第十二話...狐憑きの排卵日




※性的表現あり



「誰かー手の空いてる人、この前の冥冥術師と七海術師が行った出張経費の書類を作成――」
「あ、それわたしがやります」

通りかかった同僚にそう声をかければ、彼女は「え?」と驚いたように足を止めた。

「でもさんにはさっき別の書類を頼んだし…」
「ああ、それならもう終わったので大丈夫です。経理部に送信しておきますね」
「そ、そう?じゃあお願いするわ。あ、冥冥さん、この手の書類は遅いと機嫌悪くなるから出来れば彼女のから先にお願いしていい?」
「はい。分かりました」

承諾すると、彼女は手元にあった沢山の領収書をわたしのデスクに置いて行った。ふぅっと軽く息を吐いて、固まった肩を軽く動かす。パソコンに触ってると指や首や肩が凝るのは日常茶飯事だ。ついでにさっき淹れたばかりのコーヒーを口へ運ぶと、デスクに置かれた領収書を個人別に分けて行った。

(冥冥さんはお金のことにうるさいからなぁ…)

先日、冥冥さんは福岡へ出張に行っていた。その時の領収書だろう。一枚一枚確認して特に問題がなければ書類を作成していく。高専での裏方に当たる職員もかなり忙しい部署が多いから、こういった細かなものも一つにまとめて見やすくすることで経理の時短になる。その手伝いをするのもわたしの仕事だったりする。現場に行くより、わたしはこういった裏方の仕事の方が向いてると思う。

「…さん、絶好調ね~」
「やだ、もうさんじゃないわよ」
「あ、そうだった。でも彼女も五条家の当主夫人だものね~」
「御三家の方からはやっかみも多いみたいだけど、彼女も頑張ってるわよね」

そんな同僚の雑談が漏れ聞こえてきたけど、気にせず仕事をこなしていく。五条家と関われば少なからず周りが放っておいてくれないことは子供の頃から分かっていた。わたしは結婚生活でも裏方だと思ってるから、なるべく出しゃばらず、本来の仕事である後継ぎを産むための努力さえしていれば、両家から何も言われることはないはずだ。

(心配してた夜の方も順調すぎるくらい順調だし……そろそろ出来てもいい頃だと思うんだけど…)

結婚してから一ヶ月。悟に初めて抱かれてから半月は経った。たった半月ではあるけど、エッチの回数が多すぎるから期間は短くてもかなり濃厚なのでは?と思っている。

(受精してたら、どれくらいで分かるもんなんだろう…)

と、そこまで考えて大事なことを思い出した。

「あ…例の…排卵日…きてない、かも」

悟にあれこれ振り回されてすっかり忘れていた。"狐憑き"にとって最も大事なもの。それは"狐憑き"特有の排卵日だ。通常なら女性は月に一度、それが来る。でも"狐憑き"の場合、二カ月に一度の特殊な排卵日がくるのだ。ソレが来ると体に独特の異変が出る。全身が熱く火照り、子宮が疼いてどこもかしこも敏感になってしまう。いわゆる動物でいうところの発情に近い症状だ。これは"狐憑き"にだけ起こる症状らしく、この時期に受精すれば確実に親の術式を丸ごと受け継ぐ子供が産まれると言われている。これまでは薬で抑えていたものの、もう結婚したから必要ないと薬の使用は禁じられていた。

(そうだった…慣れない結婚生活や悟に流される毎日ですっかりそのことを忘れてた…)

思わず頭を抱えたのは、今日までどれだけ悟に抱かれたとしても意味がなかった、ということだ。

(え…ってことは…この前の船での濃厚なエッチも、昨夜あんなことやこんなことまで恥ずかしい行為をされた全てが無駄だったってこと…?いや、子供を作るのにエッチの内容は関係ないんだけど!)

そう考えると一気に脱力して、仕事のペースが半分に落ちたのは仕方のないことだったかもしれない。







「おい、。どうしたよ。ボーっとして。もう帰れんのか?」
「…圭吾」

仕事を終えてグッタリしながら校舎を出ると、今日の護衛として来ていた悟の従妹の圭吾が歩いて来た。

「遅かったな。残業?」
「…うんまあ…」
「あんまコキ使うなって学長に言ってやろうか?五条家の当主夫人を残業させるなんて」
「いい…。仕事は好きでやってるんだし、そんなことで五条家の名前使わないで」
「まあ、オマエがいいっつーならいいんだけど…何か疲れてるみてーだし」
「これは仕事の疲れじゃないから」

溜息交じりで言えば、圭吾が何かに気づいたようにニヤリと笑う。

「あ~。じゃあ悟くんと上手くいってんだな、夜の方は」
「…そうだね。でも…」

とさっき気づいたことを圭吾に話すと「げ、マジか」と苦笑気味に言われてしまった。わたしだってそんな心情だ。嫌いな男に抱かれていたのが全て無駄だったという現実に、溜息しか出てこない。

「しっかし、そんな大事なこと忘れるくらい仲良く過ごしてんならOKじゃねーの?妊娠する機会なんて、まだこれから沢山あんだろ」
「分かってるよ…!っていうか仲良くはないけど!わたしが言いたいのは今日までのことを言って――」
「あ、悟くん」
「……えっ?」

圭吾がその名前を口にしたことでギョっとしつつ振り返ると、本当に悟が門の方から生徒達と歩いて来るのが見えた。条件反射としか言えないけど、咄嗟に圭吾の後ろへ隠れてしまった。

「あれ?と圭吾」
「お疲れさまです。悟くんは引率帰り?」
「そうなんだけど、ちょっとこれから上に呼び出し受けてるから、圭吾はのこと送ってやってくれる?」
「分かったよ」

二人の会話を聞きながら、一緒に帰れないと分かって少しホっとしていると、悟は圭吾の後ろに隠れているわたしの顔をひょいっと覗き込んで来た。

「ひゃ、な、何…」
「というわけだからは先に帰ってて」
「わ…分かった」
「あー食事はコイツらを飯に連れてく約束したから作らなくていいし、はゆっくり風呂でも入って体を休めてて」

悟の後ろを見れば、そこには乙骨くんと狗巻棘くんという生徒が立っていて、わたしにぺこりと頭を下げて来る。今日は彼らの引率をしてたらしい。

「分かった…じゃあ先に寝てるね」
「えっ?そこは起きててお帰りって言って欲しいんだけど」
「…う…わ…分かったわよ…」

大げさに声をあげる悟を見て恥ずかしくなった。何せ彼の生徒がすぐ近くにいるのだ。あまり変な態度も出来ず、仕方なく頷くと、悟は嬉しそうにその綺麗な唇に弧を描いた。今は包帯で顔の半分を覆っているから表情まではハッキリ分からないはずのに、口元を見る限り、あの美しい碧眼を嬉しそうに細めているだろうなと何となく想像がつく。それくらいは悟との距離が以前に比べて近くなっているような気がしていた。

「じゃあ、なるべく早く帰るから待っててね、奥さん♡」
「ちょ…っとっ」

素早く頬へ口づけてきた悟に、驚いて身を引く。仮にも教師が生徒の前で何をしてるんだと思ったけど、当の本人は何とも思っていないのか「怒ってる顔も可愛い」とふざけた台詞を残して、校舎の方へと歩いて行った。悟が無下限呪術の使い手でなければ石でもぶつけたい気分だ。

(キスをされた頬が熱い…)

そっと手で触れると火照ってるのが分かるほどに熱を感じて、また恥ずかしさがこみ上げて来た。

、悟くんと何かあったの?」
「…な、何もないよ。いいから帰ろ」

慌てて言って車の止めてある門扉まで歩いて行く。
そう、特別なことは何もない。ただ結婚して、一度だけデートをして、それでも何一つ変わってない。悟も最初からずっと本音が読めないまま。
わたしだけが――おかしいくらい意識をし始めた。ただ、それだけ。
悟は、わたしの夫で。だけど絶対にわたしのことを好きになるはずなんてない人。
そんなことは、最初から分かっていたことだ――。






「…今日はどうしたの?

悟はわたしの頬や額にちゅっとキスを落としていきながら、簡単に部屋着を脱がしていく。
夜10時過ぎに帰宅した悟は、シャワーから出た後でいつものようにわたしを求めて来た。たっぷりと深い口付けで解され、寝室に攫われた後は、悟にされるがまま肌を晒していく。

「ど、どうもしない…んっ」
「そう?でも何かいつもより呼吸も乱れてるし……多分、これもう濡れてるでしょ」
「ち、違…っ」

カッと頬が熱くなって顔を上げると、悟はわたしの額へ自分の額をくっつけた。

「エッチなことするの、もう好きになっちゃった?」
「……っ」

そうじゃない。そんなんじゃない。そう言いたいのに言葉に出来なくて、なのにどうしようもなく体が疼いていく。そんな自分が嫌で、恥ずかしくて、悟の顔をまともに見られなかった。

「んん…っ」
「…ほんと…今日はおかしい。のここ、凄く敏感…」

ベッドへ押し倒され、首筋に吸い付かれただけで、ビリビリと甘い刺激が全身を貫いて行く。確かに少し身体がおかしい気がした。ちょっと触られるだけで、いつも以上に刺激が強く感じてしまう。下着を指で引っ掛けた悟はそれをくいっと上に押し上げ、露わになった胸元へ顔を埋めていく。

「んぁぁ…っ」
「すご…のここ、まだ触ってないのにもう硬くなってる」
「んんっんっ」

ぬるりと舌が乳首に絡みつく刺激に耐え切れず、声が洩れる。悟が言うように、確かに今日のわたしは少しおかしい。いや、わたしがというよりも、身体が火照って疼いて仕方がない。

「…んぁぁっ…」
「胸だけでイキそう?」

すっかり芯まで硬くなった場所を舌先で弄ばれ、くにくにとこねられるたびに電流のような刺激を感じる。呼吸が苦しいのに喘ぐ声は止まらなくて、苦しいのに気持ちがいい。その相反したものが混ぜ合わされ、やけにツラい。悟は少し焦らすように太腿を撫でて脚を開いていくけど、肝心な場所には触れて来ない。

「んぁ…あ…っ」
「…可愛い…そんなに気持ちいい?どこ触って欲しいか言ってみて」
「…んゃ…やぁ…」

内腿を撫でて付けねまで手を這わせながら、ショーツの淵を指でなぞられる。それほど強い刺激じゃないのに、くすぐったさを通り越してゾクゾクしてしまう。

「…さ…さと…る…ゃあ…も、もう…」
「ん?ここ?」

胸の先端に吸い付き、ショーツの上から触れられる。そこはすっかり濡れて湿っているのが自分でも分かった。

「凄いよ、のここ。下着の上からでも濡れてるの分かる」
「…んっ…も…ダ…ダメ…」
「…ダメ?やめて欲しい…?」

違う、そうじゃなくて。もっと、もっと触れて欲しい。奥まで――。
全身がじわじわと追い詰められていく感覚におかしくなりそうだ。その時、ふと悟が胸元から顔を上げて、自身の唇をペロリと舐める。どこまでも澄んだ蒼の双眸が男の欲を多分に孕んでて、悟のその淫靡な表情を見ていたらたまらなくなった。無意識に手を伸ばして彼の頬へ触れると、上半身を起こして自分から悟のくちびるを塞いでいた。

「ん……っ」
「……っ?!(ハッ)」

(わたしってば…何してんの?!)

すぐ我に返ってくちびるを離す。自分からこんなことをしたのは初めてで、更に顔が火照ってきた。悟は酷く驚いた顔で見つめて来るから余計に恥ずかしい。

…」
「ち、違う…今のは――」
「悪いんだけどさ…僕、今日はちょっと余裕ないかも…」
「…は?…きゃっ」

乱暴にベッドへ倒されて、ショーツを一気に脱がされたと思えば、大きく脚を開かされる。言葉の通り、悟は余裕のない様子でその場所へ顔を埋めた。

「…あぁ…ッ」

焦らされてたせいか、まだそんなに触れられてもないその場所はすっかりと濡れていたようだ。悟が舌を動かすたびに卑猥な音が響いて、羞恥心で腰を引いてしまう。でも乱暴に元の位置まで戻されて、その間も恥ずかしいくらいに濡れた入口で悟の舌が厭らしく動く。そのうちナカまで侵入してきた舌先で抽送され、じゅぶっという耳を塞ぎたくなるような音がたった。

(し、舌が…入ってきてる…っ?)

トロトロのナカを舌先で更に解され、時々じゅっと吸われると、全身がビクビクと跳ねてどうしようもないくらいに感じてしまう。怖くなってしまうほど、わたしの身体が反応していた。

「可愛い…凄く濡れてる…」
「あ…ぁっ…ダ…ダメ…イっちゃ…ぅっ」

わざと音を立てながら蜜が溢れてくる場所を執拗に愛撫され、何度もオーガズムを感じてしまう。何度目かの絶頂を迎えてグッタリした後は、未だに疼いているその場所へ硬く質量のあるものを押しあてられ、ゆっくりと挿入された。

(…入って…くる…っ)

まだ途中まで挿れられただけなのに、ナカがきゅうっと締まるのを感じた。そのせいか、悟がツラそうに息を吐いている。彼の柔らかい絹のような髪が汗で額にくっついていた。彼もまた珍しいくらいに乱れてる気がする。いつもは涼しい顔でわたしをイジメるくせに。

「ん…ッ…めちゃくちゃ締まってる……気持ちいい?…」
「…ぁっ」
「硬いとこイジられて、締めながら僕のを受け入れちゃうんだ」
「…ゃ…あぁっ」

最奥まで貫かれた瞬間、ナカがうねるように動いて何度も達してしまう。目からはポロポロと涙が溢れて、なのに理性が飛んでしまいそうなくらいの快感に襲われる。

「いやらしくて…ほんと可愛いな…は」
「そ…んな…奥は……ダメ…んぁっ」
「ダメなら…克服しないと」

耳元で囁きながら、悟は奥を何度もついて来る。そのたび突かれた場所から大きな快感の波がうねるように広がって、わたしを飲み込んでいく。くちびるを塞がれ、口内を乱暴にかき回されながら、何度も意識が飛びかけた。
身体の奥まで攻められて、今日も悟はすごく意地悪で……なのにわたしは…今夜は気持ち良すぎてどうしようもなくて―――。


「…、大丈夫?」

意識が戻った瞬間、悟の顏が超ドアップで視界に入ってギョっとする。離れようと思ったら動けなくて、普通に悟に抱きしめられていた。

「ぎゃっ」
「いや、愛しい旦那様に向かってそんな変な悲鳴あげなくても良くない?」
「いい愛しいなんて言ったことない…っ」

あんなに激しいセックスの後なのに、何で悟は疲れてないの?と思うくらい、スッキリした顔で見つめられ、頬がじわりと熱くなる。いつも意識を飛ばすのはわたしばかりで。それが何となく悔しい。

、今日は凄く感じてくれてたし、そろそろ僕のこと愛しいなぁと思ってくれてるのかなと」
「そ…そんなわけ…きょ、今日は……アレなだけだもん」
「アレ…?え、でも血は出てなかったけど」
「そ、そっちじゃなくて…!き、聞いたことないの?"狐憑き"の……その…」
「…………」

悟は何度か瞬きを繰り返すと、何かに思い当たったように「あ」と声を上げた。婚約した際、こちらの情報は悟にも渡っているはずだ。

「もしかして……"狐憑き"の排卵日……だった?」
「う、うん……多分。わたしもさっきそのこと思い出したんだけど…」

そうだ。さっき気づいたけど考えてみれば前のソレから今月でちょうど二カ月経っていた。そろそろソレが来てもおかしくない時期のはず。悟に抱かれながら自分の身体の異変に気づいた時、もしかしたら、と考えた。これまでは初潮を迎えた後くらいから抑制剤を飲まされていたから、実際に"狐憑き"の排卵日を体感したのは今日が初めてだ。まさか、あんなに全身が丸ごと性感帯みたいになるなんて思わなかった。いや知識としては知っていたけど、頭で想像するのと、自分が体感するのとでは全然違う。どこもかしこも酷く疼いて、悟に縋るようにキスまでしてしまった。思い出すだけで身悶えするくらいに恥ずかしい。

「そっか、さっきの状態がそれだったんだ。通りで…」
「え…?」
「いや…から僕にキスをしてくれたのは珍しかったから。まあてっきり遂に絆されてくれたのかと浮かれそうになったけど…」
「な…何言ってるの…?」

真顔で残念がる悟を見て、つい笑ってしまいそうになった。でも、あの時は悟のこと、嫌いなんて思ってなかった気がする。ただ本当にもどかしくてどうしていいのか分からずに救いを求めてしまった。きっとその感情が一番近い。
その時、背中に回っていた悟の手が、裸の背中をツツツと撫でて行った。

「んっ」

ゾクリとして肌が粟立つのが分かった。

「な…何するのっ」
「いや…僕も初めてだから…"狐憑き"の排卵日って。どんな風になるのかと」
「さ…さっき見たでしょ…」
「でも、まだ物足りなさそうに見えるし」
「…う…そ、…そんなわけ……ぁっ」

悟の手が背中を撫でながら軽くお尻も撫でていく。それだけなのに、またじわりと体が火照ってくる気がした。

「可愛い…反応いいから意地悪したくなる」
「ちょ…ほんとやめて…もう…今夜はしないからっ」
「えー…感じてる時の、すごく可愛いのに」
「か、かわ…っ?い、いいから、そーいう社交辞令的なのはっ」

かぁぁっと顔が熱くなってそっぽを向くと、頬にちゅっとキスをされた。

「……ちょっ」
「もうしない。が疲れてるのは分かるしね」
「……え」

悟は笑みをこぼして、今度は額にちゅっと口づけて来る。本当はエッチ後のこんな優しい時間なんていらないのに、胸が勝手にドキドキしてしまう。

「今日、そうなったってことは…今日が排卵日ってこと?」
「え、えっと…多分明日明後日かな…妊娠するなら、その前後がいいみたい」

その辺は普通の排卵日と特に変わりはないけど、悟の術式を継承させるためには妊娠するならこの時期じゃないと意味がない。"狐憑き"としての排卵日は二カ月に一回だから、通常の妊娠よりも難しいと言われている。

「そっか…じゃあ明日も頑張んないとね」
「…な…何よ、その嬉しそうな顔は……」

急にニコニコし始めた悟は少しだけエッチな顔をしてる。絶対何か良からぬことを―――。

「だってその間はがさっきみたいにエロ可愛くなるってことだし、どんな焦らしプレイをしようか今から楽しみで仕方ない」
「―――ッ?!」

やっぱり考えてた。

「さ、最低…悟の変態っ」
「え、変態じゃないでしょ。愛だし」
「ど、どの口が…んっ」

がばりと顔を上げて文句を言いかけた時、いきなりくちびるを塞がれた。今はくちびるが触れあうだけでも快感が強く襲って来るから、自然に体が震えてしまう。悟は何度かくちびるを啄むと、最後にちゅっとリップ音をさせてから、ゆっくりと離れた。

「とろんとした顔しちゃって…また襲われたい?」
「……っけ、け、結構ですっ」

ハッと我に返って離れると、悟は「残念」と苦笑している。どんだけ絶倫なんだとツッコミたいけど、まさか下半身にまで反転術式使ってないよね?と疑いの目で見てしまう。その時、ふと悟が「そーだ」と呟いた。

、本が好きだって前に話してたよね」
「…え?」

いきなり何の質問だと驚いた。

「す、好きだけど…」
「この前は僕の趣味で海に付き合ってもらったし、今度はの好きなものが知りたくて」
「……え」
「だから、何かおススメの本があれば教えてくれると嬉しい」
「……っ」

反則だ、と思った。こんな時に、優しい眼差しでそんなことを言うなんて。本なんか好きじゃないくせに。

「ほら、前に好きな作家さんいるって話してたろ。その人の作品でが一番好きなものでもいいし」
「…あ……えっと……どんなジャンルでもいいの…?」
「うん。が好きなものなら何でも」
「……わ、分かった。探しておく」

思わず素直に承諾してしまったけど、悟があまりに嬉しそうに微笑むから、やけに胸の奥が疼いてしまった。