ウルキオラ



戦いの最中に余計な思念など必要ない。ただ無心で剣を抜き、敵の頭蓋を砕ければそれでいい。

「――――きゃ」

なのに、この女だけは俺の"無心"に声を届けて来る唯一の存在だ。敵の攻撃を受け、とどめを刺されそうになっている女。たとえ同胞だとしても助ける義理など一つもない。それなのに――。

「あ…ありがとう。ウルキオラ」

この女――の前に響転で移動し、敵の放った攻撃を片手で弾く。それだけの事では瞳を潤ませ「ありがとう」などと言う。気易く俺の名を、口にする。

不思議な女だ、と思った。こいつは――俺の事を怖がらない。

「礼などいらん。それよりこんな雑魚に手間取っているようじゃ、いつまで経っても十刃にはなれんぞ」

敵は俺の放った虚閃であっけなく吹っ飛んだ。だが返事がない事に気付き振り返ると、はその場に座り込んだまま泣きそうな顔をしている。助かって嬉しい、という顔には到底見えない。

「…何故そんな顔をする。怪我でもしたのか?」
「…ち、違うけど…。でもウルキオラがいなかったら私、やっぱり半人前だなぁって思ったら…落ち込んだ」
「はなから分かっている事だろう。それにお前は"半人前"ではなく、それ以下だ」
「…酷い」
「本当の事だろう」

むぅっと唇を尖らせるに少々呆れつつ、虚夜営に帰ろうと踵を翻す。置いて行かれると思ったのか、は慌てて後ろから追いかけて来た。だがすぐにその場で転び、派手な悲鳴をあげている。その騒々しさに溜息が一つ零れ落ちた。

「…何をしている」
「…あ、足…挫いちゃってたみたい…」

俺が睨めばは言いにくそうに呟いた。今度は盛大に溜息が洩れる。だから嫌だったのだ。こんな弱い女と戦いの場に赴くのは。

「挫いたからって歩けるだろう」
「そ…それが無理…みたい。凄い腫れてるの…」
「………」

何故か哀願するような目で見られ、俺は嫌な予感と共にこの場でを消したくなった。そうすれば何も気にすることなく、一人で気楽に帰れるのだ。こんな弱い破面が一体、消滅したところで、藍染様には痛くも痒くもないだろう。しかし――俺は自分がそうしない事を分かっていた。

「…で、この俺にお前の事を運べ、と言いたいのか?」
「で…出来れば……ひゃっ」

押し問答をする時間すら面倒だ、とばかりにを肩に担げば、何ともおかしな声が辺りに響く。

「ちょ、ちょっとウルキオラ!」
「…何だ?」
「いやそんな無表情で返されても…。っていうか、い、一応私も女の子なんだし…この担ぎ方はないんではないかと…これじゃまるで荷物――」
「荷物だろう。俺にとっては」
「な、何よその言い方っ。ウルキオラには女の子を労わるとか、そういう優しさってないわけ?」
「……それ以上、耳元で怒鳴るなら放り出してもいいが」
「そ!そんなハッキリ言われると……逆にそう!清々しいわ!あははっ」

は俺の一言にあっさりと屈し、途端に静かになった。そのおかげでコイツを放り出す理由もなくなり、仕方なく砂漠を歩き出す。

「…おい。動くな」
「ご、ごめん…。っていうか重たくない…?」
「運べと言ったり重たくないかと気にしたり…おかしな奴だ」

特に重さは感じない。この女一人担いだからといって、それが歩く事の負担にすらなりえない。なのには体重が気になるのか、しきりに体の力を入れる。それがの体を支えている腕から伝わって来た。

「動くなと言っている」
「…ご、ごめん…っていうか……その…」
「…今度は何だ?」

何か言いたげにしている様子に気づき、視線だけ向ける。は困ったような顔で下から俺の顔を見上げた。

「実は……私のお腹が限界です…」
「………」

肩に当たっている女の腹は当然圧迫されている。そのせいで苦しくなったのだろう。俺はそこに気付き、深々と息を吐いた後、一度を砂の上に下ろした。と言うよりは放り投げた。

「…痛ぁ…って放り投げる事ないのにっ」
「お前がごちゃごちゃ言うからだ」
「ご、ごめんって言ってるじゃない…。でもウルキオラが最初からおぶってくれたらこんな事には――」
「俺にお前を背負えと言ってるのか?」
「お、同じでしょ?担ぐのもおぶるのも!」

はそう言いながら俺に向けて両手を差し出してきた。誰かを背負った事などないが、これ以上時間を取られるのも面倒で、俺は仕方なくに背中を向けしゃがんでやった。

「ありがとう…」

散々背負えと言ったわりには遠慮がちな様子で首に腕をまわして来た。それに返事をするでもなく、再び歩き出すと遥かかなたに虚夜営が見えて来る。あの建物を見てこれほど安堵したのは初めてだった。

「――ねぇ、ウルキオラ」
「……今度は何だ」

耳元でする声にウンザリしながら返事をすれば、は怒らないでよ、と一言呟いた。

「やっぱり私と組まされて迷惑だった?」
「当たり前だ。藍染様の命令だから仕方なく面倒見ているだけだ」
「……そ、そこまで言う」
「迷惑がられてないと思ってたのか?」

こちらから逆に質問してやると、は言葉を詰まらせ黙ってしまった。

「……迷惑だろうな、とは思ってた…」
「存外。それくらいの自覚はあるんだな」
「ホント、ウルキオラって失礼だよね」
「…そう感じる方がおかしいだろう?」
「私達、破面には感情がないから?」
「違う。必要ないんだ」

そう言い聞かせると、は急に無言になった。不思議な物で、いつもしゃべりまくってる奴が急に黙ると気持ちが悪い。この時の俺もそんな理由も分からない不愉快さを感じ、足を止めた。

「…何故急に黙る」
「ウルキオラが怒るから」
「いつもは怒ってもしゃべってるだろう」
「だって……ウルキオラが絶望的な事、言うから」
「……絶望的?」

おかしな事を言うものだ、と思った。絶望的というならば、俺たちの存在そのものが絶望的なのだ。混沌とした闇に生まれた俺達に、いったい何の希望があるというのか。そう告げると、は「希望ならあるよ」と、かすかに笑った気がした。

「…希望?」
「うん。だって私はウルキオラが…」

はそこで言葉を切ると、不意に俺の耳元へ唇を寄せた。

「――――大好きだから」

その気持ちは愛情であり、心に生まれるもの。それは希望にならないのかな?

無邪気な顔で微笑むは、俺の事を怖がるでもなく、ただ一言、愛という言葉を口にした。お前の言う"心"が希望になると言うならば――滅ぶ前に一度は見てみたい、とそんな事をかすかに思った。