※性的表現あり


かすかな風の音でふと目が覚めた。夏も終わりを迎えるこの時期は台風の発生が多く、上陸してもいないのに風が強くなる。特にこの地域は普段から良く山風が吹きつけて来るから余計に強風になりやすい。カタカタと風に煽られ、窓が音を立てる。そしてそれ以外にもかすかに聞こえてくるのは、隣で眠っている男の寝息だった。
そっと上体を起こしてベッドに腰をかけると、後ろで眠っている男の顔を覗き込む。昔よりも伸びた髪が、年月の長さを感じさせた。

(なのにちっとも老けないんだからズルい…)

見当違いなことを思いつつ、穏やかに眠る男の寝顔を眺めていた。
男の名前は夏油傑――。
彼はある特殊な界隈でちょっとした有名人だ。100人以上も非術師を呪殺した最悪の呪詛師。だけどわたしにとったら同級生であり、青春の一ページを共に過ごして来た仲間だ。いや、仲間だったと言った方が正しいのかもしれない。今はもう、あの頃の絆など一切ないのだから。

薄暗い室内を見渡せば、ベッドの下に服が散乱している。わたしのと、傑の着ていた僧侶のような五条袈裟がクシャクシャになって重なっているのを見て、裸の自分の身体を見下ろす。
高専からほど近い場所にあるわたしのマンションに、昨日の夜、突然傑が現れた。会うのは10年ぶりだった。

――迎えに来たよ。

穏やかな笑みを浮かべて傑は言った。まるでわたしが自分を待っていたかのような口ぶりで。相変わらず、勝手な男だと思った。10年前のあの日。わたしに何も告げず姿を消したクセに、何の前触れもなしに姿を現した。

――捨てた女に今さら何の用?
――捨てた覚えはないんだが。

シレっとした顔で言われた時は、思わずその澄ました顔を引っぱたいてしまった。なのに、傑はそんなわたしの怒りを物ともせず、強引に部屋へ入って来た。特級の彼に敵うはずもない。わたしは呆気なく屈して、彼を部屋へ上げる羽目になった。

――会いたかった。

勝手な台詞を吐き、勝手にわたしに触れて来る。抵抗したところで何の意味もなさない。傑は嫌がるわたしを無理やり抱いた。あの頃、一度も身体を許すことなく別れた相手に、10年も経って犯されるとは思ってもいなかった。

(…赤くなってるし…)

散々、指や口唇で弄ばれた乳房は薄っすらと赤みをさして、吸われた痕や強く掴まれた指の痕跡が痛々しい。こんな肌を誰にも見せられないと思った。特に、来月結婚をする相手にだけは。
傑に触れられた肌を流してしまいたい。衝動的にベッドから立ち上がろうとした瞬間、背後から伸びて来た傑の汗ばんだ腕がわたしの身体に絡みつく。そう言えば少し前から寝息が止まっていた気がする。

「どこへ行く気だい?」
「……シャワー浴びたいの」
「まだダメだよ」

後ろから伸びた傑の手が、わたしの乳房をやんわりと包んで形を変えていく。ゴツゴツした手が厭らしく膨らみを弄ぶのを、わたしは黙って見ていることしか出来ない。少しでも抵抗すれば、また呪霊で拘束されてしまう。

「随分と従順になったもんだな」
「……また暴れて欲しいなら暴れるけど」
「はは…私はそれでもかまわないよ」

わたしの髪を片寄せ、露わになった首筋へ口付ける。その仕草は嫌というほど優しい。なのに胸を弄る指先は淫靡で淫らだ。

「…んっ」
「胸はあの頃より大きくなった?もしかして悟のおかげだったりする?」
「…か…関係…ないでしょ…ぁっ」
「でも腰は細いまま。お腹も更に薄くなって引き締まってる。随分と鍛えたんだね」

言いながら片方の手を肌に這わせていく。そのたび、ゾクゾクとしたものが全身に走った。傑はわたしの身体を引きよせ、ベッドに押し倒すと、上から見下ろしてきた。その優しい眼差しを、好きだと思っていた時間が確かにある。あの頃のわたしは、傑に夢中だった。
傑はわたしにのしかかるようにして顔を近づけて来た。彼の長い髪が薄っすら入り込む月明かりさえ遮断する。また犯されるのだと、わたしは早々に覚悟を決めた。

「いいね。その強気の目。あの頃と変わらない凛とした美しさがある」

うっとりとした表情で傑はわたしの頬を撫でた。どう応えていいのか分からず、プイっと顔を背ければ、傑は「素直じゃないところも変わらないな」とかすかに笑った。
傑はわたしの胸に甘えるように頬を寄せ、乳首に口付ける。

「…んっ」

小さな刺激ですら声が洩れてしまうのは、先ほど散々貪られた熱が、まだ体内で燻っているせいだ。

「可愛いね。こんなに感じて」

ちゅっと音を立てて吸われ、もう片方の乳首を指の腹で優しくなぞられると、切ない声が出てしまう。ツンと勃ちあがった先端を舌先でちろちろと舐られ、あまりの快感にわたしは喉をのけ反らせた。嫌なはずなのに、抵抗したいはずなのに、身体は勝手に傑から齎される快楽を愉しんでいるように反応してしまう。

「…気持ちいいかい?」
「…ゃ…あっ」

首を左右に振って拒絶の意志を見せたところで、体の奥から溢れて来る愛液だけは止められない。腿を撫でていく手に陰部を弄られ、喉の奥がひゅっと鳴った。

「ここ、すでにとろとろだね」
「…も…やめ…てっ」
「やめていいの?ここは随分と良さそうなのに」
「…ふ…ぁっ」

不意打ちで割れ目の上の尖りを指でくるりと撫でられ、腰がビクンと跳ねてしまった。その瞬間に愛液の溢れる場所へ指が挿入される。出し入れされるたび、ちゅぷちゅぷと静かな室内に響く厭らしい音が、わたしの羞恥心を更に押し上げていく。

「す…傑…許し…て…わた…しは…ん…ぁあっ」
「ん?私は…何かな?」

剥き出しにされた陰核を執拗に弄られ、二本に増やされた指でナカを擦られる。わたしの身体を好き勝手に弄りながら、傑は昔と何も変わらない微笑みを浮かべていた。でもきっと怒っているのだ。わたしが傑ではなく、悟を選んだことを。

「…んあっ」

指でたっぷりと解された場所に、硬く熱い男性器が押し当てられた。先ほどあれほど出したはずが、いっそう昂って硬く頭を擡げている。ぬるぬると何度か往復され、その刺激で更に快感が押し寄せた。

「い…ゃ…も…うやめ…てっ」
「本当にやめていいの…?」

傑は酷薄そうに笑いながら入口を先端の丸みで捏ねてくる。焦らすような動きで、意志とは裏腹に腰が勝手に揺れてしまうのが恥ずかしい。傑はあくまで優しく入口を愛撫してくる。初めの乱暴な行為とは程遠い。最初は突然家へ押しかけてきて、拒絶したら服も下着も破かれたあと体中を弄られた。胸だけじゃなくナカまで弄られ、舌でも犯された。傑に触れられるのは初めてだというのに、彼が触れなかった箇所はないというほどに。

「そろそろ限界かな…」

耳元で傑の声がして我に返る。同時にぐっと腰を押し付けられた。濡れすぎている場所はすんなりと傑を受け入れ、挿入されただけで、散々指で焦らされていたナカが一気に収縮した。

「んぁ…ぁっ」
「…挿れただけでイクなんて随分と身体の方は素直だね。可愛いよ」

のけ反るわたしの頬へ手を伸ばし、傑は満足そうに微笑む。

「もっとイクところを私に見せて」
「…ひ…ぁ…」

腰を掴まれ、ぐいっと深いところまで挿れられた後は、傑の好きなように犯される。ナカを抉られながら、胸を揉みしだかれ、尖ったままの乳首を指でこねられると、残り少なかった理性など吹き飛んでしまった。傑に揺らされるまま嬌声を上げることだけが、わたしに許された唯一の行為であるかのように。






行為の後、ぐったりとシーツに沈んでいた身体を少しだけ動かした。とっくに日付をまたいで午前4時。傑がここへ来てから優に6時間以上経過していた。室内に人の動く気配がして一瞬起き上がろうとしたけれど、それすらも気怠く、力なく再びベッドに倒れこむ。先ほどから衣擦れのような音がしているのは分かっていた。

「…いいよ。は動かないでそのまま寝てるといい」

不意に優しく髪を撫でられ、目を開けると、案の定、袈裟を着込んだ傑がベッドの端へ腰を掛けた。傑は背中を丸めて屈むと、わたしのくちびるをやんわりと塞ぐ。名残惜しげに何度か啄むと、最後にわたしの頬を撫でた。

「……帰るの?」
「いていいのかい?」
「…………」

その意地悪な問いに応えられずにいると、傑はふっと笑みを浮かべて、その長い指をわたしの髪に絡めた。それは昔の傑が好きな動作だった。

の髪は今も変わらず美しい」

傑が好きだったわたしの長い髪を、今も伸ばし続けていたのは、またこうして触れてほしかったからかもしれない。

「…そろそろ行くよ」

わたしの額にもちゅっとくちびるを落とし、傑は立ち上がった。その後の自分の行動は、呪術師として愚かだったとしか言いようがない。気怠い腕を伸ばし、傑の袈裟をつい掴んでいた。

「……?」
「………」

行かないで、とは言えなかった。でも手を離すことも、出来なかった。傑と行くことを、拒んだのはわたしなのに。
その時、窓にポツポツと何かが当たる音がして。視線を向ければ星も見えない黒い空から小さな雨粒が落ちてくるのが見えた。それは最初不定期に窓を濡らしていたけど、すぐに本降りへと変わっていった。

「……遣らずの雨かな」
「え…?」

傑はポツリと呟いて、再びベッドへ腰を下ろす。

「……そう自惚れてもいい?」

遠い過去、過ぎた日の想いなど残しているはずはないと思っていたのに。今にも泣きそうな傑の微笑を見つめていると、一瞬で過去へ戻ったかのような疼きが胸に走る。愚かな女だと思われてもいい。雨が止むまでは傍にいて欲しいと、縋るように、かつての恋人を抱きしめた。



※やらずの雨:「訪れてきた人が帰るのを引き留めるかのように降り出した雨のこと」