It doesn't have to be a hero.

(※25巻.解放後の話)


あなたの美しい瞳に映るものは、いつだってわたし以外の世界。
何年そばにいても、それは決して変わらない。
いつだって、わたしを満たしてくれるのはあなたなのに、悲しませるのもあなたなんだね。

「ただいま。

人生の中で最低最悪の一日だったハロウィンから19日後、悟は獄門疆ごくもんきょうから無事に解放された。それもこれも彼の生徒達や仲間達が奮闘してくれたおかげだ。本当に、人生とは予想もつかないことが起きるものだと実感させられる。最強の名を欲しいままにしていた悟が封印されるだなんて、一体誰が想像できただろう。あの夜の絶望を、わたしは一生涯、忘れることが出来そうにない。

「お…お帰り…さと…る…」

涙が溢れて視界が霞む。良く見えないけど、悟は困ったような笑みを浮かべて、泣きじゃくるわたしを抱きしめた。この強い腕をどんなに待ち望んでいたかしれない。目の前で次々と仲間が死んでいくのを見ながら、自分の非力さを嘆き、それでも立ち上がらなければいけなかった日々を思うと、いっそう涙が止まらなくなった。

「よく頑張ったね、…」

悟はわたしの髪を撫でながら呟く。きっと見た目も変わったわたしを見て、何があったのか想像しているのかもしれない。でも悟の好きだった長い髪を失っても、顏に傷が残っていても、わたしは生きてる。あの地獄のような戦場を戦い抜いて、希望を捨てずにいたからこそ、こうして悟と再会することが出来たのだ。

「生きててくれてありがとう」

傷跡の残る額に口付けながら、悟は泣きそうな顔で言った。彼が封印されてから、それがキッカケで彼の恩師も亡くなった。後輩の七海くんもみんなを守る為に亡くなった。生徒達だって重症を負って、今後どうなるか分からないのに、悟は色んな感情を押し殺してわたしを抱きしめてくれてるのが伝わってくる。
わたしは誰も守ることが出来なかったのに。
何でわたしだけ生き残った――?
何度もそんなことを考えた。だけど、悟の言葉で救われた気がする。仲間が死んで、自分がツラくて悲しいように。わたしが死ねば同じように悲しむ人がいる。そう思えただけでも生きていて良かったんだ、と思うことが出来た。

でもまだこの戦いは終わりじゃない。悟は自分の存在価値を誰よりも分かっている。自分が今、すべきことを知っている。だからわたしはまた悟を見送ることしか出来なくて。行かないで…なんて口が裂けても言えない。
でもね、わたしは悟みたいに重たいものを背負ってないから、酷い女だと罵られても、例え世界を敵に回しても。本当は顔も知らない人の命より、悟の方がずっとずっと大切なんだよ。
だからいつもみたいに憎まれ口を叩きながらそばにいて、こうしてずっと抱きしめてて欲しい。どんなに残酷な世界になっても、悟がいれば生きていけるの。
お願いだからヒーローになんて、ならないで。

「絶対…勝ってね」

そんな全ての我がままを心の奥に沈めたまま、わたしは悟のくちびるへ口付けた。


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