第三十一話:予想外の思惑


※軽めの性的表現あり



「もう一杯、くらさい!」
さん…そろそろやめておきなさい」

空になったグラスを主任にすいっと奪われ、わたしはとろんとした目を隣へ向けた。主任は困り顔で苦笑しながら、わたしの前にお水のたっぷり入ったグラスを置く。

「どうしたの?もうすぐ結婚で幸せいっぱいの時期でしょ。あ、マリッジブルーかな」
「まさか!だってあんなイケメン過ぎる旦那さまが家で待ってるんだもん。ブルーになるはずがないですよ~主任」
「それもそうね」
「………」

主任は他のスタッフとそんなことを言い合いながら笑っている。でもわたしはちっとも笑えない。というか結婚?何それ、美味しいの状態だ。五条くんの嘘を皆は信じ切っているから、わたしは何も反論できない。まあ、皆もいいだけ飲んで騒いで酔ってるし、言っても忘れるかもしれないけど。
退社の意志を告げてから、社内での自分の仕事の引継ぎ作業に明け暮れて、合間に新作発表会のお手伝いをし、遂に怒涛の一カ月が終わりを迎えた。
今夜は業務最終日で無事に退職し、就業後にはチームの皆が送別会を開いてくれている。わたしはやっと終わった解放感もあり、序盤から少々飛ばし過ぎたかもしれない。まあ…飲み過ぎたのは、それだけのせいじゃないけども。

(今夜は…五条くんも何時になるか分かんないって言ってたっけ…)

それを聞いて少しだけホっとしていた。

――十年も待たされて、そろそろ限界。一線を越えなければ、逆に何をしてもいいってことだよね。
――…い、いいわけないでしょ…っ

あの夜はどうにかキスだけで許してもらえたけど、それ以来、やたらとスキンシップが激しくなった気がする。わたしはまだ戸惑いまくってるというのに、五条くんだけ過去と現在が密着してるようだ。合間がない。
十年もまたされて――。
彼はそう言ってたけど、その十年をなかったことにしようとしてる節がある。
というか、待っててくれたんだと、そっちに驚いてしまった。あんな別れ方をしたというのに、何で五条くんはわたしなんだろう?

――五条にとって、はいわば初恋だ。男ってやつは何歳になっても初恋相手を引きずるもんだよ。

先日、硝子先輩に軽く相談したらあっさり言われて、ついでに笑われた。こっちは真剣に悩んでるというのに。

(わたしだって…初恋は?と聞かれたら、きっとそれは五条くんだと言うと思う…)

けど、あの頃のわたしは15歳の子供で、恋の何たるかも知らず、五条くんに流されるまま付き合ってた。恋愛にも興味があったんだろう。だから全てが新鮮でドキドキした。
五条くんと付き合ってから気づいたことがたくさんある。
意地悪でオレ様だと思ってた五条くんが、本当はわたしのことを一番に考えてくれる、優しい人だってことも。理子ちゃんと接してた時もそうだ。口は悪いけど、素直じゃないけど、時には厳しいことも言うけど、それは全部、相手の為だ。そういう五条くんだからこそ、あの夜、わたしは彼の気持ちを受けとることが出来た。
でも、わたしは最悪な答えを出して、きっと五条くんを傷つけたと思う。その心の奥の蟠りが、今もわたしの中にある。いくら五条くんが笑顔で受け入れてくれても、素直に向き合えないのはそのせいだ。
待っててくれたのは嬉しい。その反面、わたしなんてやめちゃえばいいのに、とも思う。
でもきっと、そうなったらなったで、わたしも嫌なんだろうなとは思う。
何とも勝手な話だ。
再会してから、五条くんがわたしに触れるたび、他の女性の影がちらつくだけでモヤモヤするのは、多分嫉妬という感情なんだろうな。

さん、大丈夫?」
「…あ、はい。大丈夫です」

ボーっとしてると、主任が再び戻って来た。主任も結構飲んでるのに、こういう時はしっかりしてるのが凄い。部下達の席にも少しずつ顔を出してコミュニケーションを取るのは、仕事の上でも大事なことだと、前に話してた。でも基本、二次会とかは遠慮することが多い。

――上司がいないところで盛り上がりたいこともあるでしょ。

前に何故、いつも先に帰るのか尋ねると、こっそり教えてくれたことがある。
大人の女だ…と感動して、主任がカッコ良く見えてしまった。高専の女性陣とはまた違ったカッコ良さがある。
非術師と呼ばれる人達も、日々この世界で戦ってるんだと、社会人になって初めて知った。そんな皆の平和な生活を、わたし達呪術師が守っていかなくちゃいけない。皆と仕事をしたおかげで、改めて自分の役割に気づけた気がした。

「あら、さんのケータイじゃない?鳴ってるわよ」
「え?あ、ほんとだ…」

今はお座敷を貸し切っていて、荷物などは部屋の隅に集めて置いてある。その中でもわたしのバッグは手前にあり、そこから着信音が漏れ聞こえていた。

「婚約者の彼じゃない?五条さん、だっけ」
「え…あ…はあ。でも彼は仕事で――」

と言いながらスマホの画面を見ると、そこにはしっかり五条くんの名前。口元が僅かに引きつった。

「ちょ、ちょっと電話に…」
「いいわよ、気にしないで。迎えに来るって言うなら、さんもそろそろ帰りなさい。明日からまた準備とかあるんでしょう?」
「はあ…」

準備、と言われても本当に結婚をするわけじゃないし、と内心苦笑しながらお座敷を出る。店内じゃ電話は禁止されてるので、そのままフラつく足で店の外へ出てから鳴りっぱなしの電話に出た。

『あ、やっと出た。お疲れ』
「お疲れさま。どうしたの…?」
『送別会、まだ終わらないの?』

少しスネたような口調で言われ、ふと時計を見た。午後11時になるところで、確かに普段よりは遅くなっている。

「ごめん、そろそろ終わると思う。皆も酔ってるし…」
『じゃあ迎えに行こうか』
「ううん、大丈夫。ここからマンション近いし。五条くんは?任務終わったの?」
『さっきね。今、僕もマンションに向かってるとこ。帰ってるかと思ってかけたんだけど、甘かったか…』

五条くんは苦笑気味に言いつつ『僕の方が先に着きそうだからお風呂の準備しておくよ』と言ってくれた。

「うん、ありがとう…じゃあ、後で」

そこで電話を切ってホっと息を吐く。これで迎えに行くと言われたら、また皆に冷やかされるところだ。

「お風呂かあ…でも…入れるかな…」

さっきのピーク時よりはマシなものの、今も頭はふわふわしてるし、足元もおぼつかない。前半に飛ばしすぎ+色んなお酒をチャンポンしたせいで、思った以上に酔っているかもしれない。

「ダメだ…ちょっと歩いて来ただけでクラクラするし…帰ろ…」

そこで中に戻ると、未だに盛り上がっている皆と主任に、これまでのお礼を言って軽く挨拶を済ませてから、わたしは店の前からタクシーを拾った。
東京支社に来てから間もないこともあり、涙の別れにはならなかったものの、短い間でも一緒に仕事をさせてもらって、本当に楽しかった。
これからも布団はアンティカのものを買わせてもらおうと思いつつ、家路につく。皆からもらった大きな花束も凄いけど、少し気まずかったのは「これ結婚祝い。皆からよ」と主任から渡された夫婦茶碗とカップのセットだ。

「幸せになってね」

最後はそんな言葉で送り出され、わたしの酔いがどんどん冷めていく気がいた。

「はあ…これ、どうしよう…」

タクシーを降りて、マンションのオートロックを抜けながら、手に持っているプレゼントを見下ろす。五条くんのことだから、絶対一緒に使おうとか言いそうだ。

「まあ…食器に罪はないか…」

そう思いながら、わたしは溜息交じりで部屋へ向かった。
案の定、五条くんは、夫婦茶碗に反応して喜んでたけど、カップの方がもっと喜んでいたかもしれない。

「一緒に使おうね」

なんて予想通りのことを言いながら、早速自分は風呂上りのコーヒーを飲むのに使うと言っていた。どうやら待ってる間に先にお風呂は済ませたようだ。

「はあ…気持ちいい…」

お酒の後にお風呂に浸かるのはまずいかなと、シャワーを浴びたものの、やっぱり最後に少しでも湯船に浸かりたくなってしまった。お湯も温めに設定してあるから、熱すぎずちょうどいい。きっと五条くんが気を利かせて温めにしてくれたんだろうなと思った。

「五条くん、いい奥さんになりそう」

料理は出来るし、細かいことにもよく気づく。何となく想像して軽く吹き出してしまった。
それに比べて、わたしは大雑把だし、料理も出来ない。油断すると、すぐに部屋は散らかしてしまう。これじゃ嫁の貰い手がないだろうな、と自分で苦笑した。

「あー…何か寝ちゃいそう…」

体を温めたせいか、再びアルコールが体内を巡っていく感覚がした。
一カ月の疲れと、大量のアルコール、そしてお風呂。
この三つの条件が揃いすぎたせいで、一瞬寝落ちしたらしい。耳元で「っ」と声をかけられ、ハッと目を開けた。

「大丈夫?」
「……五条…くん?」

さっきまでお風呂に入っていたはずなのに、今は何故か薄暗い場所で、五条くんの顏が薄っすら見える。でもふわふわして、動くことが出来ない。

「ったく…風呂場で寝るなよ。危ないだろ」
「…え…わたし…寝てた…?」

と回らない頭で応えつつ、じゃあ何でわたしは横になってるんだろう?と疑問に思った時、「え…」と声が漏れてしまった。だんだん暗闇に慣れてきた目が、寝室の天井に気づいたからだ。

「ちょ…ここ…」
「ああ、逆上せたのかと思って僕が運んだ」
「……運んだ…?五条くんが…?」

苦笑気味に応える五条くんは、どうやらベッドの端に腰をかけてるようだ。そしてわたしはと言えば――予想通り、布団の中は素っ裸だった。顔から血の気が引いた気がする。

「ま、まさか…見たの?!」
「あー急に起き上がらないで。酔っ払ってるんだから」

酔いなんか一気に吹き飛んだと思うくらいの衝撃で、起き上がろうとしたものの、頭はクラクラするし、何も身に着けてない状態で、わたしはまたベッドに寝かされる羽目になった。でも、だからって勝手に運ぶなんて酷い。そう思っていると、五条くんは苦笑しながら「心配するほど見てないよ」とわたしの濡れた髪を撫でた。

「嘘…見ないでどうやって…っ」
「まあ、最初は逆上せてると思って慌てて風呂場に入っちゃったけど、、ただ寝てただけで体温もそこまで上がってなかったから、とりあえず風呂場の電気を消して、バスタオルで隠して運んだから殆ど見てない」

安心した?と五条くんは苦笑いを浮かべた。いや、安心したといえばしたけど、恥ずかしいことに変わりはない。思わず布団をかぶると、五条くんは、すぐに布団をはいでくる。

「起きたならちゃんと服着ろって」
「あ、後で着る…」
「髪も乾かさないと…って、もうだいぶ乾いて来たけど」

五条くんはわたしの髪に触れながら溜息を吐く。そこで気づいた。濡れたままベッドに運ばれたなら、シーツも当然濡れてしまったはずだ。

「ご、ごめん…わたしが代えるから…」

頭を置いてたところに触れると、ほんのり湿った感じがあった。でも五条くんは怒るでもなく「僕が運んだんだからいいよ、そんなの」と、わたしの額にキスを落とした。そのまま、くちびるも塞がれて、僅かに心臓が跳ねる。

「ん…ダ、ダメ…」
「…どうして」
「だ…だって…わたし…お酒臭い…」

キスをされた途端、そのことを思い出した。五条くんは下戸で一滴もお酒は飲まないと、再会した後で話していたのだ。

「別に僕は気にしないけど」
「で…でも…ん…」

わたしの顔の横に手を置いた五条くんは、そのままもう一度くちびるを塞いでくる。長い指が、右耳の横の髪を優しく梳いていく。耳殻を掠める動きに、ぴくんとわたしの体が震えた。

「…くすぐったい…?」
「…ん」

かすかに五条くんが笑って、甘いキスは啄むように何度も繰り返される。舌を絡ませるでもなく。触れあい、しっとりと重なるだけのくちびるが、少しだけもどかしい、なんてどうかしてる。アルコールでふわふわしてるせいもあり、心地いい感覚に襲われていく。
その時、ギシ…とベッドの軋む音がして、ハッと目を開ければ、五条くんがわたしに覆いかぶさるように見下ろしてきた。

「ご…五条…く…」

二人分の体重がかかると、マットレスが深く沈みこむ。

「今日はあちこち回って疲れたから…が癒して」
「…な…何…んん…ぅ」

体を隠していた布団が剥ぎ取られ、裸体を五条くんの綺麗な瞳に晒される。薄闇でも分かるくらい、青々とした宝石が、わたしを強く射抜いてくる。

「や…待っ…ん…っ」
「もう待てないってこの間も言ったよね」

首筋に、五条くんが軽く歯を立てた。彼の吐息が肌を撫でて、切なさで胸が疼く。
油断してたと言われればそうなのかもしれない。酔っている上に何も着ていない状態で、無防備にキスに酔わされてしまったのはわたしだ。でもこんな風に体を触れられるのは初めてで、一気に羞恥心が襲ってくる。

「…ぁ…や…っん…」

何も身に着けていない肌を、五条くんの手のひらが這う。恥ずかしくて顔が火照り、くすぐったさで身を捩った。でもその時、大きな手が胸の膨らみを包んで、やんわりと揉まれた感触に声が跳ねる。

「ダ…ダメ…やめ…」
「やめてあげない」
「……っ?」

ハッキリとした口調で言われて、ドキっとした。視線だけ上げれば、五条くんの不機嫌そうな瞳がわたしを見下ろしている。
これは…もしかして――。

「あの頃、僕がどれだけに触れたかったか、知らないだろ」
「ご…五条…くん…?」
「それに…どれだけショックだったかもね」

五条くんはそう呟くと、お互いのくちびるが触れそうなくらいの距離で微笑む。

「だから体で教えてあげるよ」
「え…んっ」

首筋に吸い付かれ、さっきよりも強い刺激に背中が跳ねた。そのまま下がったくちびるが、胸の先を掠め、敏感な部分にちゅっと口付けられる。初めての刺激にビクンと体が反応すると、五条くんは薄っすら笑みを浮かべた気がした。

って結構感じやすい?」
「し…知らな…んぁ」

自分の身体なのに、意志とは逆に勝手に反応してしまう。くすぐったいのに、すぐ後から襲ってくる甘美な刺激は、抗えないほど気持ちがいい。

「…ひゃ…ぁっ」

その時、ぬるりとしたものが胸の先を舐め上げ、強い刺激に腰が浮きそうになった。恥ずかしくて死にそうなのに、体の中心に熱が集まり出し、下腹部の辺りにむず痒いような疼きが襲ってくる。五条くんの赤い舌が、根元から先端まで、ちろちろと優しく往復するたび、また切ない何かが足元から這い上がってくるようだ。

「…んんぁ…」

どうにか押し戻そうとしても、手に力すら入らない。
その時、これじゃ足りないと言うように、五条くんの手が脚の合間へ滑り込んできた。当然、何も身に着けていないそこへ、容易く彼の指が到達する。

「んんっ…や…ダ、ダメ…そこ…は…ぁっ」

恥ずかしい場所に触れられ、ビクンと足が跳ねた。柔肉を割って指が自分でも触れたことのない場所を撫でていく。

「…ぁあ…っ」
「…少し濡れてきたね」
「…な…何…んっ」

五条くんは満足そうに微笑むと、わたしの頬にちゅっとキスを落とす。同時に指を動かし、亀裂を何度か往復させると、意志とは裏腹に体内からとろりとしたものが溢れてくるのが分かった。それが何を意味するのか、分からないほど、もう子供じゃない。

「や…あ…く、くすぐった…ん…っ」

初めて触れられる場所からは、くすぐったさが広がっていく。なのに、次第に指を動かされるだけで、その場所から粘膜の擦れるような音が聞こえてきた。

「可愛い…感じてる?」
「…や…ごじょ…くん…ひゃ…」

彼が指を往復させた時、ある部分を掠めると、これまでの比じゃないくらいに強い刺激を感じた。

「そ、…れ…や…だ…んぁっ」
「ここ?」

わざとなのか、五条くんは確かめるように、その部分を指で優しく撫でていく。そのたびに腰が跳ねて、ビクビクと脚が震えてしまう。

「く、くすぐった…」
「性感帯だから最初はそうかもしれないけど、だんだん気持ち良くなるから」

どこか冷静な声で応える五条くんは、指でその部分を擦るようにしながら、胸の先を再び口へと含む。同時に刺激が来た瞬間、全身がふるりと触れて、粟立つのが分かった。何もかも初めての感覚で、その快楽に飲み込まれそうになる。でも、このままなし崩しに抱かれるのは嫌だった。

「…ん、ダ…ダメ…」
「ダメ…?」

五条くんはふと顔を上げると、舌でぺろりとくちびるを舐める。でも指の動きは止めてくれず、奥のある場所まで滑らせた。

「心配しないでいいよ」
「……ん…あ…」

五条くんはそう呟くと、少しずつ指をある部分に押し付けてきた。それは体内に異物が入ってくる感触だった。

「約束通り、一線を越えるつもりはないから」

五条君はそう呟くと、ゆっくりとわたしのナカへ、指を埋め込んでいった。
その瞬間、目の前が弾けて、チカチカと光のようなものが走る。

「んん…っ」

異物感はあるのに、五条くんに触れられた場所全てが、ジンジンと疼いてるせいで、自分の身体がどうなっているのか分からない。

「…痛い?」

ナカに埋めた指をゆっくり動かしながら、少し心配そうに訊いてくる五条くんに、思わず首を振ったものの、これ以上されたらおかしくなってしまいそうだった。初めての感覚に、どうしようもなく体が震える。その時、五条くんの指が先ほどの敏感な場所を軽く撫でていき、わたしの限界がきた。

「も…ダ…メ…んぁ」

甘い波にさらわれそうになるのを必死で堪えていた。だけど我慢出来ずに与えられる刺激に身を任せてしまった瞬間、足のつま先から頭の先まで、一気に電流のようなものが駆け抜けていく。自分の声とは思えないほど、甘い声が漏れて、ビクビクと体が跳ねる。その瞬間、指を抜かれるのが分かった。

「初めてだから今夜はこれくらいにしてあげる。でも初めてにしては上手にイケたね」
「……っ?」

一瞬、何のことか分からなかった。でも意味などどうでも良くなるくらい、全身を覆う甘い感覚がまだ残っていて、心臓が壊れそうなほどに早鐘を打っている。五条君はぐったりしているわたしの髪を撫でながら、額に軽くキスを落とした。

「大丈夫?」
「…な…大丈夫な…わけ…ない…」

呼吸も荒く、息苦しい。全身が気怠くて腕も上げられない。五条くんにされた行為で、こんな状態になるなんて思いもしなかった。大人は皆、こんなことを平気でしてるわけ?と恐ろしくなる。…わたしもいい大人だけど。歪んだ青春を過ごしたせいか、今まで付き合ったのは五条くんだけという事実も問題のような気さえする。

「…最低……」

わたしが責めるように睨むと、五条くんは軽く吹き出して「イった時の、凄く可愛かったのに」と、とんでもないことを言ってきた。

「約束通り、一線は超えてないでしょ」
「だ…だからって…あんな…」

と言った瞬間、顏がカッと熱くなる。歳だけ重ねても、こういうことに関しては十代の頃と何も成長していない。
五条くんは「ごめん」と悪びれる様子もなく言うと、もう一度わたしの額にくちびるを押しつけた。

「でもこれ一応、お仕置きだから」
「―――ッ?」

五条くんはさらりと言って、ニッコリとわたしに微笑んだ。