Nostalgie...あの想いは、遠い故郷の地に...[4]夕日の差し込む病室、窓際には小さなベッド。 その上に、彼女は横たわっていた。 あの日の事は忘れようにも、未だにオレの脳裏に焼きついている。 生まれて初めて味わう恐怖にも似た感情に、押しつぶされそうになりながら、オレはただ、苦しそうに息をしている彼女を見ていたんだ。 「…マッ…ト…来て…くれたんだ…」 意識があったのか、オレの存在に気づくと、彼女は僅かながらに微笑んでくれた気がした。 の母親はオレだけを中に入れると、そのままドアを閉じた。 「何…してんだよ…」 細い手を、オレに差し出すから、ゆっくりと近づいて、その手を握り締める。 すると、も弱々しい力で、そっとオレの手を握り返してきた。 「ごめ…んね…」 「何…誤ってんだよ…悪いのはオレの方だろ…?オレが昨日、あの場所に行かなかったから――」 「ち…がうよ…マット…。私が…マットに…会いたかった…から…無理した…だけ」 苦しいクセに、無理に笑うに胸が痛む。 オレはベッドの下に跪いて、ぎゅっと彼女の小さな手を握り締めた。 「何で…言わなかったんだよ…病気のこと…」 「………」 オレの問いかけに、はただ微笑んで、「嫌われ…たくなかった…から」と呟いた。 嫌う?オレが何故? そんな事で嫌うくらいなら、初めからこんなに好きになったりしない。 「バカじゃねーの…オレ、そんな信用ねーのかよ…」 「…マット…」 「嫌うわけねーだろ?オレは…!お前が…っ」 喉の奥が熱くて、必死で言葉を吐きだそうとした。 でも何かを言えば涙が零れそうだ。 好きなんだ。 初めて誰かを愛しいと思ったんだ。 自分以外の人間を、こんなにも失いたくないって思うほど、好きになったんだ。 「…私…マットに…会えて…あの日…話しかけ…て良かったよ…?いつも…遠くで見てるだけだったら…きっと後悔…してた…」 学校にも行けず、ただ死を待つばかりの毎日だったけど、グランドで走り回ってる子達を羨んでばかりだったけど、 マットに出会えてから、初めて生きてるって実感した。 生きたい、ってそう思ったんだ。 は震える声で、そう言って、また、微笑んだ。 オレの好きだった、誰よりも綺麗な笑顔。 「…マットが…大好き…」 「…そんな事…分かってんだよ…」 強く彼女の手を握り締める。 そのまま、の唇に触れるだけのキスを落とした。 「ありが…とう、マット…」 「…何だよそれ…何、最後みたいな事言ってんだよっ。元気出せよ!病気なんて、すぐに治るって――」 「いい…の…もう…マットに会えて…それだけ…で…」 「……おい…!目ぇ瞑るなって…!おいっ」 彼女の手から力が抜けていく。 は満足そうに微笑んで、そして―――ゆっくりと目を閉じた。 それから夏が過ぎ、秋が過ぎて、寒い冬が来る頃、その知らせは突然、届いた。 施設の皆が最も尊敬し、目標としていた、Lの突然の死――― オレは、大切な人を、また失ってしまった。 「マット」 不意に名前を呼ばれた。 振り返らなくても、少し前から足音で気づいていた。 「また、ここにいたのか」 そう言いながら隣に立ったのは思ったとおりの人物だった。 「ロジャーが心配してたぞ…?お前が朝からいないから」 「…別にオレがいなくたって変わらないだろ…」 オレの言葉に、メロは小さく溜息をついた。 そして空を見上げると、「今夜は雨になりそうだな…」と呟く。 「…行くのか?」 「ああ、今夜」 「そっか…」 そこで初めてメロを見た。 もう迷いは消えたようにスッキリとした顔をしている。 「…皆…いなくなるんだな…」 「…そうとも限らないさ…」 「オレ…彼女がホントに好きだったんだ…」 「…知ってる」 「Lの事も…本当の兄貴みたいに…思ってたんだ」 「…知ってるよ…」 ポッカリと開いた穴がひゅーひゅーと音を立てている。 この手から、大切なものが次から次へと零れていくようで、何だか凄く寒い。 「Lとキルシュに怒られるぞ。こんなとこに来ないで、少しは勉強しろってな」 「…だろうな」 そう言って苦笑すると、目の前の墓標をそっと指で撫でた。 そこには"L"という文字だけが書かれている。 そして隣には"キルシュ・ワイミー"の名が書かれた墓標が立っていた。 「…皆…オレを置いて逝っちまうんだな」 「…バーカ。何、辛気臭い顔してんだよ」 「悪かったな…」 「おら、戻るぞ。風邪引いちまう」 メロは強引にオレの腕を引っ張り、歩き出した。 これまで、それほど他人にかまったりしない奴だったのに、と内心苦笑が洩れる。 それほどまでに、今のオレはボロボロなんだろうか。 「メロ…お前…どこに行く気だ…?」 「…さあな。出てから考えるさ。オレなりのやり方で、キラを捕まえてみせる」 そう答えるメロはどこか誇らしげで、オレは改めてメロを強い奴だ、と思っていた。 「お前まで…オレを置いて逝くなよな…」 ふと、そう呟いたオレを、メロは明るく笑い飛ばし、「その時はお前も連れてってやるよ」と言った。 「でも…オレは負ける気はないけどな」 静かに、でもどこか力強く、言葉を繋いだ横顔は、遥か未来を見つめていた。 メロの見据える視線の先には、どんな未来が待っているんだろう。 マットも覚悟が出来たら、ここを出ろ。そしてオレを探せ。 メロは最後にそれだけ言うと、本当に施設を出て行ってしまった。 ニアもそれを追うようにいなくなり、オレだけが目標を見失ったかのようで、孤独で、必死に足掻いていた。 「皆…いなくなっちゃったよ…」 彼女の墓標はひらひらと舞う雪の中で、ひっそりと立っている。 オレに何を言うでもなく、ただ、そこに静かに眠ってる彼女は、今、Lと同じ場所にいるんだろうか。 「紹介するって約束したけど…その前にLもそっち行っちゃったな」 白い吐息が雪と一緒に空へと舞う。 寒くて、どうしようもなく孤独だった。 「もう…ここにいても意味がないんだ。だから――オレも行くよ」 彼女に最後の言葉をかけて、静かにバッグを肩に担ぐ。 メロとニアがいなくなって、寒い冬が訪れ、辺りを真っ白に染めた頃、オレは、生まれ育った、その場所を捨てる覚悟をした――― **************************************** 「それで?マットはどうしたの?」 綺麗な瞳を不安げに揺らして、彼女はオレの顔を覗き込んだ。 どこか幼い、あの日の少女の面影を残した表情に、オレはふと笑顔になる。 「暫くは立ち直れなかったオレの元にメロから連絡が来て…後は知っての通りだよ」 「そっか…でも…ホントはまだ引きずってるんじゃないの?その子のこと」 「…まあ…今思えば、初恋だったしね。ずっと忘れられない存在ではある」 「…ふーん。やっぱり、そうなんだ…」 見た目にも分かるほどに落ち込む彼女の姿に、オレは軽く吹き出した。 「何を心配してるのかと思えば…。もう昔の事だろ?」 「だって…メロが言ってたもん。マットには忘れられない女がいるって…マットは今でもその子の事を引きずってるって」 そう言って頬を膨らませる彼女は可愛い。 が、メロの奴、余計な事を。 「あのね…それとお前を好きだって気持ちは全く別もんなの。分かる?」 「分かんない。私以外の女の子がずっとマットの心の中にいるなんて嫌だもん」 「お前だって初恋の相手くらい、いるだろ?」 「そりゃ…いるけど…。でもその子はズルイ…」 「ズルイ?」 「だってそうでしょ?死んじゃったら…その想いは永遠だもの」 彼女はそう言うと、泣きそうな顔をした。 そうか。確かにそうかもしれない。 はオレの事を想いながら死んでしまって、オレも彼女が好きだった想いが、どこか宙ぶらりんのまま。 だからこそ、永遠に、心の奥に留まっているのかもしれない。 でも、オレは現在を生きている。 いつまでも彼女を想いながら、生きていけるはずもない。 「はい。もう思い出話はおしまい」 「…あ、話そらした」 「そうじゃないよ。思い出に浸ってる暇なんか、今のオレにはないだけ」 そう言って彼女の体を抱きしめる。 「マット…ホントに…日本に行くの?」 「ああ、もちろん。メロはサッサと行っちまったし」 「そう…でも…帰ってくるよね…?」 彼女のその質問には、答えられなかった。 答えられない代わりに、甘いキスをして、また抱きしめる。 誰かの体温に縋らないと、オレの心に開いた穴は埋められない。 一人になると、寒くて寒くてどうしようもなくなる。 時々、抑えられない恐怖が襲ってくるけど、それも一時の事だ。 いつ死ぬか分からないゲームに参加したのはオレの方。 勝つか、負けるか、どっちに転ぶかは運次第。 メロと組んだ時点で、覚悟を決めるしかなかったんだ。 こんな夜に、思い出話なんかしちゃいけなかった。 「なあ…抱きしめてよ」 そう呟くと、彼女は優しく微笑んで、オレを強く抱きしめてくれる。 「マットはズルイね」 「…何?」 「私を見てるフリして、その子の面影を見てる気がする」 「そんな事ないよ」 そう言いながら、本当はそうなのかもしれない、と思っていた。 彼女の笑顔が―――あの日の少女を思い出させる。 だけど君は、あの子とは違うから。 「まだ好き?」 「いや…今のオレは、お前の事が好き」 「やっぱりズルイ」 そう言いながら、オレを抱きしめる腕が、かすかに震えていた。 でも、それは本当なんだ。 あの頃の思い出は、全て置いてきた。 そうしなきゃ、前へ進めない。 現在を、生きていけるはずもない。 だけど―――オレの幼い愛情は、今もきっと、あの遠い故郷の地で、彼女を包んでいるだろう。 BACKマットのちょっぴり悲しい初恋の話でした;;
|