今牛若狭



「わたしもワカくんみたいにバイクの免許取りたい!」

突然、何を言い出すのかと思った。可愛い恋人はいつものことながら平然とオレの心臓をピンポイントで攻撃して来るから困ってしまう。

「ダメに決まってんだろ」
「え~何で?」

ぷっくりと膨らませたホッペは可愛いんだけどさ。こればっかりは許可出来ねえんだよなぁ。

「危ないから。だいたいがバイクなんて乗れるわけねえだろ?」
「乗れるよ!原チャリくらい」
「………(バイクって原チャリの話かよ)」

あまりに可愛いレベルのお願いで思わず吹いた。でも本人にとっては真剣だったようで「何で笑うの?」と、今度は眉をへにゃっと下げている。可愛すぎかよ、オレの彼女。子犬みたいな顔になってるし「今日のワンコ」コーナーに応募してやろうかな。
ただいくら可愛くても、いや可愛いからこそ、原チャリでも許可することは出来ねえ。

「原チャリでも危ねえからダメー」
「えー!何で?わたし乗れるのに」
「は?いつ乗ったんだよ」
「あのね、この前真ちゃんちで前に真ちゃんが乗ってた原チャリ見つけたの。それで真ちゃんが少しならいいよって言うから、お庭で乗らせてもらったし」
「はあ?」

真ちゃんのヤツ、何してくれてんだと怒りが湧いた。オレのがケガでもしたら、どう責任取るつもりだ?万年フラれ男め。ってか何回「真ちゃん」連呼すんだよ。

「んなの聞いてねーんだけど?」
「だってワカくんに内緒って真ちゃんに言われたから………あ」
「あ」

そう言いながらもオレに喋ってしまったことに気づいたらしいはすぐに両手で口を押えた。いや、それ可愛すぎだろ。つかもう聞いちゃったし。

「ったく…ケガしなかったからいいようなものの、もし何かあったらどーすんだよ?はそんなにオレに心配かけたいわけ」
「え、ち、違う…ワカくんに心配かけたいわけじゃないよ」
「そう?んじゃー免許を取りに行くのはなしな?」
「えー…」

頭を撫でながらニッコリ微笑むと、は唇をこれでもかってくらいに突き出した。いや、これはこれで可愛いな。ということで本能に任せて、の尖っている唇にちゅっとキスをすれば、すぐに耳まで真っ赤になる。そう言う顔をされると、今度は他の欲求が出てしまうのがオレの悪いクセかもしれない。ここが家じゃなくて良かった。

「わ…ワカくん…?」

抱きしめていたの体を抱き上げて膝の上に座らせると、大きな瞳が更に丸くなってオレを見上げて来る。

「オレに心配かけた罰として今夜はたっぷりに責任とってもらうから」
「え、で、でもまだ免許取ってないし…」
「でもオレに内緒で真ちゃんち行って原チャリ乗ったんだろ?それもうアウトじゃん」
「う……」

言いながら後ろで呑気に眺めている真ちゃんとベンケイを睨みつける。こっちの会話は聞こえてねえみたいだから、二人は何で睨まれたのか分かってないのか、キョトンとした顔だ。
ここは真ちゃんの経営するバイク屋で、を連れて遊びに来たのはいいけど、バイクを見た瞬間、彼女が免許を取りたいって言いだした。絶対、真ちゃんの悪影響だろ。

はオレのバイクの後ろに乗ってればいーんだよ」
「う、うん……」

頬にキスをしながらそう言えば、はやっと素直に頷いてくれた。

「いい子」

と言いながら頭を撫でてぎゅっと抱きしめると、「子供じゃないってば」とまたすぐに膨れる。オレの脳内で可愛いが大渋滞を起こしてるのは内緒の話だ。




バイクの修理をしてたらねっとりとした視線を感じた。振り向けばワカがジトっとした目でこっちを睨んでいる。黒龍を解散してからは温厚になってたはずなのに、白豹時代に戻ったのかってくらいの迫力だ。

「ってかワカのヤツ、何で睨んでんの?ベンケイ、何かしたわけ」
「さあなー?オレは何もしてねー」

ベンケイは言いながら肩を竦めて笑ってる。でもイチャイチャしてる二人を見て、完全に頬が引きつってるのはいつものことだ。

「しっかしワカのヤツ、いくら年下の彼女が可愛いからってデレデレしすぎだろ。あ…またちゅーしやがった」
「まあ確かにちゃんは可愛いな。オレも惚れかけた」
「は?真ちゃんもかよ」
「でもワカに威嚇されてビビってる隙に先を越されたし」
「ぶはは!ワカと女を取りあうのは無謀だろ。アイツ、狙った女は今まで逃がしたことねーんじゃねえか?今回はどれだけ持つのやら」

ベンケイはそんなことを言いながら笑ってる。でもオレが思うに、ちゃんとはきっと長続きすると思う。もしかしたら結婚も視野に入れてるとオレは睨んでる。そのくらいワカはちゃんを溺愛していた。

「いや、あれはひょっとしたらひょっとするだろ」
「あーまあなー。今までの歴代の彼女達とは扱いからして違うもんな。ちゃんを見るワカの目がやべえわ。あれ可愛いしか思ってねえだろ、多分」
「言えてるな。ちゃんがどんなことしても可愛いから始まって可愛いで終わってる顔してる――あ、こっち来た」

二人を眺めながらベンケイと笑っていると、当の本人がちゃんを大事そうに抱えてこっちへ歩いて来るのが見えた。いや、ワカの子供かよ。

「おい、真ちゃん」
「ん?」
に原チャリ乗せたんだって?」
「…え」

ドキっとして顔を上げると、申し訳なさそうな顔のちゃんと目が合った。まあ、この子がワカに隠し事を出来るとは思ってなかったけど、バレるのがはえぇ。

「今度勝手にそんなことしたら、いくら真ちゃんでも許さねえから」
「…わ、悪い…庭先くらいならいいかなと……」
「いいわけねえだろ!、免許もねえのにそんなもん乗らせて怪我でもしたらどーすんだよ」
「そ、そうだよな…。ごめん」
「ワ、ワカくん。真ちゃん怒らないで」

オレがシュンと項垂れると、ちゃんが間に入ってくれた。有難いけどでも、それ逆効果なんだよなぁ。

「あ?何では真ちゃんかばうわけ。好きなのかよ」
「え、真ちゃんは好きだよ。優しいもん」
「は?じゃあオレは優しくないって言いてえの」
「ち、違うよ。ワカくんは一番優しいから大好きだもん」
「……じゃあいいけど」

いや、今、ワカの綺麗な顏がちょっと信じられないくらいにデレたよな。そう思いつつベンケイを見れば、ゴツイ顔がこれでもかってくらいに半目になっている。きっと呆れてるんだろうけど、一気に老け込んでウチのじいちゃんみたいな顔になってた。

「じゃあオレ、とデートしてくっから」
「あ、ああ…」

急に機嫌の良くなったワカがちゃんを自分のバイクの後ろに乗せている。でもその時、ちゃんがワカの耳から垂れてるピアスに触れて「わたしもこーいうピアス欲しい」と言い出した。

「いや、欲しいっつっても、ピアスの穴は開いてね―じゃん」
「だから開けるの」
「は?いや、無理」
「えっ何で?」
「だって、痛いのイヤだろ?痛がる、オレ見たくねえし」
「大丈夫だよ」
「いや大丈夫じゃねえじゃん」

(また始まった……)

と溜息を吐く。ベンケイに至ってはすでに白目剥いてる状態で、あちこちかきむしってる。まあ、気持ちは分かるけど。

「でもピアスしたいなあ…」

あまりに反対されるせいでちゃんはシュンとした様子で落ち込んでる。ワカも少し厳しすぎんじゃねーのと思っていると、ワカが困ったように彼女の頭を撫で出した。

「ピアスの代わりにネックレス買ってやっから」
「え、ほんと…?」

ちゃんがネックレスに反応した。パっと顔を上げて喜色満面といった様子だ。そしてやっぱりワカは可愛くて仕方ないって顔で頬を緩ませた。

「じゃあ今から買いに行こうか」
「うん、行く」
「……んじゃあ、これ被って(可愛すぎかよ)」

ワカがちゃんにヘルメットをかぶせてあげている姿も、ハッキリ言ってデレデレだ。どうせ脳内は可愛いで溢れてんだろうなあと思いつつ、二人が仲良く帰っていくのを見送る。同時に残ったベンケイと目が合ったけど、互いに思うところは同じ気持ちだった。

「「……過保護すぎじゃね?」」

見事にハモった瞬間だった。