第十五話...あれはきっと初恋




「悟なんてやっぱり大嫌い…!」

涙を溜めて叫んだが部屋を飛び出していく。足元には貸してと頼んだ本が3冊、落ちていた。それを手にした瞬間、後悔という感情が押し寄せてきて、いても経ってもいられなくなった。

「悪い、季利子!後でかけ直す――」
『放っておけば?自分で言ってたんじゃない。愛のない結婚だって。二人は実質、家同士の結婚でしょ?悟が今まで言ってた言葉が嘘だってバレただけのことじゃない』
「…僕は…に嘘を言ったことは一度だってないよ」
『え?』

そうだ。学生の頃は素直に彼女と向き合えなかった。だから大人になって少しは成長した時、それまでの反動のようにへは素直な言動が出来るようになった。

は、誰より僕の可愛い奥さんだ。そういうことだから切るよ」
『ちょ、ちょっと悟――』

何かを言いかけた季利子を無視して電話を切ると、そのままを探しに外へ飛び出す。後で季利子には文句を言われるだろうが、そんなことはどうでもいい。今はとにかくに謝りたかった。

「クソ…どっちだ…?」

マンションエントランスを出ると、左右に視線を走らせ、彼女の残穢を探す。それは繁華街の方へと伸びていた。

「こっちか…」

狐憑きの彼女の呪力はとても綺麗な色をしていて分かりやすい。すぐにそれを辿りながら、の色を探す。

僕が12歳の時、初めて彼女のその色をこの六眼に映した日、強く惹きつけられた。あまりに綺麗で見惚れてしまうくらいに。多分あれが初めて異性を意識した瞬間だったかもしれない。呪力に惹かれるなんて悟らしいね、と笑ってたのは傑だったか。あの時は僕も「確かに」と変に納得してしまったっけ。

――初めまして、悟くん。

少し照れ臭そうに挨拶をしてくるに、まだガキだった僕は最悪な返しをしてしまった。なのにその後、大人達に無理やり二人きりにされた時、は一度だけ僕に笑いかけてくれた。あれは庭の池にが落とした髪飾りを、術式を使って取ってやった時だ。

――ありがとう、悟くん!あ…ご、ごめんなさい。悟さん・・・

あんな酷いことを言った僕に、は嬉しそうな笑顔でお礼を言ってくれた。ついでに呼び方まで気にして謝って来た。素直ないい子なんだとそこで気づいて。本当は仲良くしたいって思ったのに。とことん甘やかされて捻くれた性格はなかなか直らない。と顔を合わせば合わすほど、嫌われていく気がした。あの頃の僕は自分に芽生えた感情が何だったのかまではハッキリ分かっていなかったのもある。ただと会う前、婚約していた幼馴染の季利子には一切湧かなかった感情。それをに抱いてると気づいて、ますます意識をしてしまったせいか、学生の頃はとにかくバカだったとしか言いようがない。

――五条家の次期当主たる者、いかなる時でも他人に弱みを見せるな。

幼い頃から延々と言われ続けた言葉が染みついて、婚約者にさえ素直になれずにいた。

高専を卒業後、このままではと結婚したところで愛される夫になれるはずもないと心を入れ替え、デートに誘ってみたりもしたけど、彼女はいつも冷たくて。どんな言葉を言っても笑顔を見せてはくれなかった。硝子や七海には「当たり前だ」と笑われたこともある。それだけの気持ちが僕から遠ざかっていることをハッキリ自覚した。モヤモヤした気持ちをどうにか吐き出したくて、一時ワンナイトで遊び歩いたこともある。だけど、胸の奥のそれを払拭できる女は一人もいなかった。

――綺麗な髪だね
――は?
――の手は白魚のようだよね。
――はぁ?

遊びで覚えた軽い誉め言葉をどれだけ口にしてもなびかない。なびくどころか彼女は「何言ってんだコイツ」みたいな顔をするばかりで、全然笑ってはくれない。

――そろそろちゃんと恋をしない?

が一番凄い顔をしたのは、おそらくあの結婚式の時だろうなと思う。そして"政略結婚"という名の結婚。まるで手を出さない僕にイラついて彼女がとった行動で、僕は完全にタガが外れた。
怖がられながら抱きたくはない。だからの許可が出るまで手は出さないと決めた。一度でもあんな甘いものを知ってしまえば、その後やめてくれと言われたところでやめてあげられる自信はないから。でも触れてみてハッキリと分かった。どの女を抱いても湧かなかったもの。にこれまで感じていた想いは、僕の唯一知らなかった愛情だったんだと。
なのに、あれから何度抱いても、キスをしても、は僕の言葉を何一つ信じない。

――愛のない結婚だ。今も…

あれはが心を動かしてくれないことへの諦めと、自分に言い聞かせる為に吐いた言葉だった。
なのに、何であの時、は僕のことを「大嫌い」と言ってあんな顔で泣いたんだろう。
僕のことが嫌いなら、あんな顔で泣くのはおかしい。そう思った時、あることに気づいた。

「"やっぱり"…って言った?」

やっぱり大嫌い。はそうハッキリ言っていた。やっぱりということは、少しくらい気持ちが動いてくれてたってことか?

「…

そこに気づいた時、彼女の残穢を辿りながら走りだしていた。