Nostalgie...あの想いは、遠い故郷の地に...[1]こんなに生き急いでいるオレだけど、たまには遠い日の思い出を、懐かしむ事くらいあるさ。 あれは良く晴れた日の休日――― 青い空に、弧を描くようにしながら、その固体はオレの目の前に飛んできた。 「すみませーん!取ってくれますかー?」 オレと同じ歳くらいの奴が手を振ってくる。 足元にはポンポン、と弾みながら転がってきたサッカーボール。 そのボールを片足で弾いて浮かすと、思い切り蹴った。 「ありがとうございますー!」 広いグランドに戻っていったボールを受け取り、少年は仲間の下へ戻っていく。 それを見ながら近くにあるベンチに腰を下ろすと煙草に火をつけた。 この辺りは施設の奴らも来ないし、内緒で喫煙するにはいい場所だ。 「あなた、サッカー出来るの?」 その時、不意に背後から声が聞こえてドキっとした。 振り返ると、そこには髪の長い、色白な少女が一人、大きな瞳をキラキラさせながら立っている。 「誰?あんた…ビックリさせんなよ…」 そう言いながらホっと胸を撫で下ろす。(施設の奴らに見つかったら、またロジャーとかキルシュにチクられるからな…) 「ごめんなさい」 オレの言葉に、少女は小さな手を口に当てて苦笑いを零した。 オレより頭一つ分ほど小さな少女は、どこか楽しそうにグランドの中で繰り広げられるサッカーの試合を見ている。 あまり見ない顔だな、と思いながら、「オレ、スポーツ全般は得意なんだ」とさっきの質問に答えた。 少女はパっと顔を上げると、「私、。あなたは?」と訊いて来た。 「オレはマット」 「マット…よく、ここに来てるよね?」 「ああ…ってか、オレのこと知ってんの?」 驚いて尋ねると、少女は後ろを向いて、赤い屋根の家を指差した。 「私、そこに住んでるの。時々窓の外を見てたら、あなたがこの辺でいつも煙草吸ってるのが見えるから」 「…ああ。そういうこと」 自分の知らないところで見られてたんだと思うと、少し変な気分だったけど、目の前の少女は施設にいる、どの子よりも可愛いし、悪い気はしない。 「マットもこの近所に住んでるの?」 と名乗った少女は綺麗な笑顔を見せながら、再び視線をグランドに移す。 今の笑顔に少し見惚れながらも、オレは煙草の煙を燻らし、「まあ」とだけ応えた。 気持ちのいい昼下がり、そよ風に吹かれ、時折揺れる木々のざわめきと、グランドから届く明るい声以外、聞こえないこんな時間は、妙に落ち着く。 「やっぱりそうなのね。どの辺?」 「…別にいいじゃん。近所だよ、ホントに」 あの施設にいることを、おおっぴらに話せるほど、オレは図太くない。 普通の家庭に育っている奴には理解されないに決まってる。 好奇心の目で見られるのも、同情されるのもまっぴらだ。 「それより…はサッカーが好きなの?」 話題を変えるのに、尋ねてみた。 さっきからオレと会話をしながらも、彼女の視線は熱心にグランド上にいる少年達に向いている。 オレの質問に、は不思議そうな顔で、 「イギリスにいてサッカー好きじゃない人なんかいる?」 「…そりゃいるんじゃねーの?まあ、でもオレもサッカーの試合はテレビで見るけど」 「でしょ?私も試合ある日は必ずテレビを見るの」 「へぇ…」 よっぽど好きなんだな、と思いながら、オレもグランドに目を向けた。 上手いとは言えないプレーだが、それなりに楽しそうにやっている。 少なくとも今のオレよりは一生懸命、生きてるといった感じだ。 「…!」 その時、後ろから彼女の名前を呼ぶ声が聞こえた。 呼ばれた本人は、「いけない」と呟き、振り返る。 オレも一緒に振り返ると、通りの向こうに、女性が立っていて、こっちに手を振っているのが見えた。 「お母さんが呼んでるし、私、帰らなくちゃ」 残念そうな表情で見上げてくる彼女に、「ああ…じゃあね」とだけ返す。 が、は歩きかけて、ふと足を止めた。 「マット、また…来る?」 「…ああ、多分」 不安そうな、その顔に、気づけば頷いていた。 彼女は「良かった」とホっとしたような笑みを浮かべて、家に帰って行く。 綺麗な長い髪を、風に揺らしながら。 これが―――オレとの出逢いだった。 BACK
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