02-3:フェードアウトにはまだ早い [ fade out ]




包囲 × ト × 離別


「気づいたのか」

シャワーを浴びて部屋に戻って来たクロロは、ベッドの上にボーっと座っているの姿に溜息をついた。

「私……どうしたの?」
「お前は気を失ってた」

バスタオルで髪を拭きながらクロロはベッドに腰を下ろした。今はすでにアジトへと戻ってきている。と言っても他の団員達はここへ戻った後パクノダを残し、全員がどこかへ散り散りに去って行った。仕事が終われば団員達はそれぞれが自由に動き、再び元の生活へと戻るのが当たり前のようになっている。団員達が全員集まるのはクロロが声をかけた時くらいだ。そのクロロも普段なら仕事を終えた後、すぐにでも仮宿を発つ方だった。しかし今回はがいる。ひとりで残して行くことも出来ない為、クロロが共に行動することにしたが行き先を決める時間もなかった。そこで今夜はここに残り、ふたりでノンビリ行き先を決めようとクロロは考えていた。――パクノダは個人的にが心配だから出発するまでは一緒にいるということだった――。

「気を失った……?」

クロロに言われたその時、先ほど里で起きた惨劇の残像が頭を過り、は息を呑んだ。

クロロ達が捕まえたクルタ族128人全員を、いたぶり拷問している光景――。それは想像以上に残酷なやり方だった。しかしがハッキリ覚えているのは自分を責める元同胞の憎しみのこもった眼や言葉だった。

「みんな……私の事が憎いって顔してた……。殺しとけば良かったってサイと同じこと言ってたね」
「当然だろう。お前は名実ともに"裏切り者"になったんだからな」
「だから私の事、気絶させたの?」
「…………」

元同胞から罵倒されていた時、首の後ろに突然衝撃が来たのを、は記憶の片隅で覚えていた。

「私があれ以上、傷つかないようにしてくれたんでしょ……?」
「勘違いするな。お前の眼が赤くなっただろう?あの場で取り乱されて邪魔されたくなかっただけだ」

クロロはそう言ったがには分かっていた。クロロが自分のことを気遣い、そうしてくれたのを。クロロがの首を手刀で撃った僅かな瞬間。クロロの思考がの中へと流れ込んできたから。

「ありがとう……」

クロロは何も応えなかった。――あの後、クルタ族は皆殺しにされたのだろう。は見ていないのだから何があったのかは知らない。ただ苦しい過去がまた一つ、消えたことだけは理解していた。

「パクが隣の部屋にいる。今夜はそっちで寝ろ」

ベッドに潜り込むを見て、クロロはバスタオルをかぶったまま顔を上げた。は今夜パクノダと一緒に寝るということで話はついている。しかしは「まだここにいちゃダメ?」と寂しげな表情で聞いて来る。嫌な思い出が多かったとはいえ、生まれ故郷が消滅したのだ。少しは寂しい気持ちも残っているのかもしれない。そういった感傷をクロロには理解出来ず軽く息を吐いた。

「強くなれと言っただろ。オレがお守をするのは最初だけだぞ」
「うん……」
「団員といっても普段ずっと一緒に行動してるわけじゃない。みんなそれぞれ個人が自由に動く。もそう出来るようにならないとな」

そう言いながらもクロロは内心の扱いに困っていた。旅団に迎えると決めたものの、まだ若干16歳のがこれから先、一人で生活していけるのかどうか疑問に思うのだ。流星街の出なら一人で生き抜く術を幼い頃から身につけているが、はずっと母親のいいなりだった。世間を知らな過ぎるのだ。

(……この外見じゃ悪党どもが放っておかなそうだしな。この先のことを考えたらにもある程度、戦い方を教えた方がいいか…)

そう真剣に悩んでいるクロロこそ、史上最悪と名高い"盗賊集団"のリーダーなのだから悪党枠というものがあるのなら確実に入るはずだが、本人もそこは深く考えていない。

「とにかく先ずはお前のナンバー決めとタトゥーだな」
「"正式なメンバー"ってやつ?」
「ああ。クモの名を背負うだけで身を守れる時もある。いや――その前にこれからの行き先を決める方が先か」

思い出したようにクロロはベッド脇に置いてあるガイドブックを手に取った。それはシャルナークがレアな本ばかり置いてある店で見つけて来てくれたものだ。通常のガイドブックには載っていない国が大量に紹介されているのでクロロも重宝している。

は寒い国と暖かい国、どっちがいい?」
「うーんと……寒い国」
「暑いのは苦手なのか?」
「うん。暑いと薄着しなくちゃいけないでしょ?だから……」

はそう言って目を伏せた。なるほど、とクロロはその言葉の意味をすぐに理解した。きっと身体にある痣を晒すのが嫌だったんだろう。

「心配しなくても痣はいつか消える。というより、もうないだろ?」
「え、ホント?」

クロロに言われ、シャツを引っ張り覗いてみる。確かに薄っすら残っていた茶色の痣は殆ど消えかかっていた。

「ホントだ……。じゃあ綺麗になる?」
の肌は白すぎてちょっとした痣も残りやすいだけだ。それにお前の力がもう少し強力になれば綺麗に治せるようになる」

クロロはの細い手首を掴み、軽く撫でる。その行為には恥ずかしそうに目を伏せた。その一瞬見せた女性らしい表情に、クロロは妙な気分になった。

(時々こんな風に女の顔を見せるのは今までの境遇のせいか…?やっぱりひとりにするのは心配だな)

妹を心配する兄のような事を考えていると、が不意に窓の方へ視線を向け突然立ちあがった。

「……どうした?」
「……外に誰かいる……」

のその言葉にクロロは素早く部屋の明かりを消し気配を探った。疑問を持つより先に体が動くのはクロロの生まれ持った本能だった。注意深く探れば確かに建物の外から人の気配を感じる。同時にクロロは何故が先に気づいたのかが気になった。

「……何故気づいた?」
「……良く分からない。でも……昔から自分にとって良くないモノ・・が近づいて来る時は自然と分かるの……」
「良くないもの?それも念能力の一つなのか……?」

クロロは訝しげに眉を寄せ、を眺める。
治癒能力や記憶を盗む以外に探知能力でもあるというのか――?

の念能力は自分の身を守る為に生まれた力だ。と言う事は危険を察知するという力があってもおかしくはない、か?)

は毎日他人に怯えて暮らしていた。そんな力が生まれても不思議ではない。クロロは一瞬で考え、窓の方へと移動した。同時に部屋のドアが開きパクノダが入って来る。

「パクも気づいたか」
「ええ。すでに囲まれてる」

パクノダの言葉にクロロは軽く舌打ちをした。油断していた自分に対しての苛立ちだった。カーテン代わりの布を僅かに捲り外を伺うと、確かに建物の周りで無数の人の気配を感じる。

「なるほど……。誰かと思えば相手はどうやら警察のようだな」

暗闇の中、薄っすらと見えた制服にクロロは溜息をついた。建物を包囲している人数の多さを見れば、とっくに逃げ場など塞がれているだろうことは容易に想像できる。それでもクロロやパクノダだけなら逃げられる可能性は大きい。数人殺して突破すればいいだけの事だ。しかし今は何の戦闘能力も持たないが一緒だ。を連れて、この人数相手に脱出するのはかなり難しいだろう。

「どうする?団長」
「オレが奴らを引きつける。その間にパクはを連れて逃げろ」
「団長一人で?いくら団長でもこの人数相手に無茶だわ。相手だって私たちがクモって知ってて来てるならどんな方法で攻撃してくるか分からないし……」
「問題ない。三人で一緒に脱出する方が無茶だろ」

クロロはそう言いながら、未だ状況の掴めていないへ「着替えろ」とだけ言った。

「外にいるのは誰なの……?」
「警察だ。すでに囲まれてる。いいから早く着替えろ」
「け、警察って何で……」
「忘れたのか?さっき説明しただろう。オレ達は盗賊。"幻影旅団"は危険度Aクラスの賞金首ってやつだ。警察に追われる理由はありすぎるほどある」

言いながらも外への警戒は怠らない。何故この場所がバレたのか、警察はこっちが幻影旅団だと知っているのか。色々と疑問に思うところはあったが今はどうやれば三人で無事に逃げだせるか頭を巡らせていた。

(この人数はただ事じゃない。奴らはここにいいるのがクモだと知っているのか?……こんなことなら今夜だけでもみんなを残しておくんだったな)

もしこの場にウボォーギンやフランクリンがいたら警察の包囲網など一瞬で突破出来ただろう。しかし今は自分とパクノダしかいない。いくら相手が何の能力も持たない警察官相手でも数が揃うとそれなりに厄介だ。派手な戦闘を繰り広げればを巻き込んでしまう可能性もある。ここはやはり――。

「オレが囮になるから――」
「いえ、私も行くわ。団長」
「ならはどうする」
「クモとバレてるなら団長は処刑される。でももしが警察に見つかってもクモの一味だとは思わないはずよ。きっと保護される。その後に助け出せばいい」

クロロの言葉を遮るようにパクノダが言う。確かにクロロも同じことを考えていた。ふたりで警察を引きつければ恐らくひとりでもこの建物から脱出は出来る。万が一見つかったとしても彼女はまだ団員でも何でもない。それ以前には有名女優の娘であり舞台に出たことで顔も知られているだろう。

(いや……待てよ。もしかしたら――)

と、そこでクロロは一つの可能性に気づいた。

「どうしたの?団長」
「……むしろ警察はを助けに来たのかもしれない」
「え?」

クロロの一言にパクノダが振り向いた。

は女優の娘だ。あの劇場内から死体が見つからなければ犯人に連れて行かれたと結論付けるのが普通だろう」
「じゃあ……警察は私達クモが犯人だとは知らずにここを突き止めたってこと?」
「いや、そこまでは分からないが……オレ達は襲撃の後、特に人目を気にしなかったからな。バレてる可能性の方が高い。目撃者がいても不思議じゃないだろう。そいつらの証言を辿ってここへ来たんだとしたら……」
「警察の目的は…ってこと?」

パクノダの一言にふたりの会話を黙って聞いていた少女は驚いたように顔を上げた。

「……警察が私を?」
「ああ。助けに来たんだろう」
「そんな……私は警察に助けて欲しくなんか……」
「分かってる。だがこの状況だ。それを利用した方がいい」
「どういう意味……?」

不安そうに尋ねるの頭にクロロはそっと手を置いた。

「お前さえ助け出せれば警察はこれ以上オレ達を追ってこないはずだ。向こうだってオレ達と戦って無駄に死にたくはないだろうからな」
「じゃあ……私を……警察に渡すの?嫌だよ、私はクロロ達と――」
「いいから聞け。オレ達が後でお前を迎えに行く」

一瞬泣きそうになったを安心させるようにクロロは言った。警察もバカじゃない。を助けさえすれば、旅団相手に深追いすることもないだろう。警察があの劇場襲撃事件に幻影旅団が絡んでると知っているかどうかまではクロロにも判断できなかったが、多分自分の予想は当たっているだろうと確信していた。アジトを包囲している警察官の多さから見てもそれが裏付けられる。間違いない。警察はここにいるのが"幻影旅団"だと知っている――。

「ホントに迎えに来る?」
「ああ。お前はもうオレ達の仲間だ。どこにいても必ず迎えに行ってやる」

クロロの言葉には初めて表情を和らげた。心のどこかでこのまま置いて行かれると不安だったのかもしれない。

「……分かった。待ってる」
「あと警察の奴らに色々聞かれるかもしれないがお前はあくまで誘拐された被害者だと説明しろ。後は分からないと応えていればいい。分かったか?」
「……うん」
「よし。じゃあオレとパクはここに残るから、は外へ出て警察の前に姿を見せてやれ。そうすれば奴らが勝手に保護してくれる」
「クロロ達は……?」
「オレ達は警察がお前に気を取られている間に上手く脱出する。心配しなくていい」
「……じゃあ私が一人で外に出て行けばいいのね」
「そうだ。怖がる事はない。警察はお前に酷いことはしない」

とはいえ、警察に保護されればクロロ達と少しの間、離れ離れになってしまう。は不安げにクロロを見上げた。

「心配するな。必ず迎えに行ってやる」

安心させるよう、クロロは同じ言葉を繰り返す。それを聞いては僅かに目を伏せたが、すぐに頷いて見せた。

「よし、いい子だ」

そこで初めて笑みを浮かべたクロロは、少女の頭を軽く撫でる。正直、は内心不安で堪らなかった。しかし先ほどクロロに強くなれと言われたばかりだ。これくらいのことが出来なくて今後、幻影旅団のメンバーになれるはずもない、と自分を奮い立たせた。

「じゃあ行け。大げさに怯えたフリをして思い切り助けを求めるんだ。"女優"のお前ならそれくらい簡単に出来るだろう?」
「……うん」

今にも警察が突入しようとしているのを見てクロロとパクノダは部屋のドアを開けた。は一人廊下に出て少し歩を進めると、名残惜しげにふたりの方を振り返る。

「――大丈夫だ。きっと上手くいく」

みんなで盛大に迎えに行ってやるさ、と言うクロロには僅かに微笑むと、真っすぐ出口に向かって歩き出す。その後ろ姿にもう迷いは見られなかった。

この約束が果たせずに終わるとは、この時のクロロは予想もしていない。警察に保護されたの行方は、この日を境にぷつりと途絶えた――。


ソシテ幕ハ上ガル




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