二人で溺れて沈んでいこう―14



軽めの性的表現あり



ふわっと体が浮いたかと思えば、音もなく着地して、鹿紫雲はそっと抱えていたを下ろした。

「ほらよ」
「あ…あり…がとう」

移動中の広い幹線道路で戦闘があったらしい。大きな亀裂を見つけた鹿紫雲が、を抱えて渡ってくれたのだ。その意外な気遣いに戸惑いつつ、は照れ臭さを隠しながらお礼を言った。言われた鹿紫雲もどことなく照れ臭そうに視線を反らし「サッサと行くぞ」と前を歩いて行く。
鹿紫雲と抱き合ってから二日が経っていた。あれ以来、鹿紫雲は驚くくらい、自分に対して優しく接するようになった、とは思う。
一応女の身としては、相棒が優しいに越したことはない。ただ、やはり内心では戸惑いを隠せなかった。一度寝たくらいで変わるような男じゃないという思いもある。でも明らかに、あの夜から鹿紫雲は態度が軟化した。

(な、何か気まずい…というか照れる…今、絶対微妙な空気が流れてるよ…)

まるで社内の飲み会後、酔いに任せて同僚とワンナイトをしてしまったかのような気まずさがある。といって、もこれまでワンナイトなど経験したこともない。だから余計にこういう時、どんな顔をしていいのかが分からなかった。
鹿紫雲の後ろを歩きながら、は何か話題はないかと脳内で模索し始めた。でも数百年も前の呪術師と共通の話題など、当然ないに等しい。しいて言えば、今この瞬間に参加している、このよく分からないゲームの話題しかない。あとは「お腹空いた」「何食べる」「さっきの攻守は良かった」など、全く色気のない話ばかりだ。いや、別に色気のある話をしたいというわけじゃないが。
その時、頭を悩ませていたの鼻が、ふわりと流れてきた潮の香りに気づいた。

「あ…海?」
「あ?」
「ほら、海の香りがする」

が嬉しそうな声を上げると、鹿紫雲も鼻を動かしながら「あー…」と頷いた。延々と歩いていた間に、二人はどこかの埠頭近くまで来てたようだ。遠くに大きなコンテナが並べられてるのが見える。その向こうが海に違いない。

「現代人は海が珍しいのかよ」

鹿紫雲が鼻で笑う。しかしはムっとしながら「違うけど…」と言葉を濁した。
普段は都心にばかりいるせいで、時々付き合ってた彼氏と海までドライブ、なんてことになると、そこにある非日常的な景色に心が癒されることがある。潮の香りは、その非日常感を思い出させてくれるのだ。
何となく行きたそうな顔をしていたのだろう。不意に鹿紫雲が「行ってみるか?」とに尋ねてきた。

「え…いいの?今日はまだ戦ってないのに」
「昨日で三分の一の目的は果たしたからな」

鹿紫雲は言いながら昨日のことを思い出す。呪術師を何人か殺し、貯めたポイントで新ルールというものを追加した。
"全泳者の情報を開示"
これで目当ての宿儺を探しやすくなる。
そういう点で、今の鹿紫雲に前ほどの焦りはない。それに何となく、今はとのんびりした時間を過ごすのも悪くない。ふとそう思った。

「おら、海に行きてーんだろ?行くぞ。そっちにも泳者がいるかもしんねえし」
「う、うん…ひゃっ」

いきなり鹿紫雲の手がの手を掴み、引っ張られる。最初は手首。でもそれが少しずつ下がり始め、手のひら同士が触れあい、鹿紫雲の指先がの指先を掴む。驚いたが顔を上げると、鹿紫雲は「何だよ」と目を細め、ふいっと顔を反らして歩き出した。ただ、の視線は繋がれた手に注がれたままだ。

(こ、これは…手を繋いでる…?え、あの鹿紫雲くんが…わたしの手を…?)

あまりに在り得ない光景だ。いつもならサッサと自分のペースで先を歩いて行く鹿紫雲が、の手を引いて、なおかつ彼女のペースで歩くなど、あまりに意外すぎる。たった一度の行為でここまで変わられると、もはや驚くを通り越し、はドキドキしてきた。

(ダメだ…情を移しちゃいけない相手なのに…完全に持っていかれそう…)

粗暴な態度から一転、急に甘さを見せる鹿紫雲のギャップに、の胸が素直に音を立てる。そもそも成り行きや、その場の空気とはいえ、抱かれてもいいと思うくらいベースはしっかり出来ていたのだと、この時はハッキリと自覚した。

(まさかこんな変な状況で誰かに惹かれるなんて思わなかった…しかも相手は過去の人なのに…)

ただ繋がれた手は温かく、肉体がこうしてあるのだ。中身が随分と年上だろうと、にとって鹿紫雲は現実に存在する人間だ。簡単には割り切れないものもある。

「あれえ?こーんなところにイチャついてる奴らがいる~」
「「―――ッ」」

不意に声が聞こえて、鹿紫雲とはハッとしたように立ち止まる。振り返れば、そこには術式ちからに目覚めた一般人の呪術師らしき男。手には長い刀のようなものを持っている。

「オレ、顏のいいヤツ嫌いなんだよね~。女にモテる男、大嫌いでさ~。つーことで死んで。ああ、その女の子はオレが代わりにもらう――」

と言った瞬間、男の頭上から大きな電が落ちてきた。ドンっという大きな音と共に、その男は口から煙を吐いて、その場にばったりと倒れ込んだ。ついでに今の衝撃で、男の手足が吹っ飛んでいる。恐らく即死に近かったはずだ。そのスプラッタな状態を見たが、悲鳴を上げて鹿紫雲の背中に隠れたものの、攻撃を仕掛けた鹿紫雲は呆れたように溜息を吐いた。

「チッ…雑魚が…敵の前でペラペラと、バカじゃねえのか、コイツ」

男が喋っている間、隙だらけだったことで、鹿紫雲は容易く攻撃を仕掛けることが出来た。しかもと手を繋いでいたことで、いつもよりも電撃力がアップしたらしい。半殺しにして仲間がいるかどうかを聞き出そうと思っていた鹿紫雲は、ガッカリしたように頭を掻いた。

「まあ、死んじまったもんは仕方ねえ。行くぞ…って、オマエ、さっきから何してんだ?」

歩き出そうとした鹿紫雲は、自分の背中に張り付いているを見た瞬間、軽く吹き出した。

「だ、だって…これバラバラ事件だよ…」
「あ…?コイツ、オマエに手ぇ出そうとしてたろ。オレのもんに手ぇ出そうってヤツはもっとグチャグチャにしても良かったわ」
「グ、グチャグチャって…だいたい何でわたしが鹿紫雲くんのもの…――って…何よ、その顏…」

見上げた際、鹿紫雲が不意にニヤケるのを見て、が怪訝そうに眉間を寄せた。その瞬間、腰を抱き寄せられ、くいっと顎を持ち上げられる。

「そうやってくっつかれると、また変な気分になるけどいいのかよ」
「…っ?な、何言ってんの…んっ」

文句を言いかけた唇を塞がれ、すぐに舌を差し込まれる。驚きで目を見開いたが身を捩ろうとしても、がっちり逞しい腕にホールドされて逃げられない。人気はないものの、こんな目立つ埠頭の入り口でキスを仕掛けられたは、羞恥で顔が熱くなるのが分かった。

「ン…っ…ふ…」

徐々に濃厚になっていく口付けに、は抗議するよう鹿紫雲の胸を叩く。するとゆっくり唇が解放され、満足そうな鹿紫雲と目が合った。

「ちょ…こんなとこで…っ」
「こんなとこ?」
「ひ、人が来たら…さっきみたいに見つかるでしょ…っ」

キスをされたことが嫌じゃないと思ってしまう自分が嫌だと思いつつ、鹿紫雲の危機感に対する意識が低いことでは、つい文句を言ってしまった。しかし鹿紫雲は全く悪びれた様子もなく「見つからなきゃいーんだな」と笑みを浮かべた。とても嫌な予感がする、と思った矢先、鹿紫雲はそのまま近くのコンテナまでを連れて歩いて行くと、コンテナの入り口を一瞬で破壊。唖然としているの手を引き寄せ、コンテナ内の壁に彼女を押し付けた。

「な…何して…」
「この中だったら誰からも見えねえだろ」
「は…?そ、そういう問題じゃ…」

呆気にとられて言葉に詰まった瞬間、鹿紫雲が身を屈めて、再びの唇を奪う。抵抗する間もない。唇を何度か啄み、最後にちゅっと甘い音をさせながら唇を僅かに離す。の頬が赤く染まり、かすかに瞳を潤わせていた。

「…とろんとした顔してんなァ?」
「…ち、違…んん」

恥ずかしさで顔を反らすと、鹿紫雲はの耳へ口付け、荒々しく口淫をはじめた。

「ぁ…耳…ダメ…っ」

ゾクゾクが止まらず、体から力が抜ける。だが鹿紫雲は容赦がない。腰から尻を撫でていた手で、の履いているクロップドパンツのジッパーを勝手に下げると、そこへ手を忍ばせてきた。

「ちょ…や…んっ」

驚いて鹿紫雲の腕をつかんだものの、中へ侵入した手は、一気にショーツの中まで入りこみ、直接、秘部を指で撫でてくる。

「ひゃ…ぁんっ」
「濡れてんじゃねーか」
「んんっ…ダ、ダメ…」

キスだけで濡れてしまったことが恥ずかしくて、はどうにかやめさせようと鹿紫雲の腕を掴む。しかし当然、力だけでは敵わない。鹿紫雲の指が好き勝手に濡れた場所を往復していくたび、はただ喘ぎながら体を跳ねさせることしか出来ない。そのうち濡れた表面を弄っていた指を入口まで移動させ、ゆっくりと押し込んできた。

「ぁあ…っ」

ナカから齎される快感に体が震える。指が抜き差しされ、内壁を擦られるたび、ビリビリと甘い快感が襲い、声が止まらない。

「もうナカ、とろとろだなァ?こんなに締め付けて」
「…んぁ…や…鹿紫雲…く…ん」
「…あんま煽んなよ…ここでシたくなるだろが」
「…ん…じゃ…や、やめて…よっ」
「やめていいのかよ。こんなに濡らして感じてんのはオマエだろ」

ますます指の動きを激しくしながら、鹿紫雲も息を乱していく。こうして触れてしまうと、どうしようもなく欲しくなる女だと感じながら、鹿紫雲はを高みへ押し上げようと、浅い場所を何度も抽挿して指で擦り上げる。ビクビクと腰を跳ねさせ、髪を乱しながらのけぞるの姿に、鹿紫雲の体もゾクリとしたものがこみ上げた。

「は…やべぇ…オレも溺れそうだ…」

鹿紫雲はそう呟くと、喘いで震えている唇を強引に塞ぐ。ナカ同様に、舌で口内をも余すことなくかき回し、その間も指の抽挿は止めずに、ナカをかき混ぜるように突き上げた。

「…んんぅ」

最後、鹿紫雲の指がナカのどこかを刺激した時、の背中が大きく反り返る。足をガクガクさせて、絶頂の余韻に浸るよう、ぐったりと鹿紫雲にしがみついたを、片腕だけで支えてやる。

「…イケたようだな」

呼吸を乱すのこめかみにちゅっと口付けた鹿紫雲は、満足そうな笑みを浮かべる。だがだけは恨みがましい目で睨むと、「最低…変態」と鹿紫雲へ悪態をついた。

「あ?気持ち良くさせてやったのに、何だよ、その言い草は」
「た、頼んでないし…っ」

真っ赤な顔で言い返すを見て、鹿紫雲はふっと笑みを浮かべた。キスをしただけで、蕩けるような目をして煽ってくるくせに、にはその自覚がないらしい。

(こりゃ参ったな…。一回じゃ全然足りねえ…)

最初はただ役に立つ女だと思った。いや、女とすらあまり意識しなかったかもしれない。戦闘に役立つなら何でも良かった。
鹿紫雲は戦いだけでしか快楽を見いだせない。強い相手を倒してこそ、得られる快感は何ものにも代え難いものがある。渇望するものは、真の力をぶつけ合う本気の戦いだ。
なのに、と一緒に過ごすうち、情なんてものが沸いてしまった。抱けばいっそう欲しくなり、さっきのように突然触れたくなってしまう。
こんな感情は、この先の戦いに不要なものだ。
なのに、鹿紫雲はもうを手放そうとは思えなかった。

「…指じゃ物足りねえだろ。今からホテルでも探すか」
「た、足りてる…!っていうか、真昼間から何考えてんのよ…っ」
「何って…オマエのことだよ」
「……な…何よ、それ…」
「強がんなよ。オマエもオレに惚れてんだろ?」
「は?!だ、誰もそんなこと言ってない――」

そこでは言葉を切って、目の前の鹿紫雲をマジマジと見上げた。

「い、今…オマエもって…言った…?」
「あ?」
「ってことは……鹿紫雲くん……わたしに惚れてるの…?」
「……っるせぇなあ…行くのか行かねえのかどっちなんだよっ」

真っすぐ見上げてくるから視線を反らし、鹿紫雲がガシガシと頭をかく。
女相手に、こんな気持ちになったのはうん百年ぶりだったに違いない。鹿紫雲の頬が、薄っすらと色をつけている。だが、そんな甘ったるい空気に気づかないのがだ。鹿紫雲の問いに「行くわけないでしょっ」と言い返し、プイっとそっぽを向く。ただし、の頬も薄っすら赤く染まっているのを見れば、それはただの照れ隠しなのかもしれない。

「は?行かねえの?」

微妙な女心を分からない鹿紫雲は素で驚いている。あんなに感じていたくせに、最後までさせないとは何事か!と言わんばかりに、の腰を抱き寄せた。

「もっと気持ち良くさせてやんのに」
「け、結構です…!」
「強がるなって」
「つ、強がってなんか――って、ちょっと!お尻撫でないでよ、スケベ!」
「チッ…じゃあ…ここでするか」
「ぎゃ!こんなとこで脱がないで!」

いきなり穿いているパンツの腰ひもを緩めだした鹿紫雲を見て、が慌てて顔を背ける。だがその時――在り得ないものが彼女の視界を掠めた。

「え、パンダ…」
「あ?いるわきゃねーだろ、パンダが。そんなこと言って誤魔化そうとしても――」
「ち、違う!ほら!あんなとこにパンダがいる!」

バシバシ叩かれたあげく、その気になった気持ちが萎えそうになりながら、鹿紫雲がの指さす方向へ視線を向ける。
その瞬間、全身を覆っていた欲望が、一気に違うものへと変換された。

「…ははっ。何だ…?あれ」

の言う通り、遠くに見えるコンテナの上に、白黒のデカい物体が座っている。この辺にパンダのいる動物園などなかったはずだ。
となると――。

「プレイヤーか?」

鹿紫雲の中の戦闘欲が、再び燃え上がった。

「行くぞ、
「え?」
「あのパンダんとこだよ」
「ちょ…まさか殺す気じゃ…ダメだよ、ワシントン条約を無視する気?!虐待はダメっ」
「アホか!あんなとこにいるヤツが、ただのパンダなわけねーだろ!虐待するかしないかもアイツ次第だ。オレの欲しい情報もんを持ってるか否か。持ってるなら――素直に話すか否か。それだけだ」
「…宿儺のこと?」
「それ以外の目的はねえからな」

そう言いながら、鹿紫雲はふとを見下ろした。

(いや…もう一つ…どうしても手に入れたいもんが出来たしな…)

本当は、宿儺と本気で戦い、その中で死ねるなら本望だった。だが、生きる理由を見つけてしまったから。
宿儺を殺すことが出来たなら、次はこのも手に入れる。
コイツが嫌だと言っても関係ねえ。
うんと言うまで、何度でも抱いて、愛して――死ぬまで隣にいることを命ずる。

「おら、行くぞ、!」

鹿紫雲はの手を取ると、一気にその場から走りだした。

その瞬間がくるまでは――この狭い水槽の中で、思う存分暴れてやるさ。




...END



今回で鹿紫雲のお話は終わりです!
原作では鹿紫雲がどうなったのか、新刊出るたび期待してたんですが一向に分からないので、このお話のラストも秤戦の前に終わろうと思います!
この前発売された24巻を読んだら、とてつもなくヤバい流れになってるので、ハッピーエンドにはならない予感がしたのです笑
二人の関係も珍しく曖昧にしてしまいましたが、きっと想いは通じ合ってるので私的にはハッピーエンドです笑
拙い話でしたが、最後までお付き合い下さった方がいましたら、本当にありがとう御座いました✨<(_ _)>
原作での鹿紫雲くんの活躍を楽しみに、終わりたいと思います💛

2023.10/15...HANAZO