半間修二



「でね…酷いんだよ、アイツってば…!わたしと約束してたその日に他の女部屋に連れ込んでたの!って聞いてる?半間くん!」

人が傷心だっていうのに、目の前の男はブランコを揺らしながら大欠伸をかましていて思わずムっとした。
ここは新宿の片隅にある小さな公園だ。最低な浮気男の家を飛び出していつもの新宿に来たら暇そうな半間くんがいたから愚痴を聞いてもらおうと思ったのに、ちっとも聞いてくれない。あげく欠伸ってホントにコイツはいつも眠そうなんだから。

「そんなのぶん殴ってやりゃーいーんじゃね?つーか、そもそもあんなチャラい男と付き合ったオマエもアホだけどなぁ」

半間くんはバカにしたように笑いながら煙草に火をつけた。そんな彼を睨みつつ、コンビニで買って来た缶ビールを開ける。それをグビグビと喉を通るだけ流し込んだ。

「おま、一気飲みして大丈夫かよ?」
「平気!半間くんも付き合ってよ。たくさん買って来たんだから」

コンビニ袋から缶ビールを取って渡すと、半間くんもだいぶ目が覚めて来たのか「ひゃは♡ 公園で酒盛りかよ」と楽しそうにはしゃぎだした。

「今日は朝まで付き合ってもらうから」
「朝までって…だりぃ~。まあ…別に用もねえからいいけど」

てっきり断られるかと思ったのに意外とあっさりOKしてくれて拍子抜けした。半間くんって案外いいヤツかもしれない。見た目はかなり悪そうだけど。
この新宿の死神と呼ばれる男と知り合ったのは、さっきまで彼氏だった男を通じて知り合った。わたしの彼氏もそこそこ不良で半間くんとソイツは遊び仲間だったようだ。だからわたしも一緒に遊ぶようになって仲良くなったけど、最近は半間くんと彼氏だった男は急につるまなくなった。その理由は知らないけど、わたしは別に半間くんとケンカしたわけでもないから、こうして気軽に会って話し相手になってもらってる。まあアイツとは別れたんだし、もう関係ないけど。

「そう言えば…」
「んー?」
「さっき半間くん、あんなチャラい男って言ってたけど…アイツって前から浮気してたとか?」
「………」
「それでそのこと、半間くんも前から知ってたとか…言う?」

隣のブランコをこぎながらビールを煽っている半間くんをちらっと見れば、ゆっくりと視線を反らされた。この顔は図星だったみたいだ。何となく分かってはいたんだけど、現実を目の前に突きつけられるとやっぱり落ち込む。もうあんなヤツ、好きでもないけど、知らないところでずっと裏切られてたんだと思うと急に空しさと寂しさが綯い交ぜになって襲って来た。

「泣くなよ、だりぃ…」
「ご、ごめん…」

煙草の煙を吹かしながら半間くんがこっちを見た気配がした。だけどわたしは彼の方を見れない。今にも零れ落ちそうな涙を止める為に、星すら見えない濁った新宿の空を見上げた。そう言えばこんな歌があったような気がする。"上を向いて歩こう"だっけ。涙が零れ落ちないように。だけど空を見上げたって涙は零れるじゃないか。結局、わたしの頬を濡らして涙は顎からポトリと膝に落ちた。ブランコをこぐ元気もない。そう思った時、目の前がふと翳ってくちびるに何か柔らかいものが押しつけられた。かすかに煙草の香りが鼻腔を刺激して、何度か瞬きをしている間に、それは離れて行った。

「ひゃは♡ の顏、おもしれー」

今、わたしのくちびるを奪った半間くんはいつものように意地悪な笑みを浮かべて笑っている。何をされたのか脳にまで到達した瞬間、一気に頬が熱くなった。

「お、今度は赤くなった」
「な…何すんのよ…っ」
「何ってキスだろ?」
「シレっとさも当然のように言うなっ!何でそんな――」

と怒ってブランコから立ち上がった時、半間くんも立ち上がって、わたしの腕を強引に引き寄せた。あげくその長い腕が背中に回ってぎゅっと抱きしめられる。あまりに突然のことで固まっていると、頭上から「オレにしとけばー?」という間延びしたいつもの怠そうな声が降って来た。

「…なに…言ってんの…」

半間くんのお腹付近に顔を押し付けられてるから、くぐもった声しか出ない。でも半間くんには届いていたのか「分かってるクセに」と今度は苦笑いしてる。

「オレはアイツみたいに浮気はしねえけど?」
「……嘘ばっかり。男なんてみんな同じだよ。ちょっと可愛い子や綺麗な子を見たらすぐやりたがるんだから」
「オレはしねえって。こう見えて意外と一途だし?」
「い、一途って…」
「知らんかった?会った頃からオレがオマエを見てたの」
「……」

知らなかった。だって半間くんはアイツの遊び仲間で、そういう認識だったから。まさか半間くんがそんな風にわたしを見てたことも何も知らない。そりゃ最初に紹介された時は悪そうだけど、なかなかイケメンだし、ちょっとドキっとはしたけど。でもあの時はまだアイツのことが好きだったから半間くんの気持ちに気づくほどよそ見もしていなかった。

もオレに負けず劣らず一途じゃん。アイツは散々浮気してんのには一生懸命あのバカに尽くしてるし、そーいうのいいなーと思ってた」
「そ、それってただの鈍感女じゃない…」
「そこが可愛いんじゃん?のいいところ」
「バカにしてる」
「してねえよ」

急に声のトーンが変わって最後は真剣な声だった。思わず顔を上げると、意外にも真面目な顔をした半間くんと目が合う。不覚にも心臓が鳴ってしまった。

「あんなヤツ、サッサと忘れてオレにしとけよ。いっぱい可愛がってやっから」
「……半間くん…」

言いながら本当に頭を撫でてくる半間くんの笑顔は、殊の外優しい。また違う意味で泣きそうになった。物騒なタトゥーを入れてる手が、まさかこんなに優しいなんて思わなかった。

「返事はー?」
「え…い、今…?」
「オレ、せっかちだから今から一分だけ待つわ」

半間くんが言いながら笑う。不思議なくらい誰も通らない小さな公園で、友達だと思ってた男に抱きしめられてるおかしな状況なのに、しっかり癒されてるわたしがいた。

「で、オレの彼女になる覚悟は出来た?」

きっかり一分後、半間くんが言いながらわたしの顔を見下ろしてくる。その言葉に頷いて、もう一度半間くんのくちびるを受け止めたら、"意外と一途"な半間くんはわたしの新しい彼氏になっていた。

「ところで…アイツと何でつるまなくなったの?」
「あーアイツが他の女と歩いてるとこ見かけて、頭にきたからぶん殴った」
「え、それって…」
「オレが好きな女と付き合ってるクセに、浮気とか許せねえじゃん」

半間くんは意外にも理想の彼氏かもしれない。