救済の乞い-03



死滅回遊に参加させられ、鹿紫雲と仲間になったはこの二日の間で何度も死にかけた。鹿紫雲の戦いへの欲求は人並み外れていて、積極的に泳者や呪霊を狩っていく。そのたび巻き添えになりかけながらも、どうにか人の形を保っていた。

「も、もうやだ…」

今日も朝から数人の人間と戦い、数体の呪霊を祓った鹿紫雲は未だ休む気配はない。は鹿紫雲ほど戦ってはいないものの、雑魚は押し付けられるので、それなりに体力は消耗していた。

「おい、。寄こせ」
「……また?」

鹿紫雲が寄こせという時は充電させろという意味だ。鹿紫雲が無茶な戦いを仕掛けるのも、そばにという充電器・・・がいるからだろう。も戦闘で多少自分の呪力を使用しているものの、最悪なことに燃費だけはいい。失った呪力が戻るのは鹿紫雲のそれより早い。それを分かっているので鹿紫雲もすぐに強請ってくるのだ。

だいぶ日も暮れ始めた夕方。呪霊を何体か倒した鹿紫雲が早速の元へやって来た。

「また?じゃねよ。サッサと寄こせ」
「…いやよ」
「いや、だァ?!」
「わたしだってそれなりに疲れてるの!少しは休ませてよ。っていうかお風呂に入りたい。お腹も空いたし動きたくない」

言いながら地面にしゃがみ込むを見て、鹿紫雲の額に怒りマークが浮かぶ。しかし機嫌を損ねると更にゴネるのは、この一週間と行動を共にしていて嫌というほど分かっている。

「…チッ。仕方ねぇなあ…」
「何よ…今ので100ポイントはたまったんだからいいじゃない。はじめちゃん」
「……誰が"はじめちゃん"だ!」

馴れ馴れしくなりやがって、と鹿紫雲は舌打ちをした。
東京第二結界コロニー。そこがや鹿紫雲のいる場所だ。港が近く、潮の香りが時々漂って来る。拠点のデパートからはだいぶ離れているので、鹿紫雲は休憩出来そうな場所を探すことにした。

「おい、。行くぞ!」
「え、どこに」
「休憩してーんだろ?」

鹿紫雲が溜息交じりで言えば、の顏がパっと華やいだ。それまでは梃子てこでも動かぬといった態度だったクセに、こういう時ばかりはすぐに立ち上がって歩き出す。

「どこ?どこで休憩する?」
「…オマエ。ほんっといい性格してるよな」
「え、ほんと?」
「……誉めてねえよ」

不機嫌そうにボヤきながら鹿紫雲が歩いて行く。けれども、は特に気にならない。この一週間でそういう態度にも慣れつつあった。休憩出来そうな場所を探しつつ歩きながら、遠くに見えるオレンジ色の夕日を眺めた。秋も深まりだいぶ日が落ちるのも早くなっている。ついでに言えばこの時間は気温が急激に下がって来るので、そろそろ秋物を調達しに行きたいとは思った。鹿紫雲に着いて行けば勝手にポイントは増えるし、戦闘はさせられるものの、殆どは鹿紫雲が倒してくれる。充電さえさせてやれば、こうしての言うことも聞いてくれるので、最初の頃よりはストレスも減って来た。

(それにしても…こうして見てると数百年前に存在した術師には見えない…何気に現代のことにも詳しいし)

鹿紫雲と行動を共にするにあたって、はそういった事情を簡単に教えてもらっていた。最初は過去の呪術師だと聞いても信じられなかったものの、鹿紫雲がにそんな嘘をつく必要もない。このゲームには他にも過去の呪術師が何人も参加をしていると知り、本気でややこしいものに巻き込まれてしまったんだなと実感した。

普通の生活を送りたい――。
呪術師を辞めた理由の一つはそれだった。一般家庭に生まれたのに何故か自分だけ術式を持っていたせいで、スカウトされたのは中学三年の頃だ。最初は面白そうと思って高専に入学したものの、厳しい訓練や、命に関わるような任務をやらされ、一生この生活は出来ないと思った。同級生の親友が目の前で呪霊に殺されたことも、呪術師をやめる決心をした決定打となった。もう大切な人の死は、見たくない――。

「…ぃ!おい!」
「えっ?」
「足元ちゃんと見ろ。そこに穴が――」

と言われた瞬間、一歩踏み出したの足は、何もない空中を彷徨うことになった。

「わ――っ」

まるでフリーフォールのように真っすぐ落下した…と思ったら、ふわりと体が浮いた感覚。鹿紫雲がの体を抱き留め、壁面を蹴って地上へと戻った。

「あ…ありがと…う」

道路に下ろされ、思わずお礼を口にすると、鹿紫雲は「どんくせえヤツだな!」と呆れたように吐き捨てた。

「よく見ろ!あちこち穴だらけだろーが!」
「あ…」

言われて辺りを見渡せば、確かにアスファルトが抉れ、あちこち大きな穴と化している。術師や呪霊との戦闘で、この大通りは見る影もなく破壊されたようだ。

「ごめん…ボーっとしてた」
「チッ。こんな場所でボーっと出来るとか、呑気な女だな…今オマエにケガされたら困るんだよ」
「…う…」

怖い顔で睨んで来る鹿紫雲に、も言葉につまってしまう。確かに辺りには今も戦闘の名残のような残穢が漂っていて、少し意識を集中させるだけで肌を刺すような殺気を感じた。

「モタモタすんな。近くでまだ殺りあってる奴らがいる。見つかったら休憩どころの話じゃ済まねえぞ」
「…わ、分かってる」

言いながらは鹿紫雲を追いかけた。見つかれば相手はすぐに殺しにかかって来るのだから悠長にしているわけにもいかない。少し歩くと駅前通りのビルが立ち並ぶ一画に出た。いわゆる飲み屋街で、ビルの中にはスナックやら、バーなど大人の遊び場で埋まっていた。当然ここも死滅回遊のフィールド内なので、一般人などいるはずもない。ビルもところどころ破壊され、中身が丸見えのものまであった。

「お、ここはどうにか壊されてねえみてぇだな」

ビル街の裏手に入ると、鹿紫雲がある大きな建物の前で足を止めた。急に立ち止まったせいで、が自分の背中に激突したのを冷ややかな目で見ながら「ここで休憩すんぞ」と言って歩いて行く。しかしはふとその建物を見上げて、「は?」と変な声が漏れてしまった。

「ちょ、ちょっと待って、はじめちゃんっ」
「だーから、その呼び方やめろっつってんだろっ!オレはガキじゃねえんだっ」
「じゃ、じゃあ…鹿紫雲くん」
「何だよ…」

心底めんどうだと言いたげに鹿紫雲が溜息をつく。それでもは目の前の建物に入るにはかなりの抵抗があった。

「こ、ここはやめよ」
「はぁ?オマエ、疲れてんだろ?休憩したいって言ってたじゃねえか。それに見ろ。ここにでっかく休憩・・って書いてある。休憩所ってことだろ?」
「だ、だからここは…その…え?鹿紫雲くんて…」
「……何だよ」

ウザそうに目を細めている鹿紫雲を見上げながら、はあることに気づいた。

「そ、そっか…400年前にラブホなんてあるわけないよね…」
「…何ブツブツ言ってんだよ。いーから入るぞ!オレも疲れてきたわ」
「え、ちょ、ちょっと――!」

痺れを切らしたのか、鹿紫雲は強引にの腕を引っ張り、建物の中へ入って行く。こうなるとに抗う術はない。どうせ力では敵わず、と言ってひとりで外をウロつけば他泳者の餌食にされる。選択肢はなかった。