再会は突然に-01


今日は朝から一段と風が強かった。強風注意報が出てるくらい北風が強くて、初秋に入ったばかりなのに気温もかなり低い。大学へ行くのに家を出てすぐ後悔したのはスカートじゃなくジーンズにしておけば良かったということ。少し歩いただけで3回はスカートが派手にめくれてしまった。

「もぉー!やっぱりスカートじゃこの風キツイかも~!」

せっかくブローした髪もすでにグチャグチャでテンションはがた落ち。特に大事な講義もないし出来ればこのままUターンして家に帰りたいくらいだ。でもバス停のある交差点まで来たその時、またしても強風が吹きつけてスカートがふわりと持ちあがった。

「きゃっ」

髪を抑えていたせいでスカートを抑えるのが一瞬だけ遅れてしまった。もろにスカートがウエスト以上まで持ち上がり、慌てて手で抑える。ついでに誰にも見られなかったかと辺りを見渡した時、コッチを見ている男の子に気づいた。目が合った瞬間に思わず息を飲み、気づけば彼の名前を口にしていた。

「リョータ、くん……?」
「え?」

頬を赤らめながらコッチを見ていたのは、高校の時クラスメートだった宮城リョータくんだった。確か彼もこの近所に住んでいたはずだ。高校の時のわたしは部活にも入らず、バスケ部で活躍していた彼とはそれほど共通点もなかったけど、同じくクラスメートだったアヤちゃんを通じて親しくなった。彼はちょっと短気でヤンチャだけど一途で、家族思いの優しい人だった。

「えっと…」
「あ、わたし、。高校で同じクラスだった」
「えっ!」

リョータくんは酷く驚いたような顔でマジマジとわたしの顔を覗き込んで来た。きっと高校の時は眼鏡をしていたから分かりにくいのかもしれない。

「マジでちゃん?」
「うん。あ、コンタクトにしたから分かりにくいよね」
「あ、眼鏡!だから印象が違うんか」

リョータくんはあの頃と変わらず人懐っこい笑顔を見せてくれた。一瞬であの頃に戻ったかのような懐かしさを感じる。リョータくんはカジュアルなスーツを着ていて少し大人っぽくなっていた。

「久しぶりだね。リョータくん近所なのに全然見かけないから」
「あ~オレ、卒業後に家を出て今は一人暮らしなんだよ。今から一人暮らしに慣れておけって母ちゃんに追い出されてさ。夕べは実家に飯食いに来て帰るのだりーから泊まったの」
「そうなんだ。じゃあ今から学校?」

リョータくんは卒業後、強豪バスケ部のある大学に行ったのを思い出した。将来は渡米してバスケを続けたいと言ってたことも。

「いや、今日は大して重要な授業もねーし、練習も休みだから適当にブラついて帰ろうかと思ってたとこ。ちゃんは?」
「わたしは…大学行くかどうか迷ってたとこ。この強風で行く気が萎えちゃって…」
「確かにすげー風だよな…さっきも――」

とリョータくんは何かを言いかけて頬を赤らめた。ついでに気まずそうな顔で視線を反らして鼻の頭を指でかいている。その顏を見てさっき目が合った時のことを思い出した。

「もしかして……み、見えちゃった?」
「い、いや!見ようと思ったわけじゃねーよっ。悲鳴が聞こえたからつい――」

私の問いに慌てた様子でリョータくんはぶんぶん首を振りだした。彼もどこか照れ臭そうにするものだから何となくわたしも恥ずかしさが増していく。

「き…気にしないで。不可抗力だし…」
「お、おう…つーか…何かごめん」

変な光景だった。久しぶりに再会してバス停で互いに頬を赤くしている。知らない人が見たら告白しあってるように見えるかもしれない。なんてバカな想像をしていると乗ろうと思っていたバスが到着した。

「あ、えっと…じゃあ…」

また、と言おうとして振り向くと、リョータくんが「あのさ」と徐に顔を上げた。

「もし…まだ大学行くの迷ってんなら…ちょっとお茶でも飲みに…」
「え?」
「って、これじゃあナンパしてるみたいか…いや、えーと…」

リョータくんは困った様子で口ごもっている。でも言いたいことが分かって、思わず「行く」と言ってしまった。こうして顔を見てしまえば、もう少し話がしたくなったのだ。

「え?」
「お茶しよう。久しぶりだし、寒いし」
「…お、おう。でもいーのか?学校は」
「バスも行っちゃったしいいの」

バスの運転手さんは乗らないわたし達を見てサッサと出発してしまったようだ。でもいいんだ。こうしてリョータくんとふたりでお茶することなんて、もう二度とないかもしれないし。

「どこ行く?」
「ああ、次の停留所に昔ながらの喫茶店あるんだけど、マスターの淹れるコーヒーがマジで美味いんだよ。ちゃん、コーヒー好き?」
「うん。好き。かなりコーヒー党なの」
「マジで?オレも」
「っていうかでいいよ?もう"ちゃん"付けで呼ばれる歳でもないし」
「え、そ、そう?じゃあ……」
「うん」

初めて呼び捨てで名前を呼ばれて少しドキドキする。こんな風に言えるのもあの頃よりは大人になったからかもしれない。リョータくんはちょっと照れ臭そうにじゃあ行くか、と言って次に来たバスに乗り込んだ。ふたりで次のバス停で降りると、その喫茶店はバス停のすぐ目の前にあった。

「わ、ほんとに目の前」
「近いだろ?ちなみにオレの今住んでるマンションはそこ」

と言ってリョータくんは目の前の建物を指さした。え、と驚いて見上げてみると、今風のシェアハウスみたいなカラフルな壁をしたマンションが建っている。何でも実家から近くもなく遠くもない物件を探してたけど、ここを見に来た帰りにその喫茶店に寄ったら、あまりに美味しいコーヒーを出されたので即決めてしまったらしい。

「目の前にあるし寝起きでもコーヒー飲みたいなーって時に行けるだろ」

美味しいコーヒーが飲みたいというだけでマンションを決めてしまうなんてリョータくんらしい。彼は昔からヤンチャでクラスメートから怖がられたりもしてたけど、実際は凄く素直で一途なところがある人だった。これ、と決めたらとことん大事にする。友達も、バスケも、そして好きな女の子も。わたしはそういうリョータくんの素顔を知るたび、少しずつ彼のことを好きになっていった。高校時代、唯一、地味で奥手だった私のちょっと切なくて、淡い恋の思い出だ。

「マスターおはよー」

その店は【Bica】と言った。何でもポルトガル語で"コーヒー"と言うらしく「意味を知った時はそのままじゃんって突っ込んだよ、マジで」と笑いながら、リョータくんは慣れた足取りで店へ歩いて行く。木製のお洒落なドアを開けるとリンリンと可愛い鐘の音が鳴った。

「ああ、リョータくん、いらっしゃい。あれ?今日はひとりじゃないんだ」

店内に入ると香ばしいコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。わたしはこの匂いが好きだった。カウンターには優しそうな白髪の男性がカップを揃えていて、リョータくんいわく彼がこの店のマスターだと教えてくれた。

「オレだって、いつもいつもひとりで来ないよ」

リョータくんはわたしを促し、店の奥にある席へ案内してくれた。いつもそこに座るらしい。奥のスペースに棚で区切られたその場所は個室のような造りになっている。そこの席は小さなカウンターのみで椅子も三つほどしかなく、必然的にわたしはリョータくんの隣に座ることになった。

「マスター今日のおすすめは?」
「あ、美味しい豆を仕入れて来たんだよ。定番のブラジル産なんだけど、いい豆が何種類か手に入ってね。ブレンドすると最高なんだ」
「マジ?じゃあオレはそれで。は?何か好みのコーヒーとかある?」
「あ、わたしは何でも飲んでみたい方なのでリョータくんと同じのを下さい」
「はいよ。えっと僕はオーナーの高森と言います。リョータくんにはいつもお世話になっててね」

マスターがテーブルに水の入ったグラスを置きながら自己紹介をしてくれた。

「わたしはといいます。リョータくんとは高校時代のクラスメートで…」
「へえ!高校時代の?あ、ってことは彼女がマネージャーの?」

マスターの高森さんがふと思い出したように言った。でもリョータくんは慌てたように首を振っている。そこでマスターは「おっと、おしぼり忘れちゃったな」と言いながら、そそくさと戻って行ってしまった。リョータくんもどことなく気まずそうな顔で私を見て無理やり笑顔を作っている。

「はははっ。まあ…あんな感じのとぼけたおっさんだけどコーヒーはマジで美味いから」
「うん、ほんと楽しみ」

そう応えながらも、マスターが何を言いたいのか分かってしまった。きっとリョータくんはここで高校時代の思い出話をよくしてるんだろうなと思う。
わたしが知ってる宮城リョータの高校生活は、まさにバスケとアヤちゃん一色だった。

"アヤちゃん♡"

同じクラスになって少し経った頃、少し怖そうな目付きの悪い男の子が、わたしの隣の席だったアヤちゃんのことをそう呼ぶ姿を見て、この男の子は彼女のことが好きなんだって気づいた。彼はとくに隠そうともしてなかったし、クラスの子達もみんな知ってたから、わたしも微笑ましい気持ちでそれを見ていたものだ。リョータくんはバスケ部で、アヤちゃんはバスケ部のマネージャー。お似合いのふたりだと思ってた。でもアヤちゃんはリョータくんのこと手のかかる弟くらいにしか見れないと話してたのを聞いた時、何故かわたしがフラれたみたいな気持ちになって少しだけショックだったのを覚えてる。一途にアヤちゃんを想い続けて、いつもアヤちゃんの為にバスケを頑張るリョータくんを、心の中で応援してたんだと思う。だからその想いが届いてないことを知って、まるで自分のことのように胸が痛んだ。

アヤちゃんを通して初めて話した時はわたしにアヤちゃんのことをコッソリ聞いて来たりして、リョータくんはそういう可愛いところがあった。不良と平気でケンカしちゃうくらいケンカっぱやいのにアヤちゃんの言うことだけはちゃんと聞くところも好感度が高かったし、ますます応援したくなった。気づけばリョータくんのことを目で追うようになって、いつもアヤちゃんを見てるリョータくんを見てた。そこで唐突に気づいた。わたしはリョータくんが好きなんだって。でも告白する気は当然のようになくて。アヤちゃんのことを一途に想うリョータくんを好きになったから、今思えば凄く不毛な恋だったように思う。それは卒業するまで変わらなかった。

結局その後のふたりがどうなったのかは知らないまま半年が過ぎた頃、街中でアヤちゃんとバッタリ会った。その時彼女の隣には背の高い男の人が寄り添ってて、恋人だと紹介されたのだ。何となく分かっていたけれど、リョータくんの恋は実らなかったんだ、とハッキリ知ってしまった時、凄く悲しくなった。でもリョータくんに会いに行く勇気も連絡する勇気もなくて、わたしも日々の生活に追われて今日に至る。だからホントはこの突然の再会に少しドキドキしていた。あの頃の、アヤちゃんを好きなリョータくんを好きだったはずなのに、今更再会したくらいでドキドキしてしまうなんて、わたしも案外一途だったりするのかもしれない。

「はいよ。ブラジル産の豆を二種類ブレンドしたウチのオリジナルコーヒー」
「おーいい匂い!」

リョータくんと他愛もない近況報告をしあっていると、マスターが美味しそうなコーヒーを運んで来た。あとはマスターお手製の"珈琲カステラ"なるものまで付いている。付け合わせは日替わりらしく、リョータくんはマフィンがお気に入りだと言っていた。

「じゃあごゆっくり」

マスターはそれだけ言うとカウンターの方へ戻って行った。リョータくんは早速カップを持って香りを楽しみつつ、一口コーヒーを飲んでいる。あたしも同じように香りを嗅いでから一口オリジナルブレンドだというコーヒーを飲んだ。飲んだ瞬間、香ばしいナッツのような風味が口内に広がって、思わず笑みが零れてしまった。

「美味しい…」
「だろ?色んな店で飲んでるけど、やっぱマスターのブレンドが一番美味いんだよなー!」

最後の言葉はカウンターにいるマスターに聞こえるように大きな声で言っている。すぐに向こうから「お褒めに預かって光栄だよ」というマスターの声が返って来た。

「でもほんと美味しい。知らなかったなぁ。近くにこんなお店があるなんて」
「まあ、わざわざ隣のバス停で降りないだろ?出かけるなら駅まで出るだろうし」
「うん、確かに。友達でも住んでれば遊びに来た時とかに気づくかもだけど、この辺には友達いないからなぁ」

次のバス停、というのが盲点かもしれない。バスに乗っても大きな駅まで行くのが目的だから当然のように一つ先で降りることもない。でもこのお店ならまた来たいな、なんて考えていると、リョータくんが少しだけ身を乗り出してわたしの顔を覗き込んだ。

「オレ」
「え?」
「オレがいるじゃん」
「…リョータくん?」

どういう意味だろうと思って何度か瞬きをしてしまったわたしを見ながら、リョータくんは苦笑交じりで頭を掻いた。

「友達…って言えるほど高校ん時は親しくなかったかもしんねーけどさ。元クラスメートが住んでるってことで、気に入ったならまた来いよ、この店」

そう言ってリョータくんはニカッと笑った。その無邪気な笑顔は高校の時と少しも変わらない。そんな笑顔を向けられたら、また来ちゃおうかな、なんて気持ちになって来る。

「うん、そう…しようかな」
「あ、じゃあ来る時は電話してよ」
「…え?」

またコーヒーを飲もうとカップを手にした時、リョータくんがそんなことを言うからドキっとして手が止まってしまった。彼は自分のバッグからノートとペンを出して最後のページを破ると、そこに電話番号を書いている。驚いて固まっていると、リョータくんは番号の書かれた紙をわたしへ差し出した。

「はい、これ。オレのマンションの番号。だいたい夜はいるし、まあ大学も休みの時は朝からここに入り浸ってっから、が暇な時は声かけて」
「………」
…?」

驚き過ぎて番号の書かれた紙をジっと見つめてしまった。電話番号を教えてくれるとは思わなかったから一気に変な緊張感が襲って来る。リョータくんは黙ったままのわたしを見て「あ…ごめん」とひとこと呟いた。

「え…?ごめん…?」
「いや、いきなり番号渡されても困るよな…わりぃ。お前は何でも強引すぎるってチームメイトからも言われんだよな…プレーと一緒だって」

どうやら黙ったままのわたしを見て、何か誤解したらしい。リョータくんは番号の書いた紙をわたしの手から奪おうとした。そこで慌てて手を引っ込める。

「ち、違うの。困ってたわけじゃなくて…」
「……え?」
「ちょっと驚いただけで…あの…ほんとに電話していいの…?」

確認するように尋ねると、リョータくんはさっきのわたしみたいに何度か瞬きをした後、ホっとしたような顔で「もちろん」と笑顔を見せてくれた。

「じゃあ…ここに来たくなったら電話するね」
「…おう」

今日が強風の寒い日で良かった。もし天気のいいポカポカ陽気だったなら、きっとバス停で会ってもお茶をしようなんて話にならなかったかもしれない。リョータくんとふたりだけの時間なんて初めてで、もう二度とこんなことはないだろうなと思っていたから、あんな風に誘ってくれたのは凄く嬉しかった。もう忘れたと思ってたのに、やっぱり顔を見てしまえば、あの頃の気持ちが蘇ってしまうものなんだ。
そう言えばアヤちゃんのこと、まだ好きなのかな。その話は、結局リョータくんに聞けずじまいで、その日はお互いの大学生活の話題をしただけで終わってしまった。




遅ればせながらスラダン映画公開おめでとー🎊
一番好きだったリョータで卒業後のちょっとしたお話。
※過去話も公開となりましたが、リョータが卒業後どのような流れで渡米したのか分からないので、このお話は管理人の勝手な空想で描かれております笑。