※性的描写あり




第四十一話:十年目の告白・前編


――たまには自分から素直になってみたら?

硝子先輩に言われて、自分でもちゃんと考えてみた。確かにわたしは貰ってばかりで、五条くんに何も返してあげられてない。
この際、恥ずかしいなんて言ってる場合じゃないかも、とも思えてきて、今週はずっと悶々としてしまった。
でも肝心の五条くんは海外出張で今週いっぱいは不在。だからわたしもいつも通りの日々を過ごしていた…わけではなく。五条くんの代わりに一年ズの引率をすることになってしまった。

「はぁ~さんだと話が分かるし助かる~!これからも引率して欲しいくらい」

野薔薇ちゃんは大げさなことを言いながら、ウキウキした様子でカフェに走って行く。任務帰り、ちょっとの寄り道をしたいようで、この後は高専に帰るだけだから、と皆でお茶をすることにしたのだ。補助監督の新田さんはその間に別の仕事をしてくると言って、どこかへ行ってしまったから四人で行くことになった。

「あ~これこれ。仕事終わりにお洒落なカフェでお茶して疲れを癒す…これぞ都会の女って感じよねー」

野薔薇ちゃんはタピオカの入ったドリンクを注文して満足そうに瞳を輝かせてる。何でも彼女がいたのは、とんでもないド田舎らしく、ずっと東京に憧れてたらしい。わたしも同じだから物凄く共感してしまった。

「え、さんも田舎から出てきたのっ?」
「うん。父には高専に行くって名目で嘘ついて東京に来た後は普通の高校に行ってたの。でもある日、父と繋がってた高専の方からバイト先に迎えが来ちゃって…その時にわたしを拉致したのが五条くんなの」

笑いながら経緯を話すと、三人ともえらい食いついて聞いてくれてる。でもよく考えたら、今の話が五条くんとの出会いだったなぁと懐かしく思った。

「なーんだ。五条先生も青春してたんだー。今の先生見てると信じられないけど」
「そうなの?」
「まあ…あの人、オレらの前じゃだいたいふざけてるんで」

今まで黙って聞いていた伏黒くんが苦笑交じりで言った。伏黒くんはわたしの知らない五条くんを知ってる唯一の生徒だ。それに先生と呼ばれてる五条くんをわたしはあまり知らない。わたしが傍にいない時、五条くんは普段どんな感じで彼らに接してるんだろう。

「ねえ、一つ聞いていい?」
「何?」

わたしの問いかけに虎杖くんがいち早く反応して身を乗り出してくる。虎杖くんは最近知り合った子だけれど、何となく五条くんとはすでに昔からの知り合いみたいに気が合ってる気がする。

「皆にとって…五条悟ってどんな人?」

その質問を聞いた三人はキョトンとした顔でわたしを見た後、互いに顔を見合わせて――。

「アホです」
「アホだな」
「アホよね」

一糸乱れずハモるように答えられ、わたしの笑顔が若干引きつった。生徒にここまでアホ呼ばわりされるくらい、五条くんはいったいどんな教育をしてるんだ?と首を捻りたくなる。でも今のをキッカケに、三人はそのまま会話を続けているから、わたしも気になって静かに耳を傾けた。

「この前もメイドカフェで変な飾り素直に頭へ付けてたしな」
(…メイドカフェ…っ?)
「あーそれ私は見てないのよねー」
「意外と楽しんでたよな、あの人」
(…楽しんでた…)
「まあ、あれもこれもダンジョン探しの為とか言ってたけど、半分は趣味なのかなと思ったよな」
(趣味…)

生徒達の会話を聞きつつ、わたしの顔が地味に引きつっていく。メイドカフェなんか行ってたのか!と内心イラっとしたものの、そう言えばわたしがバイトしてたメイドカフェでも、スペシャルパフェを嬉しそうに食べてたっけ、と変なことを思い出した。

「あーで、何だっけ。五条先生がどんな人って話だっけ」
「あー、そっか」
「どんな人って言われても…」

三人は再びスタート地点に戻ったようで、腕を組んで首を傾げ始めた。わたし的に最初のアホで終わったものだと思っていたから、まだあるのかと黙って彼らの会話を聞いていた。

「…やっぱ…アレだろ」
「まあ、そうよね」
「だな」

二つめの答えは全員一致したらしい。そこも声を揃えて「最強」と応えた。ここまではわたしの想像通りではある。一応。だけど虎杖くんが「ああ、あともう一つ」と言うと、他の二人もすぐに分かったらしい。「そうそう」と言いながら一斉にわたしの方へ視線を向けた。

「一途」
「一途ね」
「一途、だな」
「え…?」

ニヤニヤしながら言われて、何のこと?と聞く前に何となく分かった気がした。かすかに頬が熱くなる。

「五条先生、さんのこと大好きすぎだよな」
「ほーんと。彼女バカすぎ。あ、婚約してるんだっけ」
「まあ…それは昔からだし…見方を変えればしつこいとも言うな」
「ちょ、ちょっと…」

好き勝手言い出した彼らの会話に、思わず口を挟もうとした。でもやっぱりニヤニヤしてくるから、何も言えなくなる。五条くんは彼らにわたしのどんな話をしてるんだろう、とちょっとだけ怖くなった。

「この前も呪術実習が終わって早く帰れそうって喜んでたら、帰りがけ伊地知さんが任務の話を持ってきてキレてたよな」
「あーあったねー!がお腹空かせて帰って来るのに僕がいなかったら飢え死にしちゃうでしょーが!とか言い出した時は笑ったわ」
「オレはあの人が料理なんかするのかって方に驚いたけどな」
「確かあの後で伊地知さん、デコピンの刑喰らってたよな」
「あ~喰らってた喰らってた!オデコが野球ボールくらい腫れてたよねー!」
「…………」

だんだん聞くに堪えない話の流れになってきて、居たたまれない気持ちになる。伊地知くんにも申し訳ないし、生徒達の前でもそんな我がままを言ってごねてたのか。恥ずかしいから止めて欲しい。別に一日くらい夕飯がカップ麺になったとしても、わたしは飢え死になんかしないし。

「まあ、でもオレにとっては命の恩人だし、いい先生だと思うよ」
「…虎杖くん」

虎杖くんがニッコリ微笑みながら言った。きっとそれがさっきわたしがした質問への答えなんだろうなと思うと、わたしも自然と笑顔になる。


「ま…オレも一応…世話になってるんで…いい人とは言わないけど、いい先生では…ある、かな」

伏黒くんもそっぽを向きつつ、そんなことを言っている。伏黒くんの複雑な環境は話に聞いている。きっと五条くんは伏黒くんに接触しているうちに呪術師として育ててみたくなったんだろうなと思った。彼なりに愛情をもって接してるのは見ていたら分かる。その絡み方がウザいから嫌がられてるだけで(!)

「私はあまりまだ知らないけど…見てて飽きないとこはあるかな。あれでもう少し女心を分かってくれたら最高なんだけど」

野薔薇ちゃんも笑いながらそんなことを言っているけど、まあ、それはわたしも大いに同感だったりする。

「そっか。何となく安心した」
「…安心?」

伏黒くんがブラックコーヒーを飲みながら、ふとわたしへ視線を向けた。

「うん。あの五条くんが教師なんて最初は驚いたし、生徒を指導できるのかなって思ってたから。でも何だかんだで皆とも上手くやってるんだなーと思って」
「まあ、それはこっちが大人の対応してるから」
「………」

野薔薇ちゃんがドヤ顔で言い切るから、こっちも吹き出してしまった。三人三様、それぞれが個性的で、かつ若さゆえの発言があるものの、皆は五条くんが認めてる通り、聡い生徒達だと思う。

「そろそろ帰ろっか」

ドリンクを飲み終わり、時間もちょうどいい頃合いで言えば、三人も素直に頷いて帰り支度を始める。
その時、ちょうど新田さんから近くに到着したとの連絡が入った。


△▼△

『何時くらいに帰れそう?僕は直帰したから今、家~』

出張から戻ったという五条くんからメッセージが届いたのは、ちょうど任務を終わらせた時だった。
梅雨の合間、もうすぐで夏を思わせる快晴になった今日、わたしは都内でいくつかの任務をこなしていた。それも午後を過ぎた頃に終わり、五条くんからメッセージがきたのは、ちょうど疲れた体をカフェで休ませていた時だった。

「あ…今日だっけ。帰って来るの」
「五条さんスか?」

一緒にお茶をしていた新田さんがふと顔を上げる。

「うん。もう帰って来たみたい」
「そうっスか。あ、じゃあ報告は私がしとくんで、さんも直帰して下さい」
「え、いいの?」
「今日のは比較的、ランクの低い案件だし、誰が報告しても問題ないっスよ。五条さんなんか、しょっちゅう伊地知さんに押し付けてるっス」
「……そ、そっか…」

ちょっとだけ申し訳ない気持ちになりつつ、報告は新田さんに任せて帰ることにした。ちょうどこのカフェからマンションも近い。だから送ると言ってくれた新田さんにも「近いから歩いて帰る」と告げて、わたしは夏日かと思うような炎天下の中をマンションに向かって歩き出した。
久しぶりに五条くんと会うのは少しだけ緊張する。硝子先輩に言われたことをしっかり覚えているからだ。今の曖昧な関係のままじゃ良くないとわたしも思うし、何より、五条くんに対して、わたしは一度も自分の本音を伝えていない。ただ、自分の想いをどう言葉にしていいのか、経験のないわたしには難しい問題だったりする。そんなことを考えだすと、決心が鈍って途端に足も遅くなる。今から帰ると返信したものの、なかなかすんなりとは帰れず、途中にあるコンビニに寄ったり、本屋に立ち寄ったりしながら、アレコレ考える羽目になった。でも一向にハッキリとしたものは浮かばず、諦めてマンションを目指す。

(…ついちゃった…)

空に向かって高く聳えるマンションを見上げた。最上階の辺りは綿あめのような初夏らしい雲がかかっている。太陽が照り付ける中、遥か頭上に見える澄んだ青空を見ていると、五条くんの瞳を思い出した。たったそれだけで胸の奥が疼く。
軽く深呼吸をしてからオートロックを開けてロビーへと入る。約束の時間は一時間も過ぎていた。エレベーターで一番上まで上がり、誰もいないフロアを足早に進む。目的の角部屋まで来ると、もう一度だけ、深く深呼吸をした。鞄の中から部屋の鍵を取り出すと、静かに解錠する。ドアを開けた瞬間、嗅ぎ慣れたお香がふわりと漂ってきた。玄関に入ると、そこには彼の靴がある。いや、いるのは知っているのだからあるのは当たり前だ。

「…五条くん」

靴を脱いで声をかけたけど、彼に会うより先に洗面所へ向かう。そこで軽く手荒いをしてうがいをすると、少しだけスッキリした。ただ口内を濡らしたことで酷く喉が渇いてることに気づく。鏡に映る自分の顔はかすかに汗をかいていて、ついでに水で顔も洗った。炎天下の中をウロウロしてたせいで、どうせメイクも落ちてしまっている。ポタポタと顎から水が滴り落ちて、それを引っかけてあるフェイスタオルで軽く拭った。ふわりと五条くんの匂いがする。たったそれだけで全身が火照ってくるのだから、自分のあさましさに嫌になってしまう。

「五条くん?」

タオルを洗濯機へ放り込むと、わたしは真っすぐリビングへ向かった。でもそこに彼の姿はない。もしかして、と今度は寝室に足を向けた。海外出張から戻ってきたはずだから、もしかしたら寝てるのかもしれない。ノックはせずに静かにドアを開けると、寝室の中は案の定、薄暗かった。一歩足を踏み入れると自然に息を殺してしまうのは、時差ぼけで寝てるのなら起こしたくないと思ったからだ。普段あまり睡眠をとることのない五条くんだからこそ、眠れる時は眠って欲しい。

(あ…やっぱり寝てる…)

待ちくたびれて寝てしまったのかもしれない。奥にあるキングサイズのベッドの端っこに五条くんはいた。あんなに大きなベッドなのに何故かいつも端っこへ寄って寝ている。それは彼のクセ、かと思っていた。でもある時、五条くんは言った。

――が帰って来た時、もし真ん中に僕が寝てたらの寝場所がないでしょ。だから寝る時は左側を空けるのクセになったんだよ。

端っこで寝てるのはどうやらわたしの為だったらしい。それを知った時は素直に嬉しかった。

(相変わらず…綺麗な寝顔…)

ベッドの傍にしゃがんで顔を寄せると、ふわりと甘い香りがした。五条くんの部屋と同じ匂いだ。この匂いはわたしをホっとさせる。心が安らぐ。いつの間にか、そんな風に感じるようになっていた。そして必ず――わたしの体を疼かせるのだ。気づけば甘い匂いに誘われるように、仰向けで眠っている五条くんのくちびるへ自分のくちびるを寄せていた。彼の寝息をくちびるに感じるくらいに近づける。でも触れ合う寸前、伸びて来た腕にベッドの中へ引きずり込まれた。

「ご…五条…くん…っ?」
「…遅い。待ちくたびれた…」

どうやら彼はとっくに目を覚ましていたらしい。横向きに体勢を変えた五条くんは、ちょっとだけスネたようにその美しい瞳を細めてみせた。口の中でごめん、と呟く。そう言えば、五条くんが優しく「いいよ」と言ってくれるのは分かっている。至近距離で見つめ合っているのが照れくさくて目を伏せた瞬間、わたしのくちびるは五条くんに奪われていた。ちゅっと甘い音を奏でながら、何度も触れ合う。彼のキスをすんなりと受け入れるようになったのはいつからだったろう。最初は触れるだけのキスでも死ぬほど恥ずかしかったというのに、今では物足りないなんて思ってしまう。そんな気持ちが伝わったのか、くちびるの隙間から彼の舌が入って来た。

「ん…ぅ…」

温かくて柔らかな舌の感触が気持ちいい。五条くんの熱い吐息に反応して、わたしも体が熱くなっていく。甘ったるくて、わたしのことが好きだと全身で伝えるようなキスに、いつものように酔わされていく。

「…可愛い。気持ちいいって顔してる」

キスの合間に、熱を帯びて掠れた声が耳元で囁く。そしてまたすぐに口付けられた。舌を絡ませ合うキスはわたしの気分も高揚させていく。それに呼応して体の奥の方がジンと火照ってきた。五条くんは敏感にわたしの気持ちを察して、腰から太腿までそっと手を滑らせる。そのままスカートの中へ指先が忍び込んで来た。

「…ん、」

ショーツの上から亀裂をゆっくりとなぞられ、ゾクリとする。同時に下腹部の奥がジンジンと熱を増してきて、自然と潤みを帯びてくるのが自分でも分かった。恥ずかしいのに、五条くんに与えられる快楽を知った体は、貪欲にそれを貪ろうとする。

「腰、揺らしちゃって…かわい」
「…ん…ぁ」

耳元で囁かれて首の辺りがゾクゾクとした。その瞬間、ショーツの中に指が侵入して、すっかり濡らされた場所を直に撫で始めた。ヌルヌルと動く指の刺激で、また更にとろりとしたものが溢れてくる。

「…ん、…んんっ」
「キスだけで濡れちゃったんだ」
「…ち、違…っあ…」
「違わないでしょ。ここ触られたかったクセに」
「…ん…は…ぁ…」

二本の指が襞の間に入り込んで、更に動きを速めていく。すっかり膨らんだ場所を、わざと避けるように、厭らしく指を動かす五条くんも、かすかに呼吸が乱れている。さっきから太腿に当たっている彼の劣情は、どんどん硬さを増していってる気がした。

「ご…五条く…ん」

ぎゅっと胸元のシャツに皺をつけてしがみつくと、彼はかすかに笑ったようだった。何かも分かっているクセに、知らないフリをする。

「…んぁっ」

すっかり蕩けている場所へゆっくりと指が埋められていく。浅い場所をひっかくようにしたり、奥までずんと突いたり。彼の指はまるでわたしを快楽の渦へ誘うよう好き勝手に動く。そしてまたわたしを高みへ押し上げていくんだから嫌になる。
絶対に――わたしを抱かないくせに。

「…ご…ごじょ…くん…」
「…ん?」
「は…話…がある…の」

快楽に流されそうなのを必死でこらえて告げると、五条くんの瞳にほんの僅かながら困惑の色が浮かぶ。でも指の動きを止めてはくれない。

「んー…今じゃなきゃダメな話…?」
「う…ん…ぁんっ」

一気に最奥まで突かれて、思わず声が跳ねてしまった。そんなわたしを見下ろしながら「ほんとに?」と笑みを浮かべる。その意地悪な態度にむ…っとしつつ、わたしは最後の理性を振り絞って五条くんの胸元を両手で押し戻した。

「ダ…ダメ…聞いて…」
「………」

哀願するように見上げると、五条くんはジっとわたしを見つめた後、小さな息を吐いて指を抜いてくれた。でもすぐにわたしの両手を掴んで引っ張り起こす。向かい合う形になって、さっきよりも五条くんの顏が近くなった。

「何の話?」
「え…っと…」

改めて聞かれると一気に緊張してきた。ついでにさっきまで指を挿入されてた場所がジンジンと疼いてるのを感じる。中途半端なままだから余計に体の火照りが止まらない。

「どうしたの?モジモジして。やっぱり続けようか」
「や…ダメ…っ」

苦笑しながらも再び押し倒そうとする五条くんを制止して、わたしは軽く息を吸いこんだ。色々と言葉を考えたところで、今のわたしに上手く自分の気持ちの変化を伝えることは出来ないかもしれない。だけど、今確かに感じてる想いは口にすることはできる。

「どうしたの?今日の、ちょっと変」

五条くんはそう言いながら、わたしの頬にちゅっと口付ける。そのくちびるの柔らかい感触でさえ、鼓動が跳ねてしまう。わたしがおかしいと言うなら、おかしくさせたのは五条くんだ――。