桜日和


今年も綺麗な桜が花をつけた。
と言っても、虚圏にはそんなものは育たない。
だったら行くしかない、とコッソリ計画を立てた。

「結構、簡単に抜け出せそうじゃん♪」
「ちょ…静かにしてよ、ディ・ロイ…見つかっちゃうでしょっ」
「わりぃ、わりぃ。つか、この人数じゃバレてもおかしくねーし」

そう言って後ろを振り返ると、そこには破面の面々が顔をそろえていた。

「何だよ…いいもん見せてくれるっつーから来たんだろがっ」

面白くなさそうに小声で怒鳴ったのは水浅葱色の髪をしたグリムジョー。
彼は十刃エスパーダで、藍染様から第6セスタの数字を与えられた男だ。

「…いいから静かにしろよ」

長い髪をかきあげながら呆れた顔をしているのは破面第15アランカル・クインセのイールフォルト。

「どうでもいいけど行くなら早く行かないか。こうしてるうちにも見つかってしまうだろう」

相変わらず冷静な顔で呟いたのは…

「「「「ウ、ウルキオラ!」」」」

全員で振り返れば、そこには一番、参加しなさそうな奴が、いつもの無表情で立っていた。

「てめぇ…何でいんだよ?」

突然のウルキオラの登場に、まず最初にからんだのは、彼と犬猿の仲でもあるグリムジョーだ。
そこに破面第16ディエシエイスのディ・ロイが割って入った。

「まあまあまあ…今はケンカしてる暇はないだろ?」
「うるせえ、ディ・ロイ。オレに命令すんな。コイツ連れてったらチクるかもしんねぇだろっ?」
「…それは心外だな、グリムジョー。オレが藍染隊長のスパイだと?」

ウルキオラもそこはグっと目を細め、グリムジョーを睨んでいる。
それを見て私は溜息をついた。

「もう…いい加減にして。とにかく今は静かに―」

〜どこ行くん?」

「……っ?」

その聞き覚えのある声に、他の皆は一気に固まって、私は恐る恐る振り返った。

「ギ、ギン…」

こっそり虚圏を抜け出そうとしていたのに、よりによってギンに見つかるなんて…とガックリ項垂れる。
そんな私を見て、ギンはスネたような顔をした。

「何や…ボクに会いたなかったみたいな顔して…寂しぃなぁ…」
「ち、違…そうじゃないけど…でも…」
「もしかして…ボクに内緒で皆とデートとか?」
「そ、それも違うってばっ」

怖い顔で近づいてくるギンに、慌てて首を振る。
それでもギンは他の皆をジロっと睨み、

「じゃあ、何で彼らを誘ってボクは誘てくれへんの」
「だ、だって…」

上目遣いでギンを見上げると、彼はスネた顔で、「ボクが藍染隊長に言いつける思たんか?」と言った。

「ご、ごめん…でも、どうしても行きたくて…」
「行くって…こんな時間に虚夜営ラス・ノーチェスを抜け出してどこに行くん??」

不思議そうに首を傾げるギンから私は目をそらした。

「…現世」 「現世…現世に何しに行くんや」
「……」
…言わな分からへんやろ?」

ギンはいつものように優しい声で、私の頭を撫でた。
そこで覚悟を決めて、私は口を開いた。

「さ…桜…」
「桜…?」
「桜を…見たくて…」

そう言って顔を上げると、ギンは僅かに目を丸くした。

「ほ、ほら…尸魂界にいた頃は…今時期になると、よく皆でお花見…したでしょ?だからそれ思い出しちゃって…」
…」
「でもそれを言えば…未練たらしいって思われるかなって…。だ、だからその…」

そう言って目を伏せた瞬間、ポンポンと頭の上でギンの優しい手が跳ねた。
視線を上に戻すと、そこにはギンのいつもと変わりない笑顔がある。

「ええよ」
「…え?」
「桜くらい…ボクがちゃんに見せたる」
「…ギン…」

驚いている私の手を繋ぎ、ギンは皆の方に振り返った。
皆は一瞬ギクっとした顔をしたが、ギンは怒るでもなく、いつもの柔らかい口調で、「ほな皆も行こか」と言って歩き出した。
それには、それぞれ顔を見合わせていたが、ウルキオラが最初に歩を進めると、現世への道を開いてくれる。

「おおきに。ほな、なるべく霊圧は抑えておくように。死神にでも見つかったら面倒な事になるしな」

そう言いながら私の手を引いて、ギンはゆっくりと現世への道を歩き出した。

数分後、いつもなら考えられないメンツで現世にやって来た私達は、中でも桜の名所と言われている公園に降り立った。
こんな時間だからか、それとも、まだ現世の気温が低いからか、公園の中には誰一人いない。
それを見て少しホっとした。
人間でもいれば、また他の皆が余計な事で騒ぎそうだ。
でも、そんな心配もつかの間、公園中に咲き誇る綺麗な桃色の花弁をつけた木々に、私は思わず笑顔になった。

「わ…ぁ…すごーーい!」

大きな桜の木には花弁が満開で、夜だというのに公園一帯が明るく見えるほどに鮮やかで綺麗だ。
そして私の声を合図に他の皆も声を上げた。

「すっげぇー!綺麗だなー!」
「ああ。美しい…これが桜か…」
ディ・ロイとイールフォルトは素直に桜に見入っている。
今まで黙っていたウルキオラも、「一本、持って帰りたいな」なんて言っているし、花には興味のなさそうだったグリムジョーも、

「面白いもんってこれかよ…」

と文句は言いつつも、桜の木の上に降りて、綺麗に咲き誇っている花弁を見上げた。
彼らは私やギンと違って、桜を愛でるという感情はなかった者たちだ。
でも今、こうして一緒に花見をしていると思うと、少し変な気がして、ふとおかしくなった。

「何笑ろてんの?」
「え?あ…昔は…死神だった私達と、虚だった皆は敵同士だったのに…今はこうして一緒に桜を見てるのが不思議な気がしたの」
「そう言われて見ればそうやなぁ…。ボクらは尸魂界で桜を見てきたけど…彼らはそんな気持ちすらなかったやろし…」
「でしょ?でも今はあんな楽しそうに桜を見てる。普段はお世辞でも仲のいい仲間とは言えないのに」

そう言いながら、はしゃいでいるディ・ロイと、そんな彼をからかうように悪態をついているグリムジョーを見た。
ウルキオラとイールフォルトは、ただ静かに桜を見ながら、その顔にはかすかに笑みが浮かんでいる。
そんな皆を見ていると、昔、一緒に桜を見ていた仲間たちを思い出し、胸の奥がかすかに痛んだ。

「尸魂界でも…よく桜を見たね」
「…ん?ああ…そうやな…」
「お祭り好きの11番隊の皆が、花見しようって誘いに来ると…それに京楽隊長や乱菊さんとか酒好きが集まって…」
「そうやった、そうやった」
「阿散井副隊長に誘われて、吉良副隊長がギンにも声をかけて…」
「イヅルは酒が弱いクセに、よぉ飲まされて潰れてたわ…」

ギンも思い出したのか、小さく笑うと、私の手をぎゅっと握り締めた。

「今頃…皆も見てるかな、桜」
「そやなあ…見てると…ええな」

そう呟くギンの横顔は、少しだけ寂しげで、私も彼の手を強く握り返す。
きっとギンも心のどこかで、あの頃に戻れたら、と思っているのかもしれない。
もう引き返す事は出来ないけど、私達は裏切り者だけど。
でも、あの頃、皆で確かに、桜の下、笑いあってた。
思い出すと胸が痛くなったりするけど、今、一緒にいるのは昔の仲間とは違うけど、でも、これが私達の選んだ道。

「これはこれは…見事な桜ですね」
「あ…シャウロン?!」
不意に聞こえたその声に上を見れば、そこには破面第11ウンデシーモのシャウロンと、破面第13トレッセエドラドが立っていた。

「何やあ、君らも来たんか」
「すみません。皆で現世に向かうのが見えたものでついて来てしまいました」
「市丸さんも人が悪いぜ。誘ってくれれば良かったのによぉ」

シャウロンとエドラドの言葉に、ギンは苦笑いを零した。

「まさか桜に興味がある思わへんかったし」
「これでも花を愛でるという気持ちは理解出来るんですよ、私は」
「はっ!破面のクセに変な野郎だなあ、てめーは」

エドラドはそう言って笑うと、向こうで騒いでいるグリムジョーやディ・ロイの方へ響転ソニードで向かった。
案の定、二人は驚きつつも、何やら楽しそうに笑いあっている。
彼らは桜に興味があると言うよりは、きっと暇つぶしについてきたんだろう。
そんな姿を見て、シャウロンは静かに微笑んでいた。

「…エドラドじゃないけど…ホント不思議」
「ん?何がや?」
「だって…虚の時なんかは、きっと桜とかに興味もなかったんだろうし、こうして仲間同士、笑いあう事もなかったんだろうなって」
「ああ…そうやなあ。きっと食欲だけやったんちゃう?」
「でも…心を失くしたとは言っても…破面になれば、少しは感情が…何て言うのかな…豊かになるっていうか…」

私がそう呟いた時、ふとシャウロンはこっちを振り返った。

「そうですね…私は破面に生まれ変われて…藍染様には感謝していますよ?以前よりも…楽しみが増えましたからね」
「シャウロン…」

そう言うとシャウロンはイールやウルキオラという、比較的、静かな方へと歩いていった。
その後姿を見ながら、私は再び桜を見上げる。
あの頃とは違う、今の世界、そして仲間たち。
かつては敵として戦った事もあったけど、今は少しだけ彼らと近くなった、そんな気がする。
藍染隊長と思惑は違えど、こうして彼らと"会話"を出来る分だけ、彼に感謝したい気分だ。

「皆、すっかりを受け入れてるなぁ」
「…そう…かな…」
「そうやろ。ボクが連れて来た頃は…色々あったもんな」
「…そう…だったね」

そう言ってクスクス笑うと、ギンも優しく微笑んで桜を見上げた。
彼についてきた私を、彼らは決して快く迎えてはくれなかった頃もある。
尸魂界からスパイをしに来たんだろう、と罵られた事もある。
でも今は、こうして一緒の時を楽しむくらいには、打ち解ける事が出来た。
彼らも決して"心"がないわけじゃないのだ。

「ボクに内緒で皆と抜け出そうやなんて…いつから、そんな仲良うなったん?」

不意にギンがそんな事を呟いた。
顔を上げれば、やっぱり少しスネたような顔で。
そんな彼が心から愛しい、と思ってしまう。

「な、仲良しっていうか…最初は一人で来ようと思ったのよ? でもディ・ロイに見つかって…そしたらディ・ロイがオレも連れてけーって騒ぐからグリムジョーに見つかって…そしたら―」

必死で言い訳していると、ギンはクスクス笑い出し、私の額にちゅっと口付けた。

「ボクを最初から誘ってくれてたら、二人きりで花見が出来たのに」
「…ギン…」

だって…言えなかったのよ。
また昔みたいに桜が見たい、なんて。
ギンと私は…共通の思い出が多すぎるでしょう?

「言いにくい、とか…思わんといてな?」
「…え?」

胸がチクチクと痛んでいると、不意にギンが呟いた。
見れば、普段とは違う、少しだけ、真剣な瞳が私を見つめている。

「ボクは…に寂しい思いとか、不自由な思いとか…させよう思て、一緒に連れてきたわけやないねんから…」

前と同じように、したい事はすればええし、行きたいとこがあるなら、ボクが連れて行ってあげるで?せやからボクに遠慮なんかせんといてな。

ギンはそう言って微笑むと、優しいキスを一つ、唇に落とした。

「うーわー何かイチャついてるし、あの二人!」
「ケッ!何、人間みたいな事してんだよ、
「いいじゃないですか、ディ・ロイ、グリムジョー。こんな夜にはキスの一つや二つ、したくなるのが心理です」

二人の冷やかしを、冷静な顔でたしなめるシャウロンに、さすがに顔が赤くなった。

「何が心理だよ。んなもん、てめーに分かんのかあ?」
「グリムジョーには分からないのかい?」
「……おいウルキオラ…てめーまで何ぬかしてんだあ?あぁん?」
「あれ、オレにも分かるけど?何となく」
「…あっはっは!イールフォルトは何気に女たらしだからなあ?」
「うるさいよ。エドラド。消滅したいの?」
「あぁ?何だ、てめぇ。オレ様とやりあおうって言うのか?てめーなんかオレ様の虚閃で木っ端微塵にしてやるぜ?」
「なら試してみようか?」
「やめなさい。二人とも。こんな綺麗な桜を前にして戦いなんて。せっかくの桜が散ってしまうじゃないか」

シャウロンはすっかり桜が気に入ったのか、マジメな顔でそんな事を言っている。
それには戦う気も失せたのか、イールフォルトもエドラドも、何とも言えない顔で肩を竦めてみせた。

「ほんまに血の気の多い奴らや…。これじゃ尸魂界でした花見の時とたいして変わらへんな」
「ホント。一角さんと檜佐木副隊長が、酒の取り合いでケンカになったり…」
「あったなあ…そんな事…。ボクもとばっちり受けて、頭に空の一升瓶が当たったんや…。あれは痛かったでえ…?」

あの時の痛みを思い出したのか、ギンは顔を顰めながら頭をさすった。
そんな彼を見て笑いながら、懐かしい日々が頭を過ぎる。
あの頃は、確かに些細な事が、幸せだった。

「酒でも…持ってきたら良かったなあ」
「そんな事したら、あの二人なんか、すぐケンカ始めちゃう」
「…それも、そうか。なら今度は二人きりで花見に来ような」
「…え?」

その言葉に顔を上げると、ギンは優しい瞳で私を見ながら、

「来年も、再来年も、またと桜を見に来たいわ」
「…うん…」

ギンと生きたいから、私はここにいて、こうして彼の手を握り締めてる。
思い出の中の人たちと、いつか戦う日が来たとしても…今だけは…幸せだった、と思い出させて欲しい。

私は、確かに彼らの事が、大好きだった―――

とめどない想いが溢れ、涙が込み上げてきた時、春の風がふわりと吹いて、ピンクの花弁が夜空に散っていく。
今まで騒いでいた皆も、それらに目を留めて、ふと辺りが静かになった。

「ほんまに…桜日和やなあ…」

ギンの小さな声が、私の耳を掠めていく。
これからの未来を思い描き、見上げた先には、桃色の空があった。
この桜を、あと何度見られるだろう?



「あーあ。あの二人、スッカリ自分達の世界に入ってるぜ?」
「ホントですね。でもまあ…お似合いじゃないですか」
「ケッ。あんな奴、どこがいーんだか」
「へえ、それって嫉妬かい?グリムジョー」
「あ?虚閃でかっ消すぞ、イールフォルト…」
「おお、怖。ま、あの二人にはオレたちが知らない絆があるんだし諦めろよ」
「だから消されてーのかよ、てめーはっ!!」
「オレも手伝うぜ?」
「まださっきの事、根に持ってるのー?エドラドって結構、粘着質タイプ?」
「あぁ?てめーも消滅させるぞ、ディ・ロイ!」
「ところで思ったんだが…」

「「「「「何だよ(ですか)?ウルキオラ」」」」」

そこで皆が一斉に困った顔をしているウルキオラを見る。

「時に…藍染様は誘わなくて良かったんだろうか…」

「「「「「…………」」」」」

その一言で、皆はビシっと固まった。

その頃、虚圏では、彼らの脱走計画を耳にした藍染が、寂しそうに皆の帰りを待っていた。

「冷たいなあ…ギンもも。私を誘ってくれないなんて…せっかく酒の用意をして待っていたのに」

彼も少しだけ、昔の思い出の中へ、戻りたいと思ったのかもしれない。






破面編、ギン夢でした。 と言うか、微妙に逆ハー笑(;・∀・)
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