五条くんと間違いを犯したのは、確かにわたしの意志だった。だけど、たとえ間違いだったとしても、わたしはその時にちゃんと気持ちを伝えるべきだったのだ。
圧し掛かってくる重みを感じた時、初めて彼の手を止めてしまった。
一つ一つ外されていくボタンの隙間から、シャツの下へもぐりこんでくる骨ばった手のひらが、行き場をなくして彷徨うように肌の上を撫でていく。それをまた制止すると、わたしの手首を掴んで問いかけるように見つめてくる青い瞳に心が震えた。
 
「ダメ?」
「…こういうことはやっぱり…良くない」

殺風景な肌寒い室内に、ただの日よけ替わりとでも言いたげな無地のカーテンが中途半端に閉められている。その隙間から差し込むオレンジ色の光が、五条くんの背中へと当たって、綺麗な白髪がかすかに色づいて見えた。
彼の顏から表情が消えていくのを見上げながら、わたしの体が暴かれていくのを感じる。冷たい指先が下着を押し上げようとしていた。五条くんの部屋に入ったのは初めてで、やっぱり断れば良かったと後悔した。
 
「へえ…この前は良くて今日ダメな理由って?」
「だ、だから…付き合ってもないのにこういうの…困る」
 
一回目の時はそんな空気に流されてしまった。
あの日は一緒に地方の任務に行って、時間を間違えて新幹線の最終に乗り遅れたこと。結局泊りになったけどホテルがどこも満室で、やっと見つかったホテルにはダブルの部屋が一つしか空いてなかったこと。色々と理由はある。でも一番の理由は、五条くんのことが好きだったから。
ただ、やっぱり後悔したのは、今日、またこうして部屋に誘われた時だった。
五条くんの中で、わたしを抱くことは遊び以外のなにものでもないと思い知らされたようで、凄く悲しくなった。
そんなわたしの心を知らずに、五条くんの膝がわたしの脚をゆっくりと開いていく。最悪なことに制服のスカートは短くて、すぐに白い太腿が剥き出しになった。大事なところを隠すものは下着一枚なんて、五条くん相手に無防備すぎたかもしれない。五条くんが耳元で「したい」と誘惑してくるから、背中がゾクゾクしてしまった。脳が沸騰しそうなほどに本能が揺さぶられる。
 
「ダメ…しない」
「何で。他に好きなヤツがいんの?」
「い、いない…けど」

そこは自分だと思わないのかな、と思いつつ、ついウソをついてしまった。五条くんは怪訝そうに眉を寄せて、私を見下ろしている。

「ふーん、じゃあ何でここまでついて来たんだよ」
 
覆いかぶさっていた五条くんが上体を起こして、カーテンの隙間から入る夕日がもろにわたしの顏へ注がれた。眩しくて顔を背けると、骨ばった手がわたしの頬を撫でていく。その感触に、またゾクリと肌が粟立った。
 
「わ、わたし…初めてだった…あの時」
「…知ってる。だから…?責任取って欲しいの?オレに」
「ち、違う…けど…」 

ただ、好きになって欲しかった。
五条くんにも、わたしのことを。
他の子とこういう行為をして欲しくないし、出来れば五条くんの彼女になりたい。彼に一度抱かれたら、そんな欲が芽生えてしまった。それを口に出来ないのは、ならオマエはいらないと、今ここで見捨てられてしまうのが怖いからだ。でも結局、ここで拒んでしまえば遅かれ早かれ、彼の中でわたしは「ヤラせてくれない女」として見限られるのかもしれない。なら愚かでも体を許したら、この不透明な関係を続けていくことになるんだろうか。
 
「やっぱ、好きな奴いんじゃねーの」
「え…?」
「あれだ。報われない恋がツラいからオレを受け入れたとか?」

五条くんが鼻で笑うのを見上げながら、何を言ってるんだろうと考えていた。確かにあの夜、最初は五条くんの方が積極的だった。悪く言えば少し強引にわたしに迫ってきたかもしれない。
何もかも初体験のわたしは、驚きと、恥ずかしさと、少しの恐怖で固まってしまった。だけど抵抗しきれなかったのは、やっぱり彼のことが好きだからで、決して流されただけじゃない。

「…やっぱ傑のこと、好きなんだろ、
「…夏油…くん…?」

脳内でアレコレ考えていた時、不意に思いもよらぬ言葉が降って来た。
視線を上げると、五条くんの美しい六眼が不満そうに細められている。きっとわたしは間抜けた顔をしていたに違いない。五条くんは「は…何その顏…」と笑った。

「だって…急に変なこと言うから…」

何で今、夏油くんの名前を出すのか、さっぱり分からなかった。

「変じゃねーだろ。オマエ、いつも傑のこと見てたじゃん」
「え…?わたしが?」
「違うのかよ」

五条くんが身を屈めて、互いの鼻先が触れるほど顔を近づけた。至近距離で見る彼の瞳は神秘的で、吸い込まれてしまいそうなほどに綺麗だ。この瞳があの難しい術式を繊細にコントロール出来るのは知っているけど、それとは別に人を引き付ける魔力のようなものまであるんじゃないかと本気で思ってしまう。

「ち、違う…」
「違う?じゃあ、何でいっつも見てんだよ」
「あ、あれは…」

夏油くんじゃない。わたしが見てたのは――。

「ご、五条くん…だから」
「あ?」
「わたしが見てたの…五条くんなの…」

言ってしまった。決死の覚悟なんて大げさかもしれないけど、今のわたしにはこれが精一杯だ。夏油くんの隣には必ず五条くんがいる。堂々と五条くんを見る勇気がなくて、夏油くんに視線を合わせて、視界に入る五条くんを見ていたから、そんな勘違いをされたんだろう。
ただ一つ驚いたのは、わたしが白状したことで、五条くんが想像通りの意地悪な笑みを浮かべるでも、笑うでもなく。ポカンとした顔で黙ったことだった。

「あ、あの…」

やっぱり言わない方が良かった?と後悔した。五条くんは重たい女なんて好きじゃなさそうだし、あと腐れのない女の子の方がいいはずだから、わたしが五条くんのことを好きだと知れば、やっぱりこの関係すら壊れてしまうのかなと不安になってくる。
でもその時だった。わたしの手首を掴んでいた手が動いて、指を絡ませるように重ねられた。驚いて彼を見上げると、五条くんの白い頬が薄っすら色づいている。夕日とは違う、その赤みを見て、わたしの頬も熱を持った。

「オマエ…オレのこと、好きなの?」

挑発するような言葉。でも五条くんの表情はさっきよりも随分と優しくなっているように見えた。
ドキドキしながらも小さく頷けば、五条くんは小さく息を吐くのが聞こえて、また胸の奥がざわりと音を立てる。ついでに言えば、さっきからショーツの部分に触れていた場所が急に大きくなった気がしてドキリと鼓動が跳ねた。わたしが五条くんのことを好きだと言っただけで、彼の体が反応するなんてありえない。そう思うのに、現実はそうなのだから戸惑ってしまう。
 
のせいでこんなんなったんだけど…」
「…えっ」
「責任とれよ…これ」
「え、で、でも…」
「まだダメとか言う気かよ。オレのこと好きなのに?」

そう、五条くんのことが好きだ。意地悪だけど、でも本当は優しい人だと分かった時から、わたしは五条くんに夢中だった。
拒否したのは、ただ抱かれるんじゃなく、五条くんにもわたしを好きになって欲しい。そう思っただけだ。でも今、五条くんがわたしを抱きたいと思ってくれてるんだと思うと、全身が熱くなっていく。

「なあ、何でダメなの」
「そ、それはその…」
「オレものこと好きなんだけど、それでもダメ?」
「……え」

甘えるように腰を押し付け、あっさりとその言葉を口にした五条くんに、今度はわたしがポカンとする番だった。

「…す…き?五条くんが…わたしを?」
「あ?オマエ…鈍すぎ…つーか、好きじゃなきゃ同級生に手ぇ出すと思う?」

またしても額を合わせて、五条くんが苦笑した。多分わたしの顔は夕日と関係なく、真っ赤だと思う。

「なあ…マジでダメ?」

最後は哀願するようにくちびるを寄せてくる五条くんに、わたしの方が限界だったのかもしれない。密着してる部分がやけに熱い。

「ダ、ダメじゃ…ない」

そう応えた瞬間、わたしのくちびるが五条くんの熱を受け止めた。ぬるりとした柔らかいものが、口内を侵食していく。
五条くんはわたしの手に負えないと思っていたからこそ、独り占めしたいなんてことまでは考えられなかったけど、この想いが届いたと思った瞬間から、五条くんを誰にも渡したくないと思ってしまった。