窓の外から雨の音が、静かな部屋に届く。
重なった唇が離れると、小さな吐息が洩れた。
いつもの自分の部屋が、まるで違う空間にでもなったみたい。
「ズルイ」
「……あ?」
初めてのキスの後で言う台詞じゃないけど、でも、それでもメロはズルイ。
本当ならひっぱたいたって文句は言えないはずだ。
「最後の夜にこんな事するなんて」
ここを出て行くと言ったのはメロだ。
私を置いて、皆を置いて、メロはメロの信じた道を行く。
だから私も私の道を歩こうとしてたのに。
施設内の、私の部屋。
いつも通り就寝時間が来て、素直にベッドに潜り込んでいたのに、突然のメロの訪問。
分かってたけど、でも分かってないフリをして、私は彼を招き入れた。
ここ最近ずっとメロは何かを話したそうにしてたから、こんな時間に何を言われるのか、何となく分かってたけど、でも招き入れた。
「悪いな、こんな時間に」とメロは今まで見せた事もないくらい申し訳なさそうな顔をするから。
私も「眠れなかったからいいよ」と言ってベッドに腰をかけた。
それでもメロはまだ言いにくそうな顔で私の隣に座りながら、何度か視線を反らし、居心地の悪そうな顔で溜息をつく。
だから私はメロが話しやすいように、他愛もない話を振って、いつもの無邪気な自分を演じて見せた。
「今日はニアが珍しく私に勉強を教えてくれたんだよ?」
そう言ったらメロは少しだけ笑って、「へえ、ニアも大変だっただろうな。はバカだから」なんて、少しだけ表情を和らげた。
何よ、それ、ヒドイ、なんて私もいつものようにメロをどつきながら笑う。
「あ、そう言えば昨日マットが部屋を夜中に抜け出してロジャーに見つかったじゃない?あれどこに行こうとしてたか知ってる?」
「さあ。盗み食いでもしようとしてたんじゃねーの」
呆れたように笑うメロに、私は少しだけ身を乗り出した。
これを言ったら、メロはどんな顔するだろう、何て言ってくれるだろう。
そんな淡い期待と、これを言えばメロも安心して、本当に言いたい事を話してくれるんじゃないかって、そう思った。
「マットね、私の部屋に来ようとしてたんだって。あのね、アイツ、今日私にそう教えてくれたんだよ」
「はあ?何でのとこに―」
そこまで言ってメロは言葉を切った。
分かったかな、これでメロは気づいたかな。
「マットね、私の事、好きなんだって。メロ、知ってた?」
そう言った時のメロの顔は、私に見せた事もない顔だった。
「凄く好きなんだって、それを言おうとして抜け出したら見つかって反省室に閉じ込められたんだって。おかしいよね」
なるべく明るく話しながら、メロの様子を伺った。
メロはずっと黙りこくってる。
来た時以上に落ち着かないように、何度も手を組んだり離したりしながら、口を開きかけたり、閉じたりしてる。
「マットね、普段はあんなに明るいのに、凄く悲しそうだった。今のメロやニアと同じだった。目標を失って、あのLがダメなら自分達もダメなんじゃないかって自信を失くしてた」
だって皆、怖いでしょ?Lを失って、キラという存在が初めて怖くなったんだよ。
そう言ったら初めてメロが私を見た。
「オレは怖くない」
「ニアもそう言った。でも私もマットも他の皆も…メロやニアとは違うんだよ。同じようで、全然違う」
「何が言いたい?」
メロは初めて泣きそうな、悲しそうな顔をした。
そんな顔しないで。
メロにそんな顔させるために、私はこんな話をしてるんじゃない。
メロが自由に旅立てるよう、私は背中を押したいだけなんだ。
こんな情けない後輩なんて、捨てて行っちゃってよ。
じゃないと、私はきっとメロを引き止めてしまう。
「私はメロや二アのように強くない。弱い人間なんだよ」
いつも不安を感じて、自分の弱さと戦って、頑張って生きてる。
それでも不安で寂しくて。
だから誰かの肩に寄りかかって生きていかなくちゃ、私はダメなんだ。
「マットも同じだって。だから私はマットと、ここで生きてく」
「…本気で言ってんの?」
メロは確かめるように私の顔を覗き込んだ。
だってそう言わないと、メロは心置きなく発てないでしょう?
いつもバカ、バカ言いながら、誰よりも私を心配してくれるメロは――
「本気だよ。ここを出て行こうとしてるメロとは違う。私の生きる場所は、ここにしかないもの」
私の言葉にメロはゆっくりと視線を外した。
メロがここに来た時から分かってた。
ううん、Lの事を聞いた時点で分かってたんだ。
今夜、メロに"さよなら"を言われるって―――
「…オレはここを出てく」
「いいよ…分かってる。だから早く行っちゃってよ!そんなの分かってたんだから!メロが私や皆を置いて、ここを出て行くって!だから早く―」
涙が溢れてきたのを誤魔化すために顔を背けて怒鳴った。
なのに不意に力強い腕に絡め取られて、気づけば私の声はメロの唇に塞がれ、熱い体温に包まれていた。
「ズルイ」
「……あ?」
「最後の夜に、こんな事するなんて」
ゆっくりと離れていった唇が、少し寂しくて、でも口をついて出てくるのは、そんな強がり。
なのにメロは真剣な顔で、「最後だなんて思ってないからな…」と、耳元で呟いた。
「どういう…意味よ」
その言葉の意味が分からず、ゆっくりと顔を上げる。
メロはいつものメロに戻っていた。
「の考えてる事なんて、オレにだって分かってんだよ」
普段、見せるような意地悪な微笑み。
私はそんなメロが大好きだった。
どんなに意地悪をされても、冷たく突き放されても、私はいつもメロの傍にいた。
「マットになんか渡す気ないから。オレと一緒に来たら、の抱えてる不安なんか消してやるよ」
「素直じゃないね、メロは。一緒に来て欲しいって、何で言えないかな」
涙が零れたのを合図にそう呟けば、いつもの皮肉めいた笑みを浮かべて、
「お前もだろ。一緒に連れてってって言えよ」
「殺されても言わない」
「…殺させない」
そう言った瞬間、また唇が熱を持った。
もう二度と、この手を離さないで。
また私がバカな悲しみを心に植えつける前に、こうして抱きしめて、そしてキスして。
まだ少し怖いから。
籠の中の鳥が、外へ飛び立てるような、強さを下さい――
僕たちは生きる事に何度も不安を感じてしまうでしょう?
久々にデスノ、しかもメロで短編です(;^_^A
ありきたりにワイミーズを旅立つ夜のメロなんぞ。
連載、放置中なんですが、時々デスノを書きたくなったり。
書きたいのが山ほどあって、移り気な私はホント自分で首絞めてます;;
皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて…
【SICILY...管理人:HANAZO】
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