lesson-10


1.

「何でアンタがグッタリしてんのよ」

朝、休憩所のソファで死体かと思うほど、脱力した五条を見かけて、家入が声をかけた。反転術式効果で普段は血色のいい顔が、心なしか青ざめ、やつれているようにも見える。

「何だ…硝子か…」

サングラスをズラし、薄っすら目を開けた五条は溜息交じりで再び目を瞑る。その心底どうでもいい的な態度には家入も多少カチンと来た。ただでさえ可愛い後輩の体を好き勝手してると思うと殺意が湧いて来る相手だけに、家入は未だグッタリとしてソファを占領している巨体を足蹴に「どけ」と冷ややかに言った。

「蹴るなよ…」
「邪魔だよ。コッチは仕事の合間の憩いをしにきてんの!ソファ占領すんな」
「そっちにも椅子、あんだろ…?」
「このソファが一番フカフカで体が休まるの!いいから、どいて」

言いながらヒールの高い靴で五条の長い脚をぐりぐりとしてくる家入を見て、深い溜息と共に渋々体を起こした。

「僕、そういう趣味はないけど」
「はあ?いっぺん死んで来い!」

五条の戯言に目を吊り上げ、家入はソファにどっかり腰を下ろすと、買って来たばかりの缶コーヒーを軽快に開けた。

「で…?」
「ん?」
「何でそんな疲れた顔してんの。連続出張に行ってもピンピンしてるアンタが」
「僕、そんな疲れた顔してる…?」
「そうだなぁ…言ってみりゃー最近のみたいだね」
「…マジか」

家入の指摘に、五条はまたしても「はあ…」と溜息をついた。その辛気臭い顔を見ていると、家入も気分が滅入りそうになる。

「何なのよ。と何かあった?昨日、ふたりで遅くに帰って来たでしょ。ガソリントラブルって言ってたけど…」
「ああ、それはホント。でもまあ…遅くなったのはトレーニングに付き合ったから」
「は…?トトトトレーニングって…例の?」
「ああ」

驚愕した家入の様子に気づかず、五条が素直に頷く。しかし任務帰りにトレーニングしたと言ったことで変な誤解を生んだ。

「な…何考えて…アンタ、まさか野外でにエッチなこと――」
「野外じゃねーし、ラブホだし」

獣を見るような目つきで見られ、五条もさすがにムっとしつつ言い返す。つい学生の頃のように口が悪くなってしまうほど心外だった。だがその余計なひとことで家入の顏が般若のように豹変した。

「はあぁ?!ララララブ…ホッ?何でそんなとこ行ってんの?!」
「仕方ないだろ…?そこしかなかったんだよ。、土砂降りん中、飛び出すしびしょ濡れになったし」
「だ、だからって――」
「それにからお願いしてきたんだし断る理由なくない?」
「断れ!むしろ先輩として全力で断れ!」

隣でキャンキャン喚き散らす同僚に、五条は両耳を塞いで「うるせぇ…」と顔をしかめている。精神的なダメージを負っている今、家入の追及は五条にとって拷問だった。

「…ったく…やっぱアンタに任せるなんて間違ってたわ…」
「それはオマエが決めることじゃないだろ。の問題だ」
「けど……っていうか……それで何でアンタがそんな顔してんの?がそうなってるなら分かるけど」
「ああ…まあ…そりゃぁ…」

そこで話が戻り、五条は何度目かの深い溜息を吐く。後でアレコレ説明するのも面倒なので、昨日と交わした会話を簡単に家入に話した。いきなり触れて慣れさせるよりも、トレーニング前にデートをしてリラックスさせたい。その提案をした後の流れなどを説明すると、家入は「なるほど…」と深く頷いた。

「五条の提案は悪くないな。まあ…相手がアンタってことが一番悪いんだけど」
「あ?」

どこまでいっても自分には塩対応の家入に、五条の口元も引きつって行く。

「それで?結局、どうなったの?あんま聞きたくないけど……はギブアップした?」
「そりゃ…させた…けどさ」
「え、なら…デートのOKもらえたってこと?」
「まあ…」
「じゃあ良かったじゃない。何でそんなやつれてんの」
「………」

呆れたように笑う家入に、五条の綺麗な瞳が徐々に細められていく。確かにをあの手この手で攻め立て、ギブアップさせたものの、やはりそこまでいくには、それなりのことをしたわけで。言ってみれば五条の方がたまらなくなった。

「…は?じゃ…」
「男にとったら蛇の生殺しってやつだな、あれは…。目の前に可愛い反応をするが裸で横たわってるのに最後まで出来ないっていう性的アリ地獄――」

と言ったところで、スパァァンと頭を叩かれた。無限のおかげで当たってはいないが。

「私の可愛い後輩をそんなエロい目で見るな」
「いや、それ無理でしょ…。ってかそのエロいトレーニングに付き合わされてる僕の身にもなってよ」
「…そ…れは…そうだけど…どうせアンタだって楽しんでんでしょーが!」
「楽しんでるように見える?」
「……」

苦笑気味に言う今の五条は確かに楽しんでるというよりは苦悩している。そんな感じに見えた。

「そりゃ最初はそういう邪な気持ちがあったのは否定しない。僕も男だしさ。でも…」
「でも…?」
「まあ…トレーニング重ねるうちに色々とツラくなってきては…いる」

昨日も相当ツラかった。無茶なトレーニングを進める前に、もっと打ち解けて欲しい。そう思ったからこそデートというシンプルな提案をした。でもそれを受けさせるに当たってをトレーニングでギブアップさせるという、これまた無茶な賭けを仕掛けてしまった。性に関しては全くの素人であるに参ったと言わせるのは簡単だ。ただ、五条の誤算は――があまりに可愛すぎたことだった。





2.

五条の指が唇に触れただけでビクリと肩が跳ねる。頬はすでに真っ赤で、緊張によって体も少し強張っている。ギブアップさせようと決めたものの、の震えが伝わって来ると、やはり躊躇してしまう。

「…
「な…なんですか」
「やっぱ…このまま進めるの、やめない?」
「何故…ですか?」
「いや…早急に慣れたいって気持ちは分かったけどさ。このままだと寝不足と精神疲労で倒れちゃうよ」
「だ…大丈夫です…寝不足は想定内ですし…わたしの見立てではあと2回ほどのレッスンで履修りしゅう予定なので…」
「……2回?」
「はい」

五条は少しだけ呆気に取られたものの、は真剣なのか、「昨日、上半身は履修しましたので、きょ、今日は下半身へ…」と言い出した。

「え…」
「"愛撫"を受け、残りは挿入までの道のりを教えて頂ければ…それで終わりです」
「……えーと」

そのキッチリとした順序だてがらしいが、さすがの五条も苦笑せざるを得なかった。五条がそっと手を伸ばせば、それだけでの肩がビクリと動く。頬を撫でるだけで赤くなる姿に、五条はふっと笑みを零した。

「上半身を履修した…?」
「…は…はい」
「残念…まだ入り口にしか立ってないよ」
「そ…そんなはずは…」

は本気で驚いた様子で五条を見上げた。そんな泣きそうな目で見られると、五条も困ってしまう。

「じゃあ…やっぱり試してみる?あれだけの行為で、全部だと思われても困るし」
「で、では…お、お願いします」
「その代わり…がもう無理だと思ったらちゃんと言って」
「ギ、ギブアップ…ってことですよね…分かり…ました…」

は真っ赤な顔で頷いてぎゅっと目を瞑っている。五条は小さく息を吐いてから困ったような笑みを浮かべた。何を言っても経験がないのだからには分かるわけがない。なら最初のお願い通り、体で覚えさせるしかない。

五条はゆっくり身を屈めると、まずは力の入った唇をやんわりと塞ぐ。その瞬間、の体が硬くなったのが伝わって来る。リラックスさせるように優しく唇を啄みながら、頬へ添えていた手をそっと耳の辺りから髪へ指を通していく。そのたび、の肩が跳ねて小さな声が洩れる。その声ごと飲み込むように舌で唇をこじ開け、口内を弄った。歯列をなぞり、舌先で口蓋を撫でると、体の震えがいっそう強くなっていく。でもそれは羞恥の他にの体が素直に反応したものだと感じた。
ちゅっと最後に啄んだ唇から、細い首筋へも口付ける。同時に胸元のファスナーを下ろしていくと、の体が僅かに動いた。それは本能的な恥じらいのようなものだ。やんわりと肩を押さえ、露わになった鎖骨にも唇を滑らせていく。

「…ん、…」

怖がらせないよう、少しずつファスナーを下ろし、服をはだけさせていくと、中は何も身につけていない肌が見えてくる。さすがに恥ずかしいのか、の手が胸元を隠そうとした。だがハッとしたように五条を見上げる。

「す…すみませ…ん」

すでに顔は真っ赤に染まっている。それが何とも言えず可愛らしく、五条の口元が自然と綻んだ。

「恥ずかしい?この前は触っただけで終わったもんね」
「…へ、平気です…つ、続けて下さい…」
「りょーかい」

必死で恥ずかしいのを堪えている姿は、男にとってやたらとそそられる。白い頬を赤く染め、いつも冷静な瞳が切なそうに潤んでいる。そんな姿がいじらしく、やけに五条の胸を疼かせた。

「じゃあ…昨日のおさらいからね」

五条の言葉に、はドキっとしたように身体を震わせたあと、小さく頷いた。