01+1:バスタブに愛は浮かない [ bathtub ]




体の傷 × ト × 心の傷


燃え盛る劇場を後にして全員でアジトへと戻ったのは、太陽が顔を出し始める早朝。仕事が上手くいったことで団員たちはそれぞれ酒盛りを始めた。それを横目に、クロロはを隣の部屋へと連れて行った。時々アジトとして利用するビル内。クロロの私室代わりに使っている一室。そこにはベッド以外、何も置いてはいない。ただ寝るためだけの部屋だが、クロロがここで寝たのは数えるほどしかなかった。もうあと数時間でこのアジトも出て行く予定だ。仕事を終えた後のクモは同じ場所に長居はしない。

「少し寝るといい。疲れただろ」

をベッドに座らせ、クロロも隣に腰を掛けた。

「私……ホントにクロロと一緒にいてもいいの?」

不意にが問う。クロロはの目線まで屈むと繋いでいた指を離し、手を頭へと乗せた。

「ああ。お前の力がオレに必要なものだったらな」
「……力って?」
「自分で分からないのならオレが引き出してやる」
「それで必要なものだったらクロロと一緒にいてもいいの?」
「そうだな」
「私、何でもする」

まただ、とクロロは思った。この少女はそう言えば何もかも許されるというように、まるで魔法の呪文か何かのようにその言葉を口にする。少女とはいえ、あの女優の娘だ。当然、蝶よ花よと甘やかされて育ったものと思っていたが、どうもそんな感じではない。

「何でも、とは?」

試しに訊いてみた。幻影旅団に入るには強者であることは必須。他に特殊な念能力を持つ者も貴重なので無条件に欲しい。この少女はどちらでもないが、クロロは少女の覚悟がどのくらいあるのか知りたかった。クロロの問いに少女は顔を上げると、ごく自然に。まるで当然のことだといった様子で自分の胸元へと手をかけた。

「―――?」

クロロは思わず目を見張った。その小さく細い指先がドレスの胸元を飾るリボンを解いていく。そうする事で見え隠れするのは、まだ膨らみかけの華奢な胸。眩しいくらいに白いその肌は、少女の頬と同じく艶やかに光っている。

「何でもする、とはそういう事か?」
「クロロがしたい事なら何でもする」

は躊躇う事なく交差しているリボンをスルスルと抜いていく。その手をクロロは優しくとめた。不意にとめられたことによって、は驚いたように顔を上げる。

「お前がそれを望んでいるのか?」
「……どういう意味?」

言っている意味が分からない、というようには首を傾げる。少し考えてからクロロはをベッドの上に押し倒した。

(オレを……試しているのか?それとも―――)

15、6やそこらの少女が出逢ったばかりの男に当然のようにその身体を差し出す。これは普通とはいえない。の両手を拘束しながらクロロが上から見下ろすと、もまた真っ直ぐにクロロを見上げてくる。怯えた様子は見当たらない。まるでこういった場面に慣れているとでもいうように。

(――馬鹿な。娼婦でもあるまいし)

クロロは暫し考え、少女の艶やかな白い肌を見下ろした。

「本当に、何でもするんだな?」
「……何でもする」
「なら……遠慮はしない」

言うのと同時にクロロは少女の肌へ舌を這わせた。言葉どおり、遠慮もなにもなく、手加減もしない。僅かな膨らみを手で包み、ゆっくりと刺激を与えていく。の口から小さな声が漏れた。脱ぎかけたドレスを剥ぎ取り、露になった太腿へ手を滑らせれば、まるで分かっていたかのようには自ら足を開いた。

(慣れてるな……)

中心部へ指を伸ばしながら、クロロは内心驚いていた。あんな強がりを言ってもそのうち泣き出すだろう、という思惑を打ち消すように、少女はクロロの愛撫に反応していく。

「――ん、」

下着の中で指を動かすとは軽く身震いして身体を捩った。その仕草は感じている時の女そのものだ。そして――

(――濡れてきたのか)

指先に感じたそれに、少女の身体は男を知っているとクロロは思った。だが――まだ分からない。細身の足を押し広げると、さすがにも恥ずかしそうに顔を背けた。中心部はかすかに濡れていて、とても綺麗だった。そして少女の秘部は処女のように閉じたままだ。

「……やっぱり、な」
「クロロ……?」

突然行為を中断したクロロをが訝しげに見上げる。その顔は不安と驚きが入り混じっていた。

「お前、男は知らないだろう」
「……っ?」
「でもそれに似たような事はしていた。いや……させられていた、か?」

先ほど太腿の内側を見た時、消えかかってはいたが僅かに殴られたような痣が残っていたのだ。良く見れば細い腕にもいくつか同じように消えかかった痣がある。治りかけていると言うことは先ほどの襲撃で出来た痣ではなく、もっと以前に出来たものだ。クロロの言葉に少女は迷うように視線を彷徨わせたが、その後に小さく頷いた。

「こうすれば男なら誰でも喜ぶと思ったのか?」
「……クロロ?」
「まだ本当に男を知らないのに?」
「……それは……私が18歳になってからって、お母様が―――」
「その足や腕にある痣……殆ど消えかかってはいるが、それもその"お母様"のせいか?」

はハッとしたように息を呑み、クロロを見上げた。それは初めて少女が見せる怯えた姿だった。

(何でもする、と何度も言っていたのはそういう・・・・理由か……)

「……何があった」
「…………」
「お前の母親はお前に何をした?何をさせていた?」
「…………」
「言いたくない、か?だがお前の力は……そこに関係してるかもしれないな」

クロロはそう言いながら考え込むと軽く指を噛んだ。カリッと音がして赤い血がそこから滲み出る。―――怒り。それは本人でさえ、無意識に出した僅かな激情。

「……クロロ?」
「服を着ろ」
「……っ?」
「オレはお前を抱かない」
「どうして……?私は必要ないってこと……?私、捨てられるの……?」
「違う。いいから言われたとおり服を着ろ」

さっきは女の顔を見せていたクセに今は幼い子供のように潤んだ瞳で見てくる。
クロロは軽く溜息をついて自分のシャツをへ放った。

「お前の服はボロボロだから暫くはそれを着てろ。サイズは大きいだろうが、それだと膝まで隠れるだろう?」

は頭にかぶせられたシャツを見て、またクロロを見上げる。その瞳は暗く、悲しげだ。

「着ろ」

クロロの反論は許さないという態度に、は小さく頷いて言われたとおりシャツを羽織る。それを確認したクロロは隣の部屋にいる仲間を呼んだ。

「――パク!ちょっと来てくれないか」
「何?団長」

仲間同士で飲んでいた中、パクノダがすぐに部屋へと顔を出す。同時にベッドの上にいる少女へ視線を走らせると、僅かに目を細めた。ベッド上には脱ぎ捨てられたドレス。そしてシャツを一枚羽織っただけの美少女。どう見てもソレ、、らしく見える。

「……団長、その子に何を?」
「何もしてない。変な誤解はするな。まあ…少しばかり試しはしたが」

パクノダの冷たい視線にさすがのクロロも苦笑いを浮かべた。それを見てパクノダも一緒に笑う。もちろん彼女も本気でクロロが少女に何かをしたとは思っていない。

「ちょっとの記憶を見てくれないか」
「この子の?」
「ああ。相当ワケありみたいだ」
「OK。何を聞けばいい?」

パクノダはクロロの頼みを快く受け入れる。何を聞くか――クロロは少し考えた。そして、

「これまであったこと全てだ。彼女の素性や過去に何があったか全て。やってくれるか?」
「お安い御用よ」

パクノダがの隣に腰をかける。はこれから何が始まるのかさえ分かっていないといった顔だ。

「私はパクノダ。あなたは?」
「……
「そう。宜しく、

まずは自己紹介をしての緊張を解く。も優しく頭を撫でてくれるパクノダに僅かながら笑顔を見せた。

「じゃあ。今から私がいくつか質問をするわ。いいかしら」
「……質問?」
「そう。でも答えたくないことは答えなくていい。何も言わなくても私にだけは分かるから。いい?」

は小さく頷いた。パクノダは少女の肩を優しく抱くと、壁に寄りかかりながら観察しているクロロへと視線を向けた。クロロが無言のまま頷く。

「…そうね、じゃあ……はどこで生まれたの?」
「……ルクソ地方にある小さな集落……」
「家族は?」
「………お母さんだけ」
「お母さんだけ?お父さんは?」
「……いたけど、もういない。私はお母さんと里を出て来たから……」
「これは……あなたの仲間は興奮すると目が赤くなるの?」

少女の記憶が"見えた"時、パクノダは一瞬驚いたように息を呑んだ。これまで見た事のないような美しい眼。その無数の眼が少女を蔑むように見ている光景。
中傷、罵倒、そして孤独―――。
そんな記憶がパクノダの頭に流れ込んできた。

「うん。クルタ族はみんな"緋の眼"を持ってる……」
「―――緋の眼……?」

そこでクロロが反応した。

「知ってるの?団長」

パクノダが尋ねると、クロロは一瞬考え込むように視線を彷徨わせてから頷いた。

「ああ。どこかの森の奥にひっそりと隠れて住んでいる少数民族だ。数年に一度移住を繰り返している為、これまで見つける事は困難とされていた。彼らは興奮すると瞳が緋色へと変わる。クルタ族だけが持つ"緋の眼"は世界七大美色の一つとされ、オレも話を聞いた時は欲しいと思った。それに―――」
「それに?」
「以前―――流星街の奴がそいつらに殺されてる」
「え?」
「オレが聞いたのは"仲間をやったのは赤い眼をした奴らだった"ということだけだが、恐らくクルタ族とみて間違いないだろう」
「でも隠れて暮らしてるって……」
「普段は眼のことで迫害を受けるせいか外界に姿を現さないが、奴らの中には大人になると外へ出て来る者もいるらしい。当然緋の眼は隠して生活してるようだが」

クロロは言いながら自分を見上げている少女を見つめた。

(あの時一瞬だけ赤く光ったように見えたのがソレ・・だったか…)

出逢った時の事を思い出し、クロロは内心ほくそ笑んだ。この少女がクルタ族ならば仲間の居場所を知っているという事になる。しかし――。

(大人でもないクルタ族の少女が何故外界に?しかもあんな目立つ舞台にどうして立っていた?)

小さな疑問は更なる好奇心へと変わって行く。

「パク、続けてくれ」

頭の中であれこれ思いを巡らせながらもクロロが言えば、パクノダは小さく頷いた。

「あなた……里の人から酷い仕打ちを受けてたみたいね。じゃあ里を出てからずっとお母さんとふたりきりだったの?」
「……………」

はその問いに答えないまま僅かに目を伏せた。しかしパクノダの頭には少女の語らない過去が映し出されている。その光景に思わず眉を顰めた。

「口ひげのある男は…あの劇団の座長かしら?」
「―――っ?」

パクノダの問いにが目を見開いた。何故知っているのか、という顔だ。パクノダは静かに頷いてみせると言葉を続けた。

「その男は…あなたに酷いことをしてたのにお母さんは助けてもくれなかったのね」
「………お母さんは……我慢しなさいって……」
「その男が自分の仕事相手にまで、あなたを好きにさせていたのに?」
「………」

は唇をきゅっと噛み、小さな手を握り締めた。その手をパクノダの手が包む。

「――もういい。ごめんね、つらいこと聞いて」

は無言のまま首を振る。パクノダは小さく息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。

「どうだ?」
「……ええ」

パクノダはクロロに目で合図をするとその部屋を出た。クロロも後を追う。ふたりは他の団員達には気づかれぬよう別の部屋に行くと、パクノダはその手に銃を握った。

「口で説明するのはちょっと……私が見たものを直接、団長にも見せる。いい?」
「ああ。もちろんだ」

パクノダは自分の念で弾を作り、自分の見た他人の記憶を第三者にも見せる事が出来る。クロロだけが知る彼女の能力だ。

「やってくれ」

クロロの言葉を合図にパクノダは弾を銃にこめると、迷う事なくクロロの額にそれを撃ちこんだ。僅かに身体がのけぞった瞬間――沢山の映像がクロロの頭の中に流れ込んでくる。まるで、自分がその目で実際に見たかのように――。


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