02.恋愛は勝負ではなく駆け引き、或いは芸術である


※匂わせ描写あり


二杯目のコーラを出してもらった時、夜中なのに、外から寝ぼけた蝉が飛び起きたのかってくらいの鳴き声が聞こえてきて、彼女と同じタイミングで吹きだした。

「何、今の」
「いや絶対寝ぼけて起きたよな、あれ」
「蝉って寝ぼけるの」
「知らないけど」
「知らないんじゃん」

僕のすっとぼけた話に笑う彼女はこの前よりもだいぶ表情が明るく見えた。こうしてマジマジと見ると、最初に何でオバサンと勘違いしたんだろうってくらいに可愛らしい顔をしてる。
あの時、逃げた一級相当の呪霊を追いかけて、ここの裏の家まで来た時、明かりのついた部屋から彼女がこっちを覗いているのに気づいた。驚いたことに彼女は呪霊を見ても叫ぶでもなく、逃げるでもなく、あの異形の存在を受け入れているように見えた。一瞬見えてないのかと思ったくらいだ。でも彼女は確実に気づいていたし、呪霊を見た時の対処法を知っているように感じた。あの時、彼女にはハッキリ言わなかったけれど、あの呪いはすぐそばにいる彼女のことを襲おうとしていた。そのせいで"帳"を出す暇もなく攻撃を仕掛けてしまったけど、彼女が無事な姿を見て心底ホっとした。もし間違えて巻き添えにしてしまったら、それこそ傑と同じく非術師殺しになってしまうとこだ。

幸い、彼女はケガ一つなく。それを確認したら帰ろうと思っていた。なのに何となく話し込んでしまったのは、僕自身、僕のことを知らない誰かに心の内を吐き出したかったのかもしれない。高専の仲間には、決して言えない心の中の呪いを。
彼女は呪術界のことを何も知らないから、反応も面白くて意外と時間が経つのを忘れてしまった。一般人の女の子と普通に言い合いしたり、笑ったり、そんな他愛もない時間がただ、僕にとっては癒しの時間になっていた。時折、隣にいた相棒のことを思い出すと重苦しいものがこみ上げる毎日で、一人でいれば「ああすれば良かった」だのと答えの出ない後悔にさいなまれるから、こんな夜は誰かと話していたかった。傑のことを、知らない誰かと。

「でもホントに来るなんて思ってなかった」
「え、何で」
「何でって…五条くんの年齢なら時間が足りないくらい自分のやりたいこといっぱいあるでしょ」
「うーん…ここに来ることがしたいことだったんじゃない?」
「オバサンの家に来ることが?」
「その節は本当にどーもすみませんでした」

チクリと嫌味を言われ、僕は彼女へ頭を下げて謝罪した。彼女は明るい笑い声をあげながら「嘘だよ、冗談」と僕の肩をポンポンと叩く。その笑顔はオバサンどころか、マジで可愛らしいと思った。

さんって童顔だよね」
「えー?そうかなぁ…最近は老け込んで来た気がするし、そのうちホントにオバサンになるんだろうなぁ…」

はあ、と溜息をつく彼女を見て、今度は僕が笑ってしまった。まだ26だって言うのに嘆くの早すぎでしょ、と突っ込めば、そんなのアッという間に歳をとるんだと熱く語りだす。

「五条くんだって今はツルツルのピチピチでも10年もすればオジサンだよ、オジサン」
「えー28でオジサンになんの、僕」
「そりゃ今の五条くんの年齢の子からすれば28歳はオジサンじゃない?」
「…ショーック!」

胸を押さえてガックリ項垂れると、彼女はまた楽しげに笑った。彼女の明るい笑い声はこっちまで自然と元気になる。彼氏と別れたって話してたけど、その男は何で出て行ったんだろう。

「あー笑ったら喉乾いちゃった。やっぱりビールでも飲んじゃお。わたしのコーラは五条くんにあげる」
「ああ、ありがとう…ってかこの前は甘いもん好きじゃないって言ってなかったっけ。何で今日はコーラあるわけ?」
「……そ、それは…時々無性に飲みたくなるじゃない。コーラって。でも3口くらいでもういらないってなるけど」
「へえ。僕の為に買っておいてくれたってことでは……」
「ありません。自惚れんな、少年」
「いや少年って歳ではないでしょ」

彼女は「確かに」と笑いながら、身を屈めて冷蔵庫を開けている。その際、お尻を突き出す格好になってるから思わずドキっとしてしまった。この前と違って今夜はタンクトップにショートパンツといったやけに露出の多い恰好だ。彼女は色白だから、そういう目で見てしまうとやたらと艶めかしく見える。

「んー美味しい~」
「オバサンじゃなくてオッサンだったか」
「そーかも」

その場で缶ビールを開けて飲みだした彼女は素直に認めると、再びソファへと座った。背もたれに身を預け、その白い脚を組む動作が色っぽい。そうすることで太腿が僕の目を刺激してくるんだから困ってしまう。

「何見てんの、青少年」
「いや…今日のさん色っぽいなーと」
「は?」

僕の一言にギョっとしたような顔をして、次の瞬間ケラケラと笑いだす。いや笑い事じゃなく。さっきだってバスタオル一枚という格好で出て来た時は何のサービスだと思うくらいドキドキした。でも彼女は僕のことを男として全く意識をしてなさそうだ。

でいいよ」
「え?」
「名前をさん付けって呼ばれ慣れないから違和感しかないし」
「あー…じゃあ…
「うん」

は頷くと「あーあっつくなってきた」と言って、テーブルの上にあったヘアゴムを使って長い髪を器用に後ろへまとめた。でもそのせいで綺麗な首筋がもろに視界に飛び込んで来る。

「五条くん、暑くない?制服脱げば」
「え?あーまあ…うん」

脱げば、と言われただけで心臓が反応するとか意識しすぎだ。童貞じゃあるまいし。制服の上着を脱ぐと、はそれを受けとってすぐにハンガーへかけてくれた。

「高専…だっけ。変わった制服だね、デザインとか」
「ああ…そういうの好きにカスタマイズできるんだよね」
「げ、何それ。お洒落じゃん」
「いや、お洒落の為じゃないけど」

まあ戦闘時用に多少頑丈に作ってもらえると説明したところで、彼女は興味もないだろう。

「あーもう一本飲んじゃうかなー」
、お酒強いんだ」
「強いってほどじゃないかな。好きだけど弱い。まあ缶ビール2~3本で酔うからお金かからなくていいねーって言われる」
「へえ。そういうの可愛い。僕の周りの女子はみーんな酒強いのばっかだし」
「…そ、そーなんだ」

二本目を開けながら隣に座ったは、すでにほんのりと頬が赤い。でも僕と目が合った瞬間、パっと反らされた。その態度を見ていたらふと、あることに気づく。

「あれ、もしかして照れてる?」
「べ、別に照れてるわけじゃ…」

は強がってるけど、僕が可愛いと言った時、彼女の顏が僅かに動揺してたのを僕は見逃さなかった。こっそり笑いを噛み殺しつつ「照れてるも可愛い」ともう一度その単語を口にすれば、分かりやすいくらい彼女の頬が赤くなったから、こっちまでドキっとさせられる。

「お、大人をからかわないでよ」
「からかってないけど。本心だし」
「……っ」

はきっと素直なんだろうなと思う。いちいち僕の言葉に反応して、動揺が顔に出ているのを見てそう感じた。そういうところが可愛いと思ったのは僕の本心だ。

「可愛いなんて歳じゃないから」
「いや、可愛いに歳は関係ないじゃん。何歳になっても可愛いもんは可愛い」
「そ、そういうのいいから…」

は僕から目を反らすと、ビールを口へ運んでいる。弱いって言ってたのに大丈夫かと心配になりつつ、横目で見ていると、彼女の喉元や首筋に目が向いた。ほんのり赤くなっているのはアルコールのせいもあるかもしれない。でも視線を少し下げた時、今度こそ心臓が大きな音を立てた。

(いや、何でノーブラ?!)

彼女は黒のタンクトップを着ていた。でも明らかに下着はつけていない。現に胸の膨らみの先端がかすかに生地を押し上げていて、それを見た瞬間、腰の辺りがズクリと疼いた。落ち着け、と頭の中でどうにか理性を奮い立たせても、自然と視線はそこへ向いてしまう。男ってほんとしょーもないかもしれない。まだ会って二度目なのに、があまりに無防備すぎて腹が立ってくる。

「五条くん…?どうかした?」

急に黙ったせいでが怪訝そうに僕の顔を覗き込んでくる。でもその体勢だと少し開いた胸元から胸の膨らみがチラチラ見えるから余計に男の欲が刺激された。

…それわざと?」
「…え?何が――」

と彼女が首を傾げた瞬間、彼女の手から缶ビールを奪って、それをテーブルの上に置いた。当然はキョトンとした顔で僕を見ている。その顏を見ていたら我慢が出来なかった。

「…ひゃ」

をソファへ押し倒し、その火照った赤い頬を撫でると、彼女は目を見開いて何かを言おうとした。今度はそのくちびるを指でなぞると、彼女の細い肩がビクリと跳ねる。

「ご…五条…くん?」
「ダメでしょ。仮にも男の前で無防備すぎ。まあ夜中に押しかけて来た僕が言うのもなんだけど…入れるべきじゃなかったよね」
「じょ…冗談…やめて」
「これでも冗談だと思う…?」
「……っ?…ぁっ!」

背中を丸めて顔を彼女の胸元へ近づけると、かすかに主張している部分を服の上からぱくりと口内へ含む。は僅かに背中を反らせて両腕で僕の体を押し戻そうとしたけど、片手でまとめて頭の上に縫い付けた。の顏が真っ赤に染まって、濡れた瞳が戸惑うように揺れてる。そんな顔されたら止められなくなるって分かんないのかよ。邪魔なサングラスを外して、その顔を両目に焼き付ければ、胸の奥から甘い何かがこみ上げて来て、それがじんわりと全身に巡っていく。

「こんな格好して僕のこと煽ってる?」
「な…そんなわけない…んっ」

少しでも力を込めて締めたら折れてしまいそうなほどに細い首筋。誘われるように舌を這わせると、今度こそ甘い声が彼女の口から洩れて、僕の熱を掻き立てる。

「ダ、ダメ…やめて…」
「そんな顔で言われても説得力ないって」

首筋にちゅっちゅと口付けるだけで、いちいち反応する彼女が可愛い。シャワーに入ったばかりと言っていたけど、ほんのりといい香りがするのもたまらない。脇腹を撫でるように服を押し上げていけば滑らかな肌が露わになって僕の目を楽しませた。胸の上までたくし上げると、体型に見合った形のいい乳房が現れる。先ほど刺激したせいで、乳首はすでにツンと上を向いていた。迷うことなくそれを口に含み、ちゅうっと軽く吸い上げると、の体が更にビクビクと跳ねるのが余計に興奮させられた。

「…や…五条くん…っ」
「いや?こんなに感じてるのに…」

舌先で硬くなった部分を転がしたり、つついたりすれば、また彼女の口から声が洩れる。だんだんと甘さを含んだ喘ぎに変わっていく姿は、男の欲をいっそう掻き立てていく。なのには強情で、まだ僕を拒否しようと体を捻る。

「はあ…まだ抵抗する?」
「だ、だって…」
「だって…何?」
「ご…五条くん、わたしなんかに手を出さなくても女に困ってないでしょ…?なのに何で…こんな強引なことするの…」
「何でって……」

確かに彼女の言う通り、女の子に困ったことはない。でもそうじゃなくて。自分でも理由なんかよく分からないけど、ここまで情欲を煽ってくる女の子はいなかった。今の僕はどうしようもなく、が欲しい。まだ会って二回目なのに、とか、年齢差とか、そんなことはどうでも良くて。とにかく彼女に触れたくてたまらなかった。

「僕はが欲しい。他の女なんて関係ない」
「……っ」
「ほんとにいや?僕に抱かれるの」
「い、いやっていうか…と、歳だって離れてるし…こ、これダメなやつじゃない…?」
の気にしてるのそこ?」

思わず吹き出せば、赤かった頬が更に真っ赤になった。

「ああ…僕と関係を持ったら淫行になるとか思ってんの」
「だ、だって……実際そうだし」
「いや、18なら問題なくない?それにが僕に手を出したわけじゃない。僕が出してんの」
「…そ、そうだけど!世間的にはそう思われないんだってばっ」
「世間なんて関係ない。僕はを抱きたいって思ったからこうしてる。は?本気でいや?もしそうならやめる」

上からを見下ろしてもう一度訪ねると、彼女は困ったように目を伏せて、子供のように口を尖らせた。

「…ズ、ズルい。そういう聞き方」
「ぷ……のがズルくない?変なとこで大人ぶっちゃって」
「ぶ、ぶったわけじゃ…ホントに大人だもの」
「でも僕にされて感じてたくせに。やめて欲しくないって素直に言えば」
「な…」
「僕は素直に言ったけど?を抱きたいって。は?僕に抱かれたい?」

確かにズルいのかもしれない。彼女に言わせることで、僕は自分の行為を正当化させようとしてる。恋人と別れたばかりの彼女の寂しさにつけこんでると言われたら否定は出来ないし、自分でも最低だとは思うけど、ここにきて僕はに惹かれてることをハッキリと自覚していた。会ったばかりとか歳の差とかどうでもいい。彼女を抱きたい。でもそれ以上に僕は、の心が僕に向いて欲しいと願っていた気がする。

「言えよ。僕に抱かれたいって」

そっとのくちびるを指でなぞれば、頭の上で縫い付けていたの手の力が抜けたのが分かった。

「だ…抱かれたい…」
「…上等」

言った瞬間、耳まで赤くなるを見て笑みが漏れる。そのまま指を頬へ滑らせて、優しくのくちびるを塞いだ。