寒すぎる部屋


そこは何の変哲もない普通の部屋に見えた。金持ち特有のギラギラした装飾はなく、広い室内にはポツンと革張りのソファ。そして天井にはダイヤのようにキラキラしたシャンデリアがひとつぶら下がっている。カーテンもない窓から遥か下に見えるのは、今回旅団が集まった街だろう。が一歩、その部屋へ入った時、ブゥンと小さなモーター音が聞こえた気がしたが、それよりも何もない室内を見て失敗したかと舌打ちをしたくなった。この屋敷にあるという目当てのものがどう見てもあるようには見えなかったから。いや、でもこの部屋だけやけにシンプルすぎる。もしかしたらそれがフェイクで実はどこかに宝を隠してあるのかもしれないという一縷の望みを持って、は部屋へと侵入した。すると扉が閉まり切る前に部屋に滑り込んで来た人物がいた。


「ひっ」

不意に背後から声をかけられ、はその場に飛び上がりそうになった。慌てて振り返るとそこにいたのは今回、最近よくコンビを組まされている仲間のフェイタンが立っている。そして扉は音もなく閉じた。

「フェ…フェイタン…脅かさないでよ…」
「お前、ワタシの気配に気づかなかたか?探知能力ゼロね」
「う…ご、ごめん…。部屋の方に集中してたから…」
「仮にも旅団のメンバーならそれ同時にやることよ。分かたか?」
「仰る通り…以後気をつけます…」

相変わらず不愛想なフェイタンは室内をざっと見渡し「ここ何の部屋だ?」と尋ねた。取り立てて目立つ物もなく、殺風景な室内にフェイタンの細い目が更に細められた。こんな場所に目当ての物などあるはずないと言われているようで、はサッと視線を反らした。この屋敷へ侵入してからが探した他の部屋には何もなかったことで、困り果てた時、一つだけ装飾のないシンプルな扉があったのを思い出したのだ。物置か何かかと思い、後まわしにしていたのだが、藁にも縋る思いでこの部屋まで戻って来た。不思議だったのは、他の部屋にはそれなりのロックがされていたにも関わらず、この部屋の扉には何もなかった。ただノブを回して手前に引くだけで扉は開き、室内をザっと確認したところで足を踏み入れた。そこへフェイタンがやってきたのだ。

「それ調べる前にフェイタンが来たから…まだ隅々まで探してなくて」
「ならささと調べるよ」

フェイタンは呆れ顔でを一瞥すると「と言ても探すとこ殆どないね」と溜息をつく。壁にも絵画ひとつ飾られていない。よくよく考えればおかしな部屋だった。テーブルすらないのにソファがひとつ、中央に我が物顔で鎮座しているだけだ。それでも隠し扉や金庫などの類がないかと、ふたりは部屋の隅々まで細かく調べ、時には凝で室内を見渡したが、怪しげなオーラすら見えないし感じもしない。この部屋に入ってから30分は過ぎようとしていた。

「何も…ないっぽいねー」
「無駄足ね…なら他の部屋行くまでよ」

フェイタンは時間のロスねとブツブツ言いながら扉の方へ歩いて行く。しかしノブを回した瞬間「ん?」と眉間を寄せた。

「どうしたの?フェイタン」
「……開かないね」
「え、うそ。鍵なんてかかってなかったよ」
「でも開かないね。うそ思うならもやてみるね」

フェイタンは心底面倒そうに左へ避けた。顎で合図をしながらに開けてみろと言いたげだ。は半信半疑で扉の前へ行くと、さっきと同じようにノブを回し、今度は廊下側へ押してみた。

「あ、あれ…?」
「ほらみろ」
「うそだー。さっきはすんなり開いたのに…え、これ引くのかな…」

さっきは引いて開けたような気がしていたが逆だったのかもしれないと、今度はノブを引っ張ってみる。しかし扉は開かない。オートロックのようなものすらない普通の扉なのに何故開かないんだと、は思い切り力を込めて押したり引いたりしてみた。それでも扉はビクともしない。

「何で?!」
「ほんとに廊下側のノブに鍵なかたか?」
「ない。なかった…。だから物置か何かかと思って後回しにしてたくらいだし…」
「はあ…仕方ないね…」

フェイタンは大げさに息を吐くと念を込めた手でさっきよりも強めに扉を押した。それでもビクともしない扉にイラついたのか、今度は拳を固めて扉を壊す勢いで殴りつける。

「………」
「フェイタン…?どうしたの?」

それでも破れない扉に驚きながらも、急に黙り込んだフェイタンが心配になった。顔を覗き込んでみれば、フェイタンの眉間にはいっそう深い皺が刻まれている。

「おかしいね」
「う、うん。おかしいよね、この扉頑丈すぎだし」
「そういう意味違う」
「え?」

不意にフェイタンが舌打ちをして、はドキリと心臓が鳴った。こういう時のフェイタンは相当苛立っているというのを知っているのだ。

「念を込めて殴ても力全て扉に吸収されるみたいね」
「…え?」
「分かりやすく言えばウボォーの怪力でも開かない。分かるか?」

なんて分かりやすい説明をありがとう、と頭を下げたくなった。フェイタンが苛立つわけだ。あのクモ一怪力の男でさえ開けられない扉を、どうして自分達が開けられようか。ということはつまり、とは呑気な頭で考えた。

「…閉じ込められたね」
「うえぇぇぇっ?!」

聞きたくなかった一言をフェイタンがあっさり言葉にしたせいで、は恐ろしい現実を突きつけられた。

「うるさいね…耳痛いよ」
「だ…っだってどどどどーすんのっ?」

フェイタンは慌てるを呆れたように睨むと、すぐに時間を確認した。この屋敷に侵入して一時間以上経っている。アジトを出て約二時間。これ以上遅くなればアジトに残っている誰かがここへ探しに来てくれるはずだ。それまで待つしかないかとフェイタンは溜息をついた。今夜この屋敷に来ることは団員全員が知っているのでほどフェイタンは焦っていなかった。

「あっそーだ!フェイタン、あの窓割って逃げよう!」

一瞬脳内パニックに陥ったが、ふと視界にカーテンのない窓が飛び込んで来たことで、は笑顔になった。たとえ窓の外が断崖絶壁であったとしても外にさえ出られたら何とかなる。そう信じていた。窓が開かないことに気づくまでは。

「う…そ…」
「やぱり扉と同じで力は吸収されるね」

どれほど強く殴ってみても割れもしない窓を見て、は今度こそ唖然としてしまった。そしてフェイタンはもう一つ部屋の異常さに気づいてしまう。

「何か寒くないか、この部屋」
「……え…?」

窓すら破れないと知って放心状態のは、床にへたり込んでいた。しかしフェイタンの一言でハッと我に返ると、吐く息が白いことに気づく。閉じ込められたことで慌ててたから気づかなかったが、意識してみると明らかに室温が先ほどよりも低い。

「な…何で…」
「冷凍庫みたいね…」

フェイタンはかすかに身を振るわせると、口元を隠している襟元を下げた。露わになったくちびるには確かに冷気を感じる。室内を見渡してみてもエアコンのようなものは一切ないのに、空気だけがどんどん冷えていく。

「う…床も凄く冷たくなって来た…氷みたい…」

へたり込んでいたは慌てて立ち上がると、両腕で己の身体を抱きながら体を震わせた。窓を見れば少しずつ霜がついて白く濁っていく。12月の外気よりも室温の方が明らかに低い。

「フェイ…タン…さ、寒い…」
「わかてる。ワタシも寒いよ」

答えながらもフェイタンは頭を働かせた。この部屋が何かというより、今夜ここに忍び込んだのがバレていたというのが不思議であった。今夜この街で仕事をしようと団長のクロロが言い出したのは夕べのこと。この街は富裕層が多く住んでいることから、何組かに分けて富豪の家へ盗みに入ることにした。目当てはこの街の富豪が所有している6つの絵画。これは6つでひとつの作品となるので、クロロは全てを頂くと話していた。フェイタンとはこの屋敷にNo3の絵画を盗みに来た。そのことを知っているのは昨夜集まった団員だけのはずなのだ。

(団長が気まぐれで言い出して決めたのは夕べ…こんな短い時間でこの家の人間にバレるはずないね…)

短い間にフェイタンはそう結論付けた。つまり今この部屋で起きていることは自分達を狙って起きたわけじゃない。侵入してから一時間、護衛すら遭遇しなかった。家の人間が不在というシャルナークからの前情報も間違ってはいなかった。

「あ…足の裏も痺れて…来た…」
「…チッ…ソファに上がるね」
「う…うん…」

靴を履いていても床から伝わる冷気で足の先まで感覚がなくなってきたことで、とフェイタンは中央に置かれているソファに上がった。革張りのソファもそれなりに冷えて霜が張っていたが、直に冷える床に足をつけているよりはマシだ。

「ね…ねえ…」
「何だ…」
「く…くっついて…も…い?」
「……は?」

ふたりでソファに足を上げて座り込んでいると、がガタガタ震えながらフェイタンのコートを掴む。よほど寒いのか、真っ白な顔で頬は僅かに赤みがあるが、瞳は潤み長いまつ毛もかすかに震えている。そんな顔でくっついていいかと訊かれたフェイタンは僅かに動揺したのか視線を左右に走らせた。しかしこのままでは確かに寒い。フェイタンは勝手にしろと素っ気なく返して顔を背けた。は僅かに空いていたふたりの隙間を埋めるようにフェイタンの方へ身を寄せると、震える手でフェイタンの腕にしがみつく。

「…くつき過ぎね」
「だ…だって寒い…もん…」
「………」

ぎゅうっと腕を抱きしめてくるに、フェイタンも返す言葉が見つからない。とはこの一年よくコンビを組んでいるが、こんなに密着したのは初めてのことだった。

「はあ…といるとろくな目に合わないね…」
「…え…ど…どういう…意味…?」

フェイタンを見上げると、不機嫌な顔で睥睨するフェイタンと目があう。その顔を見てこれまでの仕事を思い返せば、確かにろくなことがない、と言いたくなるような目には合って来たかもしれない。

「襲撃したら落とし穴に落とされるわ、網で捕獲されかかるわ、イヌに追いかけられるわ…散々だたね…。今日は…冷凍部屋に閉じ込められてるよ…」
「そ…そんな…の私のせいじゃ…」
「こんな何もない部屋に入たの誰ね」
「わ…私…です…」
「これ…部屋入たと同時に仕掛けが…発動…する典型的な罠ね…気づかなかたか?」

フェイタンに問われ、はこの部屋に入った時のことを思い返してみた。しかしこれといって特に何かがあったわけでもない。だが――。

「あ…」
「何ね」
「…扉…開けた時…確か…ブゥンって小さいモーター音のような…ものが…き、聞こえた…かも…」
「なら扉がスイチね…はあ…」

フェイタンが呆れたように盛大な溜息を吐く。その息すら真っ白な煙となって宙に舞った。

「ご、ごめ…ん…」

あんな小さな音ひとつで罠が作動するとはさすがに思わない。でも迂闊に足を踏み入れたのは自分なので、そこは素直に謝った。そしてふとこの部屋は泥棒用の罠で、他にも似たような部屋がいくつかあるのかもしれないなと思う。そんなものに自ら飛びこんだ自分を殴りたい気分だった。

「で…でもフェイタンだって…自分で飛び込んで…来たじゃない…」
「ワタシは…が入てるから入ただけね」
「う…ズルい…」

プイっと顔を反らすフェイタンに、は泣きそうになりながら、それでも暖を取るには身を寄せ合うほかないのだからケンカをしている場合ではない。

「さ…寒むすぎない…?」
「……氷点下…くらいあるね…」

ソファの上で、ふたりの身体が自然と密着してしまうほど、気温は更に下がり続けている気がした。今が冬で良かったとは思った。これが夏で薄着だったなら、更に耐えられなかっただろうと思う。とにかくアジトにいる団員たちが異変に気付いて来てくれるまで、フェイタンと寒さを耐えきるしかない。

「…
「…な…何?」
「ここ入るね…」
「え…っ」

フェイタンは長いコートの前を開き、の肩を強引に抱き寄せた。驚いたが、すでに力があまり入らない身体は、引き寄せられるがままにフェイタンの胸元へ吸い寄せられる。フェイタンはコートをの身体にかけて包むように抱きしめた。外側にくっついていても、の身体の震えがいっそう強くなったのに気づき、こうした方が暖かいと思いついたのだ。

「フェイ…」
「こちの方が…暖かい…我慢するね…」

不機嫌そうな声だが、それはフェイタンの優しさだとは知っている。さっきはあんなことを言っていたが、落とし穴に落ちた時も、上に引き上げてくれたのはフェイタンだったし、網に捕獲されかかった時も、網を素早く切って逃がしてくれたのもフェイタンだった。イヌに追いかけられた時だって同じだ。自分を囮にして、だけを先に逃がしてくれた。口調は怖いが、その怖い中に優しさが含まれているのを、は知っている。

「あ…ありが…と…」
「勘違い…するな…こちの方がワタシも暖かいだけね…」

口調は素っ気ない。けれど寒さで白くなっている頬は仄かに朱に染まっているのは気のせいじゃないはずだ。はそっと頬をフェイタンの胸元に寄せた。小柄なのにがっしりと逞しい体つきをしていることを初めて知った。耳に響くフェイタンの心臓の音が心地よく耳に響いて、瞼が自然とくっついて行く。

「…ッ…寝るな…!死にたいか?」
「…ん…ぅ…ん」

互いの体温で少し温まってきたせいなのか、は急激に襲って来た睡魔に負けそうになっていた。フェイタンの体温と、匂いと、心臓の音。それら全てがに安心感を与えてくれる。

「…チッ。今寝たら凍死するの…分からないか…っ」

グッタリと自分に凭れ掛かって来るの体重を感じたフェイタンの顔には、珍しく焦りの色が見え隠れしている。の肩をゆすってみたものの、かすかに口元が動くだけで何を言っているのかは聞き取れない。フェイタンはの顔を上げさせ、頬を軽く叩いてみた。

、起きろっ!目を開けるね…っ」
「…ん、痛…っ…痛い…よ…フェイタン…」
「目を開けろ言てるの分からないか…っ」

何度か頬を叩くと、はゆっくりと目を開けた。未だ睡魔に襲ってくるせいで瞼は重たい。とろんとした瞳に焦っているフェイタンの顏がぼんやりと映っている。

「ごめ…寝ちゃっ…てた…?」
「気を許しすぎね…この状況わかてるのか…」

至近距離に見えるフェイタンの目は不機嫌そうに細められているものの、自分を見下ろす瞳には優しい色が灯っているのに気づき、胸の奥がざわめく。どうにか睡魔を振り払おうと目をこすりながら、がもう一度ごめんと言おうとした。しかし、その言葉は音になる前に口内でかき消された。フェイタンのくちびるに遮られたせいだ。冷え切った場所に少しずつ体温が戻ってくるのを感じた。キスをされたと気づいたのは、先ほどよりも身体が熱く火照って来た頃で、何度も啄まれたくちびるはかすかに湿っていて、離れた瞬間からまた冷気に包まれる。それがやけにリアルな刺激をもたらし、の頬がほんのりと熱を感じ始めた。身体をしっかりと抱きしめられていることで抵抗すら出来ない。

「な…何…して…」
「…寝ないように荒療治ね…文句あるか」

あれほど優しいキスを仕掛けて来た張本人とは思えないほど、不機嫌そうに開き直るフェイタンを見て、文句も引っ込んでしまった。方法はどうであれ、凍死するのを防いでくれたのは間違いない。けれど、未だに残るくちびるの感触はの心臓に容赦なく負担をかけてくる。おかげで身体が火照ってしまった。フェイタンもそれに気づいたのか、不意に笑みを浮かべながらを見下ろした。

の身体…熱くなたね…」
「…だ…だって…」
「体温も上がて睡魔も消える…いい方法思いついた」
「……っ」

指でつつっとくちびるをなぞられ、首筋がぞわりとした。寒さとは違う意味で肌が栗立ち、本能を直に触れられたような羞恥がこみ上げる。一つ一つの感情を無理やり綯い交ぜにされたように体内で何かが暴れて疼きだし、寒かったはずの室内温度が上がったように感じるほどに密着している身体が熱い。

「…フェ、フェイタン…」
「もう一度…してみるか?」

答えに困る質問をされ、激しく動揺する。けれどフェイタンは答えを待つつもりなどはなからなかったらしい。応えようと開きかけたのくちびるは、再びフェイタンの熱に支配されて、また新たな体温を生んだ。寒すぎたはずの部屋は、ふたりの熱を交ぜあい、ゆっくりと、しかし確実に温度を上げていった。









寒い夜が終わり、白々と夜が明けて来た頃、無人のお屋敷に仲間を探しに来たシャルナークは、ある一室で作動している冷凍機をオフにすると、その部屋のドアノブを回し、扉を開けた。その時、ほんの僅かな違和感を覚えて扉に視線を向ける。だが中から流れて来るものに意識を持ってかれた。

「うわ…マジ?」

すっかりと冷え切った室内から冷気が廊下へ漏れ出し、シャルナークはぶるりと身震いをした。

「冷凍庫代わりの部屋か?こんな部屋にはさすがにいないだろ…」

と言いつつ、中を覗き込む。そして思わず目を見張った。何もない部屋の中央にあるソファに、クモの仲間ふたりが寄り添うようにしながら眠っている。シャルナークは何度か瞬きをしながら中へ入ると「まさか死んでないよね」と不安になりつつ、そっとふたりの方へ歩を進めた。するとしっかり寝息が聞こえて来る。

「マジで寝てやんの…。つーか何してたんだ、このふたり…」

首を傾げながら、先ほど自分が切った装置のことを思い出す。まさかアレって罠だったとか?あの扉を開けた時の僅かな違和感は何かの念だろうとは思ったが、まさか閉じ込められていたんだろうか。

「ま、でも無事なら良かった」

シャルナークは苦笑しつつ、ケータイを取り出すと、記念写真でも撮るかのようにソファで寄り添う可愛いふたりを撮影した。そこへ「ふたりはいた?」とマチが顔を出す。そしてやはりソファの上のふたりを見て苦笑いを漏らした。

「ったく心配させておいて何イチャイチャしてんのさ、このふたり」
「いやあー多分、閉じ込められて氷漬けになりかけてたっぽい」

シャルナークは簡単に先ほど自分がオフにした冷凍機と扉に残っていた念の話をマチへ説明した。マチも凝で室内を見渡したが、今は特に何も感じない。

「きっとあの機械が作動すると発動する罠だねー。ふたりは一晩中、冷凍庫にいたようなもんだよ」
「あぁ…で、寄り添ってるってわけだ」
「でもおかげで上手くいったのかもよ?あのふたり」

シャルナークはフェイタンのへの想いに気づいていた。いや、それはシャルナークだけではなく旅団全員が知っている。

「何でそう思うの?」
「だって急激に冷えると脳への血流が減るんだよ。脳に入る酸素や糖の量が極端に減る。心臓も普段より速く脈打ち、温かい血液を体のあちこちにいつもより勢いよく送り込むから血圧も急上昇する。そうなると吊り橋効果と似たような効果があるんだ」
「ああ…なるほど。フェイタンを意識してなかったがそのドキドキを勘違いするってやつ?」
「まあ、そういうこと。だから恋も生まれやすい状況だったんじゃないかな。夕べは」

そう言いながらシャルナークは先ほど撮ったふたりの写真を団長であるクロロへ送り、『ふたりは無事。絶賛イチャイチャ中』という文を添える。

「この為にふたりを組ませる回数増やしてた団長もきっと喜んでくれると思うな」
「罠さまさまってわけね。はあ…心配して損した」

マチは溜息を吐きながら苦笑して、未だソファで眠るふたりを見る。窓からは柔らかい朝日が、頭をくっつけながら手を繋いで眠るふたりを照らしていた。