってやんの。可愛い~」

五条くんがまたわたしの髪をクシャクシャっと撫でて、頬にも口付けてきた。

「か、からかって楽しんでる…?」
がかわいー反応すっから悪い」
「………」
「ほら、また赤くなった。あんまそーいう顔してっと襲いたくなるからやめろ」
「いだっ」

またしても鼻をむぎゅっと摘まれて変な声が出てしまった。それを五条くんが楽しそうに笑ってる。その笑顔を見てると、わたしまで笑顔になるから不思議だ。

五条くんにはずっと、こんな風に笑っていて欲しい。
そして――最強であり続けて欲しい。
最後にくちびるへ落ちてきたキスを受け止めた時、心からそう願った。



△▼△



短い秋が終わりを告げる頃。毎年の恒例行事になりそうなアレが始まったようだ。

「なあ、オレ、もうすぐ誕生日なんだけど」
「…だから何」
「今年はあれが欲しいなー。映――」
「却下」
「いや、まだ何も言ってねーじゃん」

間髪入れずに言えば、五条がスネたように口を尖らせる。だいたい毎回毎回よく飽きもせずにプレゼントを強請れるものだと呆れる。まあ…毎回と言っても今年で二度目だけど。
去年の五条の誕生日も散々「何かくれ」としつこいから、ちょうど駄菓子屋で買ってきた"うまい棒明太子味10個セット"をくれてやった。そしたら、ブーブー文句を言われる始末。私的には大奮発だったのに。

「だったらチロルチョコの方がいいわ」

と生意気にリクエストまで出してきたのを思い出す。そうか、今年はチロルチョコをやればいいんだ。そもそもの話。何で私が五条の誕生日プレゼントを買わなくちゃいけないのかが分からない。彼女でもなければ奥さんでもない。ただの同級生、術師仲間。それだけなのに。

「アンタには祝ってくれる可愛い~彼女がいるだろ」

未だぶーたれている五条を横目で睨みつつ、喜びそうなことを言えば「だからとデートで行く映画チケットくれよ」とプレゼントを強要してきた。これは強要罪に当たるんじゃないか?

「ああ、もちろんプラチナルームのチケットな?」
「んなの自分で買えよ」
「あ?何で自分の誕生日にオレが自分で買わなくちゃなんねーんだよ」
「だったらに買ってもらえば」
「もっとありえねーわ」
「何で?だって一級になったんだから給料だってアップしたでしょーが」
「気分の問題なんだよ、気分の」

五条はそう言いながら、ケータイで何かを確認し始めた。どうせ地方に出張で出かけたが何時頃に帰って来るのか調べてるんだろう。が出張に行くたび、新幹線や飛行機の時間を調べてるのはある意味ストーカーに近いと私は思う。五条って意外とそういうことしなさそうだから、ちょっと笑えるけど。

、今日はどこ?」
「んー?ああ、仙台。でもさっき東京駅についたってメールきたから――あ、もうあと20分ほどで着くって」

嬉しそうに、たった今届いたメール画面を見せてくる五条を見て、ちょっとだけ半目になる。

「あっそ。良かったな」
「あ、?今、どの辺走ってんだよ」
「……(ムカっ)」

人が話してる間に電話をかけたらしい。相変わらずムカつく男だと思いつつ、読んでいた医学書へ視線を戻した。部屋で勉強してると煮詰まってくるから娯楽室に来たけど、五条が早々と任務から戻って来たせいで、ちっとも集中できない。散々邪魔したあげくに、と仲良さげに電話してる後ろ姿にすら、イラっとする。私も勉強疲れでストレスがたまってるようだ。
それから五条はと電話で長々話し、そのうち本人が高専にご帰還。その足で娯楽室に顔を出すまで電話してるし、バカップルかと突っ込みたくなった。

「ただいま!」
「お帰り~!」

本人が来たことでやっと電話を切った五条は、私がいることお構いなしで、をぎゅっと抱きしめると、頭に頬を擦りつけ、いつものマーキング。一年前、誰がこんな彼女バカになる五条を想像しただろうか。

「あ、硝子ちゃん、ただいま!」
「お帰り~。出張お疲れ様」

まあ彼氏はムカつくものの、には何も罪はない。そこは笑顔で応えると、彼女は「お土産買ってきたよー」と可愛いことを言ってくれる。は手に持っていた紙袋をテーブルに置くと「はい、これ」と高級そうな箱を取り出した。

「ん?大福?」
「そーなの!任務で行った先の人にお土産は何がいいか聞いたら、このお店を紹介してくれて。自分の分は別で買って新幹線で食べたんだけど、このずんだ味の大福が最高なの」

嬉しそうに説明してくれるが可愛いと思っていると、その間に盗人よろしく横から手が伸びて、そのずんだ味の大福を五条が掻っ攫っていった。

「あ、五条。それ私が食べようと思ってたのにっ」
「別に硝子だけに買ってきたわけじゃねえじゃん。なあ?
「もう…五条くんには別にあるのに…」
「え、マジで」

はもう一つ箱を取りだすと「こっちは五条くんのだから好きなだけ食べていいよ」と笑っている。その瞬間、五条は手にしていた大福を私に押し付け、再びをぎゅうぎゅう抱きしめ始めた。

「ちょ、ちょっと五条くん…苦しい…」
「いやだって可愛いから」
「な、何言ってんの…硝子ちゃんの前で…」
「あ?あんなのいないものと思え」
「いや、聞こえてますけど?」

コソコソ会話してたものの、この娯楽室には私達しかいない。二人の会話はバッチリと耳が拾ってしまう。おかげでが恥ずかしそうに五条の腕から逃げ出した。

「あ、何で逃げんだよ」
「だ、だって…あ、そ、それより大福食べよ?わたし、お茶淹れるから」
「あ…」
「ぷ。逃げられてやんの」
「うっせーな。オマエがジロジロ見るからだろが」

五条は仏頂面で私を睨んできたものの、手の中にある大福の誘惑に負けたのか、早速袋から出して食べ始めた。
大福は五条の好物でもある。私に、というより最初から五条に買う為にこれを選んだとしか思えない。
二人が付き合ったと聞いた時、はまだ自分の気持ちをよく分かっていないと言っていた。でもこうして未だに続いてるんだから凄いと思う。ぶっちゃけ私は五条がすぐ振られるだろうと思っていたのに、気づけば半年になろうとしてるんだから驚きだ。

「はい、五条くん、お茶」
「お、サンキュー。ってかマジでこれ美味いわ。オレも今度仙台に行ったら買ってこよ」
「そう言うと思って名刺もらってきた。はい」
「マジ?さすがオレの。気が利くね~」
「また子供扱いして…」

の頭をナデナデしてる五条を見て、私は内心「うえ」と思ったものの、こうして見るとなかなかどうして、お似合いに見えてくる不思議。夏油が「悟はだいぶ人間らしくなってきた」と前に話してたけど、私もそんな気がしてきた。可愛い後輩をとられるのは気に食わないが、暴虐武人だった同級生が少しずつ変わってくのを見てるのも悪くない。
楽しそうにをかまっている五条を見ていたら、ふとそう思った。