第三話:視える者と視えざる者



二〇〇三年・春――。

カス、クズ、ゲス。この三大表現がとても似合う男だな、と孔時雨こんしうは、目の前の男を見ながら思う。
仲介屋という裏の仕事をして早数年。その間に色んな人間と仕事をしてきたが、時雨しうが最もプライベートを共有したくない男ナンバーワンはこの禪院甚爾ぜんいんとうじくらいのものだろう。
呪術界を牛耳る御三家の一つ、禪院家の出ながら、呪力が一切ないという天与呪縛てんよじゅばくの持ち主。それが原因で悲惨な幼少期を過ごしたせいか、性格も歪みに歪んで、大人になった現在はクズの一途を辿っている。

「禪院家に恵を売っただぁ?」

一カ月ぶりに会ったかと思えば相変わらずのクズっぷりに、時雨は口元を引きつらせた。
新宿のとあるバー。男二人でカウンターに座り、久しぶりの乾杯をしたと思えばこれだ。いくら時雨が裏街道をひたすら歩んでいようと、我が子を実家に売ったと聞かされればさすがに驚く。いや、これはドン引きといった方が正しい。

「ああ。まあ、まだ一歳くらいだから、あと何年かしねえと術式あるか分かんねーし、それまでは保留だけどな」
「…サイテーだな、オマエ。いや、知ってたけどよ!」
「愛情もねえオレに育てられるよかマシだろ。恵に強い術式があれば、あのクソの吹き溜まりみたいな家でも多少大事に扱ってもらえるはずだ。それなりに、だろうが」

悪びれる風でもなく、シレっと言ってのけた甚爾を見ながら、時雨は溜息と共に煙草の煙を吐き出した。幼い我が子すら金づるとしか思っていない甚爾に対し、心底呆れてしまう。
甚爾の息子である恵に、時雨は一度だけ会ったことがある。と言っても、その頃は生まれたての赤ん坊で、向こうは認識すらしていないだろう。
恵の母親は甚爾が付き合った中で、唯一まともな女だったようだ。純粋に甚爾を愛し、支えてくれていたらしい。その純粋な想いに報いる為なのか。その頃は甚爾も裏の仕事を減らし、真っ当に生きようとしていたようだが、女は恵を産んで間もなく事故で亡くなったと、時雨は後で聞かされた。そのことが原因で甚爾は昔のような生活に逆戻りし、今にいたる。

「で…今は新しい女んとこに恵を預けたままか」
「ああ。ま、一応稼いだ時はたんまり金を振り込んでるし、どうにかやってんだろ」
「いや様子を見に帰れよ、たまには」
「いいんだよ。どうせ帰ってもグチグチと説教されるだけだし。いい女ではあるが、性格がクソ真面目すぎてな。説教されんのだりぃし」

甚爾は溜息交じりで酒を煽ると「もう一杯、同じのを」とバーテンに頼んでいる。その横顔を見ながら、時雨はもう一度、深い溜息を吐いた。
気のいい一面もあるが、過酷な幼少期を過ごしたせいか、甚爾は他人に対し尊ぶことは一切ない。そもそも自分という存在すら尊ぶことはないのだから、自分以外の人間には更に非道になれる男だ…と改めて思う。

(恵の母親が生きていりゃ、もしかしたら多少はマシな人間になってたかもな…)

会ったことはないが、気のいい女だったとは聞いたことがある。甚爾の出生を気にすることなく、そのままの甚爾ををただ純粋に愛してくれたらしい。甚爾はてっきり彼女と結婚をするものだと思っていた。唯一、甚爾が心を許した女だったかもしれない。

(いや…違うな。コイツが初めて心を許した女は…だった…)

ふと脳裏に義妹の顔が浮かぶ。

(あれからもう五年か…早いもんだな)

すっかり大人の男になった甚爾を眺めながら思う。確か知り合った頃は、甚爾もまだ十代だった。

時雨と甚爾が知り合ってから、すでに七年。
禪院家を出奔したばかりの甚爾を最初に見つけたのは、時雨の義妹、孔だった。
とは時雨が刑事時代、ある事件で知り合った。典型的な虐待孤児であり、現在は時雨が養子にして面倒を見ている。
そのが声をかけたのが甚爾だ。今にも歩道橋から飛び降りそうに見えたらしい。
ただ、それだけなら勘違いと分かった時点で終わっていただろう。だが二人にはある・・共通点があった。

――呪力ゼロの天与呪縛。

は甚爾と全く同じ体質の持ち主で、だからこそ目につき、声をかけたのだという。甚爾は甚爾で、が闇に生きる側の人間だと一目で判断したようだ。すぐに呪具の話を持ち掛けた。そのことに関して、甚爾は見る目があったと言える。
その頃から時雨の仕事を手伝っていたは、甚爾のことを時雨に紹介することにした。それがキッカケで長い付き合いになるとは、時雨も当時は思いもしなかったのだが。
御三家ほどではないが、元々はも良家の娘だった。だが、呪力のないは落ちこぼれ扱いをされ、家族や親せきからも無下に扱われていた。その辺は多分、甚爾と同じ境遇だったんだろう、と時雨は思っている。
と時雨が初めて会った時、彼女の体は傷だらけだったからだ。
呪力ゼロの彼女は家族に認められたいがために、呪具を使った戦い方を徹底して覚えたようだ。その時の名残りで呪具オタクになったは、時雨の仕事を手伝ううちに、独自に呪具専門のブローカーを始めるようになった。
今は時雨の元から独り立ちをして、日々悪人相手に呪具を売買している。

「そういや、アイツ…は元気か…?」

甚爾はどこか聞きにくそうにその名前を口にする。きっと時雨に会ってすぐにでも彼女のことを聞きたかったに違いない。そんな空気を感じた。
時雨は苦笑交じりで「相変わらずだよ」とひとこと言って甚爾を見た。

「元々厳しい家に育ったからなのか…今なおその反動で何もかも真逆のような生活してんだよな…ったく」
「そうか。まあ…元気ならいい」

何かを思い出したような顔で、甚爾は笑った。出会った頃、家出をしたばかりの甚爾は住む場所もなく、見かねた時雨がのマンションに居候させたことがある。その時の日々を思い出したんだろう。

「会いたいか?」
「…あ?」
にだよ」
「……」

甚爾は一瞬、言葉を詰まらせ、視線を反らす。その様子に時雨が苦笑を漏らせば、小さな舌打ちが返ってきた。

「笑ってんじゃねえ。だいたい、どのツラ下げて会えってんだよ。今更だろ」
「今更も何もねえよ。会いたきゃ会え。その腑抜けたツラでもアイツは喜ぶ」
「……は。兄貴の台詞とは思えねえな…。昔はよくこんなクズに妹はやらんっつってたろーが」
「今だってそう思ってるさ。でもまあ…オマエが出て行ってからもう五年だ。お互いガキじゃねえだろ」
「…何が言いてえんだよ」

煙草を燻らせながら笑う時雨を、甚爾が怪訝そうに見つめる。その視線を感じながら、時雨は吸っていた煙草を灰皿へ押し潰した。

「五年経っても気持ちが変わらないなら本気の証拠。それを邪魔するほど野暮じゃねえ」
「…随分と物わかりのいい兄貴になったもんだ。つーか…オレはアイツの気持ちを踏みにじった男だぞ。何を勘違いして――」
「好き」
「あ?」
「…だったんだろ?オマエも」

時雨のひとことに、甚爾はギクリとした様子で固まる。常に飄々としている男がここまで感情を見せることはあまりない。それは時雨の言ったことが正しいことを物語っていた。

「…何言ってんだ」
「オレが気づいてなかったとでも?まあ…は鈍感だから気づいてなかったようだけどな。オマエに振られたんだと今でも思ってるだろ」
「……」
「でもオマエがこの仕事を再開したと話したら…会いたがってたぞ」
「――っ」

今度こそ、ハッキリと動揺を見せた甚爾を見て、時雨は苦笑いを浮かべた。
あの頃、甚爾なりに悩み、考えて出した結論だったことは、時雨も分かっている。だが兄としては、そろそろ妹の想いを成就させてやりたいと思うのだ。

「それ…オマエの首に巻き付いてるペットだが…」

言いながら時雨はそれ・・に視線を向けた。術式がなくても時雨は視える側の人間であり、先ほどからその存在はハッキリ視界に入っていた。

「オマエとが受けた依頼で手に入れた奴だよな。未だに大事に飼ってんのがいい証拠だ」
「コイツは…便利なんだよ…色々と」
「へえ。そういや…確か視えないオマエらにオレが絵を描いてやったらがソイツに変な名前つけてたろ」

ふと思い出したように時雨が笑う。釣られて甚爾も笑った。

「そうだった…確か…」
「芋虫みたいだからイモ吉」
「そうそう!イモ吉だった。ぶはは…っ」

甚爾も溜まらず吹き出した。

「呪霊に名前なんかつけねーだろ、フツー」
「アイツはフツーじゃねえんだよ。オマエと同じでな」

笑いながら言うと、時雨は再び煙草へ火をつけ、満足そうに煙を吐き出した。そして未だ笑っている甚爾へ、優しい眼差しを向ける。

「実は…ここに呼んでんだよ」
「……は?」
。もうすぐ来るはずだ」
「な…」

あっけらかんと言い放つ時雨に、甚爾の笑顔が固まった。


△▼△


「ここ…なのかなぁ。神田さんの家」
「この住所だとここら辺であってるはずだ」

車のスピードを緩めながら首を傾げるに甚爾がメモを見せる。確かに番地を見る限りは間違ってない。ただ肝心の家、というよりは表札をかかげた正面玄関が見当たらないのだ。見えるのは高い塀が延々と続く風景ばかり。とりあえず車をのろのろと走らせながら、左右をキョロキョロ見渡した。すると甚爾が「おい、あれじゃねえか?」と前方を指さした。見れば大きな門扉らしきものが視界に入る。

「あ…あれかも!」
「…つーことは…この塀の向こう全て、その神田って奴の家で間違いねえな」

甚爾が苦笑気味に窓から顔を出す。高級住宅街だと気づいてはいたものの、来る途中で見かけたどの家よりも豪邸だ。

「あ…神田って書いてるし、やっぱりここだね」

門に掲げられている立派な表札を見上げて、は静かに車を壁に寄せた。

「門の近くに止めていいって言われたけど…ここで大丈夫かな」
「多分、この一帯は全て神田って奴の土地なんだろうし平気だろ」
「え、じゃあこの前の道は私道ってこと?甚爾くん、分かるの?」
「オレの実家もこんな感じだからな。近所は全部、禪院家の土地だった」
「……そ、そうなんだ…」

シレっと応える甚爾を見て、僅かにの口元が引きつる。

(時雨が言ってた通り、甚爾くんちってかなりのセレブ…?)

禪院の名前だけ聞けば、世間ではボンボンだと思われそうだ。
の実家も一応、呪術界では良家とされていたものの、噂でしか知らない御三家とは比べものにならないんだろうなと思う。まして自分はその家ですら虐げられてきたのだから、良家のお嬢様とは言えない。
その時だった。門扉の端にある勝手口が静かに開き、年配の女性が顔を出した。仕立ての良さそうな着物を着ているが、どこか地味な印象。雰囲気からしてこの家の使用人らしい。正面に設置されているカメラを見て二人の訪問を知ったのだろう。女性は「孔さま…でしょうか」と声をかけてきた。

「はい。神田様からの依頼で来ました」
「旦那様から伺っております。では中へどうぞ」
「失礼します」

使用人の女性から促され、勝手口から中へと入る。その後から甚爾も続いた。

「大きな庭…」

敷地内へ足を踏み入れてまず目に入ったのは、どこの庭園だと思うような広い庭先。大きな池を中心に立派な大木が植えられ、まさにに和風庭園といった雰囲気だ。その中にある小道を使用人の女性が歩いて行く。

(さすがリーさんのお友達なだけあるなぁ…神田さんって超大物なのかも)

懇意にしている顧客のリーも中国では名の知れたセレブなのは知っている。どこで知り合うのか、時雨はそういった大物との取り引きを上手くまとめてくることも多かった。

「こちらの離れで御座います」

女性が案内してくれたのは、本宅とは別に建てられた別棟、いわゆる離れと呼ばれる建物だった。京都の茶屋のような雰囲気だが、使用人の女性いわく「旦那様のコレクションルーム」ということだった。

(なるほど…呪具をコレクションにしてるのか…)

建物に近づけば近づくほど、肌がピリピリしてくるのが分かる。呪いそのものは視えずとも、天与呪縛で通常の人間の倍はある五感が、この世の者ではない存在を感じ取っている。それは隣にいる甚爾も同じようで「空気がやべえな」と苦笑いを浮かべていた。
呪具とはその名の通り、呪いを込められた道具であり、少なからず大なり小なり呪力を放っている。それに引き寄せられ、呪いが集まってくることもあるので、普通なら術式もない一般人が手にしていい物ではない。

(確か…変な生き物に呪具を飲み込まれたと言ってたっけ…きっとその呪霊も呪具の呪力に引き寄せられたんだろうな)

やはり呪霊を祓う必要性も出てくるかもしれない。
そう思いながら甚爾を見上げる。彼も同じことを考えていたのか、ふと視線を下げてを見た。

「おい…呪霊がいるなんて聞いてねえぞ…」

小声で言いながら呆れたように目を細めた甚爾は「まさか祓えなんて言われねーよな?」と溜息を吐く。
人並外れた能力と強さ。それを持ち合わせている甚爾でも、呪力がない以上、自身で呪いを祓うことは出来ない。それはも同じこと。その為の策は考えてある。

「その時は呪具を使う」

言いながら手にしたバッグを持ち上げる。「準備がいいな」と甚爾が笑った。

「旦那様。孔さまがお見えで御座います」

離れの庭先から使用人の女性が声をかけると、静かに障子が開く。顔を見せたのは随分と体格のいい初老の男性だった。彼もまた粋な着物を羽織っていて、それがよく似合っている。

「よく来たな。私は神田真造だ。今日はよろしく頼む」

見た目の雰囲気からは想像できないほど丁寧な言葉をかけられ、も慌てて頭を下げた。

「初めまして。今回依頼を受けた孔です」
「ん?君がもしかしてリーの話してた仲介屋か…?」

その男は小柄な少女にも見えるを一瞥し、僅かに眉尻を上げた。予想以上に若い二人を見て驚いているようだ。

「はい。孔と言います。こちらは禪院甚爾。今回は彼に対処してもらいます」
「…禪院…?」

が丁寧に挨拶をすると、男は驚きの目を甚爾に向けた。どうやら禪院の名前を知っているらしい。さすが呪具をコレクションしているだけはある。呪術界にも精通しているらしい。

「禪院とは…あの禪院か?御三家の」
「あ?だったら何だよ」
「ちょ…甚爾くんっ」

相手が大物でも関係ないらしい。普段通りの態度で応える甚爾にもギョっとした。だが神田は最初の印象通り、中身も大物なのか、笑いながら「別にかまわんさ」と二人を離れの中へ促した。

「こんなに若い人が来るとは思わなくて驚いたんだが…あの禪院家の人間なら信用できそうだと思ってね」

二人に茶を勧めながら、神田は綺麗な所作で座布団の上に正座した。も同じように正座をして神田の正面に座ったが、甚爾だけは胡坐をかいている始末。肘で突こうがどこ吹く風で高級茶を一気飲みしている。

「別に信用してもらなくてもいいけどな。仕事はきっちりやらせてもらう」
「それは頼もしい」

甚爾の不躾な態度に気を悪くするでもなく、神田は豪快に笑った。そのやり取りを見ながらだけがハラハラしている。

「では本題に入ろう。まあ彼女には電話でも話したが…」

そこで言葉を切ると、神田は立ち上がり、すぐ傍の襖を開けた。その向こうは廊下となっており、床には何故か動物用のゲージが置いてある。亡くなった愛犬のものだというが、今は空だった。
神田は徐にそのゲージを手に取ると、それを二人の前へ静かに置く。何の意味があるのかと不思議に思っていると――。

「この化け物が私の大事なコレクションを丸のみしてしまってね。それを取り出して欲しい」
「「…化け物…?」」

神田の説明を聞いて、と甚爾が同時に顔を見合わせる。そして再びゲージへと視線を戻した。だがやはり中身は空で、何も入っていない。

「…もしかして…この中に呪霊がいたりする?」
「オレに聞いてんのか?」

甚爾が皮肉めいた笑みを浮かべる。ただ視えはしないがかすかに存在だけは感じ取れる。それはも同様だ。ただ呪霊ならば何故ゲージの中にいるんだろうと首を傾げる。物理的な肉体はない呪いを、こんな物に閉じ込めておくことは出来ないはずだ。

「あの…神田さん…何故…その…この中に化け物が…?」

訝しく思ったことを尋ねると、神田もその辺はよく分からないと言った。
聞けば神田は子供の頃から視える側の人間だったらしく、呪具を集め出したのも何となく不思議な力を感じるからだと教えてくれた。先日も新たに古い短剣を手に入れ、それを手入れしていた際、突然現れた化け物にその短剣を飲み込まれてしまったという。

「アッと言う間の出来事でね。驚いて呪具を取り返そうと追いかけまわしていたら、奴が自分からこの中に入ってしまった。それ以来、出てこない。どうやら臆病な化け物らしいな。見た目はブサイクな禿げ頭なのに」
「はあ…禿げ頭…ですか」

笑いながら説明する神田を見て、も困ったように引きつった笑みを浮かべた。いくら見慣れているからとはいえ、呪霊を追いかけまわす非術師なんて聞いたことがない。

「で…どうかな?取り戻せるだろうか」

神田に問われ、は一瞬考えたものの、すぐに「もちろんです」と応えた。隣にいる甚爾が小さく溜息を吐いている。大方、本当にやるのかと言いたいんだろう。

「ただ今すぐというのは難しいので、一旦こちらのゲージを預かってもいいですか?」
「ふむ…まあ…それは構わないが…持ち出してもこの化け物が逃げ出したりしないかね」
「大丈夫です。ゲージの外にお札を貼るので」

そう言いながらはポケットから数枚の呪符を取り出した。二級以上の呪霊に効果はないが、低級呪霊なら閉じ込めておくくらいは出来る。視えなくとも、中の呪霊がそこまで強い呪いではないと感じたのだ。
神田は少しホっとした様子で、ゲージを二人に預けてくれた。

「おい…マジでやんのか」

神田邸からの帰り道、甚爾がウンザリしたように言った。呪霊を殺せという依頼なら簡単だが、殺さず飲み込んだ呪具を取り戻すとなれば、それなりに面倒なことになる。甚爾もその辺を考えているんだろう。
しかしは「もちろんやるよ」と張り切っている。

「この依頼を成功させたら神田さんから相当額のギャラをもらえそうだし、断る理由ないじゃない」
「…まあ、そうだろうけど…」

瞳をキラキラさせている姿には甚爾も苦笑するほかない。このご時世、仲介屋として稼ぐのも楽ではないようだ。

「で?視えもしねえ呪霊相手にどうやって呪具を取り戻す気だ?」
「うーん…そうだな…まずは時雨を呼ぶ」
「時雨…?でもアイツ、呪霊を相手にしたことねえんじゃねーの」
「そうだけど視える側の人だし、いたら何かと便利だと思う」
「あーなるほど」

の言わんとしていることを理解し、甚爾は笑みを漏らした。

「こりゃ時間がかかりそうだし、しばらくデートはお預けって連絡入れとくか…」

独り言ちながらケータイを取り出し、甚爾はデート相手にメールを打ちだした。それも一人や二人ではない。その姿を呆れ顔で見ながら、は深い深い溜息を吐いた。

「何故こんなたらしがモテるんだろう…」

彼女がその理由に気づくのは、もう少し先の話だ。

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