松野千冬



家に帰ったらオレの部屋からペケJがいなくなってた。まーた窓からいつものコースで遊びに出かけたらしい。でも行き先は分かってるから、すぐに上の階へと走る。

「場地さーん、いますー?」
「おー。入って来いよ」

勝手知ったるは何とやらでドアを開けると、奥からすぐに返事が聞こえた。どうやら一人らしい。靴を脱いで「お邪魔しまーす」と声をかけて行き慣れた場地さんの部屋へと向かう。途中、テーブルの上にグラスが二つあるのを確認。少し残っている中身は琥珀色でアイスティーだと思う。それを見て彼女がさっきまでいたんだなと分かった。アイスティーは場地さんの彼女のさんが大好きらしく、いつもそれを飲んでいるからだ。飲みかけのところを見ると、後で戻って来るんだろうと思った。さんは必ず使ったグラスを洗ってから帰る人だから、こんな風に飲みかけのまま帰るなんてことはしない。

「ちーっす」

部屋のドアを開けると、場地さんはベッドでうつ伏せになって漫画を読んでいた。

「おー千冬。どうした?」
「いや…ペケJ来てないっすか……って、やっぱいるし!」

オレの愛猫のペケJが場地さんの隣で優雅に寝そべっているのを見て苦笑した。コイツは窓を開けておくと、そこから器用に上の階へ移動して、何故か場地さんの部屋に来るのが散歩コースになってるようで、時々居座ったりもする。それはペケJが場地さんとさんにめちゃくちゃ懐いてるからだ。

「ああ、ペケJ、一時間くらい前に来たぞ」
「すんません。また脱走したみたいで」
「いや、も喜んでたし」

場地さんはペケJの頭を撫でながら笑っている。場地さんが彼女のことを話す時は決まって、こんな風に穏やかな顔になるのを、オレは知ってる。

「ならいいっすけど……って、あれ?ペケJどーした、そのリボン…」

オレに気づいてのっそりと顔を上げたペケJの首には、赤いリボンがついていた。控え目に言って超可愛い。

「あーそれがつけた」
「マジっすか。めっちゃ可愛いっす!」
「だろ?がジジって呼んでたわ」
「あ、確かに!そっくりだ」
「だよなー?オマエ、また名前変わりそうだな」

ケラケラ笑いながら場地さんはペケJを抱っこして鼻先にちゅっとキスをしている。あまりに優しい眼差しでキスしてるから、普段こんな風にさんにもちゅーしてるのかと変な想像をしてしまって、つい顔が赤くなってしまった。何となく気まずくなって視線を窓際へと向けると、そこには場地さんの部屋にあまりに不釣り合いなものがあってギョっとした。

「この花…どうしたんすか?」
「あーそれが最近ハマってて。花屋でそーいうの売ってたらしくてさ。"これならわたしも作れるかもー"つって、その辺で花を摘んではミニブーケにしてるらしーわ」
「へえ…可愛いことしますね。で、場地さんの部屋にも飾ってんすか?」
「まあ…圭介の部屋、素っ気ないってうるせーから置かせてやってんだよ」

恥ずいったらねーけどな、なんて言ってるけど、場地さんはどことなく嬉しそうだ。こんな風に彼女の要望を聞いてあげたりするんだ、と少し驚くけど、場地さんがさんを凄く大切にしてるのがオレにも伝わってくるから、二人の仲のいいとこを見てるとオレまで何かほっこりするんだよな。

「ところで…そのさんはどこに行ったんすか?」
「あーさっきお袋から今夜は遅くなるって電話来てさ。に」
「え、お母さんがさんにかけたんすか」
「アイツ、息子のオレより可愛がってんだよ。ムカつくだろ」
「そーいや仲いいっすもんね。お母さんとさん」

そーなんだよ、と苦笑しつつ、「んで、が今夜の夕飯作ってくれることになった」と、そこは嬉しそうだ。

「だから近所に買い物行ってる」
「え、一人で?」

いつもは二人でコンビニとかも行くのに珍しいと思っていると、場地さんは不満げな顔でオレを見上げた。どことなく責められてるような気がするのは気のせいか?

「オレも行くっつったんだけど、"そろそろ千冬くんがペケJ迎えに来る頃だから、圭介は家にいて"…だとよ」
「あー…何か…すんません」

そういうことか、とオレも苦笑が洩れる。すっかり行動パターンを読まれてるようだ。でも、それも何か悪くないなんて思うオレがいる。尊敬する場地さんと、その彼女のさん。二人の会話の中にオレの名前が出るのは何気に嬉しい。きっと東卍の誰より、二人のことを傍で見てるのはオレだと思う。さんと話す時、場地さんが蕩けるくらいに優しい顔をすることや、「」と呼ぶ声が普段の数倍、甘ったるい音になることを、東卍の皆は知らない。

「お、から電話」

その時、不意に鳴りだしたケータイの表示を見て、場地さんがすぐに電話に出る。

「おーどーした?うん…ああ、来た来た。あーちょっと待ってろ」

そんなことを言いながら、場地さんはケータイを耳から外すと、ふとオレを見た。

が千冬は何が食いたいか聞いてだと」
「え、オレっすか?」
「アイツん中では千冬も夕飯メンバーに入ってんだよ、初めから」
「…マジっすか」

まさかオレのことまで考えて夕飯の買い物をしてくれてるなんて、さんはスパダリならぬ、スパカノか。やべえ、感動してしまった。

「で、千冬は何を食いたいんだよ」
「え、いや…オレなんかより…場地さん食いたいのでいいっす!」
「いや、オレは何でもいいって言ってあるし。の作る飯は何でも美味いから」
「………」

今さらりと惚気た?あの場地さんが?と内心驚いたものの、そこは顔に出さずにおく。

「で、何がいいんだよ。、まってんぞ」
「え、あ、じゃあ……焼きそば!」
「ぶはは。やっぱ焼きそばかよ。――ああ、?やっぱの読み通り、焼きそばだってよ」

どうやらさんにはオレの出す答えを読まれていたみたいだ。通話口の向こうで彼女の明るい笑い声が聞こえて来る。今夜は本当に焼きそばにしてくれるようで、場地さんがニヤリとしながらオレに向かって指で丸を作った。こういうのってやっぱり何か嬉しい。場地さんとさんは、オレの理想のカップルだ。オレもいつか彼女が出来たら、二人みたいになりたいと思った。
願わくば、場地さんと彼女にはいつまでも仲良しでいて欲しい。早く帰って来いよ、なんてこっそり言ってる場地さんを見て、心からそう思った。