Lが地下鉄の階段を転げ落ちていくのを見ながら、やっぱり止めれば良かったと心の底から思った――
「エ…」
L…と言いかけて慌てて口をつぐみ、彼の元へ走っていく。
すると彼が転げ落ちたキッカケを作った、あのFBI捜査官までが階段を駆け下りてくるのが見えた。
「大丈…夫ですか?」
彼女はLに寄り添うようにしている私を見て驚いたような顔をした。
でもLはそんなのお構いなし、といった風に倒れたままの格好で、
「…なるほど。やはりビデオで見るのと実際とは、だいぶん違う…。しかしこれで大体習得した…」
「―――は?」
階段から落ちても普通の顔で一人ブツブツ言っているLに、彼女は訝しげな顔で眉を寄せた。
そんな彼女を無視して私はLを抱え起こすと、「立てる?」と尋ねた。
Lは私を見てニッコリ微笑むと、「ええ、大丈夫ですよ、」と言って頬にキスをしてくれた。
それを見て更に彼女は眉を寄せている。
「あの…大丈夫ですか…?本当に?」
「はい、大丈夫です。ありがとう御座います」
Lはそう言ってパンパンと服を払うと、私の手を繋ぎながら「近くに美味しいケーキのお店を見つけたんで行ってみましょうか」などと言って歩き出す。
でも彼女、南空ナオミはさすがにそれは許してくれなかった。
「ちょ、待ちなさい!」
怖い声が飛び、彼女は私たちの後ろから走って追いかけてきた。
そしてLの手をグイっと掴む。
「どこ行くんです?大丈夫なようなら私と一緒に来てください。痴漢は立派な犯罪です。いきなり女性に抱きつくなんて―」
南空ナオミはそこで言葉を切ると、Lと手を繋いでいる私に視線を向けた。
「こ、恋人もいるのに何を考えているんですか?」
「………」
「黙ってないで答えてください。そういう態度はあなたの今後にとって、よくありませんよ?あなた、名前は?」
そう尋ねられると、Lはちょっと唇に指を当て、私に視線を向けつつ。
「竜崎と呼んでください」
飄々とその名を彼女の前で名乗った。
案の定、南空ナオミは驚いたように目を見開き、ジっとLの事を見ている。
私はと言えば、その意味がよく分かったので、そのままLに微笑みかけた。
「あ、あの…あなた―」
「竜崎、です」
「竜崎…」
彼女は何度かその名を口にするも、ハっと我に返ったようにLを睨んだ。
「と、とにかく…私と一緒に―」
「待って下さい」
「―――ッ?」
そこで私は慌てて口を挟んだ。
事情を知ってる私にとって、Lのあの、おかしな行動の理由は想像がつく。
まさか、あんな方法を取るとは思ってなかったけれど…
(だけど何も抱きつかなくたって…)
その不満はあったが、あれを痴漢と勘違いされては私もLも困る事になる。
「何ですか…?」
「…彼は…痴漢したんじゃありません」
「は?」
キッパリ言い切った私の言葉に、彼女は呆れたように息をついた。
「恋人の事を庇いたいのは分かるけど―」
「そうじゃありません。私も見てましたけど…彼、きっと私とあなたを間違えただけです」
「…え?」
ホントは違うけど、今思いついた言い訳を口にすれば。
Lは小さく笑って私の頭をそっと撫でた。
「あなたと…私を間違えたって…そう言いたいの?」
「ええ。ほら、私とあなた、髪型もよく似てるでしょ?まあ私の方が身長は小さいけど…同じ日本人だから間違えたんです」
「で、でもその前に私、彼と目が合ってるのよ?いくら髪型が似てても分かるじゃないの」
そこはLが目をつけただけの事はある優秀なFBI捜査官。
簡単に「そうですか」と言わない辺り、さすがに手強い。
咄嗟に作った言い訳など通用しないような強い眼差しで南空ナオミは私を見つめてきた。
だけどLは私以外の女になんて興味ないんだから…という言葉をグっと飲み込み、彼女に微笑む。
「それが…彼、まれに見るほど超〜〜ど近眼なんです。だからきっと分からなかったんだわ?ね?エ…っと竜崎さん」
「…そうですね。私は近眼です。それもスーパー級の」
「……………」
実際には…Lの視力はスーパー級に、いい。
でもLも話を合わせてくれてホっとした。
南空ナオミは少し目を細めて疑ってるようだけど…
「本当に…?」
「はい。今もあなたの顔がボヤ〜っと歪んで見えます」
「………ッ」
目を細め、彼女の顔にググっと自分の顔を近づけるLに、南空ナオミは顔を顰めながら体をのけぞらせた。
(相当いやだったんだろう)(ちょっと感じ悪い)
だが大きく息を吐き出すと、「そう言うことなら…仕方ないわね」と肩を竦めた。
「本当に…間違えたのね?」
「はい。だいたい私は以外の女性に少しも興味ありませんから」
「……………」
飄々と、というか、しれっとそう言ったLに、南空ナオミはプライドが傷ついたのだろう。
少しだけムっとして目を細めた。
だけど、それも本当の事だから仕方ない、と自惚れてしまうほど、Lの私への愛情は本当に深いものなのだ。
それに私だってL以外の男なんて、ちーっとも視界に入ってこない。
そもそもL以外の男、という生き物には興味がないのだ。
だって、Lみたいな人は世界中、探したっているわけがない。
いくら顔が良かろうが、お金や地位を持ってようが、私にとったら、そんなものはちっぽけなものでしかない。
彼に敵う人間なんているはずないし、ハッキリ言って今回の事件の犯人、B・BだってLの敵としては役不足だった。
「あ、そう。じゃあ…もう行っていいわ。今度からはきちんとコンタクトをして待ち合わせするのね」
「はい。すみませんでした」
「いえ…。私も階段から落としちゃったし…今回はおあいこって事で」
「それもそうですね。あれは少し痛かったですし」
「…………」
Lの返答に思わず噴出しそうになった。
だいたいカポエラの技で攻撃されたばかりか、階段を勢いよく転げ落ちたわりにケロっとした顔で
「少し痛かった」などという人間はきっとLくらいだろうなーなんて変なとこでも尊敬してしまう。
こんな私はかなりの「L信者」かもしれない。(いや恋人なんだけど)
「…ホントに怪我はないの?」
「ええ。これでも私、結構鍛えてるんですよ」
そう言って空いてる方の腕を上げ、力こぶを作るマネをするLは何とも可愛い。
でも南空ナオミは更に目を細めたから、これはきっと私の「惚れた欲目」というものかもしれない、とこの時思った。
でもこんな可愛い人、他にいないのに。彼女にはその可愛さが分からないのね、かわいそう…(オイ)
ああ、でも"L調べ"だと、彼女には同じFBI捜査官でレイとかいう婚約者がいたんだっけ。
写真も見せてもらったけど、Lの方がぜーんぜん、全てにおいて勝ってるもんねー(これこそ惚れた欲目)
「…それじゃ…私はこれで…」
「はい、さようなら」
「………」
南空ナオミの言葉に、両手をダラっと下げたまま別れを告げたLに、彼女もますます訝しげな顔。
それでも仕方ない、といった顔で地下鉄の改札へと歩いていく。
きっと、これから本部に行って、拳銃、手錠、そしてFBIのバッジを受け取るのだろう。
それもLが裏から手を回したとも知らずに―
その後姿を見送りながら、南空ナオミが見えなくなったところで私はLの服をつんつんと引っ張った。
Lは嬉しそうに顔を緩ませながら、「ああ、お腹が空きましたか?」とトボケた事を聞いてくる。
それには「子供扱いしないで」と言って、唇を尖らせた。(そもそも、この仕草が子供のようなんだけど)
「そんな事より…あんな確認の仕方しなくたっていいのにっ」
さっきの"抱きつき事件"、やっぱり納得いかなくて抗議をすれば、彼は笑いながら私の頬にちゅっとキスをした。
「すみません。ああでもしないと彼女、技を使ってくれないと思いまして…」
「だからって私以外の人に抱きつくLなんて見たくなかった…」
「す、すみません…。あ、あの…そんな顔しないで…」
目を潤ませると、Lは慌てたように顔を覗きこみ、ぎゅっと私を抱きしめた。
ここは階段を下りてすぐの場所だから、人だってたくさん通るのに、Lはお構いなしに私の唇にキスを落とす。
「私にはだけですから」
「…ホント…?」
「はい、もちろん」
「じゃあ…あの南空ナオミって人にもフラっとしてない?」
「まさか!彼女は優秀な捜査官なので今回、声をかけましたが女性として見た事は一度もありませんよ」(!)
南空ナオミが聞いていたら、もう一度、階段から蹴り落とされていただろう。
でも私にとったら、それは凄く嬉しい言葉で。
胸にジーンと響いてきた。
「…なら、いい」
Lの言葉にそう言って微笑むと、彼はホっとしたように微笑み返してくれた。
「さあ、ではケーキ屋さんに行きましょうか」
再び、キスをしてくるLに笑顔で頷き、繋ぎあう手と手。
Lの体温を感じて、幸せな気持ちになりながら仲良く歩いていく。
やっぱり、この手で他の人には触れて欲しくないと思った。
「でもL…」
「はい?」
「あのカポエラって技…いつ使う気?」
「………」
少々気になっていた事を尋ねると、Lは親指を唇に当て、真っ青な空を見上げた。
「そうですねぇ。私から使う、という事はないです。誰かに殴られたりした時に初めて使うでしょうね」
「ふーん、そっか。Lは"やられたらやり返す派"だもんね」
「そうですね」
「テニスだって私に負けたら、必ずもう一回!って言うし」
「…だってそうじゃないですか」
「Lといると似てきちゃうんだもん」
「私と…似てくる…。それって何だか凄く嬉しいですね」
「え、そう?」
「はい」
「そっか。あ、でも今回の犯人もLのマネしてたんでしょ?やっぱり後継者候補だから外見からマネしてたのかな」
「さあ?どうなんでしょうね。一度、南空ナオミとの電話で彼の事を尋ねてみましたが…あまりいい評価ではありませんでした…」
「え、そうなの?彼女、B・Bのこと何て言ってたの…?」
「……にだけは…言いたくありません」
Lはそう呟くと凄〜く悲しそうな顔をしながら、ますます背中を丸めてトボトボ歩き出した。
その様子を見て、B・Bの風貌に少しだけ興味が沸く。
「ねね、L」
「はい?」
「その…B・Bって格好いいの…?」
「……………」
あれれ…何だかウルウルしちゃってる…
私、何か地雷でも踏んだかしら…
「は…私以外の男に興味があるんですか…?」
「えっ?!そ、そういう意味じゃ―」
「では何故そんな事を聞くんですか?私だって傷つきます…」
「え、ええ?ご、ごめんね?L…あ、あの私はLしか好きじゃないよ?」
「でも少しは気になったから聞いたんでしょう?」
(あ…今度はLが子供みたいな顔しちゃって…)
指を咥え、ウルウルした目で見てくるLは、この目に入れてもきっと痛くない!と思ってしまうほどに可愛い。
あまりに可愛くって、そりゃ顔の筋肉も緩むってものよ。
「…何、笑ってるんですか、…。私が近年まれに見るほどへコんでいると言うのに…」
「え?あ、いや、あの…ごめん…Lがあんまり可愛いから…」
素直に思ったことを口にすると、Lの顔が少しづつ緩んでいくのが分かった。
よし!機嫌が戻ってきたみたい。
ここはもう一押し――
Lが何に喜ぶかなんて、もう手に取るように分かる。
「エール♪」
「??」
軽く手招きをすると、Lは少しだけ屈んで顔を寄せてきた。
そんな彼の唇に軽く口づける。
「ん…?」
「…大好き、L。世界中の誰よりも」
だからLも、私以外の人なんて、その瞳にも、その心にも、入れないでね――。
ANOTHER NOTE
世界中の誰よりも、貴方が愛しい
ちょっと「ANOTHER NOTE」でバカップル描いてみました。
あの小説のその後ですね、ハイ。
Lを痴漢容疑のままにしたくなかったので(笑)
自分で続きを書いちまいましたよ…ふっ。
何だか書いてるうちにヒロインも超Lバカになってしまったんですけど、自分もそうなので愛しくなったキャラでした(笑)
皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて…
【SICILY...管理人:HANAZO】