第十六話...愛しさを肌に刻む



※性的描写あり


キラキラしたネオンの中、車のクラクションが大きく鳴り響き、でもやがてそれは遠くへ遠ざかっていく。都会の喧騒に溶け込んで、誰一人気になど止めない。すれ違う人は皆が楽しそうな笑い声を上げていて、自分だけが異質のような気持ちになった。

「おい、…そろそろ戻ろうぜ。悟くんが心配して――」

ジロリと睨めば、わたしの護衛としてくっついてきた圭吾が「う」と言葉を詰まらせた。アイツが心配するはずない。あんなにもハッキリと愛はないと言ってたのだから。

「しっかし悟くんも容赦ねえなぁ…。愛がないなんて」
「そんなの最初から分かってたことだし…きっと悟は季利子さんと結婚したかったんだよ、最初の婚約者だったんだから」
「いや…でも季利子とはそんな感じじゃないはずだけど」

悟と幼馴染という季利子さんは従妹の圭吾とも幼馴染らしい。二人が婚約してた頃から見て来た圭吾はしきりに首をひねっていた。

「あの二人はさぁ。親同士が仲良くて勝手に婚約させただけで、二人はそういう感情もなかったっつーか、マジで兄妹みたいな関係だったんだ。だから婚約解消になったことは季利子にとっても喜ばしいことだって言ってたし、オマエが思ってるようにこっそり付き合ってるとかないと思うけど」
「知らない。どうでもいい。好きでもない女と政略結婚して、本命を愛人にするなんてよく聞く話だし。イギリス王室の何とか皇太子もそうだったじゃない」
「いや、だからそれはねえって…。それにイギリスのそれはもう皇太子じゃねえだろ。今は国王で――」
「だからそこはどうでもいいでしょ。問題は結局、正妻と別れた後に愛人にしてた恋人を奥さんにしたってことよ。だったら最初からその人と無理にでも結婚してれば良くない?そしたら誰も傷つかないのに。だいたいそんな偉い人まで愛人愛でてるんだから悟が同じことしてたとしても驚かないよ」

一気に文句を言ってからハッと我に返った。圭吾が呆れ顔でわたしを見ているからだ。

「な、何よ、その顔…」
「いや…ってか、は傷ついたの?」
「き、傷ついてないよ」
「だよな。オマエだって子供さえ作ってくれりゃいいって言ってたんだし」
「…だって愛されないって最初から分かってるんだし期待したって空しいだけだよ」
「まあ…なぁ。でも悟くんは――」
「…なのに、少しだけ期待しちゃったんだもの」
…?」

言葉に出して言ったら勝手に涙が溢れて来た。気づきたくもないのに、こんな形で気づかされるなんて。

「…分かってて惹かれたわたしがバカなんだよね。でも…どうしてどうでもいい相手に優しくなんてするのかな…それともわたしがちょろすぎただけ…?」

こんな気持ちになんてなるつもりはなかった。ただの政略結婚で、愛がなくても子供は作れる。だから自分の役目を果たせばいい。そう思ってたはずなのに。
勘違いしたのはわたし。勝手に期待してしまったのもわたし。バカなのはわたしの方だった。
ずっと嫌いなまま、いられたら良かったのに。

「……。とにかく戻ろう。こんな繁華街を歩いてて、もし襲撃されたらマズい」

分かってる。形だけでも五条悟の妻ということは、今も狙われてる可能性は大いにある。だから圭吾に迷惑をかけないよう、家に帰るのが一番だってことは十分に理解してる。だけど、あの家に帰って悟と顔を合わせるのは――。

「…!」
「―――ッ」

その声に弾かれるように振り向けば、悟が反対側の歩道から走ってくるのが見えた。思わず圭吾を睨む。

「何で…まさか圭吾…っ」
「は?オレじゃねえよ!ずっとオマエといたろ?オレが悟くんに電話する隙があったかよ」
「そ、そうだけど…じゃあ…何で?」

悟は走って来ると、わたしの方へ手を差し出してきた。つい体が拒否反応を示してビクっと肩が跳ねる。そのまま一歩後ずされば「…帰ろう」と悟が言った。何故かサングラスを外し、その美しい蒼を晒している。けどその表情から何を考えてるのかまでは分からない。

「何でここが…」
「…そんなの…の呪力の残穢を追ってきたに決まってるでしょ」
「な…あたしは残したつもりは――」

悟の眼のことはよーく分かっている。だから意識して残さないように移動してきたつもりだ。なのに――悟はかすかに笑みを浮かべた。

の呪力はどんなに薄くなっていても僕には視える」
「……え…?」
「とにかく帰ろう」

悟はそう言いながらわたしの手を掴もうとした。でも条件反射でつい圭吾の後ろへ隠れると、悟は一瞬驚いたような顔を見せた。

「悟くん…が怖がってるだろ。無理強いは良くない」
「話があるんだ。返してくれる?圭吾…は僕の妻だ」
「……っ」

妻、という言葉を聞いて驚いた。でもすぐに悟が心配してるのは家の為だと気づく。きっと悟はわたしが怒って離婚すると言い出したら困るから迎えに来ただけだ。

「…大丈夫だよ。離婚なんて言い出さない。だから…こんな風に夫らしく振舞ってくれなくていい。ムリなんてしなくてい――」
は何の話をしてるの」
「……っ」
「大事な奥さんを泣かせた。だから迎えに来たことの何がダメ?僕にとって一番大事なのはだ。を迎えに来たのは僕の意志だよ」

真剣な顔。いつもとは違う声のトーン。心臓が素直に反応した。だけどさっきの言葉が頭から離れない。子供の為に愛のない結婚をした。そうハッキリ言っていたのに何でまたそんな優しい言葉をかけるの?
その時、圭吾が深い息を吐いて「ったく…」と呆れたようにわたしを見た。

「痴話ゲンカなら家でしろ」
「圭吾…」
「悟くん。オレ、もう他の護衛と交代する時間だし、は任せても?」
「ああ、もちろん。は僕が連れて帰る」
「そ。じゃあ…夫婦喧嘩もほどほどにな」

圭吾はそう言いながら一人歩いて行く。引き留めたいけど、これ以上迷惑はかけられないという頭が働き、伸ばしかけた手を下ろした。この状態で悟と二人きりにされても困ってしまうのに――。そう思っていると、不意に強い力で腕を引き寄せられて、気づけば悟の腕に抱きしめられていた。

「…ちょ」
…泣かせてごめん…」

あの唯我独尊だった悟が謝って来るなんて思わなかった。この言葉が本心じゃなくても、わたしのことを全然愛してなくても、ぎゅっと抱きしめてくれた悟の腕が優しくて。愚かだと笑われても、本当は嬉しかったのかもしれない。

…オマエに話が――」
「悟」
「……何?」
「ディナー行くんでしょ…せっかく予約したんだから早く行こう…」

そっと悟から離れて家の方へ歩き出す。今は言い訳めいた話は聞きたくなかった。どう取り繕ってもわたしと悟は結局、嘘だらけの夫婦でしかない。そもそもわたしもそのつもりで悟と結婚したんだ。今更だと思う。わたしが怖いのは、心の中に芽生えた淡い思いの種が大きく育ってしまうことだ。不幸の始まりみたいなそんな種など育ててはいいけない。わたしは自分のやるべきことをやればいいんだ。

、聞いて。さっきのは――」

だから何も聞かせないで――。
追いかけて来た悟の言葉を飲み込むように、足を止めて、振り向いて。そして悟の頬へ手を添えるとつま先立ちで背伸びをしてわたしからキスをした。セックスの最中でもないのに自分からこんな行為をしたのは初めてだった。

「…?」

ゆっくりくちびるを離すと戸惑い顔の悟と目が合う。どれだけ甘い言葉を並べたてられたところで、それが嘘ならわたしはいらない。それ以前に、嘘の好きも言わない悟から何を聞かされたところで、わたしには何も響かない。ならわたしと悟が夫婦として出来ることは一つだ。

「…やっぱりディナーはいい。代わりに…」
「…代わりに?」
「抱いて」

後から思えば顔から火が出るような台詞を、この時は言えた。悟の焦った顔を見てたら急に意地悪してやりたくなったのだ。

「夫だって言うなら…義務を果たして」

真っすぐ悟を見上げて、惜しみなくさらけだしてる碧眼を見つめる。でもやっぱりその表情から悟の本心は分からない。

「……義務ね」
「そう。夫の役割だけ果たしてくれればもういいから」
「……」

悟は小さく息を吐き出し「分かった」と言ったかと思えば、急にわたしの手首を掴んで歩き出した。ただ歩く方向がマンションとは逆方向だ。悟の背中を見上げながら急に不安になって来た。この感じは怒っているかもしれない。何で悟の方が怒るのかが分からなくて少しだけ戸惑う。

「ど…どこ行くの?」
「夫の僕が義務を果たせる場所」
「は?」

悟はそう言って表通りから裏通りに入って更に奥へ歩いて行く。いったい何を考えてるんだろうと思っていると、唐突に悟が立ち止まった。

「ここ、入ろう」
「……こ、ここって…」
「まあ…は入ったことないよな、もちろん」

悟は苦笑してるけど、わたしはそんなことよりも初めて見る建物のギラギラした看板を見上げて言葉を失っていた。






「…ぁ…っ」

部屋に入ってすぐにをベッドへ押し倒すと、柔らかいスプリングのせいでその小柄な身体が僅かに跳ねた。今の反動で僕のプレゼントしたワンピースの裾がめくれて、白い太腿が露わになっている。僕もベッドへ上がると、遠慮することなく腿へ手を伸ばして上へとゆっくり撫で上げれば、は控えめな声を洩らした。

「ちょっと悟…ここって…」
「ラブホ。まあ普通のと少し違うみたいだけど」
「ラ、ラブホって…」
「だってが今すぐ抱いてって言うからマンションに戻る時間も惜しくて」
「…そ、んな…今すぐなんて言ってな…んっ」
「もう黙って」

強引にくちびるを塞ぎ、太腿を撫でながらワンピースのジッパーを下ろして脱がしていく。は恥ずかしそうに身を捩った。本能的なものなのか僕を押し戻そうと手を突っ張らせる。その手を掴むとベッドに設置された手錠で固定した。もう片方の手首にも同じように手錠をはめると、は驚愕した顔で拘束された自分の手を見ている。

「な、何これ!」
「ん?ああ、ここはラブホだけど、ソレ専門のホテルみたい」
「ソ、ソレって……」
「SM専門ってこと」
「は?」

僕と結婚するまで処女だった彼女には少し刺激が強かったようだ。今では固まってただ僕を見上げている。

「ほら、あそこに色んな器具がある」
「あ…あれ…オブジェじゃ…」
「違うよ。プレイで使用するもの」

そう言いながら手枷のようなものがぶら下がってる壁を見て苦笑した。他にも口へハメる口枷や三角木馬まで置いてあるのはなかなかに本格的だ。ただ僕は別に狙って入ったわけじゃなく、一番近いホテルに入ったらソレ専門のホテルだったというだけだ。

「や、やだ…外して、悟」
「別ににそんなプレイしようなんて思ってない。でも手くらいなら気分も変わっていいかなと」
「よ、良くないっ…て、脱がさないでっ」
「義務は果たせってが言ったんだよ」

腰まで下げていたワンピースを全て脱がすと下着一枚で拘束されてるが泣きそうな顔で僕を見上げた。

「だ、だからって……ぁっ」
「でも敏感になってる」

ブラジャーを指で引っ掛けて上へ押し上げると、形のいい乳房が現れ、ぷるんと揺れる。絵的にかなり官能的かもしれない。腰の辺りがすでにずんと重たい感覚に襲われているのは、の羞恥心で赤く染まった顔が僕を煽るからだ。

「や…これ外して…」
「だーめ。なかなかこれはこれでエロいし、そそる」
「な…悟の変態っ」
「いや、変態って…これくらいはまだ普通でしょ」
「ど…どこが…ぁ…んっ」

これ以上、話す余裕は僕にもない。胸の先端へ口付け、片方を指で軽く擦りあげると、は控えめな声を洩らした。色づいた小さな乳首を舌で転がし、舐める。芯を持ったところでちゅうっと強めに吸えば、ビクビクと彼女の腰が跳ねた。そのまま唇を下げ、綺麗なラインの腹へも口付けを落としていきながら、最後の一枚も脱がしていく。

「…ゃ…あぁっ」

腹から腰を撫でながらもう片方の手でゆっくりと太腿を持ち上げれば、は羞恥で身体を捩ろうとする。何の抵抗にもならない動きが却って僕の欲情を煽っているとは彼女も思わないだろう。持ち上げた太腿を押し開き、すでに濡れ始めている場所を確かめるように舌を這わせれば、またの口から甘い声が上がった。膨らみ始めている突起に吸い付いてやると、また可愛い声が跳ねて僕の耳を刺激して来る。舌先でナカの壁を擦るように弄れば、見悶えしながら僕の名を呼んだ。

「…や…そこ…ダ…メ…」
「どうして?こんなに濡れてるのに」
「…お、おかしく…なっちゃ…う」
「おかしくなってよ…」
「…んぁっぁ」

再び突起に吸い付きながらナカに指を押し込んで抽送をすると、の声がいっそう高く上がる。感じているのが分かるくらい蜜が溢れて指を動かすたびにくちゅくちゅと粘膜の擦りあう卑猥な音がしてきた。

「…

上体を起こし、の唇を塞ぐ。何度も舌を絡めとり、口蓋を舐めて、互いの唾液を分け合うような淫靡なキスを繰り返す。二本に増やした指をきゅうっと締め付けてくる場所はすでにとろとろで、僕を誘うようにひくついていた。

「さ…とる…」

涙を溜め、とろんとした表情のを見ていたら僕も限界にきた。指を引き抜き、着ていたものを乱暴に脱ぎ捨てると、に噛みつくように口付ける。キスをしながら脱力した太腿を持ち上げ、痛いほどに反り勃ったモノをナカへ捻じ込むと、のくぐもった嬌声が咥内に飲み込まれていく。

「…く…力…抜いて…」
「…ん…っ…ふ…さ…悟…ぁっ」

少し挿入しただけできつく締めあげられた。僕の呼吸も乱れ、言葉が吐息へと変わる。頭が痺れるほどの快感が全身を駆け巡り、衝動のままのナカへ全てを埋め込む。何度か腰を打ちつければ、は動きに合わせて艶めいた声を上げ、その声に興奮して更に奥まで突いた。

「分かる…?のナカが僕の形になってる…」
「…んあっぁ…っ…」
「僕しか知らない…はほんとに可愛い…」
「…んっそ…そう…いうこと…言わない…でっ」
「…やめない。僕はずっと…本当のことしか言ってないし、が愛しいから可愛いって…思う。それだけは…信じて」

額を合わせ、の濡れた瞳を見つめながら本心を告げる。理性も働いていないこんな時に言ったところでどこまで伝わるかは分からない。でも言わずにはいられなかった。見つめ返してくるの目尻から涙が零れ落ち、シーツを濡らしていく。そこへ口付けて唇で涙を掬い、頬にも口付けた。を抱くと、思考を全て持っていかれるほどの快感に襲われる。まるで幻覚を視せられているかのような感覚で、肌と肌が溶け合うほどの熱量が溢れてしまう。これまで抱いたどの女からも得られなかったものだ。全身で、女を愛しいと感じたのはが初めてだったから。