きっと誰もが死にたがり-07



「呪術師やるからには一級術師、目指そうよ」
「うん。一緒に頑張ろうね」

高専に入学した時に知り合った山崎塔子とうこと交わした、他愛もない約束だった。呪術界という新しい世界に飛び込むことで生まれる期待と高揚感が、二人に叶うかどうかも分からない夢を語らせた。が高専に入学した当時、同級生は塔子を含めて四人。入学した生徒の多さでは歴代一位という年だったようで、今年は人数が多いと目隠しをした怪しい教師が喜んでいた。その中でも塔子とは何かと気が合い、よく行動を共にしていた。休日の日は一緒に街へ出かけて映画を観たり、ショッピングを楽しんだりもした。まだ16歳。年頃だった二人には、遠い将来の夢よりも、どちらかと言えば恋愛に関する話題の方が多かったかもしれない。

「ねえねえ、、五条先生の素顔って見たことある?」
「え、素顔…そう言えば…目隠し外してるとこ見たことないかも」
「私、この前チラっと見ちゃったの!プライベートなお出かけだったみたいで包帯外してサングラスしてて」
「え、嘘!どんな感じ?何か五条先生ってイケメン臭はするよね。声もセクシーだし。キャラはあんなだけど」
「まさにその通りだった!超絶イケメンなの!目なんかキラッキラで澄んだ空とか、海とかに近い綺麗な色でさ~!」
「げっ!何それ!カラコンじゃなく?」

担任の素顔で盛り上がり、「次はわたしも絶対に見てやる」と心に決めて、しばらくは五条の後を付け回したりしては軽く交わされていた。塔子も少しの間は五条に熱を上げ、告白じみたこともしていたが、「生徒にはそんな気持ちになれない」と、あっさりフラれ、号泣する塔子を慰めたのもだった。

「私、絶対!一級術師になって五条先生を見返してやるんだ。ついでにいい女になって五条先生よりカッコイイ彼氏作ってやる」
「おー頑張れ、塔子!っていうか五条先生よりイケメンっているかなぁ?」
「いなくても見つける!」

学生時代の淡い初恋と失恋は、塔子に呪術師としてのやる気を出させたようだ。その頃のは塔子ほど一級になりたいと拘っていたわけじゃない。でも、彼女と一緒に卒業して、卒業後も呪術師をやるんだろうと、そう信じるくらいには、まだ夢は見れていた。あの任務に、行くまでは。

が三年になった頃、同級生全員が二級術師になっていた。どちらかと言えば落ちこぼれだったも、先日やっと二級に上がったばかり。そんな時、ある任務が入った。繁忙期で呪術師として忙しくなる時期だった。元々呪術師はそれほど数が多くない。年中人出不足で先輩の任務の補助に後輩が駆り出されることも少なくなかった。ちょうど蒸し暑くなり始めた初夏。月の綺麗な夜だった。

と塔子は四年生の任務の補助で郊外にある廃病院へ来ていた。何年も放置された建物はどこもかしこもボロボロで、いかにも呪霊の巣窟になりそうな雰囲気が漂っていた。と塔子、他三人の同級生は低級呪霊の祓徐を任され、先輩達は二級以上の呪霊を祓う。いつも以上に簡単な任務。はそう思っていた。
しかし、予想外のことが起きた。低級呪霊しかいないはずの場所に、突然一級相当の呪霊が出現。近くに先輩達はいなかった。次々に襲われていく同級生を目の当たりにしたと塔子は恐怖で体がすくみ、動くことすら出来ず、肉体を引き裂かれて死んだ同級生の遺体を前に、ただ震えていた。

「…に、逃げよう、塔子…アイツがわたし達に気づく前に…」

ボロボロのベッドの陰に隠れ、同級生が襲われているのを見ながらは言った。今の自分じゃ敵わない。肌でそう感じたからだ。しかし負けん気の強かった塔子は、その言葉に刺激されたのか「友達を見捨てて逃げるなんて出来ない…!」と言い出した。それはだって同じ気持ちだった。でも今の自分達の力で、あの呪霊に向かって行くのは自殺行為だ。

「で、でも無理だよ!死にに行くようなものでしょ?!」
「逃げたいならだけ逃げて。私は…あの子だけでも助けに行く」
「塔子…!」

震える足を動かし、塔子はの腕を振り払って走って行く。その姿を見つめながら、は追いかけることが出来なかった。

「…塔子…行っちゃダメ――!!」

自分よりも遥かに大きな呪霊に攻撃を仕掛けた塔子は、呪霊の気を引いてしまった。呪霊は手にしていた同級生の体をゴミのように投げ捨てると、今度は塔子へ手を伸ばしその体をいとも簡単に掴むと――とてつもない力をもって、一気に握りつぶした。





「――いやあぁぁ!!塔子!」

雨音以外、何も聞こえない静寂の広がる室内に、突如大きな声が響いて鹿紫雲は飛び起きた。腕の中で眠っていたはずのがパニックになったように泣き叫んでいる姿を見て、一瞬呆気に取られる。目から大粒の涙をこぼし、未だ夢現ゆめうつつの状態のようだ。

「おい…!…どうした?」

泣きながら宙へ伸ばす手を取り、自分の方へ引き寄せると、力を込めて暴れようとする体を上から押さえつける。耳元でもう一度名前を呼ぶと、の体がビクリと跳ねた。

「大丈夫か?オレを見ろ」

の濡れた頬を両手で挟み、目の焦点を自分に向けさせる。こうすることで現実に引き戻しやすくなるのだ。

「…あ……かし…も…くん…?」

涙のあふれた瞳を何度か瞬かせたは、呆然としたように鹿紫雲を見つめた。

「オレが分かるか?」

鹿紫雲の問いかけに、は思考を巡らすように視線を外して小さく頷いた。やっと現実だと理解したのか、薄暗い室内を見渡して、「そっか…夢…」と呟く。

「夢?」
「しばらく見てなかったのにな……」

ふうっと息を一つ吐いたは鹿紫雲の前で力なくベッドへ倒れ込んだ。その様子を見て、舌打ちをした鹿紫雲は「ったく…驚かせんな」とホっと息を漏らす。今日まで行動を共にしてきたが、これほどパニくったを見るのは初めてだった。

(いや…昨日、あの呪霊に遭遇した時もかなりパニくって気を失ったんだったな…。まさか…それの影響か…?)

目の前で溢れる涙さえ拭こうとしないを見下ろす。

「悪夢にうなされるって…ガキかよ」
「わ…悪かったわね…。そりゃ鹿紫雲くんからしたら、わたしなんか物凄い年下なんだしガキだろうけど…」

はむっとしたように顔を反らした。しかしその手はかすかに震えている。鹿紫雲は頭を掻きつつ、溜息を一つ吐いた。

「…そんなに怖い夢だったのか」
「……ん。呪術師時代の…夢」

ポツリとが呟く。それを聞いて鹿紫雲はだいたい想像がついた。呪術師と一口に言っても色んな人間がいる。精神的に強い奴もいれば、悲惨な現場を見て心に傷を負う者もいる。不条理な死を見続けた結果、精神をやられていく人間の方が圧倒的に多い仕事だ。それらを超越した鹿紫雲からすると、そういう心の弱い人間は理解しがたいとも言える。鹿紫雲にとって呪霊だろうと人間だろうと、強い者と戦うことこそが生きがいであり、その結果相手を死に至らしめても何とも思わない。一方ではただ普通の生活を望んでいる類の人間だというのは、これまで行動を共にしてきたのだから少しは分かっている。分かってはいるが、やはりここで精神的に参られるのは鹿紫雲としても困ってしまう。

「おい…そんなんで大丈夫か?」
「…え?」
「戦いはこれからも続く。そのたびオマエは目の前の出来事に過去を重ねて、悪夢を見てはうなされるのかよ」
「……」
「話せよ」
「え?」
「呪術師やってた頃のこと。オマエに何があった?何があって呪術師をやめた」

心の傷は誰かに話した方が軽くなることは、鹿紫雲でも知っている。一緒に行動する以上、の心に居座っている悪夢を少しでも軽減させないと、今後どんな形で支障が出るか分かったものじゃない。少しでもの気持ちが軽くなるなら、と鹿紫雲は思った。の為じゃない。そう、これは自分の為だと言い聞かせて、鹿紫雲は言った。

「オマエを苦しめている過去のことを話せ」