場地圭介



真夏のギラギラした太陽の下。しかも目の前は海とくれば普通はテンションが上がるものだ。なのにわたしは今、必死に砂浜を走ってる。ただのドライヴかと思ってたからビーチサンダルなんて気の利いたものは履いて来なかった。むしろデートということで可愛いミュールにしてしまったから素足に砂がまとわりついて転びそうになる。でもそれは強く繋がれている大きな手が支えてくれた。

「ここまで来りゃ大丈夫だろ…」
「っていうか…も…無理…走れない…」

だいぶ走って人気のない場所まで来た辺りで、わたしと圭介は砂浜に倒れ込むように座り込んだ。互いに息を乱し、顏なんか汗だく。わたしなんか朝、念入りにしてきたメイクなんてほぼはげてる気がする。

「もぉ…圭介のせいだよ…すぐケンカするんだから…」

何が悲しくて真夏の暑い最中さなか、ミュールで砂浜を全力疾走しなくちゃいけないんだと思いながら、隣でグッタリしている圭介を睨む。

「あ?何でオレだよ。アイツらがオマエにちょっかいかけてきたのがわりーんだろ」
「そ、そうだけど…」

助けてもらった身として、そこは確かに文句を言える立場じゃない。
というのも10分前のこと。今日は圭介とのデートで久しぶりにバイクで遠出をしようということになって都内を脱出。神奈川県に入ったところで海でも見ながら走るかと圭介が言うから、嬉しくてつい、「ちょっとだけ降りて浜辺散歩したい」と言ってしまったのが発端だ。車などが数台止まっている駐車場にバイクを止めて、二人で浜辺に来たのはいいけど、やはりこの暑さでそこは人がごった返していた。とてもお散歩なんて優雅なことは出来そうになく、仕方ないから冷たいもんでも飲んで、また別の場所に行くかってなった。そこで圭介が「飲みもの買ってくっから、ここで待ってろ」と近くにあった海の家まで行ってくれたまでは良かったんだけど…

「ねえねえ、君、ひとり?オレ達と一緒に泳がねえ?」

どこにでもこういうナンパ男はいるものだ。振り返ると、4人のチャラそうな大学生くらいの男達がわたしの方へ歩いて来た。裸の上からガラシャツを羽織って、下は海パンのようだった。だけど海に女ひとりで来るはずもないし、それにわたしは水着姿じゃなく、普通の服装をしているのに何で泳ぐと思うんだろう。とにかく普通に「ツレがいるんで」と断った。なのに男達は少し酔っているのか意外としつこかった。

「君、可愛いねー。高校生?」
「オレ達、近所の大学に通ってんだけど、今日は男だらけで来ちゃったから寂しいんだよねー」

そんなことを言いながら馴れ馴れしく肩まで組んで来る。しかも酒臭くて、わたしは思わずその腕を振り払った。

「放してよ…!ツレがいるって言ってるでしょ?」
「何だよ、そこまで怒ることないじゃん」
「ツレって誰?女の子?」

男4人に囲まれて、少しだけ怖くなって来た時だった。

「ツレはオレだよ」
「あ?」

その声に男が振り向いた瞬間、圭介は男の一人を殴り飛ばしていた。

「圭介…!」

ギョっとして止めようとしたけど、男達は仲間の一人がぶっ飛ばされたのを見て、急に「テメェ…何すんだよっ」と怒り出した。でも当然のように圭介は全くひるまない。

「あ?オマエらが人の女、囲んでナンパしてんのが悪くね?」

指を鳴らしながら堂々と言い切った圭介に、男達も更にヒートアップしていくのを見て、わたしはただオロオロするばかりだった。

「はぁ?だからっていきなり殴らねえだろ!」
「オレら空手やってんだよ。テメェ、覚悟しろっ」

空手、と聞いてわたしは血の気が引いた。圭介が強いのは十分知ってるけど、男3人、しかも空手をやってると聞けばやっぱり心配になる。でも――その心配は秒で終わった。

「え…?」
「チッ。口ほどにもねえなあ。何が空手だよ」
「け…圭介…?」

見れば圭介の足元に男が3人伸びている。アっという間に決着がついたようだ。その時だった。他の海水浴客が「ケンカだ!」と騒ぎ始めて、わたしと圭介は互いに顔を見合わせた。その瞬間、手を掴まれ「逃げるぞ」と圭介が走りだす。それは警備員が数人走って来たのと同時だった。

「はあ…大ごとになってなきゃいいけど…」
「軽いの一発ずつ入れただけだし平気だよ」
「平気ってそんなわけ…って、圭介も口が切れてんじゃない」
「ああ、アイツらともみ合いになった時に肘が掠ったんだよ」

見れば圭介の口端が血で滲んでいる。それを手の甲で拭おうとするから慌てて止めた。

「ダメだよ。ちょっと待って」

こんな時の為に持って来ていた消毒液をハンカチに沁み込ませて、それを圭介の口元へ当てた。圭介はギョっとしながら「何でそんなもん持ってんだよ」と笑っている。

「だって圭介といると何が起こるか分かんないから。前にもあったでしょ?酔っ払いに絡まれてケガしたこと」
「ああ…あったなーんなこと。あの時もがあの酔っ払いにナンパされたんだっけ」
「そ…そうだっけ」

やぶ蛇だったと思ったけど、そう言われると、ここ最近のケンカの原因はどちらもわたしということになってしまう。

「…痛っ」
「あ、ごめん…沁みた?」
「いや…」

一瞬、顏をしかめた圭介は「平気だって」と笑いながらわたしの頭を撫でて来る。その顏を見てたら急に悲しくなって来た。

「ごめんね、圭介…」
「あ?だから平気だって、こんなのかすり傷――」
「じゃなくて…わたしのせいで圭介がケンカするはめになっちゃうし…」
「別にのせいじゃねえよ。声かけてきてしつこくしたり、馴れ馴れしくオマエに触る奴らの方がわりーだろ」
「圭介…」
「まあ…そんだけが可愛いってことなんだろーけど」

ニヤリと笑う圭介にじわりと頬が熱くなった。散々なデートになったと思ったけど、急に空気が甘くなった気がして恥ずかしくなってくる。その時だった。ハンカチを持っていた手をぐいっと引き寄せられて、強く抱きしめられた。

「け、圭介…?」
「ちょっとでも目ぇ離すとアレだし、おちおち買い物にも行けねえな」
「う…ご、ごめん…」

スキがありすぎ、と耳元で言われてドキっとした。そんなつもりはないのに、と顔を上げると、意外にも真剣な圭介と目が合う。

「オマエはオレのもんだろ…?」
「…う…うん」

反則級の台詞を言われて顔が真っ赤になるのが分かった。つい恥ずかしくて俯きそうになった時、顎を持ち上げられて上を向かされる。やんわりとくちびるを塞がれて、心臓が一気に早鐘を打ち出した。これまで何度となく圭介とキスをしたことはあるけど、真昼間の砂浜は初めてで、誰かに見られたらどうしようなんて、そっちの方でもドキドキしてしまう。

「何か…ドキドキしてる?」
「だ…だって…誰か来たら…」

くっついてるからか、わたしの心臓の音が圭介にも伝わったようで慌てて離れようとした。でもすぐに力強い腕の中へ引き戻される。

「誰も来ねえよ、こんな外れまで」
「で、でも…」
「それに今あっちに戻ったら警備員に見つかるかもしんねえし、のその顏も他の男に見られるからダメ」
「……わたしの…顔?」

警備員に見つかりたくないのは分かるけど、わたしの顔ってどういう意味だと思っていると、圭介の指が汗で額に張り付いた髪を避けてくれた。

「顔も赤いし目も潤んでっし…エロい」
「エ、エロいって…」
「エッチしてる時と同じ顔だっつってんの」
「…な…」
のそういう顔を見れるのは…オレだけだし」

ますます顔が赤くなったわたしを見下ろして、圭介はニヤリと笑うと、ちゅっと軽めのキスをわたしのくちびるへ落とした。

「…帰ったらすぐ抱いていい?」

最後にわたしを抱きしめながら、圭介が耳元で呟いた。その情欲を含んだ低音に、何もされてないのに勝手に体の熱が上がっていく。
久しぶりのドライヴデートのはずが、この後すぐに帰ることになりそうだ。