※匂わせ描写あり


残暑の厳しい一日だった。夜中に暑くて目が覚め、寝汗が気持ち悪くてシャワーに入った。
軽く汗を流してからバスタオルを体に巻きつけた格好で出ると、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出して渇いた喉を潤す。気分的にはビールが飲みたいと思ったけど、さすがに深夜すぎともなると気が引ける。まあ、どうせ明日は会社も休みだからいいんだけど。彼氏と別れてから休日の予定は何もなかった。このまま歳をとっていくのかなと思うと、漠然とした恐怖が襲って来る。孤独死が怖いわけじゃなくて、もう誰かを愛せないかもしれないことが怖いのだ。

「あ、忘れてた」

開けたままの窓とカーテンに気づき、閉めようと手をかけた時。何の前触れもなく玄関のチャイムが鳴り、ビクリと肩が跳ねた。時計をチラリと見れば夜の0時半。こんな時間にチャイムを鳴らす人は一人しかいなかったけど、別れた今は来るはずもない。他に心当たりもない。じわりと恐怖が忍び寄って来た時、ドアの向こうから「~」という聞き覚えのある声が聞こえて来てドキっとした。

「この声…この前の…」

と思いながら、つい自分の恰好を忘れてドアを開けていた。通り沿いの外灯を背に来客が逆光で浮かび上がる。スラリとした長身に、夜でも目立つ白髪の男。どこかの学校の制服なのか、変わった形の黒い服を身に纏い、深夜にも関わらず真っ黒なサングラスをかけている。思った通り、この前の男の子だ。

「わお、いい眺めー」
「え?あっ」

風呂上り、バスタオル一枚という格好だったのを思い出して慌ててドアを閉める。

「えっと…邪魔じゃなかったら入ってもいーい?」
「…ダ、ダメ!ってかちょっと待ってっ」
「僕はそのままでもいーけどー?」
「バカ言わないでよ」

ふざけた調子で言って来るから思わず突っ込みながらも、すぐにクローゼットから新しい下着を出して身につけた。でも風呂上りの寝る前にブラジャーはつけたくない。「ノーブラでいっか」と言いつつ、一応黒のタンクトップにショートパンツを穿く。そしてエアコンのスイッチを入れた。ざっと室内を見渡せば、とても片付いてる状態とは言えない。別に彼は赤の他人なんだし、いきなり夜中に尋ねて来る不届き者だから汚い部屋を見せることには何の抵抗感もない。

「どうぞー」

そう声をかけると、彼はニヤニヤしながらリビングに入って来た。ふと見ればテーブルの上にはさっき食べた裂きイカの袋とビールの空き缶が置いてある。彼を気にしたわけではないけれど、一応は片付けて、少し残ってた缶ビールの中身はキッチンのシンクに流した。彼はキョロキョロと部屋を見回しながらソファに座っていた。こうして改めて見ると、かなり身長がある。

「何か飲む?」
「あー…うん。適当で」

冷蔵庫に高校生の飲めるような飲み物ってあったっけ?と思いながら確認すると、奇跡的にコーラが入っていた。普段は飲まないけど夏は時々無性に飲みたくなるから何本か買ってストックしておいたやつだ。コーラを2人分、氷の入れたグラスに注いでから彼に渡した。氷の鳴る音が冷房で冷えて来た部屋に数回響く。

「どーも」

彼はニヤっとした笑顔を浮かべながらサングラスをズラすと、隣に座ったわたしを見た。

「風呂上りだったんだ?」
「…まあ。例の如く暑くて起きて、汗が気持ち悪かったから。っていうか何しに来たの?こんな遅くに」
「何って、に会いに来たんだけど。また来るって言ったでしょ」
「は?ほんとに?」
「っていうのは半分でー」
「何よそれ」
「まあ、近くでまた任務があって。通りかかったら電気点いてるの見えたから起きてるんだと思ったらつい足が勝手に」

彼はそう言ってヘラヘラと笑いながらグラスの中に残った氷をカラカラと回して黙り込んでしまった。確か呪術師?とかいう仕事をしてると話してたけど、こんな若いのに深夜まで仕事をさせるなんて、どんなブラック企業だよ、と思わず突っ込みたくなる。何となく気まずくて、わたしは立ち上がるとさっき閉めようと思っていた窓をまず閉めた。彼はわたしを黙って見ているだけで、何も話そうとはしない。さっきまでの明るさはなく。この前の夜と同じように、どこか寂しげな顔をしていた。わたしが何となく裏庭の方を眺めていると、彼がこっちにやって来るのが見えた。

「もうあれから何も出てこない?」
「んん?」
「ほら例の気持ち悪いやつ」
「ああ…うん。あれ以来見かけてないかも」

顔を上げないで応えると、閉めた窓をもう一度開けた。

「ほら、いないでしょ」
「…だね」

彼はその澄み切った空のような青い瞳で特殊なものがよーく見えるそうだ。今も闇を見つめながら「うん、この辺はもう大丈夫そう」とかすかに笑みを浮かべている。わたしは彼のその瞳から顔を逸らしてソファに戻った。

「えっと…五条…くんだっけ」
「何?」

彼、五条くんはそう言いながらわたしの隣に座ってコーラの入ったグラスを、艶々したくちびるへと運ぶ。やっぱり綺麗な子だなぁなんて思いながら、ほんとに何しに来たんだろうと首を捻る。こんな夜中に女の一人暮らしの家に突然やって来る高校生。これはどっちが非常識と言えるのか。彼なのか、それとも招き入れてしまった社会人で年上のわたしなのか。何かイケナイ香りがする。
そもそも彼と知り合ったのは10日ほど前の、今夜みたいな蒸し暑い夜のことだった。


△▼△



わたしは子供の頃から"視える"側の人間だった。自分がそうだと気づいたのは近所のおじいさんが亡くなった時だ。お葬式をしている家の門の前に、まさにお葬式の主役とも言えるおじいさんが立っていた。最初は双子の兄弟かと思った。それともソックリな親戚とか、、それこそ息子だとか。でもアレコレ考えながら、そのどれもが違うと感じていたのは、おじいさんが薄手の浴衣を着ていたからだ。今は真冬なのに、夏の浴衣に足元は裸足。どう考えてもおかしい。そして極めつけは弔問客が誰一人、その存在に気づいていなかったことだ。

「この度はご愁傷様です」

家の人に挨拶をしている間も、すぐ横にいるおじいさんには目もくれない。いくら子供でもおかしい光景に思えた。極めつけは、私の見ている前でおじいさんは姿を消した。文字通り、何の前触れもなく忽然とその場から消えたのだ。何度も目を擦ってみたけど、数秒前までそこに存在していた人が消えたのを見た時は心底驚いた。そして家に帰って母親に自分の見たものを伝えた。

「アンタの見間違いでしょー?何バカなこと言ってるの」

母親は笑うだけで信じてくれない。あまりにあっけらかんと言われたので、わたしも幻を見たのかな、くらいに思えて来てしまった。だけどその後も事故の多い交差点を透け透けの人が歩いていたり、ただ立っていたりするのを見かけるようになって、少しずつわたしも気づいて来た。

"わたしは他の人には見えないものが視えるんだ"

それが世で言うところの幽霊なのかは分からない。でもこの世のものではないことだけは確かだ。現に友達に教えても誰一人、わたしと同じものが視える子はいなかった。逆に変なことを言うから不気味がられて、少しずつ友達は減っていく始末。何とも寂しい学生時代だった。
あげく大人になるにつれ、幽霊以外のものも視えるようになってしまった。それまでは人型のザ・幽霊と言いたくなるようなものばかりだったのに、ある日、異形のものが浮遊していることに気づいた。どう考えても人型の幽霊には見えず。どちらかと言えば妖怪の類のようにも見えた。それは大小さまざまで、その辺の公園、学校、病院と、人が多く集まるような場所でよく見かけるようになった。目が合うとヤバい空気はあったから、いると気づいた瞬間からわたしは無になる。極力視界も狭めて、存在を消すようにその場から離れるよう心掛けていた。

でも先日の深夜。暑さで寝苦しい夜のこと。ふと目が覚めたわたしは乾いた喉を潤すのにベッドから抜け出した。冷蔵庫からミネラルウォーターを出して一気に飲むと、少しは火照った体が冷えていく気がした。ついでに裏の窓を開けて夜風に当たろうとカーテンを開けた。その時に視界に入ったのだ。青白い体をした異形の者に。

(あー…こんなとこにまで湧いてる…)

ソレを見た時の感想はこんなもんだ。裏の家は長いこと空き家で、時々若い子達が忍び込んではお酒を飲んで騒いだりしてるけど、侵入者がいない日は静かなもので、なかなかに不気味な家ではあった。わたしの家の庭と、裏の家の庭の間には目隠し目的でつくられた植木が仕切りのように存在している。けれども、それほど高さはなく。そしてその異形はとてつもなく大きかった。わたしの家も裏の家も平屋という二階のない家屋だ。その異形は裏の家の屋根辺りまであったのだから、人の倍以上の大きさだろう。でもわたしはこれまで視線を合わせないことで回避をしてきたせいか、それほど怖いとは感じなかった。カーテンを閉めてしまえば目が合うこともない。そう思った時だった。

「ったく、逃げてんじゃねーよ、雑魚が」

ハッキリと人の声が聞こえて、わたしは閉じかけたカーテンをもう一度開けてみた。すると裏の家の屋根の部分に人が立っているのが見えた。

(え、何あの人…何で屋根の上に?)

どちらかと言えば異形を見た時よりも驚いたかもしれない。しかも庭にいた異形が屋根の上にいる人物に向かって唸り声を上げたのを聞いた時は、さすがのわたしもギョっとした。異形VS人。こんな構図が目の前で繰り広げられている現実になかなかついていけない。もしかして何かの撮影でもしてる?とバカなことまで考える。こんな深夜にそんなことがあるはずもない。
屋根の上にいる人間はかなり若く見えた。

(え、高校生…?着てる服は制服っぽく見えるけど…嘘でしょ。あの化け物と戦う気?)

その時、屋根の上の男が異形に向かって手を翳すのが見えた気がした。気がした、というのは次の瞬間、辺りが轟音と青い光に包まれて何も見聞きが出来なくなったからだ。どれくらい続いたのか、気づけば辺りは静けさを取り戻していて、わたしは塞いでいた耳から手を放し、そっと目を開けてみた。

「…え」

立ち上がって裏庭の方を見たけど、すでに異形の者はなく。代わりに芝生に大きな穴がいくつか空いているのが見えた。

「な…何…あれ…」

唖然として思わず窓を開けると庭先に出る。でも辺りはシーンとしていて、屋根の上にいた男の姿はすでにない。まるで狐に化かされたかのような気分だ。

「あーあー見られちゃったか」

その時だった、すぐ近くで人の声がしてビクっと肩が跳ねた。声のした方に視線を向けると、隣の庭に誰かがしゃがんでいたらしい。その人物はのっそりと立ち上がると、仕切り代わりの植木を乗り越え、わたしの庭へとやってきた。

「だ…だだ誰…っ」

あまり物事に動じないわたしでも、さすがにこの時間帯、それも見知らぬ男が家の敷地に入ってくれば恐怖心を抱く。目の前に歩いて来た男は思っていたよりもずっと若く、そして変わった髪色をしていた。しかも夜中だというのに真っ黒のサングラスをしている。

「あれ。呪霊を見てもビビってない感じだったのに僕にはビビるんだ」

その男はかなりの高身長で、思わず見上げてしまった。ケラケラ笑う男の様子を見ていると、何となくわたしに危害を加えるようには思えなかったせいか、彼の言った言葉につい耳を傾けてしまう。

「…は?じゅ…じゅれ?」
「呪霊。呪いだよ。さっきオバサンも見たでしょ。大きな化け物」
「…ッ誰がオバサンよ!わたしはまだ23だから!」
「23~?僕より5つも上じゃん。オバサンで良くない?」
「5つって…アンタ…18歳?高校生がこんな時間にウロウロしていいと思ってんのっ?」

年下だと分かると何故大人は強気になってしまうんだろう。この時のわたしもまさしくそれだった。今の時代、年下でも危ない奴は腐るほどいるというのに。でも不思議と目の前の男からはそれほど危険な香りはしなかった。

「ははは。高校生って何か平和な響き」
「はあ?」
「まあ…普通の高校生だったら補導もんだろうね。でも僕は高専の生徒だから」
「……こう…せんって何よ」
「え、オバサン、視える側の人なのに高専知らない?あーでもそっかー。術式ないみたいだし一般人のちょっと視えるだけの人ってわけね」

その男はぺらぺらと喋りだし、あげくまた人のことをバカにするような言葉を吐いた。苛立ちが増すばかりで、今すぐ警察に通報してやろうとした時、その男が言った。

「警察?無駄だよ。だって今日は警察からの依頼だし」
「は…?依頼って…」
「だから呪霊がこの辺で悪さしてるから近隣からの通報が絶えなくて困ってるって」
「そ、そのさっきから言ってるじゅ…じゅれ何とかって何よ」

警察から高校生に依頼するなんてある?と疑いの眼差しを向けつつ、気になったことを尋ねると、男は呆れたように「そこから?」と溜息を吐いた。
呆れてたわりに、その後は彼の呪霊という化け物講座が始まり、何故わたしはこんな夜中に見も知らぬ侵入者からファンタジーな話を聞かされなければいけないのかと首を傾げてしまう。ただ彼が普通の高校生じゃないことだけは分かる。現に警察から預かったという証明書みたいなものを見せられた。

「分かった?怪しいもんじゃないから」
「……(十分怪しいわよ)」
「まあ例の如く"帳"下ろすの忘れた僕も悪いんだけど。まさかこんな時間に起きてる人がいるとか思わなかったし――」
「帳って…?」
「ああ、結界だよ。他から見えなくするね」
「…はあ。結界ね…」

ますますファンタジー。いや、ホラー?あの異形がまさか人間の念が作り出したものだったなんて、それはそれで本気で驚いた。

「ねえ、オバ――」

「え」
「君、さっきから失礼。オバサンじゃなく、わたしにはという可愛い名前があるの」
「あー…そりゃ失礼」

ムスッとしながら名乗ったわたしを見て、男が軽く笑いを噛み殺している。最近の18歳は礼儀も知らないのか。いや、知ってたら人の家の敷地にズカズカ入り込んでこないか。

ね。僕は五条悟」
「…五条、くん」
「まあ呪霊関連で何か困ったことが出来たら連絡してよ。はい、これ。僕のケータイ番号~♡」
「…は?いらないし」

五条と名乗った男の子は胸ポケットから名刺のようなものを出してわたしに差し出す。でもこんな怪しげな勧誘に乗ってたまるかと思いつつ、そっぽを向いた。そんなわたしの態度を見て五条くんは心底ビックリしたようだった。

「え、マジでいらない?これでも普段は女の子の方から教えて~♡って強請られるんだけど」
「何それ。モテるって言いたいわけ」
「まあ、モテるし実際」

彼はニヤリと口元に笑みを浮かべた。そう言われてマジマジと五条くんを見れば、確かに身長は高いしスタイルもいい。でもこんな胡散臭い子がそこまでモテるの?と思っていると、彼は思い切り吹き出した。

「疑ってる疑ってる!さん、思ってること全部顔に出るよねー」
「…な…」
「あ、一仕事したら喉乾いた。何か飲み物ねーの?」
「はあ?」
「あ、出来れば甘いものがいいかなー」
「………」

知り合ったばかりでズーズーしい、と思いつつ、さっきの化け物はあのままだとわたしのことも確実に襲ってたと言われれば文句も言えなくなった。とりあえずは命の恩人ということにしてあげよう。

「はい」
「え、何。この茶色い飲み物」
「夏は麦茶でしょ」
「僕はコーラとかミルクティーとか期待したんだけど」
「そんなものウチにないもの。わたし甘い物苦手だし。いらないなら――」

と彼の手から麦茶の入ったグラスを奪おうとすると、彼はサっと手を避けてそれを一気に飲み干してしまった。

「はぁー生き返る」
「…飲めるんじゃない」
「飲めないなんて言ったっけ。おかわりー」
「……チッ」
「舌打ちは良くないよ、女の子なのに」
「さっきはオバサンで今度は女の子に昇格?呆れた」

溜息交じりで言いながらグラスを受けとると、また新しい麦茶を注いで彼に渡した。すっかり目が覚めてしまったわたしは缶ビールを飲む。縁側に並んで座りながら、麦茶とビールを飲む高校生の男の子と社会人の女。何だ、これ。昨日までのわたしの人生プランには入ってなかったメニューだ。

さんはこの家に一人で住んでんの?」
「え?あー…まあ。この前までは同居人がいたけど出てったから」
「へえ。彼氏?」
「……どうでもいいでしょ」
「あー彼氏なんだ。別れたの?」
「うるさいなあ…君に関係ないでしょ、そんな話」

人のプライベートに土足で踏み入ってるくるとはこのことだ。隣の男は「こわ」と言いながら笑っている。

「女の子は怖いとモテないよー?僕の先輩でもいっつも怒ってる人がいてさー。会うたび殺気丸出しで睨んで来るから参るよ、ほんと」
「はは。五条くんが生意気だからじゃない?想像つくわ」
も相当だけど」
「何が」
「そんなんだから彼氏、出てっちゃったんじゃないの」
「関係ないでしょっ」

ムカっときてつい声を荒げてしまった。ハッとしたけど、五条くんは特に驚いた様子もなく「あー寂しいんだ。だから機嫌悪いとか?女ってすぐ怒るよな」と笑っている。その台詞を、あの人にも良く言われたのを思い出した。だけど約束したことをなかなか守らないとか、自分が言われるのは嫌な言葉を、他の人には吐けるんだ、とか。そういうことを言いたくなるくらい小さなことが重なると、だんだん我慢も限界にくる。だから最後は結局わたしが怒る形になっただけだ。

「怒りたくて怒る人なんてそんなにいないよ」
「…え?」
「わたしだって、可愛い女のままでいたかったし、怒った方だって嫌な気分になるんだよ。でもずっとそばにいた人が急にいなくなる寂しさなんて、君には分かんないよね」

これまで耐えてた心の重しみたいなものを吐き出すように言葉にしたら、少しだけスッキリしたのと同時に、わたしは寂しかったんだという事実に気づく。こんなこと彼に言ったところで仕方ないのに。でもどうせ五条くんのことだから「下らね」なんてバカにしてくるんだろうな、とそう思ってた。

「…五条、くん?」

いつまで経っても憎まれ口が聞こえてこないから、ふと顔を上げて隣を見ると、彼は何故か黙ったまま俯いていた。さっきまでの空気とは違う気がして、怒らせちゃったかなと少しだけ気まずい。これじゃただの八つ当たりだ。

「あの…五条く――」
「…分かる、かな」
「え…?」

思わず声をかけようとした時、不意に彼は顔を上げて夜空を見上げた。新宿からほど近いこの場所の空には星なんか見えなくて、今はただ真っ黒な絨毯が広がってるみたいだ。

「僕もさー。大事な親友、失ったんだよね、最近」

一緒に空を見上げていると、五条くんがポツリと呟いた。その声はさっきまでのふざけた感じのものじゃなく、どこか寂しい響きに聞こえる。

「…五条くんの…親友…?」
「僕が唯一認めた…信頼できる仲間でもあった。でも…アイツは訳の分からない理由を吐いて僕の手の届かない場所に行った…だから…の気持ち少しは分かるわ。だから…ごめん。失礼なこと言って」

まさか五条くんから謝られるとは思ってなくて、次に返すべき言葉を考えていなかった。何となく気まずくて縁側に両足を乗せるとそれを抱えるようにして座る。だいたい初対面の相手とする話じゃない。なのに何故か自然と互いに互いの心の傷を口にしていた。そう思うと何となくおかしくなって小さく吹き出したわたしに、五条くんも釣られて笑ったようだった。

「変なの…何話してんだろね。会ったばっかの他人に」
「…うーん、だからじゃ…ない?」
「え?」
「知らない相手だからこそ…人に言いたくないこと言えちゃうってやつ」
「あー…」

彼の言うことも何となく分かる気がした。全く知らない相手なら、変に後のことを気にすることもないし、例え恥ずかしいところを見られてもその場で終わる。わたしと彼はそれが可能な他人だから。

って仕事は何してる人?」
「小さな貿易会社の社長秘書」
「え、マジで?カッコいいじゃん」
「カッコ良くないよ。ほんと小さな会社だし社長秘書なんて聞こえはいいけど雑用ばっか。まあ、そろそろ辞めようと思ってるんだけどね」

溜息交じりで缶ビールを煽ると、五条くんは「何で辞めるの」とかけていたサングラスをズラして身を乗り出して来た。

「…………」
?」

顔を覗き込んで来た五条くんの顔を見て、わたしは一瞬だけ息が止まったかもしれない。ずっとサングラスに隠れていた彼の瞳は、この世のものとは思えないほど、綺麗だったから。

「おーい、?聞いてる?」
「え、え?」

目の前でぶんぶんと手を振られ、ハッと我に返る。今わたしは完全に現実世界から飛んでいたかもしれない。

「どうしたの?」
「な…何でも…っていうか…五条くんって…ハーフ?」
「いや、違うけど」
「え…じゃあ目の色はカラコンか…ビックリした」

そうだ。このご時世そういう便利なものが発売されてるし、若い子の中でも見た目体型共にザ・日本人なのに目の色だけ日本人離れしてる子なんていっぱいいるじゃない。彼もきっとそれだ。ただ五条くんはスタイルも日本人離れしてるから一瞬ほんとにハーフかと思った。なのに五条くんはあっさり。

「いやカラコンでもないけど」
「えっ?」
「僕の目は特殊でね。それもあって生まれつきこの色」
「そ…そう…なんだ」

この後、簡単に説明されたけど「呪力」とか「六眼」とか、よく分からない話をされて、わたしはただただ頷くだけで精一杯だった。だいたい18歳の子に任務と称してあんな化け物狩りをさせてる学校があるってだけで驚きなのに、特殊能力みたいのを使えるとか、またしてもファンタジーな話を上乗せされたから余計にわたしの脳みそはパンク寸前だった。

「――ってことなんだけど…って、聞いてんの?」
「え?あ…う、うん…聞いてるけど…」
「ぷ…っその顏じゃよく分からないって感じだ」
「う…ご、ごめん」
「いやいいけど。それが普通だと思うし。まあは視える側の人だから話したけど、さっきも言った通り、呪霊を見つけたら速攻で離れた方がいい。まあ目を合わせないって方法はかなり有効だから今まで通りこれからもそうして」

五条くんはそう言いながら、ふと時計を見た。すでに午前2になろうとしている。知らない人とこんな時間まで話し込むなんて何やってんだろう。

「ごめん、遅くまで付き合わせて」
「ううん…明日は会社休みだし」
「そっか…」

五条くんは両腕を伸ばしながら立ち上がると「そろそろ帰るよ」とわたしを見下ろした。すでにサングラスを戻しているから綺麗な瞳は隠れていてよく見えない。

「じゃあ…」
「うん」

お互いその後の言葉が続かない。そりゃそうだ。今日会ったばかりの相手だし「またね」とか友達にする挨拶なんか言えるわけもない。ここはいたって普通に「さよなら」だろう。そう思って歩きかけた彼に「さよなら」と声をかける。その時、五条くんは足を止めて振り向いた。

「また、来てもいい?」
「…え?」
「眠れない夜があれば僕が話し相手になるから」

少し薄暗いところへ移動した彼の表情は良く見えない。目すら見えないから、どんな顔をしてるのかは分からないけど、声はどことなく真剣だった。

「な…何それ。わたしと話してたって退屈でしょ」
「いや、その逆で楽しかったし」
「た、楽しい…?」

そんなに楽しい話をした覚えはないぞと首を捻れば、五条くんがかすかに笑った。

「僕さぁ、ガキの頃からあんま呪術師以外の人と接したことないんだよね。だからと話してたら新鮮っていうか」
「ふーん…そんなもんか」

何となく分かるような気もしてそう言えば、彼は楽しそうに笑って「そう。そんなもん」と微笑む。でも現実問題、高校生の彼とOLのわたしは共通するものなんて何一つないのに。
でも彼の年齢なら、きっとこんな都会の片隅で会った女のことなんてすぐに忘れるだろう。今は親友を失ってひとりが寂しく感じるだけだ。でもその寂しさも忙しい日常に溶けてすぐに消えていく。それくらい十代の時間はめまぐるしく進んでいくから。

「いいよ、来ても。ひとりが嫌な夜があれば」

だから――そうは言っても、また彼が来るとは思っていなかった。

「じゃあ、今度来る時は可愛いブラジャーでも買ってきてあげるよ」
「……は?」

またしても一瞬だけ時が止まる。わたしの聞き間違いだろうか。今、彼はブラジャーって言った?ふと彼を見上げれば、五条くんの口元には綺麗な弧が描かれていて。明らかにニヤニヤしている。

「だって、色気のない下着干してるし――」
「え?あ!」

彼の指さす方へ視線を向ければ、部屋干しにしている洗濯物がカーテンの隙間から見えてしまっている。慌てて立ち上がると、それを隠すように窓の前へ立った。部屋の中に干していたからすっかり油断していたことを後悔する。

「い、いちいちそんなとこ見ないでよ」
「いや、だって見えちゃったし。ってか、もっと色っぽいの選べばいいのに」
「うるさいなぁ。毎日つけるものに色っぽさを求めないでよ。普段用なら楽なのがいいの。これだから男は…」
「へえ。じゃあも勝負下着はあるんだ」
「は?」
「ああ、でも僕が可愛いの買ってあげても彼氏いないから使い道ないか」
「……っ!(コ、コイツ…やっぱ生意気!ちょーっと人より顔面偏差値高いからって!)」

ヘラヘラ笑う五条くんは本当に憎たらしい。でも悔しいけど何も言い返せないから余計に腹立たしいものがある。

「勝負下着とかいらない。もう誰とも付き合う気ないし」
「え、その若さで?」
「さっきオバサン扱いしたくせに」
「いや、だって最初に見た時は寝癖ついてて色気のないTシャツ着てたから」

あまりにドストレートにディスられて呆気に取られる。確かに色気も何もないのは自覚してるけど、いちいち指摘しなくたっていいのに。

「うるさいなあ。寝る時はこんなもんだよ、どんな美女でも!毎回毎回可愛い恰好してる子なんてほんの一握りか十代の女の子くらいだから。仕事してると色気より楽な方に走りたくなる日が来るのっ」

って、わたしも何ムキになってるんだろう。相手は5つも年下だっていうのにバカみたいだ。五条くんは見惚れるくらい綺麗な顔立ちで、身長もあるしスタイルもいい。きっと望むものは何でも手に入れそうな空気を感じる。っていうかいい香りまでするし、完璧かと突っ込みたくなるくらいに完璧だ。話に聞けば呪術師の中でも、いやこの世界で人類最強だと豪語してたし、わたしみたいな一般ピーポーの漠然とした将来への不安とか、世の中の不条理に対する憤りとか、そんな心情は分からないはずだ。自分を磨くこともお洒落に対する熱も忘れて、生きることに必死になってしまう年齢が必ず来る女の弱ささえ。ああ、生きるって面倒だなって、ふと思う瞬間が大人には沢山あるんだよ。

「…ごめん。わたし、もう寝るね。ああ、じゅ…れい?祓ってくれてありがとう。じゃあ、お休み」

一方的に言って窓から部屋に入ると、ふわりと夜風が吹いて髪がサラサラ頬をくすぐっていく。深夜を過ぎて、だいぶ寝やすい気温になってきたようだ。

「また来るよ。お休み、

窓を閉める瞬間、そんな声が聞こえて、今日会ったばかりの不思議な男の子はそんな言葉と柔らかい香りを残して帰って行ったらしい。振り向くとそこには誰もいなくて、いつもの静けさが戻っていた。彼は本当にいたんだろうか。寂しさが見せる幻だったんじゃないかと、つい疑ってしまう。

「ふぁぁ…眠い…」

ひとりになった途端、欠伸が連発で出てしまうくらい睡魔に襲われる。彼が出て行ってからは色々と考えてしまうせいか、自然な睡魔はなかなか訪れなかったというのに、今夜は久しぶりに眠たいと感じる。これならぐっすり朝まで眠れそうな気がした。
寂しいなんて言ったところで、そんなものは日々を過ごしていくうちにすぐ慣れる。元々人間なんて生まれる時も死ぬ時もひとりなんだから。
そう思えば、このひとりきりの夜も、乗り越えていけそうな気がしていた。



△▼△



二杯目のコーラを出してもらった時、夜中なのに、外から寝ぼけた蝉が飛び起きたのかってくらいの鳴き声が聞こえてきて、彼女と同じタイミングで吹きだした。

「何、今の」
「いや絶対寝ぼけて起きたよな、あれ」
「蝉って寝ぼけるの」
「知らないけど」
「知らないんじゃん」

僕のすっとぼけた話に笑う彼女はこの前よりもだいぶ表情が明るく見えた。こうしてマジマジと見ると、最初に何でオバサンと勘違いしたんだろうってくらいに可愛らしい顔をしてる。
あの時、逃げた一級相当の呪霊を追いかけて、ここの裏の家まで来た時、明かりのついた部屋から彼女がこっちを覗いているのに気づいた。驚いたことに彼女は呪霊を見ても叫ぶでもなく、逃げるでもなく、あの異形の存在を受け入れているように見えた。一瞬見えてないのかと思ったくらいだ。でも彼女は確実に気づいていたし、呪霊を見た時の対処法を知っているように感じた。あの時、彼女にはハッキリ言わなかったけれど、あの呪いはすぐそばにいる彼女のことを襲おうとしていた。そのせいで"帳"を出す暇もなく攻撃を仕掛けてしまったけど、彼女が無事な姿を見て心底ホっとした。もし間違えて巻き添えにしてしまったら、それこそ傑と同じく非術師殺しになってしまうとこだ。

幸い、彼女はケガ一つなく。それを確認したら帰ろうと思っていた。なのに何となく話し込んでしまったのは、僕自身、僕のことを知らない誰かに心の内を吐き出したかったのかもしれない。高専の仲間には、決して言えない心の中の呪いを。
彼女は呪術界のことを何も知らないから、反応も面白くて意外と時間が経つのを忘れてしまった。一般人の女の子と普通に言い合いしたり、笑ったり、そんな他愛もない時間がただ、僕にとっては癒しの時間になっていた。時折、隣にいた相棒のことを思い出すと重苦しいものがこみ上げる毎日で、一人でいれば「ああすれば良かった」だのと答えの出ない後悔にさいなまれるから、こんな夜は誰かと話していたかった。傑のことを、知らない誰かと。

「でもホントに来るなんて思ってなかった」
「え、何で」
「何でって…五条くんの年齢なら時間が足りないくらい自分のやりたいこといっぱいあるでしょ」
「うーん…ここに来ることがしたいことだったんじゃない?」
「オバサンの家に来ることが?」
「その節は本当にどーもすみませんでした」

チクリと嫌味を言われ、僕は彼女へ頭を下げて謝罪した。彼女は明るい笑い声をあげながら「嘘だよ、冗談」と僕の肩をポンポンと叩く。その笑顔はオバサンどころか、マジで可愛らしいと思った。

って童顔だよね」
「えー?そうかなぁ…最近は老け込んで来た気がするし、そのうちホントにオバサンになるんだろうなぁ…」

はあ、と溜息をつく彼女を見て、今度は僕が笑ってしまった。まだ23だって言うのに嘆くの早すぎでしょ、と突っ込めば、そんなのアッという間に歳をとるんだと熱く語りだす。

「五条くんだって今はツルツルのピチピチでも10年もすればオジサンだよ、オジサン」
「えー28でオジサンになんの、僕」
「そりゃ今の五条くんの年齢の子からすれば28歳はオジサンじゃない?」
「…ショーック!」

胸を押さえてガックリ項垂れると、彼女はまた楽しげに笑った。彼女の明るい笑い声はこっちまで自然と元気になる。彼氏と別れたって話してたけど、その男は何で出て行ったんだろう。

「あー笑ったら喉乾いちゃった。やっぱりビールでも飲んじゃお。わたしのコーラは五条くんにあげる」
「ああ、ありがとう…ってかこの前は甘いもん好きじゃないって言ってなかったっけ。何で今日はコーラあるわけ?」
「……そ、それは…時々無性に飲みたくなるじゃない。コーラって。でも3口くらいでもういらないってなるけど」
「へえ。僕の為に買っておいてくれたってことでは……」
「ありません。自惚れんな、少年」
「いや少年って歳ではないでしょ」

彼女は「確かに」と笑いながら、身を屈めて冷蔵庫を開けている。その際、お尻を突き出す格好になってるから思わずドキっとしてしまった。この前と違って今夜はタンクトップにショートパンツといったやけに露出の多い恰好だ。彼女は色白だから、そういう目で見てしまうとやたらと艶めかしく見える。

「んー美味しい~」
「オバサンじゃなくてオッサンだったか」
「そーかも」

その場で缶ビールを開けて飲みだした彼女は素直に認めると、再びソファへと座った。背もたれに身を預け、その白い脚を組む動作が色っぽい。そうすることで太腿が僕の目を刺激してくるんだから困ってしまう。

「何見てんの、青少年」
「いや…今日のは色っぽいなーと」
「は?」

僕の一言にギョっとしたような顔をして、次の瞬間ケラケラと笑いだす。いや笑い事じゃなく。さっきだってバスタオル一枚という格好で出て来た時は何のサービスだと思うくらいドキっとした。でも彼女は僕のことを男として全く意識をしてなさそうだ。
は「あーあっつくなってきた」と言って、テーブルの上にあったヘアゴムを使って長い髪を器用に後ろへまとめた。でもそのせいで綺麗な首筋がもろに視界に飛び込んで来る。

「五条くん、暑くない?制服脱げば」
「え?あーまあ…うん」

脱げば、と言われただけで心臓が反応するとか意識しすぎだ。童貞じゃあるまいし。制服の上着を脱ぐと、はそれを受けとってすぐにハンガーへかけてくれた。

「高専…だっけ。変わった制服だね、デザインとか」
「ああ…そういうの好きにカスタマイズできるんだよね」
「げ、何それ。お洒落じゃん」
「いや、お洒落の為じゃないけど」

まあ戦闘時用に多少頑丈に作ってもらえると説明したところで、彼女は興味もないだろう。

「あーもう一本飲んじゃうかなー」
、お酒強いんだ」
「強いってほどじゃないかな。好きだけど弱い。まあ缶ビール2~3本で酔うからお金かからなくていいねーって言われる」
「へえ。そういうの可愛い。僕の周りの女子はみーんな酒強いのばっかだし」
「…そ、そーなんだ」

二本目を開けながら隣に座ったは、すでにほんのりと頬が赤い。でも僕と目が合った瞬間、パっと反らされた。その態度を見ていたらふと、あることに気づく。

「あれ、もしかして照れてる?」
「べ、別に照れてるわけじゃ…」

は強がってるけど、僕が可愛いと言った時、彼女の顏が僅かに動揺してたのを僕は見逃さなかった。こっそり笑いを噛み殺しつつ「照れてるも可愛い」ともう一度その単語を口にすれば、分かりやすいくらい彼女の頬が赤くなったから、こっちまでドキっとさせられる。

「お、大人をからかわないでよ」
「からかってないけど。本心だし」
「……っ」

はきっと素直なんだろうなと思う。いちいち僕の言葉に反応して、動揺が顔に出ているのを見てそう感じた。そういうところが可愛いと思ったのは僕の本心だ。

「可愛いなんて歳じゃないから」
「いや、可愛いに歳は関係ないじゃん。何歳になっても可愛いもんは可愛い」
「そ、そういうのいいから…」

は僕から目を反らすと、ビールを口へ運んでいる。弱いって言ってたのに大丈夫かと心配になりつつ、横目で見ていると、彼女の喉元や首筋に目が向いた。ほんのり赤くなっているのはアルコールのせいもあるかもしれない。でも視線を少し下げた時、今度こそ心臓が大きな音を立てた。

(いや、何でノーブラ?!)

彼女は黒のタンクトップを着ていた。でも明らかに下着はつけていない。現に胸の膨らみの先端がかすかに生地を押し上げていて、それを見た瞬間、腰の辺りがズクリと疼いた。落ち着け、と頭の中でどうにか理性を奮い立たせても、自然と視線はそこへ向いてしまう。男ってほんとしょーもないかもしれない。まだ会って二度目なのに、があまりに無防備すぎて腹が立ってくる。

「五条くん…?どうかした?」

急に黙ったせいでが怪訝そうに僕の顔を覗き込んでくる。でもその体勢だと少し開いた胸元から胸の膨らみがチラチラ見えるから余計に男の欲が刺激された。

…それわざと?」
「…え?何が――」

と彼女が首を傾げた瞬間、彼女の手から缶ビールを奪って、それをテーブルの上に置いた。当然はキョトンとした顔で僕を見ている。その顏を見ていたら我慢が出来なかった。

「…ひゃ」

をソファへ押し倒し、その火照った赤い頬を撫でると、彼女は目を見開いて何かを言おうとした。今度はそのくちびるを指でなぞると、彼女の細い肩がビクリと跳ねる。

「ご…五条…くん?」
「ダメでしょ。仮にも男の前で無防備すぎ。まあ夜中に押しかけて来た僕が言うのもなんだけど…入れるべきじゃなかったよね」
「じょ…冗談…やめて」
「これでも冗談だと思う…?」
「……っ?…ぁっ!」

背中を丸めて顔を彼女の胸元へ近づけると、かすかに主張している部分を服の上からぱくりと口内へ含む。は僅かに背中を反らせて両腕で僕の体を押し戻そうとしたけど、片手でまとめて頭の上に縫い付けた。の顏が真っ赤に染まって、濡れた瞳が戸惑うように揺れてる。そんな顔されたら止められなくなるって分かんないのかよ。邪魔なサングラスを外して、その顔を両目に焼き付ければ、胸の奥から甘い何かがこみ上げて来て、それがじんわりと全身に巡っていく。

「こんな格好して僕のこと煽ってる?」
「な…そんなわけない…んっ」

少しでも力を込めて締めたら折れてしまいそうなほどに細い首筋。誘われるように舌を這わせると、今度こそ甘い声が彼女の口から洩れて、僕の熱を掻き立てる。

「ダ、ダメ…やめて…」
「そんな顔で言われても説得力ないって」

首筋にちゅっちゅと口付けるだけで、いちいち反応する彼女が可愛い。シャワーに入ったばかりと言っていたけど、ほんのりといい香りがするのもたまらない。脇腹を撫でるように服を押し上げていけば滑らかな肌が露わになって僕の目を楽しませた。胸の上までたくし上げると、体型に見合った形のいい乳房が現れる。先ほど刺激したせいで、乳首はすでにツンと上を向いていた。迷うことなくそれを口に含み、ちゅうっと軽く吸い上げると、の体が更にビクビクと跳ねるのが余計に興奮させられた。

「…や…五条くん…っ」
「いや?こんなに感じてるのに…」

舌先で硬くなった部分を転がしたり、つついたりすれば、また彼女の口から声が洩れる。だんだんと甘さを含んだ喘ぎに変わっていく姿は、男の欲をいっそう掻き立てていく。なのには強情で、まだ僕を拒否しようと体を捻る。

「はあ…まだ抵抗する?」
「だ、だって…」
「だって…何?」
「ご…五条くん、わたしなんかに手を出さなくても女に困ってないでしょ…?なのに何で…こんな強引なことするの…」
「何でって……」

確かに彼女の言う通り、女の子に困ったことはない。でもそうじゃなくて。自分でも理由なんかよく分からないけど、ここまで情欲を煽ってくる女の子はいなかった。今の僕はどうしようもなく、が欲しい。まだ会って二回目なのに、とか、年齢差とか、そんなことはどうでも良くて。とにかく彼女に触れたくてたまらなかった。

「僕はが欲しい。他の女なんて関係ない」
「……っ」
「ほんとにいや?僕に抱かれるの」
「い、いやっていうか…と、歳だって離れてるし…こ、これダメなやつじゃない…?」
の気にしてるのそこ?」

思わず吹き出せば、赤かった頬が更に真っ赤になった。

「ああ…僕と関係を持ったら淫行になるとか思ってんの」
「だ、だって……実際そうだし」
「いや、18なら問題なくない?それにが僕に手を出したわけじゃない。僕が出してんの」
「…そ、そうだけど!世間的にはそう思われないんだってばっ」
「世間なんて関係ない。僕はを抱きたいって思ったからこうしてる。は?本気でいや?もしそうならやめる」

上からを見下ろしてもう一度訪ねると、彼女は困ったように目を伏せて、子供のように口を尖らせた。

「…ズ、ズルい。そういう聞き方」
「ぷ……のがズルくない?変なとこで大人ぶっちゃって」
「ぶ、ぶったわけじゃ…ホントに大人だもの」
「でも僕にされて感じてたくせに。やめて欲しくないって素直に言えば」
「な…」
「僕は素直に言ったけど?を抱きたいって。は?僕に抱かれたい?」

確かにズルいのかもしれない。彼女に言わせることで、僕は自分の行為を正当化させようとしてる。恋人と別れたばかりの彼女の寂しさにつけこんでると言われたら否定は出来ないし、自分でも最低だとは思うけど、ここにきて僕はに惹かれてることをハッキリと自覚していた。会ったばかりとか歳の差とかどうでもいい。彼女を抱きたい。でもそれ以上に僕は、の心が僕に向いて欲しいと願っていた気がする。

「言えよ。僕に抱かれたいって」

そっとの唇を指でなぞれば、頭の上で縫い付けていたの手の力が抜けたのが分かった。

「だ…抱かれたい…」
「素直なは可愛い」

言った瞬間、耳まで赤くなるを見て笑みが漏れる。そのまま指を頬へ滑らせて、優しくの唇を塞げば、切なげにが僕の名を呼ぶ。
今日は急いでるわけでもなく時間だって余裕はある。なのに指先が急いてしまうのは、と一刻も早く繋がりたくて仕方ないだけ。赤みのある唇へ口付けて、口内を舌で優しく掻きまわせば、やけに艶のある声が、彼女の口から洩れた。慣らす前からすでにトロトロになっているそこは、すぐに僕を受け入れたし、のいいところを擦ってやれば彼女の甘い嬌声に更に艶が交じりだす。

のナカ、気持ちいい…」

ソファをギシギシいわせて、もっと奥深いところを攻めてやれば、も艶めかしい動きで腰を揺らす姿が視覚的にエロくて可愛い。ああ、ヤバい。もっとと繋がっていたいのにそろそろ出そう。
を壊してしまうのではないかと思うくらい強く彼女を抱きしめると、今までセックスをした中で一番満たされた気持ちになりながら果てた。
行為の後、彼女を抱きしめながら「好きだ」と言ったけど、は「何それ、嘘っぽい」と笑うだけで「付き合ってって言ったらどーする」という僕の問いにも「ありえない」と笑う。
あーあ、結構マジなんだけど、っていうか僕にも女に対してこんな気持ちになることあるんだ、と他人事のように思った。
持久戦で散々泣くまで感じさせてやれば、彼女はうんと言ってくれるんだろうか。
そもそも僕の方からケータイ番号を教えたのは初めてだった。

「僕はワンナイトで終わらせるつもりはないから」

分かりやすく言ったのに、はどこか寂しげな笑みを浮かべるだけ。そういえば恋人なんかいらないって言ってたっけ?
過去ってのはなかなかに厄介だと思う。
とりあえず、今年の秋冬はこの家に通うことになりそうだ。


恋愛は勝負ではなく駆け引き、或いは芸術である




※年上の普通のお姉さんに癒されたい五条くんと、五条くんに惹かれてるけど年下だからと気になって素直になれない夢主を長ったらしくお届け笑
短編連載で考えてたお話を書き直して短編(?)にしました。 果たして五条くんは口説き落とせるのでしょうか笑



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