第二十五話...決心
※軽めの匂わせ表現あり
家出をして数時間――いきなりのピンチです。
必要のなくなった書類を段ボールに入れて倉庫へ置きに行ったら、すぐ後から悟が入って来た。どうやら任務を早々に終わらせて戻ってきたらしい。
――僕のこと好きなんじゃない?
抱かれてる最中、あんな図星みたいなことを言われて、恥ずかしくて頭を冷やそうと思った。あのまま一緒にいたらいつか気持ちがバレてしまうと思ったから。わたしがいなくても悟が忙しいのには変わりない。家を出ても特に問題もないはずだと思っていたし、こんな風にわざわざ任務を早めに切り上げてまでわたしのところに来るなんて思ってもいなかった。
「あ、あの…悟…」
「ごめん」
「え…?」
怖い様子で入って来たと思えば壁際まで追い詰められ。何を言われるのかと思えば、悟は目隠しまで外して神妙な顔つきでいきなり謝って来た。勝手に家を出て行ったわたしが謝らなくちゃいけないのに、何故か悟がごめんなんて言うから驚いてしまう。悟に謝られるようなことは何一つないのに。
「え、えっと…何が…ごめん?」
「だから…の気持ちも考えずに強引に抱いたこと…反省してる」
「……え……(今更?!)」
と突っ込みたくなったけど、悟はいつの話をしてるんだろう。というか何でわたしがそのことで怒ってると思ってるのかが不思議だ。硝子先輩から悟が変な指摘をされたなんて何も知らないわたしが呆気に取られていると、悟はもう一度「ごめん、」と謝って来た。
「もうなるべく強引なことはしないから帰ってきて」
「………」
何か激しく見当違いな誤解をされてるけど、でもわたしの気持ちがバレたわけじゃないと分かってホっと胸を撫でおろした。でも悟はどこか元気がなくて、綺麗な瞳が悲しげに揺れている。その顏を見ているだけで胸がキュンと鳴って切なくなってしまうのだからわたしも重症だ。
「…のいない家は寂しいよ」
「……っ」
ドクンと胸の奥で心臓が大きな音を立てた。頬が一気に熱くなって目頭の奥までジンっと熱くなる。過敏すぎるほど、また悟の言葉に反応してしまう。
「…?」
大した意味なんてきっとないのに。そんな言葉を言われたら、自分の気持ちを隠せなくなる。
その時、不意に悟の腕に引き寄せられた。背中に腕が回されて、強く抱きしめられると、全身の力が抜けてしまいそうになる。でもここは家じゃない。高専であり、この倉庫にはいつ人が来るかも分からない。わたしは身を捩って離れようとした。なのに悟はわたしの顎を掴んで上に向けさせると、くちびるを重ねてくる。
「ん…ダ、ダメ…悟…」
どうにか顔を背けて抵抗する。こんなとこを誰かに見られたらと思うと、気が気じゃなかった。別に不倫してるわけでもなく、悟とは夫婦なのに、仕事場でキスをされるのはかなり恥ずかしい。でも悟は真剣な顔でわたしを見つめていた。
「…そう、その顏だ」
「え…」
「今朝もそんな顔をしてたよね。"僕のこと好きなんじゃない"って聞いた時も」
「―――ッ」
「聞かせてよ、。どうしてそんな顔するのか」
「………」
悟の瞳に真っすぐ射抜かれ、慌てて首を振った。全身の血液が顔に集中してるのかってくらいに熱くて、かすかに足が震えている。
「…言えない?」
「……ぁっ」
悟はわたしの首筋に口付け、ゆっくりと制服のスカートをたくし上げてくる。慌ててその手を止めようとしたけど無駄だった。悟の長い指先が容易くショーツの上から亀裂の部分を優しく擦ってくる。たったそれだけなのにビクンと身体が震えて恥ずかしくなった。
「や…やめ…て…ここ倉庫…」
「鍵はかけてある」
「…な…で、でもさっきもう強引なことはしないって…」
「だって、そのことで出て行ったわけじゃないんでしょ」
「……っ」
「のその顔を見て気づいた…」
さっき以上に心臓が跳ねて咄嗟に悟の顔を見上げてしまった。悟が何に気づいたのかが怖くて、言い訳でもいいから何か言わなくちゃと気ばかりが焦る。だけど開きかけたくちびるをまた塞がれて、同時にショーツの上を弄っていた指が中へと侵入してきた。直に触れられ、腰がビクリと動いてしまう。
「ん…ぅ…っふ…や…やめ…」
「…の本音を聞くまではやめてあげない」
「…そ、んな…ぁっ」
薄皮を捲るようにして剥き出しにされた突起を指でくにくにと弄られた瞬間、一気に体温が上がり始めた。それまで緊張してた体が、悟から齎される快楽に悦んでいるかのように反応し始める。
「や…ぁっ」
「これでも言えない?」
「…ん…ぅ」
「だったら…僕から言わせてもらう――」
と悟が何かを言おうとしたその瞬間。ガチャガチャとドアノブのまわす音と「あれー?何でここ鍵かかってるのー?全くもう…」という同僚の伊藤さんの声が聞こえてきて。一瞬心臓が止まったかと思うくらい驚いた。
「取りに行かなくちゃいけないじゃない…」
ここの鍵が事務室にあるので伊藤さんはそれを取りに行ったようだ。悟も一瞬驚いたのか、動きが止まっている。その隙に慌てて体を離すと、悟は溜息交じりで項垂れた。
「……わ、わたしも戻らないと…夜蛾学長に仕事を頼まれてるの…」
何か言わなくちゃと思ったらそんな言葉しか出てこない。でもここにいれば伊藤さんに見つかってしまうと足早にドアの方へ歩いて行く。
「…」
その時、悟がわたしを呼んだ。ギクリとして足を止めると、悟は真剣な声で言った。
「家で待ってるから。早く帰ってきて」
「………」
そんなことを言われたら何も言えなくなって、わたしはそのまま倉庫を出て廊下を走って行く。心臓がドキドキして、頬が燃えるように熱い。胸が――痛い。
(――ねえ、悟。今…なんて言おうとしたの?わたしのこと……どう思ってるの…?)
そんな言葉がぐるぐると頭の中で回っている。もう期待したくはないのに、あんなことを言われたら愚かにもまた期待してしまいそうになる。
悟と結婚したばかりの頃、全然手を出されないのは嫌われているからだと思ってた。
政略結婚なんだし子供が出来ればいい――。
そう思って悟をその気にさせたかっただけなのに。一度して以来、殆ど毎晩のように求められて、悟の全身で攻められ、
――キスしながら挿れらるの好きだね、…
言葉でも攻められて。
――もっとそばにきて。
体だけ求められたならまだ良かった。なのに悟はまるで心まで求めるようなことばかり言うから――。
それは嘘の言葉のはずなのに。期待するようになったのはわたし。どんどん大きくなる悟への気持ちを隠したまま、勝手に期待するようになったのはわたしだ。こんなにズルい女だったのかと自分でも呆れてしまう。悟のことを責める権利なんかないのに、愛のない結婚だと言われたくらいで傷ついて、季利子さんが現れたことで、ますます意地を張るようになってしまった。
こんな自分は嫌い――。
悟にわたしのいない家は寂しいと言われて、ホントは凄く嬉しかった。悟はいつもそんな感情をハッキリ口にしてくれる。だから嘘かもしれないけど、本当のこともあるって、ふと信じたくなった。少しでいい。わたしも変わりたいと思った。常に受け身で一人悶々としてる自分はもうウンザリだ。
(悟に…好きだって言おう…)
これまで告白なんてしたことはないけど、人生の中で初めて好きになった相手にくらい、好きだって伝えたくなった。悟が季利子さんを好きでもいい。
(わたしは季利子さんに敵わない…それは分かってる。だけど…)
このままじゃわたしの片思いはいつまで経っても終わらない。悟の一言で期待して、落ち込んで、毎日これからもずっとそんなことを繰り返すなんて嫌だ。
――僕のこと好きなんじゃない?
あんな一言で溢れてしまうくらいの想いなら、もう誤魔化すのはやめる。報われなくても、これで全部終わりでも…わたしの想いを前に進ませてあげないと。
怖いけど、不安しかないけど。わたしは悟のことを、ちゃんと好きになれたから――。