第十九話...ある夜の情事のあとに


※性的表現あり




「…ん…ぁ…あっ…ダ…ダメ…も…さ、さと…る――」

部屋の中に響く卑猥な水音に混じり、わたしの口からは何ら意味を為さない弱々しい喘ぎ声が零れ続けている。
夕飯やお風呂を済ませ、ベッドへと入った一日の終わり。新婚の夫から仕掛けられた長いキスの後、始まった愛撫はいつにも増して執拗だった。新しく買った可愛らしい部屋着や下着があっという間に剥ぎ取られ、何の意味もなかったものとして、今は床に散らばっている。でもそこへ意識を向ける暇もないほどに、悟のくちびるが耳や首筋、鎖骨、胸、腹、内腿、足の指先まで触れて全身に口付けられた。そして最後にすっかりと濡らされ、ヒクついているその場所へ柔らかい舌を這わされた瞬間、わたしの脚がビクリと跳ねた。

「気持ちいい?のここ…いつもよりトロトロだよ」
「…ゃあ…も…や…だ…」

何度もイカされ、脳が沸騰してるのかと思うほど、顏が熱い。いや、全身が燃えるように火照っているのが自分でも分かる。最初の頃と違うのはわたしも気づいていた。悟を好きになったことで、今まで以上に身体が反応してしまうことも。感情が入っただけで、こうも感じ方が違うのかと驚くほどに。舌はわたしの恥ずかしいところを好き勝手に、でも丁寧に蹂躙し続けていて、ナカをかき回す指の動きと相まっておかしくなりそうなほどの快感を与えて来る。おかしくなりそうで、どうにか押し戻そうと脚の間に顔を埋める白髪に手を伸ばしてみたものの、悟の舌や指が動くたび、腰や脚がビクビクと跳ねて、ただ指先に柔らかい髪を絡めただけに終わった。すでに与えられる快楽の波から逃れる術などなく、一番敏感な場所を強く吸われた瞬間、目の前に火花が散ったような気がした。

「あっや……っ、んっあ、ぁあ…っ…!」

悟の手によって押し広げられた脚が何度も跳ねて、涙が目尻から零れ落ちる。今では口からは乱れた呼吸しか吐き出せず、両手はグッタリとシーツへ沈んだ。

「…上手にイケるようになったね、。すっかりエッチな身体になっちゃった?」
「…ち、違…」
「違う?でもここはもう挿れて欲しそうだけど」
「ん、っ」

達したばかりの場所に熱く硬いものが押しつけられ、ぬるぬるとした蜜を先端に塗り込めるように動かされると、それだけで腰が跳ねてしまった。

「可愛い…これだけで感じるんだ」
「…んぁ…い…や…悟…」
「もっと感じて。僕で気持ちよくなってよ」
「…ぁっ」

耳元でささやかれた直後、昂った質量のあるものが狭い場所をこじ開けるようにゆっくりと押し入ってくる。

「…痛い?」
「……へ…へい…き」

時々意地悪なことを言うくせに、こうして身体を気遣ってくれるのがたまらなく嬉しい。もしかしたら、これもフリなのかもしれないけど、抱かれている時だけは素直に受け止めたいと思った。

「じゃあ…動いていい?」

両手をついて、自分を見下ろす澄んだ碧眼から、昂るような情欲を感じて思わず頬が熱くなった。そんな瞳で見つめられたら、頷かずにはいられない。小さく頷けば、悟のくちびるが首筋へ触れて、キツく吸い上げられるとピリっとした痛みが走る。そのたびに繋がったままの場所がきゅぅっと収縮して、悟の口からツラそうな吐息が洩れた。

「…は僕のものだから」

わたしを貫きながら、悟はそんな残酷とも思える言葉を囁く。前なら嘘つき、と思いながら流してしまえたかもしれない。でも今は――。その言葉が本心であって欲しいと思う分、ツラいと感じる。だからこうして抱かれて熱を分け合ってさえいれば、ほんの一時でも愛がないことを忘れていられる。

…」

甘い声で名前を呼ばれるたび、ナカが反応してしまうことに少しの恥ずかしさを覚えながら、心の奥を悟られないよう彼の与えてくれる快楽に、自ら溺れていった。







「……?」

情事のあと、火照った身体を抱きしめていると、腕の中から小さな寝息が聞こえて来た。だいぶ無理をさせたせいで疲れてしまったのかもしれない。本当なら今日、きちんとに伝えようと思っていたはずなのに、最近は二人きりの時間もあまり取れなくてつい身体を求めてしまった。と抱き合えば、こうなることくらい分かっていたのに。

「はあ…ちょっとくらい我慢してくれてもいいのに。僕の下半身は欲望に素直だよ…ったく」

丁度シーツで隠れている場所を睨みつつ、の頭をそっと抱き寄せ、露わになっている額に口付ける。こうして触れてしまえば今夜は抱かないと言う選択肢が消えて、理性はあっという間に頭の隅へ追いやられていくのだから自分でも笑ってしまう。が季利子のことでおかしな誤解をしているかもしれないと圭吾から聞かされ、早く誤解を解いてしまいたいのにすぐに言い出せないのは、圭吾が「もしかしたら、嫉妬してたかも」なんて言うからだ。悪いことだけど、が季利子と僕のことを誤解して妬いてくれてるのかもと思うと、嬉しいとさえ思ってしまった。少しは気持ちが報われたような気になって、今夜は抱き合うことより話を優先させるつもりが、結局は話そっちのけで手を出してしまうんだから僕もほんとしょーもない。

(大人になったつもりでも、を相手にしていると昔のガキだった頃と何一つ変わってないな…)

確かにあの頃、の気を引きたくてアレコレと意地悪をしてしまったのは確かで。好かれるどころか、の気落ちがどんどん離れていくのは分かっていた。でもきっと心のどこかで、どれだけ嫌われても将来二人が結婚するのは決まっているのだから、とタカをくくっていたのかもしれない。心がないまま結婚したって仕方ないのに。

――愛ほど歪んだ呪いはないよ。

先日、憂太に言った言葉は、自分のことでもあった。

「…ん…」

その時、が薄っすら目を開けて、何度か瞬きをした後、僕を見上げた。

「起きた?」
「…きゃっさ、悟…?」
「愛しい夫を見て叫ぶなんてひどくない?」
「え、あ…ご、ごめん…」

いつものようにおどけて言えば、は何故か頬を赤らめて俯いてしまった。てっきり「愛なんてない」と言い返されると思ったのに。

「いや…僕こそごめん。失神するまで無理させて…」
「……あ…」

先ほど何度も求めすぎて、を追い詰めてしまったことを反省しつつ、彼女の顔を覗き込む。あまりに可愛くて強引に連続でイカせてしまったことは申し訳ないと思ってる。これでも。

「怒ってる…?」
「あ…う…そ、そりゃ…あんな…ことする悟は――嫌い」
「…え……(ガーン)」
「………じゃない…」
「…ん?」

は急に茹蛸みたいに真っ赤になって、僕に背中を向けてしまった。

「え、あの……?」
「…………」

今の言葉がどういう意味なのか分からず、声をかけてみたものの。全く反応がない。

(嫌いじゃない…?さっきの…プレイが?それとも……僕が?)

どうにも気になってもう一度、「?」と声をかけたけど、はやっぱり背中を向けたまま。でも何となく彼女が照れてるような気がして、後ろからぎゅっと抱きしめた。

「……お休み」

彼女の本心を聞いてみたい――。
でも今夜はこれだけで十分に幸せで。とても満たされた夜だった。