02-2:フェードアウトにはまだ早い [ fade out ]




幼馴染 × ト × 指輪


そこは何一つ変わっていなかった。恵み豊かな美しい森も、里に続く道も、小さな頃に遊んだ川も、各家から立ち上る煙さえ。

「どうした?」

不意に立ち止まるに気づいたクロロは、僅かに引き返し彼女の頭に手を乗せた。その感触にが息を飲んで顔を上げる。太陽が沈みかけているせいで彼女にはクロロの表情が良く見えなかった。

「……ここ出て行く時の事を思い出しただけ」

――あの時は泣きながら、この道を通って行ったの。
当時の悲しい思い出が蘇ったのか、が何とか絞り出すように応えれば、クロロは前方で立ち止まっている仲間へ視線を向けた。ウボォーギンは今か今かとクロロの命令を待っている。

「お前の案内はここまでだ。待ってるか?それとも――やめて欲しいのか?」

に視線を戻したクロロが尋ねる。といっても形だけだ。例えが「やっぱりやめて」と言ったとしてもクロロはやめる気など微塵もなかった。しかしクロロの思惑は外れ、は無言のまま、それでいて意思の強い眼差しをクロロに向けると小さく首を振った。

「……私も、行く」

それを合図にクロロは団員達へと向き直る。

「――行け。必ず全員生け捕りにしろ。殺すのは緋の眼を全て奪う時だ」

「うおぉぉぉ!!待ちくたびれたぜぇ!」

クロロの号令でウボォーギンが雄たけびを上げ走り出す。その後にノブナガ、フェイタン、フィンクス、フランクリン、シャルナークと続く。マチとパクノダはクロロのガードをするように左右に分かれて立った。

、本当に大丈夫なの?顔色が悪いわ」

パクノダの心配そうな顔に、は僅かに微笑む。

「私は大丈夫……。ただ……」
「ただ……何だ?」

クロロがの言葉に反応して振り返る。その瞬間、里の方から悲鳴が上がった。

「始まったようだな」

逃げ惑う人々の悲鳴や怒号。それらを聞きながらクロロはの手を引き、ゆっくりと歩きだす。その後からマチとパクノダも続いた。

「かなり抵抗しているみたいだね」

里のあちらこちらで上がる攻撃音に、マチが肩を竦めた。一歩里に入ればすでに血まみれで苦しんでいる数名の男達が倒れている。動ける者はこの先には行かせないというようにクロロ達の方へ手を伸ばして来た。その眼は怒りで緋色に染まっている。――――なるほど、噂通り見事だ。クロロは僅かに笑みを浮かべた。

「……く…そ……っ。何者……だ……」
「ほう。まだ話す元気があるのか」

クロロは立ちあがろうとしている男の傍まで歩いて行く。そして徐にしゃがむと男の両頬を強く掴んだ。

「……ぐっ」
「その眼をもらいに来た」
「……ふざ……け……るな……っ」

すでに団員の誰かに攻撃を仕掛け反撃されたのか、男はその言葉を最後に血を吐き地面へと突っ伏した。重傷を負っているようで不意に動かなくなった男を眺め、クロロは仕方なく後ろにいるへ目を向けた。は倒れた男を食い入るような目でジッと見つめている。

「親しかった奴か?」
「……ううん。会うたびに汚ないものを見るような目で私を見てた人…。浮気してたお母さんから生まれた私も汚ない血が流れてるんだって言われた」

嫌悪感も露わにが顔をそむける。クロロはもう一度、男の顔へ視線を戻した。

(そういえば…の記憶の断片にいたな。母親の罪を娘にも重ね、女は清廉潔白でなければならないという今時バカな理想を持った奴か)

下らない、とクロロは思った。母親が罪を犯したからと言って娘まで悪いと言うのか。親子の血の繋がりが何だというのだろう。そんな小さな繋がりなどで少女の何が分かると言うのか。クロロは男の緋色の眼に手を伸ばし、無造作に指を突っ込むとグチュっという嫌な音が洩れた。

「うああぁぁっ……っ!」

痛みで意識を取り戻した男が叫ぶ。その声を聞き後ろでが息を呑む気配を感じても、クロロは気にも留めず目当ての緋の眼を取り出した。緋の眼の状態で取り出せばそのまま色を失わないようだ。指先にどろりとした血の感触。クロロにしてみれば今まで殺して来た人間と何ら変わりはない。何の感傷も抱かない。

「生きている奴らを縛り上げろ」

指先の血をぬぐい、取り出した目玉をパクノダに預けると、クロロは静かに歩きだす。眼を失い空洞だけになった男は激痛でのたうちまわっている。男の悲鳴を振り切るようにもクロロの後を追った。

「派手にやってるな」

ふと前方を見れば、未だクルタ族と戦闘している仲間の姿。念による攻撃や武器による攻撃をぶつけあい、まるで戦争をしているかのように周りの建物が次々に破壊されていく。クルタ族の男達は確かに戦い慣れしているようだった。それでも団員達の有利は変わらない。ウボォーギンに吹っ飛ばされる者。フェイタンやノブナガに一瞬で切られ倒れる者。フィンクスに腕や足を折られる者。フランクリンの念弾で弾き飛ばされる者。シャルナークに操られ仲間を襲う者――。クロロの命令通り、団員達は死なない程度の攻撃を与えて行く。彼らにしてみれば地獄のような光景だろう。平穏だった日常は突如現れた幻影旅団という巨大な力に一瞬で壊されていくのだ。

「全員縛り上げろ。まだ殺すなよ?」
「分かってるぜ、団長!」
「大丈夫だよ。手加減してるからー」

クロロが声をかけると、ノブナガとシャルナークが余裕の顔で返事をする。動けなくなった者達は次々に縛りあげられ、里の中心へと集められていた。戦闘中の仲間を眺めながら、クロロは更に先へと進む。里の奥へ近づけば近づくほど、地に伏して唸っている瀕死の者達が増えていった。殆どがの知ってる人物だ。ハッキリ顔を覚えているわけではなかったがその中に父と呼んでいた人物はいないようだった。――すでに病気か何かで死んだのかもしれない。妻の浮気のせいで毎日酒びたりだった父の姿を思い出し、ふとそんな事を思う。そして同時に自分の本当の父親かもしれない母親の愛人を思い出した。一時里を追放されたあの男はどうなったんだろう?すでにこの里に戻っているのか。それとも未だ追放されたままなのか。そんな事を考えていたその時――。

「メノリおばさん……カイおじさん……」

昔住んでた家の傍で、隣人だった夫婦を見つけたは思わず立ち止まった。何となく面影が重なったのだ。ふたりとも手足を切られて地面に倒れている。

"あの母親じゃ娘の方も男好きするタイプになるかもしれないねえ。うちの息子に近づかないよう言わなくちゃ"

過去、そう言って笑っていた隣人は、今の目の前で力なく地に伏している。ピクリとも動かないその様子に、もう死んでいるのかと近づこうとしたの手をクロロが不意に掴んだ。

「不用意に近づくな。まだ生きている」
「……え?」
「瀕死の状態でも攻撃を仕掛けてくる場合があるから気をつけろ」
「う、うん……」

クロロの忠告に頷き、は再び夫婦に目を向けた。言われてみれば確かに夫の方は今も動こうとしている。それを見たマチとパクノダはすぐに攻撃態勢に入った。

「……お…前ら……何者…だ……」
「カイおじさん……」

傷ついた身体を必死に起こそうとしている男に、は思わず声をかけた。名を呼ばれた事でカイという男は驚いた表情を見せ、視線だけを動かしている。そしてを視界に入れた瞬間、その緋色の眼が大きく見開かれた。

「お……前…………か……?」

自分の事を覚えていた隣人に、は僅かに頷いて見せる。カイと呼ばれた男は憎しみのこもった眼で彼女を睨みつけた。

「追いだした…事への……復…讐の……つも…りか……?」

は何も応えない。代わりにクロロが口を開いた。

「お前らの眼を頂きに来た。はここへ案内してくれただけだ」
「な……に…っ?」
「後はオレ達同胞の敵討ちといったところだ」

男の前にしゃがみ、赤く染まった眼へ手を伸ばす。男は掠れた唸り声を上げた。

「何…の事だ……。ふざけ…るな……っ。今す…ぐ……出てい…け」
「その眼を全て頂いたら出て行くさ」

クロロの一言に男は驚愕の表情で立ちあがろうとした。しかし片方の足を斬りおとされている為、バランスを崩し再び倒れる。

「……サイ……には……手出しさせん……」
「サイ?それは誰だ」
「……カイさんの息子……。私の幼馴染だった」

男が答える代わりにが応えた。先ほどパクノダに大丈夫かと尋ねられた時、頭を過ったのはその幼馴染のことだった。言葉を濁したのはサイに再会した時、自分が何を感じるのか分からなかったからだ。

「幼馴染?ああ……さっきウボーに話してたな――」

と言いかけ、ゆっくりと立ちあがる。同時にクロロに向かってナイフが飛んできた。マチが素早い動作でそれを弾き飛ばす。刹那――。

「親父から離れろ!!」

家の中に隠れていたのだろう。歳はと同じくらいか。目の前に現れた少年はその手にもう一本ナイフを握っていた。

「……サイ」
……お前……何しに来た!!得体の知れない奴らを里に入れて…オレ達に復讐するつもりか!」

に気づいた少年は激しい憎悪の眼で、目の前のクロロ達を睨みつける。緋色に染まった眼に涙が溢れているのは両親の無残な姿を見たせいだろう。緋色を帯びた眼の色が更に濃く鮮やかに染まっていく。は久しぶりに見た幼馴染の泣き顔に、一瞬だけ動揺した。同時にクロロはそこで緋の眼の輝きに気づき、あることに気づく。

「あの時殺しておけば良かったんだ、"よそ者"のお前らなんか!お前の母ちゃんもお前も一族の恥さらしだ!」
「サイ……」

怒りで震える手でナイフを握りしめ、を睨む。恨みつらみを言いたかったのは自分の方なのに、は何も言えなかった。再会した時に何を思うか分からなかっただったが、やはり今も感じるのは悲しみだけだ。そんなの僅かな動揺に気付いたクロロは、少年を攻撃しようとするマチとパクノダを静止し、隣で俯いている少女の頭にそっと手を乗せた。

「――復讐したくないか?
「……え?」
「お前はこの少年や、そこの夫婦に酷く傷つけられたんだろう?」

クロロの言葉に目の前の家族を見る。確かに母親の浮気が発覚するまでは三人とも良き隣人だった。歳の近いサイとも仲が良かった。それでも母親の過ちを理由に、この家族はへの態度を豹変させたのだ。挨拶をしても無視され、陰口を叩かれる。時には石をぶつけられたりもした。あんなに仲の良かったサイでさえを見る目が変わった。

"よそ者のお前の母ちゃんは一族の恥さらしだ。里から出てけよ"

周りの大人達に投げられたどんな酷い言葉りも、サイの言葉はの心をより深く傷つけた。

「お前がオレ達に復讐?笑わせるな!クルタ族の血が半分しか流れてないハンパもんに殺られてたまるか!」

サイという少年は震える手でナイフを握りしめ、両親をかばうようにふたりの前に立ちふさがった。憎しみのこもった目はあの頃と何一つ変わっていない。それはクロロが"見た"記憶と重なる。クロロは少年を見つめながら、彼に特別な想いを抱いていた少女の記憶を思い出していた。

「好きだったんだろ?この少年が」

が弾かれたように顔を上げた。

「なのにお前を傷つけた。今もお前を罵り、殺そうと武器を握っている。もう二度と――お前の望む過去には戻れない」

クロロの冷めた言葉に、は強く手を握りしめた。そう。確かにあの頃、好きだったのだ。物ごころの着いた頃から一緒に遊んでいた、隣の少年が。それは初恋とも呼べないような淡くはかない想いだったとしても。確かにはサイのことが好きだった。だからこそ、あんなにも傷ついた。

「復讐しないのか?」

もう一度クロロが問いかける。その手にはいつ出したのか鋭いナイフが握られていた。

「復讐……?」
「殺らなきゃ殺られるぞ。もっと強くなれ。生きたいのなら攻撃してくる奴らを倒せるくらいにな」

クロロがそう言った瞬間だった。

「……お、お前らなんかに殺されてたまるか!!!」

クロロが武器を手にしたせいで、恐怖に怯えた少年が叫びながらナイフを構え突っ込んでくる。クロロは咄嗟にを後ろへ突き飛ばすと、素早い攻撃で少年の心臓にナイフを突き立てた。

「サイ……!!」

声もなく倒れる少年の姿にが慌てて駆け寄る。少年はすでにこと切れていた。

「何故泣く?そいつはお前を殺そうとしたんだぞ」

少年の亡骸にすがりつき涙を浮かべたに、クロロは心底呆れたように息をつく。仲の良かった時期もあったのかもしれないが、今まさに自分を殺そうとした相手の死に涙する気持ちがクロロには心底理解出来ないのだ。

「……からない……。涙が勝手に出て来る……」
「後悔してるのか?」
「……そうじゃない。ただ過去の辛かったこと全てが終わったような気がして。でも変だよね。嬉しいとか悲しいとか何も感じないの…」

はそう言って大きく深呼吸をすると、溢れた涙を手で拭う。そしてふと少年の首に下がっているネックレスに触れた。細いチェーンに通された指輪はにも見覚えがある。サイが友達から作ってもらった指輪だ。に得意げに見せてくれた事がある。男のクセに指輪なんて変だよ、とがからかっても、サイは嬉しそうに首から下げていた。

"うるさいなあ。女には分からないんだよ。これはパイロが誕生日プレゼントでオレに作ってくれた指輪なんだぜ"

そう言ってスネるサイを、はもうひとりの少年と笑って見ていた。何故かあの日のことを鮮明に思い出す。

(そうだ…もうひとりはサイと友達だったパイロ……。そう言えばそのパイロと親友で良く一緒にいたあの金髪の子は名前なんだったっけ…)

今では顔もおぼろげで名すら思い出せない。とは特に親しいとは言えなかったその金髪の少年は、一度だけのことをパイロと一緒にかばってくれた事があった。なのに何故覚えてないんだろう。あの少年は今、どこにいるのか。まだ見かけてはいない。それとも旅団の誰かにすでに殺されてしまったのか。それとも行きたがっていた外界にでも行ってしまったか。でもどちらでも同じ事だ。ふたりの少年も結局はを引きとめてはくれなかった。そんなことを思いながら指輪を手にした。

「これ……持っていってもいいかな……。楽しかった頃の"思い出"として」
「勝手にしろ。オレが欲しいのは眼だけだ」

大事そうに指輪の下がるネックレスを首へ通すを横目に、クロロは少年の瞳を確認した。

(やはりな……。こいつらは怒りや悲しみで緋の眼を発現すると更に鮮やかな色が残る……)

先ほど親の無残な姿を見て少年の瞳の色が濃くなったのをクロロは見逃さなかった。

(同じ方法で取り出すか……)

あることを思いついたクロロは先ほどまで聞こえていた戦闘の音がだいぶ小さくなっているのに気づき、元来た道を戻り始めた。

「終わったようだな」
「パクとも早くおいでよ」

マチがクロロの後を追いかけながら、未だ動かないにも声をかける。パクノダがそっとの肩を抱いて「行きましょ」と微笑んだ。

「大丈夫?」

途中、たくさんの死体が転がっているのを見て、パクノダがを気遣う。しかしサイが死んだ時に感じたほどの喪失感はなく、は僅かに頷いて見せた。

「……今は全てが終わったような、嫌な思い出が消えてくれたような……そんな感じ。何も感じない私は冷たいのかな……」
「彼らはあなたを傷つけて来た人達なのよ。何も感じなくて当然だわ。冷たいのとは違う」

パクノダは優しく言うとの肩を抱き寄せた。

「もう過去に縛られることないのよ。これからは自由に好きなことをして生きていける。私達の仲間として」
「仲間……」
「そう。私達は決してを裏切らない。もでしょ?」
「私、裏切らない。助けてくれたクロロが私みたいな思いするのは嫌だもの」

親しい人間に裏切られ傷つけられたことがあるからこそ、他人の痛みが分かるのだろう。の素直な言葉に、パクノダは前を歩くクロロの背中を見た。

は団長の事が好き?」
「うん。時々怖いけど……でも優しいもの。さっきも私を守ってくれた」
を仲間と認めた証拠ね。まだ正式なメンバーではないけど――」
「そうなの?」

苦笑気味に応えるパクノダには不思議そうに首を傾げた。

「正式なメンバーになるにはどうしたらいいの?」
「そうねぇ。最初の難問はすでに突破してるから……後は団員ナンバーを決めなくちゃ」
「それを決めたらみんなと本当の仲間になれるの?」
「私はもう仲間のつもりだけど」

パクノダの言葉には嬉しそうに微笑んだ。この里を出てから初めて自分の仲間と呼べる相手が出来たのだ。いつもひとりぽっちだったにとっては夢のような話だった。

「ところで……クロロ達は何をしてる人なの?さっき話してたクモってなあに?」

クロロから未だ何の説明も受けていないは素直な疑問を投げかける。パクノダは苦笑いを浮かべつつ、「まずはその説明からしなくちゃね」と少女の肩を抱きながら、仲間の元へと歩きだした。

の記憶がハッキリ残っているのはここまでだった――。



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