灰谷兄弟



「お帰り~」

社畜として遅くまで働いて、足を引きずるように帰って来たら、眩しいくらいの笑顔に出迎えられた。どんよりとしてた心にパっと花が咲いたみたいに嬉しくなった。

「蘭ちゃん、来てたの?!」
「竜胆も来てる」

蘭ちゃんはわたしを抱き寄せて頭を撫でながら、後ろを振り返った。

「え、竜ちゃんも?」
、お帰り~」

言った矢先、リビングから竜ちゃんが顔を出して手を振っている。その手には何故か菜箸が握られていた。

「え、もしかして…」
「もうすぐ夕飯できっから早くシャワー浴びて着替えて来いよ」
「やったー!ありがとう~!お腹ペコペコだったの!」

その場にぴょんっと飛び上がれるくらい一瞬で元気になったわたしはすぐにバスルームに飛び込んだ。軽くシャワーを浴びて一日の汗を流すと、簡単に髪を乾かしてから脱衣所に置いてあるルームウエアに着替えて速攻でリビングに行く。テーブルには美味しそうなパスタが並んでて、二人は食べずに待っててくれたみたいだ。

「うわー美味しそう!竜ちゃん、また腕上げた?」
「いや、半分は兄貴。オレは茹でて、後はスープ作っただけ」

竜ちゃんは笑いながら、わたしにフォークを取ってくれた。

「ありがとー。でも蘭ちゃん、そろそろ料理人になれそうだね」
「いや、兄貴が張り切って飯を作ってやるのはだけだし無理だろ」
「そーいうことー」
「えーもったいない。昔から蘭ちゃんお料理の才能あったよね。食べていい?」
「いいよ。あーオレ、ビールもらうわ。と竜胆は?」
「「飲むー」」

と、そこで仲良くハモると、蘭ちゃんは笑いながらキッチンへ向かう。二人は、時間があるとこうして必ず家に来てくれる頼もしい幼馴染だ。まるで本当の妹のように可愛がってくれるから、つい甘えてしまう。

「ん」
「サンキュー兄貴」
「蘭ちゃん、ありがとー」

蘭ちゃんはすでに缶ビールを開けて飲みながらわたしの隣に座って食事を始めた。

「にしても、帰ってくんの遅くね?まーた残業かよ」
「うん、まあ…人出不足だから仕方ないんだー」

そう言ったら蘭ちゃんは思い切り顔をしかめた。いつも帰るのが遅いから心配してくれてるみたいだ。

「でもせっかくの週末なのに、こんな時間まで仕事とかじゃー遊びにも行けねーじゃん」

竜ちゃんも食べながら話に入って来る。そうか、今日は週末だ。忙しすぎてすっかり忘れてた。でも週末に二人がこうして揃って来るのは珍しい。いつも仲間の人達と飲みに行ったりしてるのに。

「わたしは別に遊びに行きたいとこないから。それより二人とも今日は飲みに行かなかったの?」
「んー今日はと飯食いたい気分だったんだよ。オレも竜胆も」
「そーそー。帰って来て誰かいた方が嬉しいだろーと思って」
「うん、すっごく嬉しかった!お帰りって言ってもらうのって幸せ」

蘭ちゃんはわたしの頭をぐりぐりしながら「大げさ」なんて言って笑ってるけど、でも本当にそうなんだ。いつも疲れて帰って来ても、部屋は真っ暗で誰も出迎えてくれない。そういう時は凄く寂しくなっちゃうから、つい蘭ちゃんや竜ちゃんにメッセージ送って甘えてしまう。きっとそういうの分かってるから、こうして来てくれたんだろうなって思った。

「つーかさー。、やっぱオレ達と一緒に住まねえ?」
「ん?」
「そーしろよ。その方がオレも兄貴も安心だし」
「でも…」

蘭ちゃんと竜ちゃんはだいぶ前からそう言ってくれてる。やっぱり寂しがり屋のわたしが一人暮らしをしてるのは二人からすると凄く心配らしい。本音を言えばわたしもそうしたいけど、これまではずっと断って来た。どうしてかというと、一番の理由はこの甘えたのわたしが二人と住んだら絶対、今以上に甘えてしまうからだ。二人にこれ以上、迷惑かけたくない。このマンションを借りる時に独り立ちするって決めて、まだ一年。もう少し頑張らなくちゃと思った。

「いや、別に甘えたって良くね?」
「そうだぞ、。別に離れてたって同じだろ。だったら一緒に住んでた方がオレは安心だし嬉しい」

蘭ちゃんと竜ちゃんはそう言いながら笑っている。確かに今でも寂しいと甘えちゃうことがあるのは事実だけど。

「それにほら、一緒に住んだら毎日お帰りって言ってやれるし」
「竜ちゃんてば嘘つきー。絶対どっかに遊びに行ってていないことの方が多いと思う」
「いや家にがいるなら早く帰るわ。なあ?兄貴」
「間違いなく帰るな。むしろオレらがにお帰りって言ってもらいてーわ」
「え、そうなの?」
「まあ、オレらもあんまし言ってもらったことねえからなー」

蘭ちゃんが苦笑しながら言った。確かにそうだ。子供の頃からわたしも二人も、その言葉に飢えてるような環境で育ったから。それを聞いたら「おかえり」って言ってあげたくなった。
それからは一旦その話は終わって、今日一日あったことをお互いに報告したり、お酒を飲んで過ごした。明日は会社も休みだし、久しぶりに美味しいお酒をいっぱい飲んで、沢山笑った。深夜0時も過ぎて、だいぶ睡魔が近づいて来た頃に、「そろそろ寝るか~」って蘭ちゃんが言い出すまでがデフォルトだ。寝る前に片付けて、しっかり歯も磨いて、さあ寝るぞって寝室に行くと、セミダブルのベッドを先に占領してる蘭ちゃんがいた。二人が泊っていく時は必ず3人で寝るのが決まりで、蘭ちゃんは壁側、わたしが真ん中で、竜ちゃんがその隣。この並びは子供の頃から変わらない。何故かというと、一番寝坊助の蘭ちゃんを起こさないようにする為だ。

「んじゃー電気消すぞ~」
「はーい」
「いいよー」

蘭ちゃんがリモコンで部屋の電気を消すとゆったりとした速度で真っ暗になっていく。一度ベッドに入ったら起き上がりたくないっていう蘭ちゃんが、このリモコン付きの照明を買ってくれたのだ。

「どうでもいいけど狭い…」

我が家のベッドに入った時のお約束のように竜ちゃんが呟く。一人で寝る時は凄く広いセミダブルベッドも、大きな二人が加わると一気に狭くなるから不思議だ。

「いい加減ダブルベッドにしろよ、。買ってやるから」
「でも蘭ちゃん。最初、この部屋にセミダブルしか置けないからって蘭ちゃんがこれにしたんじゃない」
「そーだっけ」
「そーだよ」
「ん~じゃあ、やっぱ引っ越すか。ウチなら…つーかオレの部屋にキングサイズのベッドあるし、一緒に寝れるぞ」
「うん、それは何回も泊りに行ってるから知ってるけど…」
「いや兄貴、オレの部屋もキングサイズだわ」
「じゃあ、と寝るの一日置きに交代なー?」
「え、ちょっと待って。決定事項?」

二人はすっかり引っ越す方向で話しだすから笑ってしまった。でもその光景を想像すると、何となく楽しそうだとは思う。起きた時に隣に蘭ちゃんや竜ちゃんがいるのは最高だ。帰って来た時に誰もいないのも寂しいけど、目が覚めて隣に誰もいない朝もなかなか寂しい。
こうして3人で「おやすみ」を言えるのも、それはそれで幸せな気がした。

「じゃあお休み、
「お休み蘭ちゃん」

右の頬に蘭ちゃんがちゅっとしてくれて、竜ちゃんは左の頬にちゅっとしてくれる。

「お休み、
「お休み。竜ちゃん」

久しぶりに二人の体温を感じながら眠る。凄く幸せな夜だった。