おれがお前を選んだ理由-02



数百年前、羂索けんじゃくに誘われるがまま、鹿紫雲一かしもはじめ死滅回遊ゲームに参加した。目的はただ一つ。宿儺と戦いたい。千年もの長きにわたり生きている羂索が今も最強だと言い切る存在は鹿紫雲を渇望させ、戦いへといざなう。強者と戦うことこそ志向。その欲の為だけに、この現代へ舞い降りた。受肉させた若い肉体は鹿紫雲を十分に満たしている。しかし一つ物足りないのは、この殺し合いのゲーム参加者が弱者しかいないことだ。
――つまらねえ。
ひとり殺すたび、鹿紫雲の欲は疼いていく。そんな時、おかしな女を見つけた。ビルとビルの間に潜んでいたその女に、鹿紫雲は何かの力で引き寄せられるように近づいた。己の呪力とその女の呪力が引き合っている気がして思わず声をかけたが、逃げようとしたので腕を掴んだ。その刹那――女の放った電撃に目を見張った。

(この女…オレと同じような力を持っている)

同時に、女の放った電撃は鹿紫雲の体が全て吸収したように感じた。ただの泳者ならすぐにでも殺しただろうが、この女は役に立つ。瞬時にそう判断した鹿紫雲は女を仲間にする為、その場から自分のアジトへ連れ去った。

「もしかして…羂索の言っていた面白い女って、コイツのことか?」

先ほど接触した人物のことを思い出し、未だ意識のない女へ目を向けた。抵抗されるのも面倒で気絶させただけなのに、かれこれ一時間はこの状態だ。

「見た感じ…二十代前半ってとこか…」

死滅回遊がスタートしてからは無人になったデパートの五階。家具売り場にあったベッドへ寝かせた女を上から見下ろし、だいたいの年齢を予想する。身体のあちこちに擦り傷はあるものの、色白で綺麗な肌をしている。髪は黒髪ロング。細身で、破れた衣服からのぞく胸は少々物足りないほどの大きさだが、イイ女だ、と鹿紫雲は思った。現代に蘇ってからはすぐに死滅回遊に参加したせいで、現代の女をじっくり見ることさえなかったが、ふと出来たこの暇な時間、大いに観察することが出来た。

「どうせ連れ歩くならいい女がいいしな。拾いもんだったぜ」

白い頬へ指を滑らせ、笑みを浮かべる。それが刺激となったのか、女はかすかに瞼を震わせ、薄っすらと目を開けた。

「起きたかよ」
「…ん…?」

鹿紫雲が顔を覗きこむと、女は何度か瞬きをしながら視線を彷徨わせた。そして最後にゆっくりと顔を動かし、真上にいる鹿紫雲へその視線を向ける。その瞬間、長いまつ毛を震わせ、瞳を大きく見開いた。

「…ぎゃぁっ」

至近距離で目が合ったことに驚いたのか、女は叫び声を上げると上半身を起こし、ベッドの端まで後ずさっていく。鹿紫雲は呆れたように溜息を吐いた。

「色気のねえ声…」
「な…なな何で…っていうか、アンタ誰よっ」
「ハァ?さっき会ったろーがっ」

ベッドの上で胡坐をかき、耳をほじりながら鹿紫雲が言えば、女はハッとしたように辺りを見渡し「ここ、どこ…」と呟く。

「ここはデパートで今はオレが拠点として使ってんだよ」
「デパート…え、あれ夢じゃなかったんだ…」
「夢ぇ?呑気な女だな、オマエ。それでも泳者かよ」
「ぷれい…や…あっそ、そうだ…!変な男に変なゲームに放り込まれて――って、え、ホントにこれ、現実?」
「ああ。現実だよ。オマエは死滅回遊に参加させられてんの。簡単に言やあ殺し合いのゲームだよ」
「こっ…殺し合いって…え、何で?」

ギョっとしたように身体を引く女を見て、鹿紫雲は呆れ顔で項垂れた。役に立つとはいえ変な女を拾っちまったな、と内心思う。

「…オマエ、マジで何も知らねえんだな…」

キョトンとした女を見て、鹿紫雲は毒気を抜かれたように溜息を吐くと、仕方がないと言いたげに、簡単にルールを説明してやった。

「…つーことで今、この結界の中には過去と現代の術師がわんさかいる。ソイツら殺して点を稼がねえとなんねーんだよ。分かったか?」
「……え、こ、殺すって、でもそれ…人殺しになるんじゃ…」
「はあ?何言ってんだ、オマエ。じゃあ自分が殺されかかってもオマエは素直に死んでやるのかよ」

平和ボケしやがって、と吐き捨てる鹿紫雲に、女は青ざめた顔でぶんぶんと首を振った。

「い、嫌です!死ぬのは…。何の為に呪術師やめたと思ってるのよ」
「…オマエ、呪術師だったのか…?まあ、その様子じゃ落ちこぼれてやめたクチか」

鹿紫雲に鼻で笑われ、女はムっとしたように目を細めた。

「あーそうだ。オマエ、名前は?」
「え?」
「名前だよ」
「あ、ああ…
、ね。オレは鹿紫雲一だ」
「あ、あの…鹿紫雲…さん」
「何だよ。まだ聞きたいことあんのか」
「い、いえ…ゲームのことはもういいです。よく分からないので」
「…分かってなかったんかっ」

と名乗った女のすっとぼけた態度に思わずツッコミを入れながら、現代の人間は呑気すぎると軽く舌打ちをした。どうもこの女と話してると調子が狂うのだ。

「で…何だよ」
「え?あ、そうそう。えっと…さっき…どうして助けてくれたの?」
「オレはポイントを稼いだだけだ。まあ結果的にそうなったみてーだな」
「ああ…じゃあ…何でわたしをここに…?ここは鹿紫雲さんのアジトなんでしょ?」
「そのことだけどな」

やっと本題に入れると、鹿紫雲はホっと息を吐き出した。何も親切でを助けてここへ運んだわけじゃない。

「オマエ、オレの仲間になれ」
「…え、仲間?」
「どうせオマエひとりでウロついててもすぐ殺されるのがオチだろーが。さっきの雑魚から逃げ回ってるようじゃな」
「そ、それは…」
「だからオマエはオレが守ってやる」
「え?でもわたし…ゲームする気なくなったんだけど…家に帰りたいし」
「バカか。一度参加したらこの結界からは出れねえ。さっき説明したろ」
「そ、そんな…それは困るっていうか…明日は用事もあるし――」

オロオロとしだしたは、やっぱり死滅回遊のルールをよく分かっていないようだった。だんだん面倒になってきた鹿紫雲は「黙れ」と一喝した。

「いいか?オマエに選択権はない。生き残りたけりゃオレの仲間になれ」
「そんな…」
「仮にも呪術師だったんだろーが。覚悟決めろよ」

は言葉を詰まらせ、俯いたまま考えているようだった。このまま上手く丸め込み、仲間にする。がいれば鹿紫雲の戦いもかなり楽になるのだ。

「鹿紫雲さん…」
「あ?」
「何で…わたしを仲間にしようって思うの?守るって言ってくれたけど…何か目的があるんでしょ…?」
「フン。存外…バカじゃなかったようだな」
「む…」

どこかバカにされた気分だったのか、は不満げに目を細めた。もちろん鹿紫雲もタダで守ってやろうと言っているわけじゃない。

「オマエは体内で高電圧を発生させることが出来る。そうだろ?」
「……まあ」
「その力、オレに寄こせ。それが条件だ」
「は?よ、寄こせって…」
「オレもオマエと似たような体質だ。呪力は電気とほぼ同質。でも呪力使えば使うだけ減るからコレに蓄電させて使ったりもする」

鹿紫雲は手にしていた如意棒をに見せた。しかしコレだけでは限界があった。そこでの特異体質に目を付けたのだ。

「この先、強者とも戦うことになるだろう。強いヤツ相手だとかなり力を消費することになる。だから…オレがガス欠になったら充電させろ」
「…じゅ…充電…?」
「この現代じゃ充電器って便利なもんがあるんだろ?要はそれの役目をオマエがする。見た感じ、随分とたまりやすい身体してるしな」
「……人を充電器みたいに」

明らかに不満そうな顔だ。しかしには当然、選択権はない。術式はあれど、先ほど鹿紫雲に言われたように、あまり呪術師としての才能はなかった。というより任務のたび死にかけ、懲りたは卒業と同時に呪術師を辞め、一般企業に就職したクチだった。だからこそ、こんな危険なゲームからは早く脱出したいと思っている。

「で?オマエの返事は。まあ拒否っても無駄だけどな」
「…鹿紫雲さんって強引」
「オレは欲しいものは必ず手に入れる方でね」

肩を竦めて笑うと、は諦めたように溜息をついた。どうせ断ってもひとりで生き抜く自身もない。

「分かった…充電させてあげる。その代わり――」

は真っすぐ鹿紫雲を見つめた。

「最後は必ずわたしをここから出して」
「お安い御用だ」

鹿紫雲はニヤリと笑い、「交渉成立だな」と手を差し出す。その手をジっと見つめていたも渋々といった様子で手を出し、恐る恐る鹿紫雲と握手を交わす。これでふたりは仲間になった。

「よし、んじゃーまずオマエは着替えろ」
「え?」
「そんな恰好じゃいざって時に動きにくいだろーが。せめて靴くらい履け」
「あ、そっか…」

改めて自分の恰好を見下ろし、は慌てて前を隠す。さっきの攻撃でパジャマもあちこちが破れて下着が見えてしまっているのだ。

「でも着替えなんて…」
「ここをどこだと思ってんだ」
「え、あ!デパート!」
「サッサと適当なもん探して着替えて来い」
「う、うん…分かった」

は慌ててベッドから降りると、薄暗い店内を歩いて行く。今は深夜で当然電気もついていない。目が慣れたせいでどうにか階段を見つけ、そこの地図を確認しているようだ。

「はあ…ったく」

鹿紫雲もベッドから降りると、のところへ歩いて行き、その腕を掴んだ。

「衣類は六階だ」
「あ…ありがと…う」

腕を引いて六階に案内ししてやると、は嬉しそうに服を選びだした。やれこのトップスが可愛いだの、このスカートがいいだのと、ひとりで騒いでいる。

「何でもいいけど早くしろ!つーかそんなヒラヒラした格好で外うろつく気か?」

が手にしているスカートを見て、鹿紫雲は呆れたように言った。

「あ、そ、そうか…じゃあ…こっちにしておく」

は適当に動きやすそうなカーゴパンツを手にすると、隣のフロアにあったスポーツシューズも選び、キョロキョロと辺りを見渡している。

「あ、あの…試着室は…」
「はあ?んなもん、その辺で着替えろよ。暗いし、どうせ誰もいねえ」
「…え…なら…鹿紫雲さん、あっち向いてて」
「チッ…面倒くせえな…」

いつの世も女とは面倒な生き物だと思いつつ、鹿紫雲は言われた通り、後ろを向いた。だが偶然にも目の前には鏡の設置された柱があり、そこにバッチリとの姿が映っている。は服が飾られている棚の陰で着替えだしたようだった。それでも薄闇の中、服を脱いでいく姿がしっかりと鏡に映っている。

(たまにはこういうのもいいか…)

鹿紫雲は敢えて何も言わず、の着替える姿を眺めていた。受肉してから戦うこと以外、あまり興味はなかったものの、こうして傍に女がいれば自然に男としての欲求は沸いて来る。は見られていることも気づかずに、まずは上を脱ぎ、その綺麗な背中を鹿紫雲の目に晒した。

(へえ…現代の女もなかなか…)

滑らかな曲線を描いた背中を見ていると、ゾクリとしたものが体を駆け抜ける。僅かに見える胸の膨らみすら綺麗で、素直に触れてみたい、と思った。しかしはサッサと選んだ薄手のニットを着込み、その体を隠してしまった。今度は下を履き替えているが、そこは棚に隠れて見えない。ただ動くたび衣擦れのような音が静かなフロアに響き、逆に鹿紫雲の想像を掻き立てていく。だが、そこでお楽しみの時間は終わりとなった。

「お待たせしました」

着替え終わったが鹿紫雲のところへ戻って来る。鏡越しで鹿紫雲に見られていたことには全く気づいていないらしい。

(…危機感のねえ女)

内心苦笑しながらも、それはそれで鹿紫雲としても扱いやすい。シレっとした顔で「準備が出来たんなら行くぞ」と言って歩き出した。

「どこ行くの…?」
「どこって探しに行くんだよ」
「…何を?」
「泳者!夜だろうが昼だろうが関係ねえからな」
「えっ!そうなの?でもわたし…お腹空いたんだけど…」
「………」

緊張感のないを見て、鹿紫雲はまたしても盛大に溜息を吐いた。