第二十八話...ただ君が愛しくて
――オマエが好きだ。
月明かりを浴びて、美しい瞳がキラキラと輝く。吸い込まれてしまいそうになりながら、悟の柔らかい髪が夜風に吹かれているのを、ただ黙って見つめていた。
――悟が好き。
そう言おうと思ったのに、なのに――。
「…んで…」
「…え?」
「何で先に言っちゃうのっ?!」
「……っ?!!」
頭が混乱していた。さっきから予想外のことばかり起こって。でもこれまで悩んでたことも全部勘違いだったって分かって。だからきちんと本心を伝えたかったのに。
「い、今わたしが言いかけて…ううん…。やっと…決心がついたのに…」
「…?」
「ずっと…わたしが言おうと思ってたのにっ!」
悟を好きになってからずっと怖かった。気持ちがバレるのが怖くてたまらなかった。隠せる想いだと思ってたのに、止められないほど溢れはじめて、隠せなくなる想いならいっそ伝えたくなった。悟の気持ちが分からなくても。隣に季利子さんがいたとしても。
凄い自己満足だと思う。それは分かってる。だけど今度こそ自分の気持ちをちゃんと伝えたかったのに、悟が先にわたしのこと好きだなんて言うから…―――。
「………」
(今――悟はわたしになんて…言ったの?)
耳には届いてたはずなのに、混乱した脳内では処理しきれてなかったようだ。じわじわと悟の言葉が頭の中に侵食しはじめて、わたしはゆっくりと目の前の悟を見上げた。でも悟も何故か驚いたような顔でわたしを見ていた。
「は…僕のことが……好きなの?」
「……っ」
全身が、心臓なのかと思うほどにうるさい。人を好きになると、自分でも抑えきれないくらいの想いが溢れてくるものなんだと、初めて知った。
「…の声で…ちゃんと聞きたい…」
悟に掴まれている手に力が入る。指先が震えて、喉の奥が痛い。でも、今ここで伝えなければ――。
「わ、わたしは…っ。悟のことが好き…です…っ」
言い終わる前に腕を引き寄せられて、力強い腕に抱きしめられていた。ずっと言いたかった。初めての告白。初めて好きになった人に好きって伝えることが出来た。こんな結果になるなんて、思ってもいなかったけど。
さっきから涙が溢れて止まらない。嗚咽が零れて、悟の胸に押し付けられてる口元が苦しい。でもそれ以上に…
「あ…あの…悟…っ」
「……何?」
「わ、わたし、その…色々と崩壊してて……な、涙とか…は…鼻とかもたれてるし…離して…っ」
「…何で?」
「な…何でって…」
離してって言ったのに、悟は更に腕の力を強めてわたしを抱きしめてくる。でもこのままじゃ確実にまずい。
「せ、制服…汚れちゃうし…!」
「…そんなの別によくない?」
「な、何もよくないってば…っ」
と言った瞬間、ぐいっと体を引きはがされた。ギョっとして顔を上げると悟がジっとわたしを見下ろしている。
「はは、ホント、子供が泣きじゃくったみたいな顔してる」
「…っ!そ、そんな笑わなくたっ……て――」
と文句を言いかけたら、またギュっと抱きしめられて息が止まりそうになる。
「は、話聞いてる…?」
「うんうん」
「…だ、だったら――」
「いいんだ」
不意に声のトーンが変わってドキっとした。
「がオレの腕の中にいてくれるなら…何でもいい」
「…~…ぅ…っ…~」
悟の穏やかで優しい声が、耳元のすぐ近くでわたしの鼓膜を揺らす。それが凄く、ドキドキした。
*
――で?
(この後っていったいどうすればいいんだろう)(※ダメな夫)
護衛の術師たちをどうにか病院へ運んだあと、二人でマンションに戻ってきたはいいものの。
「…………」
「…………」
両想いだと分かったら何故か前のように出来ないのは何でだろう。変な空気が流れてるし、多分も同じように感じてるかもしれない。顔が真っ赤だし、何か体も強張ってる。僕も多分、今そんな感じだ。
(っていうか…ここで手を出したらやっぱり引かれる……だろうか)
でもさっきが死ぬほど可愛かったし、ぶっちゃけ凄い触りたい。でも――変な空気にして嫌われたくない。
前は嫌われてるって思ってたから開き直れてただけなんだと今頃になって気づいた。から好かれてると分かったら、むしろ嫌われたくない感がヤバい。やることすでにやってるのに、こじれた初恋感もひどい。もう20代なのに。さっきから手汗が凄いし、もう早く何とかしないと――!
「…あ!」
「えっ?!」
リビングに入った途端、が大きな声を上げるからビクっとした。
「ご、ごめん…夕飯の買い物…出来なかった…」
「え?あ…いや…いいよ、そんなの…」
何だ、そんなことか、とホっと息を吐き出すと、はまた黙ってしまった。
傑はスーパーで買い物中、の前に現れたらしい。店の入り口を見張っていた圭吾たちは一級相当の呪霊を三体ぶつけられ、大怪我をしながらも祓ったようだ。でもを助けに行くまでは出来ず、意識を失った。そこへたまたま圭吾を追いかけてきた季利子が傑の存在に気づいたようだ。もし彼女がいなければは傑に連れ去られていただろう。そう考えるとゾっとする。
「さ、悟…?」
の手を引いて抱きよせると、は身体を強張らせた。一瞬、抱きしめるのもアウトだったか?と心配になった。でも腕の力を緩めることが出来ずに強く抱きしめる。
「ほんと…良かった…が無事で」
「……季利子さんのおかげ」
「アイツには…何かお礼しなくちゃな」
「…うん」
そこでやっと少し力を緩めると、が僕を見上げて来た。泣いたあとだから目が充血してて、子供みたいに鼻が赤い。こういう無防備な顔はすごく可愛い。その気持ちにならって少しだけ身を屈めると、の肩がビクリと跳ねた。でも我慢できずに、触れるだけのキスを唇に落とす。
「…ごめん」
と言ってから体を離した。このままだと理性が危うい。
「え…?」
「一瞬、が怯えたのに…歯止めが効かなかった…。僕は少し頭を冷やした方がいいかもしれない。を…傷つけるのはもう嫌なのに…――」
その時、が僕の手をそっと握り締めた。
「お、怯えたんじゃないの…」
「……っ?」
「…悟の気持ちが分かって…好きな人に触れてもらえるんだって思ったら…う…嬉しくて…でも恥ずかしいから…」
「………」
真っ赤な顔で必死に言葉を紡ぐを見てたら、僕の中の理性がプツリと切れた。
「…んぅ」
感情のままにもう一度を抱き寄せて唇を塞ぐと、彼女の手がぎゅっと僕の服を掴む。それすら愛しくて何度も触れるだけのキスを交わした。
「…舌、出して。」
「…んっ…ん」
小さな舌を絡みとりながら腰を抱き寄せると、の身体がかすかに震えた。腕から伝わって来るそれが可愛くて、いっそう愛しさが増していく。
「…可愛い、」
唇を解放して彼女の存在を確かめるように、もう一度強く抱きしめる。これだけで満たされるんだから不思議だと思う。きっとに愛されてるという実感がそう感じさせるのかもしれない。
「さと…る…」
「…ん?」
「……大好き」
「……あんまり煽らないで」
に好きだと言われただけで心臓もドキっと反応したけど、他の場所も何故か反応してしまった。言葉だけで勃つとかヤバすぎるだろ。
「…そういうこと言われると…我慢出来なくなるから」
本当は今、をメチャクチャに抱きたいと思ってる。だけど、お互いの気持ちを告げ合った今夜は穏やかで静かに過ごしたいという思いもあった。これまであまり本音で語り合えなかった分を取り戻したい。そう思った。なのに――。
「…我慢…しなくていいのに」
「……え」
可愛い奥さんは僕を煽る天才のようだ。驚いて見下ろすと,は潤んだ瞳で見上げてくる。前の僕なら速攻でベッドへさらってるくらい可愛すぎるのは何の拷問だ。
「…今…に手を出したら…マジで歯止めが効かないけど…」
「うん……いいの…」
「いいって……」
「悟に……だ…抱かれたい…」
真っ赤な顔で呟いた瞬間、やっぱり照れ臭かったのか僕の胸に顔を埋めてくる。それには容易く僕の理性が砕け散った。にあんなことを言われて、我慢出来るはずがない。
「ひゃ…」
彼女を抱き上げて寝室に向かう。呆気ないほど僕の理性のHPは0になった。
「…今夜は寝かせないから覚悟してて」
ベッドへ彼女を下ろしてそう告げると、の顏が真っ赤に染まった。