ダメだ。顔が緩んでしまうのを止められない。
そう思っていたら、案の定、五条が「何笑ってんのー?」とニヤニヤしながらの顔を覗き込んできた。

「別に笑ってないもん」
「嘘つけ。のここ、締まりねえじゃん」

五条は笑いながらの頬を突いてくる。でも今日はそれだけでも幸せに感じてしまうから、かなり単純な自分に笑ってしまう。
今日は四カ月ぶりに自由な時間を貰えた。それは巫女として五条の穢れを祓って来なさいという当主さまからのご命令だからだ。前は呪霊を祓うたびに行っていた儀式みたいなものが、年々期間が空いて、今じゃ数か月に一度となっている。それは五条の強さも関係しているので、としては複雑だが、穢れをため込まないようにすることは大事だ。
こればかりは例外なく、五条にも必要になって来る作業だからだ。

「でもいいのかな…巫女のお勤めで来たのに…」
「いいんだって。久しぶりに会えたんだしデートくらいしようぜ」

五条は言いながらの手を引いてパーク内を歩いて行く。
今日は前から行ってみたかった夢の国まで、五条が連れて来てくれたのだ。広い園内は大勢の客達で賑わっている中、と五条も他のカップルと同じようにアトラクションを楽しんだ。
こんな風に誰の目を気にすることなく、五条とデートが出来るなんて初めてかもしれない。

「あ~目が回る…」
「あれくらいで?だっせー」
「む…だって初めて乗ったんだもん…」

人気のアトラクションは想像以上に怖くて、大絶叫してしまったせいか、喉がすでに掠れている。このペースでいけば帰る頃にはガラガラかもしれない。五条が「、叫びすぎ」と笑いながら彼女の頭を撫でていく。

「少し休憩しよっか?」
「うん、そうだね」

ここへ来て二時間、延々と乗り物に乗ってたから疲れてしまった。きっと五条も気づいて言ってくれたのかもしれない。
五条はの手を引くと、近くにあった店に入った。

「何飲む?」
「えーと…あ、これがいい」

キャラクターのアートが施されてるカフェラテを指すと、五条はそれを買ってテーブル席まで運んでくれた。

「あー疲れたぁ~」
「しょっぱなから飛ばしすぎなんだよ、オマエは」

と同じものを飲みながら、五条も苦笑いを零している。でも久しぶりに会えた上に、こうして夢の国でデートまで出来るんだから、これではしゃがない女の子はいないとは思う。

「だって嬉しいんだもん…こうして外でデートなんてあまりなかったし」
「まあ…いっつも室内ばっかだったもんな」

五条が意味深に笑うから頬が熱くなった。と五条はあまり地元じゃ公に出歩ける関係でもなく、必然的にそうなっただけだ。そして五条と密室にいると自然とそういう空気になってしまう。
そこまで考えて本格的にの顔が赤くなってしまった。それに気づいた五条は困ったように笑いながら「何、想像してんだよ」と指で額をつついてくる。

「な、何も想像なんてしてない…」
「嘘つけ。はすーぐ顔に出るからな」
「う…」

しっかりバレてるのが恥ずかしい。五条が含みのある言い方するのがいけない。そう思っていると、五条は僅かに身を乗り出して、の顔を覗き込んだ。ズレたサングラスから、キラキラした青い瞳がを射抜いてくる。

「ちなみにここにもホテルはある」
「え…?」
「オマエが泊まりたいならすぐにでも抑えるけど?」

ここのホテルと言えば、豪華で可愛い部屋が有名なあのホテルだろう。五条はニヤリとしながらの反応を見ている。どちらかと言えば泊まってみたいけれど、それは無理な話だ。外泊の許可までは取っていない。

「い、いい…泊れないもん」
「そんなのオレがどうとでも理由作るって」
「ダメだよ…変に思われちゃうし…」
「ちぇ」

が慌てて首を振ると、五条はスネたように唇を尖らせた。しかし本音はも同じ気持ちだ。もっと五条と一緒にいたいし、ここのホテルにも泊まってみたい。出来れば朝まで五条の腕に抱かれて眠りたい。
現実にはそんなこと無理なのだから、余計に大人のデートも憧れる。
そんなことを考えながら俯いていると、五条はふと困ったような顔での髪を撫でた。

「そんな顔すんなよ…これが最後ってわけじゃねえし」
「うん。分かってる」

そう言って笑顔を見せれば、五条もホっとしたように微笑む。
いつだって五条がの心配をしてくれるから、も会えない寂しさを我慢出来ているのだ。一生このままなわけじゃない。そう思えば、一人の夜を何度だって超えられる。

「さ、悟…ダメ…」
「…何で?今、めちゃくちゃにキスしたいんだけど」

しばし見つめ合った後、自然と唇を寄せてくる五条から顔を反らす。ここは大勢の客がいるカフェ内で、ただでさえ目立つ五条は女性客から注目の的だ。なのにこの中でキスなんてされたら死ぬほど恥ずかしい。

「み、みんな見てるし…」
「あんなギャラリーどもはほっとけ」
「そ、そういうわけにはいかないよ…」

心を鬼にして五条の胸元を押し戻すと、再びスネたらしい。綺麗な瞳が半分にまで細められ、唇はこれでもかってくらいに尖っている。こういう時の五条は昔に戻ったみたいに子供になるから、内心可愛いなんて思ってしまう。

のケチ」
「ケ、ケチで言ってないもん」
「あっそー。じゃあさっき買うって約束したオマエの好きなキャラのヌイグルミはお預けだな」
「えっ何それ!横暴!」

本気で焦って腰を浮かすと、五条はたまらないと言った様子で盛大に吹き出した。どうやらからかわれたらしい。

「マジで焦ってやんの。かわいー」
「…む。バカにしてる」
「してねえよ。可愛いって思ってる」
「………」

プイっとそっぽを向いた瞬間、頬に素早くキスをされ、ギョっとして辺りを見渡す。かすかにざわついたのと同時に、痛いくらいの視線が背中に刺さるのを感じた。きっと、あんなイケメンに何であんな女が?って思われてるのかもしれない。でもそんなことを気にしていたら五条とは一緒にいられない。

「そろそろそのヌイグルミでも買いに行く?」
「うん」

カフェラテを飲み終わった五条が席を立ち、の方へ手を差しだす。この手を、わたしは選んだんだから、とは思った。

「特大サイズの買ってやるよ」
「え、でも持って帰るの悟だよ」

手を取って立ち上がると、五条は複雑そうな顔で振り向いた。

「やっぱ普通サイズにしとけ」
「えー…」
「つーか、そんなもん持って帰ったら、それこそ遊んでたのバレるぞ」
「あ…そうだった」

そのことを思い出して吹き出した。五条といると楽しくて、つい今日の目的を忘れそうになる。
自分の手を引きながら前を歩く五条の背中を見上げると、は触れている手から浄化を始めた。それに気づいた五条がギョっとしたように振り向く。

「おい、こんなとこで――」
「誰も何してるかなんて分かんないよ」
「まあ、そりゃそうかもしんねーけど…」

五条は苦笑交じりに言いながら歩く速度を落としていく。
の特殊能力は触れたものの穢れを浄化させることが出来るプラスのエネルギーだ。平安時代から脈々と続く彼女の家の力は、普通の呪術師とは少し異なる。それほど強い術式はないけれど、呪力で傷つけられた体から穢れを吸いだし、ケガを癒すこともできるので、呪術師たちからは重宝されたらしい。
歩きながら五条の肉体を癒していると、不意に立ち止まったらしい。の顔面が五条の背中にぶち当たってしまった。

「いったぁ…もう何で急に止まる――」

と文句を言った瞬間、二人の唇が重なる。ビックリして瞬きを繰り返すを満足げに見下ろすと、五条は綺麗な唇に弧を描いた。

「どうせ癒してくれんなら、こっちがいい」

そう言いながら身を屈めた五条は、もう一度の唇を優しく塞いだ。こんな人混みの中でを抱き寄せる五条は確信犯かもしれない。固まったの唇を何度も啄んで、魅力的な笑みを浮かべるのだから、本当にタチの悪い幼馴染だとは思う。

「浄化も出来て、十分パワー補給できたかも」
「……バカ」

ペロリと唇を舐めながら笑う五条に、そんな言葉しか返せない。
こうして普通の恋人同士のように笑い合える時間が、ただ愛しかった。