第八話...仕事終わりにて


※匂わせ描写あり



夕方6時。やっと一日の仕事が終わってわたしはすぐに帰る用意をした。悟は名古屋だし今夜はゆっくり出来そうだ。まず家に帰る前にスーパーへ寄って大好きなシャンパンでも――。

「お疲れさまー!♡」
「―――ッ?!」
「もう終わり?なら一緒に帰ろ」
「………」

事務室を出た途端。いるはずのない夫がいた。何でいるの?と考える前に足が勝手に動いて、気づけば走りだしていた。自分でも何故逃げたのかさっぱり分からない。でも駐車場のところで普通に追いつかれた。わたしも悟を本気で振り切れるとは思ってないけど、相変わらず足が速い。長さの問題?

「何で逃げるの。照れなくていいよ」
「ちょ…手…放して」

いきなり手を繋いできた悟に驚いて抗議をすると、普通に「却下」と笑顔で言われてしまった。

「で、でも高専の敷地内じゃ誰かに見つかるかも…は、恥ずかしいしっ」
「僕ら新婚でしょ。手を繋いでたくらいで文句を言う野暮な連中はいないと思うけど」
「………」

この人は一体何を考えてるんだろう。政略結婚なんてしそうにない性格のくせして、何で受け入れたのか。どうして今更わたしに優しくするんだろう。絡められた指が熱くて、変にドキドキしてしまう。

「――ところで

車まで歩いて来たところで、悟がふと振り返った。

「今夜はどう抱かれたい?」
「…っ?!夕飯のメニュー聞くノリで聞かないでっ!」

かぁぁっと顔に熱が集中していくのが分かった。いくら何でも連続ではないだろうと安心していたのに。

「きょ、今日はしないからっ」
「却下」
「ぐ…」
「僕が我慢できないし」

悟はシレっとした顔で言うと、護衛の人が待つ車の後部座席へ乗り込んだ。本当に何を考えてるのか分からない。昨日までは、わたしに触れることもないくらい興味のなかったこの人が、一日かまってきたくらいで、どうしてわたしは流されてるんだろう――?
それから二人で家に帰って、まずは別々にシャワーを浴びると、夕飯を一緒に食べた。意外と和食も好きだと言うから焼き魚とか煮びたしとかレンコンのきんぴらとか、そう言った細かなおかずを作ると凄く喜んで食べていた。その間、出張先での話を面白おかしく話して聞かせてくれたりして、食後はお土産にと買って来てくれたケーキを一緒に食べた。

「どう?美味しい?、この店のショートケーキ好きでしょ」
「…う、うん…まあ」

わたしが頷くと、悟は嬉しそうに「良かった」と言いながら自分も一口食べて「ん~うま♡」と一人で悶えている。確か悟もかなりの甘党なんだっけ。彼のことはよく知らないけど甘党だっていうのは知ってる。昔、夏油先輩に教えてもらったことがあるからだ。

「もう一個食べちゃおーかなー」

一つをペロリと平らげた悟は別のケーキに手を伸ばしている。その表情が何だか子供みたいで、つい吹き出してしまった。

「ほんと甘いもの好きだね、悟」
「…………」
「な、何…?」

彼が買って来てくれた茶葉から淹れた紅茶を飲んでいると、悟が急に黙り込んだ。ふと顔を上げれば悟はどこか驚いたような顔でわたしを見ている。何かおかしなことでも言ったっけ?と考えていると、悟は「やっと笑ってくれた」とポツリと呟く。

「…は?」
「今…笑ったよね」
「……だ、だから何――」

いちいち指摘されたことが恥ずかしくてそっぽを向くと、悟は向かい側からわたしの隣へ移動してきた。あげく突然抱きしめられて「ぎゃっ」と変な声が出る。いったい何事かと思った。

「…嬉しい」
「え?」
が僕に笑いかけてくれたし」
「わ、笑いかけたわけじゃ…」
「これで二回目」
「は?」

パっと体を離すと、悟はかけていたサングラスを外して「が僕に笑顔を見せたの」と微笑んだ。

「そ、そうだっけ…記憶にない」

そもそも昔のわたしも悟の前じゃ笑顔になんかなれなかった。いつも険悪な空気になってたし笑いかけたなんてあるはずがない。なのに悟は「僕は覚えてるよ」とハッキリ言った。

「え…い、いつ?」
「内緒~」
「は?…んっ」

顔を上げた瞬間、くちびるを塞がれて体が硬直した。悟は何度も角度を変えながら優しく触れたり、啄んだり、わたしのくちびるを好きに愛撫してくる。確かに結婚はしたけど、こういうイチャイチャはいらない。そう思うのに、逃げ出したいのに、わたしは悟のされるがままだった。

「ん…っ」

くちびるを解放されたと思えば首筋にちゅっと口付けられ、ゾクリとした。同時に悟の指が器用に部屋着のボタンを外していく。

「ちょ…ちょっと…何してるの…」
「ん?ベッドにいく?」
「い、かない…って、ぬ、脱がさないで…」

逃げようにも背もたれに邪魔をされて、これ以上後退できない。横へ逃げようとしたけどすぐに引き戻される。悟は指先が器用なのか、あっという間にボタンを外され、前がはだけるのが分かった。

「んん…っ」
「今日はエッチな下着つけてないんだ」

首筋から鎖骨にかけて口付けながら、悟の手が背中を撫でていく。またゾクリとしたものが走って背中が反ると、悟の顔の前に胸を突き出す形になってしまった。

「ケーキよりのここの方が美味しそう」
「…ぁっ…」

胸の先にぬるりとしたものが絡みついて軽く吸われると、ジンとした刺激に襲われ肩が跳ねる。やめて欲しくて悟の肩を押してみたけど手に力が入らず、ただ手を乗せただけになった。その間も悟は硬くなった先端を舌先でつついたり、舐めたりと弄んでいる。こんな明るい場所でされてることも恥ずかしくて、わたしは何とか体を捩って抵抗した。

「ちょ、悟…ダメ…っ」
「んん?」
「…ぁ…っん…」

ちゅうっと強く吸われた瞬間、ゾクゾクっとした快感が体に走って、下腹部の辺りが疼いて来るのが分かった。こんな行為はまだ慣れてもいないのに、身体は勝手に快楽を引きずり出されて行く。

「…胸、感じやすい?」
「わ…わかんな…ぃ」
「どこもかしこも真っ赤で可愛い」
「…ん、んぁ…っ」

ツンと上を向いた場所にちゅっと口付け、悟はそれを口内へと含む。剥き出しの太腿へ手を滑らせて下着の上から撫でられると、強い刺激がそこから全身へと広がった。

「ここも膨らんで来てる…もっと触って欲しい?」
「…ん、っゃ…あっ…こ、ここじゃ…」
「どこならいいの」

悟は意地悪な質問をしながら顔を上げて、わたしの頬に口付ける。その間も指の動きは止めてくれない。じわじわと追い詰められて、その場所から何かが溢れて来るのが分かった。

「濡れて来たね。どうする?ここでする?」
「んんっ…」
「どこがいいの」
「…や…ぁ」

敏感な芽を軽く指で押されて腰が跳ねる。

「早く言わないとここで抱いちゃうけど…いいの?」

ジワリと涙が浮かんだ目尻に、悟がちゅっと口付ける。言葉と裏腹に、その顏は余裕がないように見えた。でもここで抱かれるなんて恥ずかしすぎるし、言わなきゃ延々とこのままイジメられそうだ。

「…べ…ベッド…っ」
「…喜んで」

どうにか応えると、悟はすぐにわたしを抱き上げた。分かってはいたけど、軽々とわたしを抱く悟からすれば、わたしの僅かな抵抗なんかないも同じなんだと思い知らされる。

「今夜は優しくするから」

わたしの額にキスを落としながら、悟は魅力的な笑みを浮かべた。

本当は――流されたくない。本心でもない言葉に反応なんかしたくない。
そこに愛はないって、分かってるはずなのに――。