lesson-06




夜――五条は旧校舎の医務室へと向かっていた。約束の時間を少し過ぎてしまったことで自然と足が速くなる。
午前中の任務を終えた後は、生徒達への体術指導をしたり、特訓に付き合ったりしていた五条も、夕方には寮へ戻り食事や風呂を済ませ、後は寝るだけにして、との約束の時間まで部屋で寛いでいた。そこへ訪ねて来たのが元同級生で今は同僚の家入硝子。から例の話を聞いたとかで、かなりご立腹の様子だった。

「なんてこと引き受けたのよ!バカじゃないの!」

第一声、いきなりバカ呼ばわりをされ、五条も笑うしかなかったが、とりあえず冷静になれと諭して、「その話は今度ゆっくり」と言った。しかし家入は引かない。

は頑固だから私が言っても聞かない。だから五条、アンタから断って」
「今更断れると思う?」
「思わなくてもいいから断れ」

大事な後輩のことなので家入も多少熱くなっている。でも五条にも断れない事情があった。

「断るのは簡単だけどさ…」
「だったら――」
「でも僕が断ったら、今度は他の男に頼むと思うけど…いいの?それでも」
「………」

その一言はさすがに効果があったようだ。家入もその可能性を考え、顔を引きつらせた。

がこうと決めたら引かない性格だってオマエも知ってるだろ」
「そ…それは非常に……マズいわね…」
「だろ?だから…悩んだけど僕が引き受けた方がいいかなと思ったんだよ」
「……まあ…知らない男よりは最悪五条の方が……マシ…なの…か?」

うーんと頭を抱えている家入を見て、「ひどい言われよう」と五条も苦笑するしかない。

「まあぶっ飛んだお願いされて僕も最初は心底驚いたけど…。お互いさ、もういい大人なんだし、ここは僕に任せておいてくれる?」

それでもまだ渋い顔をする家入をどうにか宥めて、五条は急いで部屋を後にした。

「ったく…も硝子に話すとか…勘弁してよ」

頭を掻きつつ、五条は苦笑交じりで旧校舎までやって来た。医務室の辺りを見上げると、そこは真っ暗で、はまだ来ていないようだ。

「場所がここってのがアレだけど…まあ…寮の部屋じゃ無理か…」

五条の使っている宿舎は他の教師もいる。のところも然り。高専の外に部屋を借りていない補助監督たちが住んでいるので、まず人目に触れる可能性があった。となれば近場で滅多に人が来ない手ごろな場所と言えば、やはりここしかない。

「都内のマンションに連れ込むってのも…良くないしな」

五条は任務の便宜上、寮に住んでいるが、都内にも自分所有のマンションがある。そこは主に寛ぐための完全なるプライベート空間だ。なのでこれまで一度も女を連れ込んだことがない。

「しっかし夜に来ると、さすがに不気味だな、ここ」

歩くたびにミシミシと音が鳴る廊下を進み、医務室のドアを開けた。そこで昨日来た時とは雰囲気が変わっていることに気づいた。

「あれ…何か…綺麗になってる?」

暗い中、サングラスを外して室内を見渡す。足元にはフカフカのカーペットが敷かれ、ベッドにも真新しいシーツが敷かれている。窓には分厚いカーテンが付け替えられて外からは見えないよう工夫もされていた。

「これ…がやったのか?」

それしか考えられない。

(まあ確かに埃が酷かったしな…)

の性格上、汚い部屋は許せなかったのかもしれない。五条は苦笑しつつ、ベッドに腰を掛け、ケータイを眺めながらが来るのを待った。こうして待ちながら何となくワクワクするのは何故なんだろうと思いながら、すぐに「これは遊びじゃない」と冷静に考える。あくまでの将来の為のトレーニングであり、自分はそれを教える教師なのだと頭に叩き込む。
その時、廊下を歩いて来る気配に気が付いた。視線を向ければ見慣れた影。ケータイをポケットにしまうと同時に、医務室のドアが開いた。

「すみません。遅くなりました」
「いや、何か待ってる間、ワクワクしちゃった、初デートみたいで♡」
「………」

空気を和ませようと軽口を叩いたものの、の表情は変わらず、ジっと五条を見つめている。それには五条も目を細めてしまった。

「あー…には仕事だったっけ」
「五条先輩。始める前にひとつお話したいことがあります」
「ん?何。硝子に話したことなら僕は別に――」
「いえ、そのことではなく」

は家入が五条にその話をしに行くことを想定していたのか、特に驚く様子もなく、淡々と話し始めた。

「五条先輩は昨日、"慣れればいい"と言いました」
「あーうん、そうね」
「ですが昨晩、わたしはあまりの刺激に眠ることが出来ませんでした」
「えっ?え、あれだけで?!」
「はい。今も思い出すと動悸がします」

五条はギョっとしたように立ち上がった。いくら何でもただ触れるだけのキスをしただけだ。なのににとっては眠れなくなるほどだったのか、と呆気に取られる。

「マジか…」
「はい」
「じゃあ…どうする?…やめる?」

の体のことを考えれば、その方が絶対いいだろうと五条は思った。しかしは「いえ」と首を振って、

「その選択肢はありません。将来の私が楽に子作り出来るよう、今のうちに試練を受けておきます」
「……あ、そう。そこは肝が据わってんだ。凄いな、オマエ」

口元を引きつらせつつ、五条が笑う。それでもは至って真面目な顔で「そこでお願いがあります」と言葉を続けた。

「昨日、わたしが提案したルールは"キスと指で触れるのはOK"。これを受け、五条先輩は"徐々に慣れていこう"と言って下さいました。ですがこれを撤廃し、新たなルールを設けたいと思います」
「へえ…どんな?」

五条は再びベッドへ腰を下ろすと、目の前に来たを見上げた。

「新しいルールは最後までしなければ何をしてもOK。痛みを伴うことや、わたしが恐怖を抱くであろうことは不可。そして"徐々に慣れる"ではなく、荒療治で構いませんので"早急に慣れる"へ変更お願いします」
「…え…いいの?」

まさかの新ルールに、五条も少々驚いた。大丈夫かと心配したものの、は真顔で頷く。

「はい。徐々にではわたしに負担がかかる期間が長くなりすぎます。昨日の接触だけで一晩眠れなくなりましたから。だったら強い刺激を短時間で受けて一気に慣れてしまった方が合理的だと考えました。例え眠れない日々が続いても短期間で済み、このゲームからの卒業も早まります。いかがでしょうか」

の話を黙って聞いていた五条は、ふと笑みを浮かべて立ち上がった。そのままそっとの頬に触れると、ビクリと肩が跳ねる。

「いいんだ」
「……はい。覚悟は出来ています」
「そ?じゃ…一気に進ませてもらうけど」
「は…はい」

五条の長い指がの頬を撫で、髪の中に吸い込まれる。その刺激でゾクリとしたものが首筋に走った。

「お願いしま――」

と言いかけた瞬間、の両頬をホールドした五条が身を屈め、唇を塞ぐ。その感触で全身に力が入り、唇にも自然と力が入ってしまう。そこに気づいた五条が何度か触れるだけのキスを繰り返したあと、ゆっくりと唇を放した。

「…口、少し開けて」
「………」

今のキスだけでも真っ赤になっていたは、五条の言葉でかすかに震えだした。

「ぷ…っマジ、大丈夫…?」

ふるふると体を震わせるを見て、五条が吹き出した。

「だ、大丈夫です…!」

爆笑している五条にムっとしつつ、「こ、こうですか…?」と唇を薄っすら開く。

「上出来」

それを見た五条はかすかに微笑んだ。

「じゃあの覚悟に応じて進めさせて頂きます。腰、抜かすなよ?」
「……っ」

五条が身を屈めたのを見て、は目を瞑り、拳をグっと握り締めた。五条の手がの後頭部へ添えられ、片方の手は腰に回される。その感触に意識が向いたと同時に、再び唇を塞がれ、全身に力が入る。その瞬間、僅かな隙間からぬるりとしたものが口内へ侵入してきた。初めてのそれにびくりとしたが、どうにか耐えてジっとしていた。五条は普段よりも優しく舌を動かし、ガチガチのの口内をやんわりと解していく。だが途中で薄っすら目を開けた時、の手足がかすかに震えているのに気づいて、笑みが漏れた。

「は…かーわいい、…」

腰に添えていた手に力を入れ、自分の方へぐいっと引き寄せる。

「たまんないね」

ちゅっと軽く口付けた後、唇での唇を開き、再び舌を滑り込ませた。

「…ん、」

さっきよりも密着したせいで、は五条の胸元にしがみつき、どうにか立っている状態だった。口内で動く五条の舌が自分のものに絡みつく感触に眩暈がした。舌が絡まるたび、くちゅくちゅと卑猥な音が耳を刺激して来る。目を瞑っていても目の前がチカチカするような強く甘い刺激だった。

(頭が動かない…これは…何をされているの…)

じわりと涙が目尻に浮かんだ頃、ゆっくりと唇が離れていく。どうにか目を開けると、五条の綺麗な唇が弧を描いていた。

「どう?ちょっと深めのキス…」

と言った五条は自分の唇をペロリと舐め、目の前のを見下ろし、そして言葉を失った。真っ赤なのはさることながら、いつもは涼し気な瞳が涙で潤んでいる。息も乱れ、呼吸するのも苦しそうだった。

「だ、大丈夫…?」
「だ…大丈夫と言っています…つ、続けてくださ――」

と言った矢先、がくんと膝の力が抜けて、その場に崩れ落ちる。五条が慌てて支えたものの、足に力が入らないようだ。

「腰抜かしてんじゃん」
「……はあ…はあ…」

は荒い呼吸を繰り返し、話すこともままならない様子だ。

「なーんか…すっごく悪いことしてる気分なんだけど」
「す…すみません…。続けて下さい…」
「いや…さすがに続けられないな。こんな姿見たら」
「よ、予想の範疇です…。続けて下さい…」
「………」

想像以上に頑固だな、と五条は溜息をつきつつ、笑みを浮かべた。

「じゃあ…もう1ステップだけ進めようか。あまり長引かせてもが倒れちゃうしね」
「す…すみませぬ…」
「ぷ…語尾おかしくない?」

軽く笑いながらも、五条は優しい眼差しでを見つめながら、もう一度その火照った頬を引き寄せ、唇を重ねた。