――お前は一生涯、悟さまのお傍で自分の役割を全うするのよ。

情事の後、五条の寝顔を眺めながらは子供の頃から母に言われ続けた言葉を思い出していた。幼い頃はそれがどういうことなのか理解すらしていなかったが、成長するにつれ、それがどんなに大切な役割なのかということを学び、その心づもりで修行や訓練に打ち込み、精進してきたつもりだ。でも母が言ってたのは巫女としての役割であり、男女のそれとは話が違う。だからこそ、五条から強引に迫られた時は戸惑いもした。喜びと絶望が同時に襲ってきた感覚。
次期当主である五条を、想いを寄せてはいけない相手を、愚かにも愛してしまった自分に嘆いたこともある。なのに、顔を合わせてしまえばどうしても突き放すことも、拒むことも出来ずに今日まできてしまった。

(バカだな…悟には決まった相手がいるのに…)

子供の頃、大人達の話を盗み聞いたことがあった。五条が当主になった暁には"妻となる相手は決まっている"…と。それを知った時、は呪われた運命を理解した。
どれだけ五条が自分を想ってくれていたとしても、結局は五条にも当主としての役割がある。愛だの恋だのといった感情論では解決できない壁が二人の間にはあるのだ。
いつか五条は自分以外の女性と結婚する。でも例えそうなったとしてもは巫女として五条の傍に居続けなければならない。自分に触れた手で、他の女性に触れる姿を傍で見続けなければいけない。それはにとって生き地獄にも等しい人生だった。

(悟は普通の人には出来ないことをたくさんできる人だ。わたしなんかより相応しい人は他にいる…)

これまで迷いながらも五条に言われるがまま流されてきたが、それもそろそろ終わりにしなければ。18歳になったと同時に、五条は一族の長となり、呪術界の頂点にすらなり得る存在なのだから。若い二人の熱病にも似た恋など、周りは決して許してくれないだろう。

「悟の結婚相手の人が羨ましい…わたしも巫女としてじゃなく、そっちが良かったな…」

珍しく熟睡している寝顔を見ながら本音を漏らす。艶やかな頬にそっと触れて、僅かに開いている唇へ口付けた。すると、それが刺激となったのか、五条の瞼がかすかに動いた。

「ん…?」
「ご、ごめん…起こしちゃった…?」

すっかり寝入っているものと思っていただけに、薄っすら目を開けた五条を見ては慌てた。しかし五条は軽く笑みを浮かべると、の肩を抱き寄せて自分の腕の中へ閉じ込めた。

「まだ足りなかった…?」

苦笑気味に言いながら彼女の額へ口付ける五条に対し、は顔を赤らめて「ち、違うから」と反論する。足りないも何も夕べは意識が飛ぶまで求められ、今も全身が気怠いくらいだ。こうして寮の部屋で密会するのは何度目か分からないが、そろそろ自重しないといつバレてもおかしくはない。

「部屋に戻らないと…」

五条の唇を受け止めながら呟くと、淡い光を放っていた碧眼が不満げに細められる。朝までいて欲しいと言葉にしなくても気持ちが分かるほど抱きしめられた。

「明日は休みなんだから泊ってけよ」
「ダメだよ…朝なんて誰に見つかるか分からないのに…」
「別に見つかったっていいだろ。オレは隠してるつもりないし」

平然と言ってのける五条には困ったように口を閉じた。五条が普段から二人の関係を隠そうとしていないのは伝わってくる。悪いことをしてるわけじゃないと思っているからだ。でもからすれば五条は自分の主という思いがどこかにある。幼い頃からそういう認識で育てられたからこそ、五条とこんな関係になったことを後ろめたく感じてしまう。五条はそんな彼女の気持ちに気づいているんだろう。抱きしめる力をいっそう強めた。

「オマエがどう感じようと、オレの気持ちは変わらないし、誰に対して後ろめたいとも思ってないから」
「…悟」
が傍にいるから、こんな世界でもオレは何でも頑張れる」

五条の何気ない一言にハッとしたように息を飲む。自分より五条の方が色んなしがらみの中で生きている。呪いの溢れたこの世界の為に、自分が何をすればいいのかを一番理解しているのを知っている。呪術師の頂点に立つ者として生きるのは思ってる以上に孤独なのだということも。

「…わたしは悟のそばにいるよ。これからもずっと」

そう告げると五条はホっとしたように笑みを浮かべた。どんな形であろうと傍にいるのは変わらない。ならばせめて五条に不安を抱かせないようにしてあげたい。五条の体温を感じながら、は自分の不安を押し殺して笑顔を返した。