羽宮一虎(※温めの匂わせ描写あり)



週末の夜、バイト先の先輩でもある一虎くんと食事に行く約束をした。元気のないわたしを心配してくれて「何か悩みごとあんなら話聞くけど」と言ってくれたのは彼の方からだった。一虎くんはわたしの指導係でもあるから、きっと相談に乗ってくれようとしたんだと思う。
なのに――何でこんなことになったんだろう?

「ん…ぁっ…か、一虎くん…」
「…隠すなよ」

乱された胸元を隠そうとした手を簡単に拘束されて、ベッドに縫い付けられる。首筋に彼のくちびるが押しつけられて、そこから熱が全身に広がった。一虎くんの手やくちびるが体中に触れて、逃れられない疼きに飲み込まれそうになる。ううん。本当は、最初から彼の熱に飲み込まれてしまいたいって思ったのかもしれない。


今日、一虎くんとご飯に行って、まずは他愛もない雑談をしながらお酒を飲んだ。そして互いにほろ酔いになって来た頃、「んで…何を悩んでるわけ?」と聞かれたから、彼氏のことを相談した。わたしの彼は就職に失敗してから人が変わったようになって、遊び歩くようになった。仕事もしないでお金に困ったらわたしのところへやって来る。それでも立ち直ってくれるならと思って支えて来たけど、わたしのあげたお金で他の女の子と遊んでたと知って、遂に限界が来た。

「これじゃただのヒモだよ」

頭に来て、ついそう言ったら、いきなり頬を叩かれて、髪を引っ張られて、横っ腹を蹴られた。世間で言うDV彼氏の出来上がりだ。だから怖くなって昨日家を飛び出して今朝はカプセルホテルから出勤したのだ。そんな話を一虎くんは黙って聞いてくれてた。

「…おかしいと思った。昨日と同じ服だったし」
「そ、そうだよね」

そんなことまで見抜かれてたのかと少し恥ずかしくなった。

「んで…そのクソ野郎とはまだ続けたいわけ?」
「……」

一虎くんの問いに、わたしは考えるより先に首を振っていた。支えたいなんてホントは嘘。別れて一人に戻るのが怖かっただけ。でもそんな気持ちすら、殴られた瞬間、消し飛んでしまった。今はひたすら――。

「もう別れたい…」
「…じゃあ別れろよ」
「そうだね…そうしようかな」
「んでサッサと忘れろ」
「…うん」

一虎くんがキッパリ言ってくれたから何となく勇気が湧いてきた。こうなったらアイツにハッキリ別れるって言おう。そう決心していると、一虎くんがふっと笑みを浮かべた。

「ま…オレだったらみたいないい子が彼女なら大事にするけどな」
「あはは。嘘でも嬉しい。ありがとう」
「いや、嘘って。これでもマジで言ったんだけど?」

一虎くんは笑いながらそんなことを言ってくれる。凄くイケメンで、優しい一虎くんなら、きっと本当に大事にしてくれるんだろうなと思った。首にタトゥーが入ってて最初は怖い人かと思ったけど、意外と真面目に仕事をしてて、社長の千冬さんとも昔からの知り合いだって言ってたから信用できる気がした。
その後も愚痴を聞いてもらいながら、やけ酒の如くいっぱい飲んで、かなり出来上がって来た頃、一虎くんが「そろそろ帰るか」って言うからお店を出た。でもハッキリ言ってわたしは行く所がない。わたしの家は彼氏が合鍵を持ってるし、いつ来るかと思うと怖くて帰れないと思った。

「おま、大丈夫かよ?フラフラしてんじゃん」
「大丈夫ですー。タクシー拾うんで」
「いや、それに乗ってどこに帰んの。オマエんち、その男がくるかもしんねえんだろ」
「…着替えだけ取りに行って今日もカプセルホテルかなぁ」
「ったく…しょーがねえなあ…。じゃあ荷物取りに行くの付き合ってやるよ」
「え?」

わたしの体を支えながら一虎くんが言った。

「もしその男が来たらオレがぶっ飛ばすから心配すんな」
「ぶ…ぶっ飛ばすって…」
「いーから行くぞ~」

一虎くんはそう言って本当にわたしの家まで付き合ってくれた。恐る恐る部屋を覗いたけど、昨夜のままの状態で、でも彼はいないようだ。

「あーあ…すげえ荒れてんじゃん」
「う、うん…」

彼氏に暴力を振るわれて、逃げ惑った惨状がそのままになってて、わたしは急いで散乱してる服とか雑誌とかを片付けると、大きめの旅行鞄を引っ張り出して適当に服や下着を詰める。靴も何足かお気に入りのミュールを持って行こうと別の紙袋に入れた。酔っ払ってるから何か忘れ物をしてるかもしれないと何度か確認をして、チェックが終わった頃、一虎くんが「終わった?」と寝室に顔を出す。

「う、うん…何とか――」

そう応えた時だった。玄関の方からドアの開く音、ドカドカと誰かが中へ入って来る足音がして、小さく息を飲んだ。

「おい、!帰ってんのか?!玄関の靴、誰のだよ!」

ビクっとして顔を上げると、一虎くんが怖い顔でリビングへと戻っていく。彼氏と鉢合わせになると思って慌てて追いかけると、案の定、「テメェ、誰だよ?」と彼氏が一虎くんに怒鳴っていた。

「人の女の家で何してんの、オマエ」
「あ?女だっつーんなら大事にしろよ。つーか殴ってんじゃねえ!」
「関係ねーだろ!」
「や、やめて――!」

彼氏が一虎くんに殴りかかろうとしたのを見て止めようとした。でも――その瞬間、吹っ飛んでいたのは彼氏の方だった。

「え…」
「チッ…弱いクセに吠えてんじゃねえ」
「な…何だよ、オマエ…」
「あ?もう一発殴られてえかよ?」
「ひぃぃ…!」

一虎くんが拳を振り上げると、彼氏は青い顔で部屋から飛び出して行った。あまりに呆気なく逃げていく姿に唖然としてしまう。

「何だぁ?アイツ…。女にだけイキがってるただのヘタレじゃん」
「び…びっくりしたぁ」

一虎くんが彼氏に殴られてしまうんじゃないかと心配したけど、見事に返り討ちにしてる姿に、ちょっとだけ驚いてしまった。

「大丈夫か?」

床に座り込んでいると、一虎くんが苦笑交じりで目の前にしゃがんだ。

「う、うん…でも…一虎くん、只者じゃないと思ってたけど、ケンカ強いんだね」
「…あー…まあ…オレも昔は悪かったって…ヤツ?」
「そ、そうなんだ。でもそんな感じする」
「うっせえよ」

一虎くんは笑いながらわたしの額を小突く。でも不意に真顔になった。

「で…さっきの話だけど」
「え…さっき?」
「オレだったら大事にするってやつ」
「うん?」
「あれ、マジだって言ったら…どうする?」
「え…」

意外にも真剣な顔で言ってくれるから、顏が熱くなって心臓が一気に動き出した。職場の先輩だと思ってたのに、急に一虎くんが近い存在になっていく。

「…う…嬉しい…かも」

彼氏と終わったばかりなのに、一虎くんにときめいてる自分に驚きながらも、つい本音が零れ落ちた。その瞬間、抱きしめられて一虎くんの香りに包まれる。その時、彼のピアスのリンっという綺麗な音が耳を掠めた。

「…会った時から気になってたって言ったら…は信じる?」
「え…うそ…」
「ホントだよ」

驚いて見上げると、一虎くんは照れ臭そうに笑いながら、「早く男と別れねえかなーって思うくらい好きだった」と言ってくれた。

「んで今は…このまま押し倒したいって思ってる」
「……え」
「オレ、せっかちなんだ」

一虎くんはそう言いながら魅惑的な笑みを浮かべて、わたしのくちびるをやんわりと塞いだ。

「早くオレのものにしたい。ダメ…?」

一虎くんはわたしの頬や耳にも口付けながら、甘えたような声で訊いて来る。さっきからドキドキとうるさい心臓が更に速くなって、息苦しくなって来た。すっかり彼のペースにハマってる気がする。

「ダメ…じゃない……」

だって、一虎くんのものになりたいって思ってしまったから――。

それからベッドに運ばれて、本当に押し倒されて、全身にキスを落とされた。こんなに優しい愛撫は初めてで、言ってた通り、きっと一虎くんはわたしを大事にしてくれる。そんな予感がした。

「ん…っ」

彼の熱に貫かれた瞬間、何故か胸の奥が温かくなった。繋がった部分が熱く疼いて、抽送されるとすぐに達してしまいそうになる。

「…可愛い」

感じてるわたしを見て、一虎くんが切なそうに呟くから、やっぱり軽くイってしまった。こんな風になったのは初めてで、ちょっと驚く。キスをされるたび、彼の長い髪が頬や首筋に触れて、くすぐったい。それすら愛しく思うなんて、わたしはすっかり一虎くんに心を奪われているみたいだ。

「…好きだ」

そんな告白をされる頃には、身も心も彼のものになっていた。