場地圭介



元東卍の仲間のタケミチくんの結婚式に出席した帰り道。腕の中で香るブーケを抱きしめながら、隣を歩く圭介をそっと仰ぎ見る。いつものラフな格好とは違い、今日はビシッとスリーピースのスーツでキメている圭介は何気に見惚れちゃうくらいカッコいい。そんなわたしの熱い視線を感じたのか、圭介がふとわたしを見下ろした。

「何だよ、ジロジロ見て」
「だって…スーツ姿の圭介、凄くカッコいいんだもん」
「……あ?そりゃ普段のオレがカッコ悪いって言いてえのかよ」
「違うよー!もー誉めてるんだから、そこは怒るとこじゃないよ」

言いながら見上げると、圭介はちょっと視線を反らして鼻の頭を指で掻いている。どうやら照れ臭かったらしい。

「…まあ…も今日のそのドレス、めちゃくちゃ可愛いし、すげえ似合ってる――」
「え、何それ。普段は可愛くないってこと?」
「は?テメェ、さっき自分でなんつった?!」
「嘘だよ。ありがとう、圭介」
「………」

すぐムキになる圭介に思わず吹き出しながらもお礼を言う。圭介はやっぱり照れ臭そうに視線を反らしたけど、代わりにそっと手を繋がれた。その温もりだけで幸せな気持ちになるんだから不思議だ。

「いい結婚式だったね」
「おう。ありゃー尻に敷かれるな、タケミっちのヤツ」
「ヒナちゃんシッカリしてるもん」
「確かに。よりシッカリしてんな、同じ歳なのに」
「あーそーいうの何気に傷つくやつー」
「…冗談だよ。はそのままでいなさい。可愛いから」
「あ、また子供扱いしてる。一つしか違わないのに」
はまだまだガキじゃん」

圭介が身を屈めてわたしの顔を覗き込むからムっと口を尖らせると、不意にちゅっとくちびるを啄まれてドキっとした。

「ちょ…ここ外だよ…」
「誰もいねえじゃん」

赤くなったわたしを見て、圭介が笑う。結婚式と二次会の後、圭介が「腹減ったな」って言いだして、パーティで散々飲み食いしたにも関わらず、駅前のラーメン屋さんで圭介とラーメンを食べてしまった。だから運動もかねて駅からのんびり家までの道のりを歩いて来て、あと数分歩けばわたしのマンションが見えてくるはずだ。

「珍しいね、圭介がそんなことするなんて」
「そうかー?オレはいつでもにキスしてえなーって思ってっけど」
「………」

ヤバい、と思う前に頬が真っ赤になったのが自分でも分かった。散々昔の仲間とお酒を飲んだから、圭介も結構酔ってるみたいだ。普段あまり言ってくれない甘い言葉を、サラリと言われて照れ隠しに腕の中のブーケで顔を隠す。そうすることでお花特有の甘い香りが鼻を刺激して、これを受けとった時の幸せな気持ちが蘇ってきた。

「それ、良かったじゃん」
「え?」
「ブーケ。欲しがってたもんなー?オマエ」
「う、うん…凄く嬉しい」

ヒナちゃんのブーケトスが、ほんとにたまたまわたしの手に見計らったかのように落ちて来た。一斉に視線がわたしに向けられて、一虎くんに「次は場地とちゃんだな」なんて言われて、他の皆からも散々からかわれたけど、わたしは凄く嬉しかった。花嫁から幸せのおすそ分け的な意味合いが込められるこのブーケには、受け取った人が次に結婚するなんて言われてる。だから余計に意識してしまう。圭介との未来を。ただ、これまで圭介とそんな話はしたことがない。でも、お酒の力を借りて、今なら言える気がした。

「…わたし…圭介と結婚、してあげてもいいよ」

何で上から?と自分で首を傾げたくなるくらい緊張したかもしれない。ブーケに顔を埋めながら思い切って呟くと、予想以上に声が震えてしまった。

「あ?オマエ、影響されすぎ。それにオレはまだ見習いみたいなもんだし」

圭介は笑いながらわたしの頭をくしゃりと撫でた。でも薄っすら頬が赤くなったのは見間違いじゃない。繋がれていた手を、ぎゅっと強く握られたことも。

「圭介、前に言ってたでしょ?これから忙しくなったらお母さんがひとりの時間も増えるし心配だって。だから…わたしが圭介のお母さんのそばにいる」
「…
「だから…圭介も早く一人前の獣医になって、わたしを圭介のお嫁さんにして?」

一世一代の逆プロポーズだった。圭介と付き合いだして7年。圭介の方からして欲しいって気持ちも、もちろんあったけど、それ以上にわたしが圭介に伝えたかった。それくらい、圭介のことを愛してるって。

「バカでケンカっぱやい圭介のそばにいれるのはわたしだけだもん…」

そう言って見上げると、放心していたらしい圭介の顏が更に赤く染まった。

「…テメ、ケンカ売ってんのかよ?」

いつもよりも優しい声色で文句を言う圭介が、繋いでいた手を離したと思った瞬間、息が止まりそうなほど強く抱きしめられた。

「……の言う通り…オレ、バカだからいつになるか分かんねえぞ」
「うん…いいよ」
「しばらくは千冬んとこで安月給かもしんねえし…」
「うん、いいよ」
「今日みたいな結婚式も…出来るか分かんねえけど」
「うん、いいよ」
「指輪だって…買えるか分かんねえぞ」
「え…それは欲しい」
「欲しいのかよ」

思わず顔を上げると、圭介が破顔して笑っていた。

「んじゃあ…これは無駄じゃなかったってわけだ」
「え…?」

何のことかと首を傾げたわたしの手から、圭介がブーケを奪い去る。それを脇に挟んで、今度はスーツのポケットから小さな箱を取り出した。

「…圭…介…?」
「実は…もう買っちまってんの」
「…え?」

何を?と聞こうとした時、わたしの左手薬指に、何かがはめられた。驚いて見下ろすと、そこには眩しいくらいに綺麗な石が輝いている。

「こ…これ…」
「オマエと付き合いだしてすぐの頃から、ずっと貯金してたんだよ」
「貯金…?」
「そ。指輪貯金。何年も貯金すりゃ、案外いいもん買えるくらい貯まるもんなんだなーって実感したわ」
「圭介…」

驚かせるつもりが、今度はわたしが驚かされてしまった。まさか逆プロポーズの後に指輪を貰えるなんて思わない。しかも付き合いだしてすぐの頃から圭介は――。

がオレのこと好きになってくれたことが、オレの人生の中で一番幸せな瞬間だったから、結婚すんなら以外考えられねえって思った」

圭介は真剣な顔でわたしを見つめると、「オレと、結婚してくれ」と、わたしが一番欲しかった言葉をくれた。返事の代わりに思い切り抱き着くと、また強く抱きしめられる。こんな道の往来でプロポーズをしあうなんて思いもしなかったけれど。これはこれでわたしと圭介らしいって思う。僅かに体が離れた瞬間、圭介のくちびるがわたしのと重なる。何度も触れ合うくちびるを、圭介の長い髪が隠してくれた。

「…わりぃ…ブーケ、落としてたわ」

いつの間にか手の中のブーケが、足元に落ちていたのを見て、圭介が呟く。

「ん。でも…もうブーケはいらない」
「え?でも、あんなに欲しがってただろ」
「…もう欲しいものは手に入ったもん」

そう言って圭介を見上げると、また甘いキスがくちびるに落とされた。
わたしたちはまだ約束をしあっただけで、具体的なことはどうなるかも分からない。だけど、あたしの人生のエピローグに登場する人は、最初からひとりだけと決まっていた。