HUNTER × HUNTER

※「寒すぎる部屋」の後のお話。暴力的描写あり。

1.

最初にが旅団に入った時、フェイタンはすぐ死ぬだろうと思った。それくらいは貧弱に見えた。オーラはそこそこではあるが、何せどんくさい。すぐ罠に引っかかるのはもはや特技と言っていい。これまで何度か仕事を組まされていたフェイタンは毎度毎度、巻き添えになるのドジのせいで何度も死にかけた。最初こそソレが腹立たしいとさえ思っていたのだが、何度も繰り返されるうちにだんだん面白くなって来た。予測のつかない脅威は時としていい刺激になる。おかげでフェイタンは瞬発力が向上した。
この日もクロロの思惑でと組まされたフェイタンは最初から警戒モードだった。いつ、何時がやらかすか分からないからだ。シャルナーク知らべではこの屋敷の周りにいくつかの罠があるという話だった。

、一歩足を踏み出す前にちゃんと"凝"で見て罠ないか調べるね」
「わ…分かってるってば。わたしだってもういい加減そんな何度も罠になんか――」
「――っ」
「うひゃあ!」

一歩足を地面に置いた刹那、ドカンッと派手な爆発音が響き渡る。軍事用の地雷だった。本当ならの足が吹き飛ばされてたはずだ。だが隣には旅団一、スピードのあるフェイタンがいたことで、どうにか足が吹き飛ぶのは回避することが出来た。

「ななな何であんな物騒なもんが一般人の家に――」
「バカか!言たそばから罠にかかてるよっ」
「う…ご、ごめん…」
「ワタシいなかたら今頃の足、吹き飛んでるね」

木の上に避難したフェイタンは大きな穴が開いた地面を見て、深々と溜息を吐いた。しかし今の音で敵に気づかれたようだ。屋敷の方から「侵入者だ!」と騒がしい声が近づいて来る。といると隠密でお宝を盗むなんてことは夢のまた夢ね、とフェイタンは苦笑した。

「今は二手に分かれるよ」
「え…」
「ワタシ、下から行く。そこのテラスから屋敷入れ。お宝に任せる」
「わ、分かった…気をつけてね」
「オマエがそれ言うか」

フェイタンが突っ込むと、は頬を赤らめながらもテラスへ飛び移った。それを見届け、フェイタンはまず掃除をしてから行くか、と木から飛び降りる。の戦闘力はさほど高くはない。ここは共闘するよりフェイタン一人の方が楽だった。を気遣うことなく暴れられるからだ。

「いたぞ!」

屋敷のボディガード達が10人ほど走って来るのが見えた。フェイタンの隠れている口元が僅かに弧を描く。その瞬間、秒にも満たない時間で9人の首が胴体から切り離された。

「ひ、ひぃぃっ」
「チッ。一人殺りそこねたね」

図体のデカい男の後ろに小柄な男が隠れていたらしい。仲間がやられたのを見て腰を抜かしたのか、地面に座り込み、ガタガタと震えている。

「フン…オマエ、運悪いね」

一瞬で死ねば恐怖など感じないで済んだのに。生き残ってしまったばかりに、これから自分の身に起こることをハッキリ自覚した男は「た…助けて…」と無駄な命乞いをしてきた。

(コイツに悲鳴を出させて中の奴ら引き寄せた方がいいか?)

シャルナークが言うには屋敷の主は以前にも自分のコレクションが盗まれ、相当懲りたようだ。そのせいで敷地内には色々な罠を巡らせ、ボディガードは表と外を合わせて100人は置いているということだった。なのに今フェイタンのところに来たのは目の前で怯えている男を含めて10人程度。少なすぎるね、とフェイタンは隠してあった剣を振り上げた。

「ひぃっや、やめろぉぉ!」
「もと叫んで仲間呼べ」
「ぎゃあああっ」

フェイタンは躊躇うことなく男の腕を斬り落とす。血しぶきが飛び、男が痛みでのたうちまわっていると、その悲鳴を聞きつけ、更にボディガード達が庭先へと出て来た。

「どうした!――コイツ…賊かっ」
「こっちだ!こっちにいるぞ!」

更に20人ほど増えたものの、しょせん普通の人間だ。念も使えない一般人などフェイタンの敵ではない。一人、二人、と次々に斬りつけていくと、裏庭の辺りは死体の山となった。

「……オ、オマエ…な、ナニモンだ……」
「オマエ、まだ生きてたか」

先ほど生き残った小柄な男が青ざめた顔でフェイタンを見上げている。切られた腕からは大量の出血。顔が青いのは出血多量のせいだろう。放っておけば勝手に死ぬだろうとフェイタンが鼻で笑った、その時。屋敷の中での悲鳴が響き渡った。その場から、フェイタンが瞬時に消える。
てっきり殺されると思っていた腕を失った男はフェイタンが消えたことで安堵の息を漏らしたが、未だ流れ出る血は止められない。男の命は数分だった。その残り僅かな命を使い、男は屋敷内にいる仲間へ無線を使って連絡を入れる。

「そっちに…賊が…が…っ――?」

それ以上、声が出ないことに気づいた時はすでに、男の喉が切り裂かれていた。驚愕した表情で目の前に立っている人物を見ては口をパクパクとさせながら、男は遂に息絶えた。

「チッ。フェイタンのヤツ、後始末くらいして行けっつーの」
「まあ、いいじゃねぇの。どーせオレら暇で勝手に参加しに来たんだからよ。取りこぼし片付けてってやろーぜ」

刀を鞘に納めたノブナガに、巨体の男、ウボォ―ギンが楽しげな声で言った。この二人、今回の仕事にあぶれて腐ってたのだが、暇つぶしにとフェイタンの後をこっそりくっついて来ていた。ついでに言えばここが一番、敵が多そうだということ。そしてに困らされているフェイタンをちょっと見てみたいという理由も含まれる。

「しっかし早速、振り回されてんなぁ、フェイタンは」
「いいから行くぞ、ウボー!の悲鳴が聞こえたろ」
「フェイタンが行ったんだ。大丈夫だろ?それにオレが思うには強運の持ち主だ。死ぬわきゃねえ」
「死ななくてもケガしてたらどーすんだっての!」
「はいはい…オマエもたいがいに弱いよなあ」

青筋を立てて怒鳴って来るノブナガに苦笑しつつ、ウボォ―ギンは腕を回しながら「さて…」と言いながらニヤリと笑う。

「大暴れしてやっかー!」




2.

フェイタンは屋敷の中を駆けていた。立ちふさがる敵は全て切り刻み、肉塊にしながらの気配を探る。彼女を守るつもりで先に行かせたことが、逆に判断ミスだったのかもしれないと自分を責めながら、その怒りを全て敵にぶつけた。
ワタシの前に出たオマエらが悪い――。そう、これはただの八つ当たりだ。

(ほんと世話の焼ける女ね)

焦燥がフェイタンを襲い、更にスピードを上げる。彼女の悲鳴が聞こえたのは上階。上へ上へと階段を駆け上がった。
フェイタンが部屋に飛び込んだ時、そこら中に血臭が漂い、室内はあちらこちらに血しぶきが飛び、赤く染まっていた。

「……」

一瞬、ほんの数秒にも満たない時間、フェイタンの頭が真っ白になる。

「誰だ、テメエ。この女の仲間か?」

視界にとらえたのはひょろりとやせ細った男。庭にいたボディガードではない。念能力者だった。その手にはカマキリの鎌のような武器を手にしている。具現化系らしい。男の前にはあらゆる財宝が飾られた棚があり、その前に女が倒れている。

「フェイ…タン…」

だった。苦しげな呼吸が口から洩れている音が、やけに大きくフェイタンの耳に響いた。

「ケガしたのか」

男の横を一瞬で通り過ぎ、倒れているを抱き起こした。男はいつフェイタンが通ったのかすら分からなかったらしい。一瞬呆気に取られたように固まっている。

「だ、大丈夫…致命傷は受けてない…」

が言ったように、かろうじて急所は外してたらしい。体中に切り傷があり、出血はしているものの、フェイタンが一瞬勘違いしたほどのケガではなさそうだ。

「…腐ても蜘蛛ね」

フェイタンがホっとしたように呟く。手を伸ばし、の頬についた血を拭い、赤く染まった己の指を見下ろす。ジリジリと焼けつくような怒りが腹の底から噴き出してくる。大切にしているものを傷つけられた怒りは、殺気となってフェイタンを覆っていく。

「ご…ごめん…でもアイツ、毒矢吹いて来るから気をつけて…」
「毒矢…?」

言われてみればの首筋に小さな傷が見てとれた。どうやら動きを鈍らせるためのものらしい。の能力は言ってみれば戦闘向けではない。主に金庫を破るのが得意な盗賊らしい能力の持ち主だった。普通の戦闘ならそこそこ強いがドジで緩い性格も相まって、こういった不意打ち攻撃に弱かったりする。の白い肌につけられた切り傷が痛々しいほどで、フェイタンの全身から殺気が洩れ出していた。

「そんなもの当たらなければ意味ないね」
「へへ…オマエ、すばしっこいみたいだけどオレの吹き矢は音速――」

と言った瞬間、男の視界がぐらりと揺れて、体を支えきれずに床へ顔から倒れ込んだ。顔面を強打し前歯が弾け飛ぶ。何が起きたのか男には分からない。分からないまま顔を上げれば、フェイタンの手には男の右足が持たれていた。

「…そ、それはオレの…足ぃぃ~!!」
「ははは。今頃気づくのか。欠伸が出るほどのろまね」
「かっ…返せぇ、オレの足をぉ!」

男の顏から汗が噴き出しているのを見下ろしながら、フェイタンは男の足を放り投げると、自分の方へ伸ばしてくる手をオーラのためた足で踏みつけグリっと捻った。ゴキッと言う鈍い音がして男がまたしても悲鳴を上げる。

「オマエ、簡単に殺さない」
「ひっ」

フェイタンは男の顔のそばにしゃがみこむと「に血ィ流させた罪はどれほど重たいかオマエの体に教えるね…」と耳元で囁く。

「ワタシの言てる意味わかるか?」

男はすでに言葉も発せないほど恐怖で顔を歪ませていた。指を一本一本切られていくだけで激痛が襲う。目の前の賊が普通じゃないことだけは嫌というほど理解させられた。その時だった。大きなオーラの増幅を感じ、フェイタンは小さく息を飲んだ。その瞬間、男を放置し、倒れていたを抱え、窓を突き破って外へ飛び出す。今いた部屋は最上階だった。

「フェ…フェイタンっ?」

が悲鳴のような声を上げたが、フェイタンはそのまま落下しながら壁を蹴り、窓枠を蹴って下へ下へと落ちていく。最後は庭先に生えていた大木の枝にふわりと着地した。ここまでで数秒。その直後、屋敷内が爆発したのか、全ての窓ガラスが吹き飛んだ。

「チッ…ウボォ―のヤツ、手加減なしね」
「え…ウ…ウボォー来てるの…?」

フェイタンの腕の中でが顔を上げて僅かに身体を動かした。フェイタンの腕に守られていたおかでげ落下の恐怖はそれほどなかったらしい。

「たぶん勝手について来たね。ワタシとがアジト出る時も暇だ騒いでたよ」
「あ…そう言えば…」
「ていうか動くな。血が出る」
「う…うん…ごめんね、フェイタン…またドジ踏んじゃって…」

しゅんと項垂れるを見て、フェイタンはスっと目を細めたものの、彼女が無事であったことは誰よりもホっとしている。

だけのせい違う。ワタシが一人で行かせたのも悪いね」
「そ、そんなことないよ…!わたしがアイツの吹き矢に気づくのが遅れたから…」
「…チッ。アイツ、簡単に殺す気なかたのにウボーに盗られたね」
「え、あ…吹き飛んだよね、きっと」

屋敷に目を向ければ、そこは瓦礫の山と化している。ウボォ―ギンのビックバンインパクトをまともに喰らったのなら当然だ。

「でも何で…?あんなヤツ、フェイタンなら瞬殺出来たでしょ…?」

フェイタンの戦闘力は旅団の中でもかなり高い。さっきの念能力者も強かったがフェイタンからすれば物足りないほどの弱者だっただろう。そう思って尋ねたのだが、フェイタンは僅かに目を細めると、不機嫌そうに視線を反らした。

「…フン。の体傷つけたヤツ、楽に殺してやる必要ないね」
「…え…それって、どういう…」

と言いかけた時、ふわりと風が動いて気づいた時にはくちびるを塞がれていた。前におかしな部屋に閉じ込められた時以来の、二度目のキスだった。あの時は寒さをしのぐ為にした行為だと思っていたは、戸惑いと共にフェイタンを見つめる。

「フェイ…?」
「鈍い女ね…」

顔を真っ赤にして呆けているを見下ろし、フェイタンが鼻で笑う。だがふと思い出したのか、ハッとしたようにもう一度屋敷のあった場所を見上げる。

「…まずいね。お宝が埋もれた」

何だかんだとあったことで目的を忘れていたが、瓦礫の山を見てフェイタンが溜息をつく。瓦礫に埋もれた宝を探し出すのは至難の業だ。何せ目当てのブツは世界一極小と言われているダイヤなのだから。
しかしはそこで「あ、それは大丈夫」とフェイタンを見上げ、胸元に下げたロケットを摘まんで軽く揺らした。

「お宝はしっかりここにある」
「……は?ホントか?」
「うん。毒で動かなくなる前に素早くコレに入れておいたの。アイツに気づかれる前にフェイタンが来てくれて良かった…」
「………」

はちゃっかり自分の仕事をこなしていたらしい。フェイタンは一瞬呆気に取られたものの、ふと頬を緩めてをぎゅっと抱きしめた。

「さっきの"腐ても"は取り消す」
「え?」
「さすが…蜘蛛ね、
「フェイタン…」

初めてフェイタンに褒められ、の瞳が潤みを増したその時、フェイタンの顏が近づき、またくちびるを塞がれる。さっきよりも情熱的で、荒々しい奪うようなキス。くちびるから伝わる熱で、の心がやけに疼いた。
フェイタンはが旅団に入った時、一番いい顔をしていなかった。口も態度も悪く、何度もバカだのろまだと罵倒され、すぐ「オマエいつか死ぬよ」と言って来るような怖い人だった。なのに、文句を言いながらも助けてくれるようになったのいつからだろう。クロロに組まされるたび、嫌な顔をするのに、最後は必ずこうして助けに来てくれる。少しばかりフェイタンに認めてもらえたようで凄く嬉しかった。でもそれは仲間としてだと思っていたのに。

「フェイタン……わたしのこと…好き、なの?」

くちびるを解放された時、思わず訊いていた。フェイタンの眉根が僅かに寄せられる。

「オマエ…ワタシの気持ち読めるのか」
「…う…」
「自惚れるな」

言いながらもニヤリと口端を上げるフェイタンに、は何も言えなくなった。言葉とは裏腹に、フェイタンが優しく抱きしめてくれたから。

「わたしは…フェイタンのこと――」

耳元で呟いたの声は、風に吹かれて宙へと舞い、フェイタンのくちびるに可愛いキスをひとつ。


OMAKE...


「アイツら、木の上でイチャイチャしやがって…」

屋敷の中にいた人間を全て片付け終わったノブナガとウボォーギンは庭だった・・・場所の大木の上で抱き合っているとフェイタンを見上げながら苦笑いを浮かべた。一階から侵入したノブナガとウボォ―ギンは次から次に出て来るボディガードを倒していったが、二人が念能力者だと分かると相手も念能力者を出して来たことで、ウボォ―ギンは面倒に思ったのだろう。階段の上から下りて来た数人を一気に倒すために己の必殺技を繰り出した。当然、最上階にとフェイタンがいることは承知していたものの。

「フェイタンならオレの攻撃が上に到達する前に気づいて逃げるだろ」

と予想した。そしてウボォ―ギンの予想通り、フェイタンはを連れて逃げたのを感じて、瓦礫を避けて出て来たのだ。

「ったく…オマエのせいで埃まみれだっつーの」

ノブナガは着物についた土埃を手で払いながら、呑気に笑って覗き見しているウボォ―ギンを睨む。

「感謝しろよ。いいもん見れたんだし」
「いや、まあ…しっかし、あのフェイタンがなあ。あんなにと組まされるの嫌がってたクセに」
「団長がフェイタンにをつけたのはあながち間違ってなかったみてーだな」

未だに木の上で見つめ合っている二人を見て笑う。

「でもよー。オレらは後でフェイタンに絡まれるんじゃねーの」
「あ?何でだよ」
「いやだってオマエ…」

とノブナガが言いかけた時、「何してるね」という冷ややかな声が降って来た。ふと顔を上げれば、いつの間にかフェイタンが二人のすぐ傍に生えている木まで移動している。その腕にを抱いたままで、は呑気に「ノブナガ、ウボー」と笑顔で手を振っていた。思わず手を振り返しそうになったノブナガだが、を抱えているフェイタンからは冷気のように冷たいオーラが発せられている。

「げ…殺気すげーじゃん、アイツ」
「マジでキレてんなー」
「笑ってる場合か!面倒臭いから逃げるぞっ」
「二人とも待つね!」

一目散に駆け出した二人目がけて、フェイタンの剣が飛んで来る。

「っぶね!アイツマジかっ」
「団員同士のマジ切れ御法度だろー?!」

それを上手く避けながら逃げていく二人を、だけは楽しそうに見送っていた。